㉑悪魔の生活
悪魔に転身してから10日間くらいたった。
王家からの使者もなく、平穏な日々を過ごしている。
平穏な日々とは、悪魔にとって、不名誉極まりないかもしれないし、ふさわしくないかもしれないが、本当にそんな日々があっという間に過ぎていった。
それに悪魔の力の鍛錬は、想像を絶する過酷なもだった気がする。
わたしは、鍛錬のために一流剣士の真似をして、『鍛錬ノート』をつけることにした。
やはり、能力の格段なレベルアップは、わたしの素養では、見込めないと判断したからだ。
たゆまぬ努力こそが、一流の悪魔への近道と考えていたのだ。
初日から振り返ってみた。
初日は、サロンでの悪魔の能力の講習会終了後のおいしいランチを堪能した直後に、鍛錬は始まった。
いついかなる時も予断なく鍛錬に次ぐ、鍛錬なのだ。
「マリー様、シェフを呼びますか?」
朝食の約束を覚えていたヤギハシさんが、声をかけてくれた。
ランチは、エビのアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ・パスタ。
エビはぷりぷりして、臭みはない。
香草のくみ合わせは、ごくありふれてはいるが、臭みを消すものではない。
ほどよいニンニクとともに、食欲を増進するためのスパイスとして絶妙だった。
つまり、海に面していて、新鮮なエビを丁寧に下処理している賜物なのだ。
嗅覚の能力と味覚の能力をフル稼働させての結論だから、シェフの真面目な働きぶりがうかがえる。
「はい。すごくおいしかったので、ぜひ挨拶を」
すぐにヤギハシさんは、シェフのゴブリンを呼んでくれた。
ゴブリンと対峙するのは、門番いらいだった。
ちょっとドキドキしたが、あらわれたゴブリンシェフは、愛くるしい存在だった。
「人間の小娘にオレの料理が口に合うのかバカヤロー」
「会えばわかります」
「しょうがねぇなバカヤロー」
コック帽子を握りしめて現れたゴブリンは、きちんとエプロンをしていた。
「初めまして……?わたしの言葉?わかりますか?」
「ああっ!わかるよバカヤロー」
「シェフ!バカヤローはよけいです」
鋭くヤギハシさんが注意した。
「バカヤロー、『バカヤロー』は口癖だバカヤロー」
バカヤローが口癖なら、わたしには問題なかった。
「初めまして、シェフ。わたしは、最近こちらでご厄介になることになったマリーです」
「ああ、アスタロトの花嫁だろうバカヤロー。こんどはまともなのを選んだなバカヤロー」
「?」
「一言よけいだぞ。前の代わりはいくらでもいるんだぞ!」
アスタロト様の怒号の言葉に驚く。
「だめです!!シェフの変わりは、容易く見つかりませんよ!!あんなに丁寧な下ごしらえができるシェフは、人間だって探すのは大変です。アスタロト様と一緒に修道院の近くのおいしい美味しいと評判のレストランに立ち寄った時にだって、すすけたローストチキンを食べたではありませんか?彼のような一流シェフはなかなかいませんよ。きっとシェフは、元人間のわたしの口に合う料理を研究してくださったのではありませんか?」
「食べもののことになるとずいぶん強気に出るな」
「あたりまえです。食べなければ死んでしまします」
「マリー、お前、元人間なのにアスタロト様にたてつくなんて、なんて命知らずなんだバカヤロー」
「間違っているとおもったら、誰であろうと、異議を申し立てます。そのうえで互いの考えを話し合い、相互理解をし、よき落としどころを見つけるのが大切ですわ」
「一方的に殺され続けてお強くなりましたね」
ヤギハさんはそういうと感慨深げにしていた。
「元人間なのにゴブリン語もうめぇじゃねぇかバカヤロー」
照れくそうに褒めてくれるゴブリンシェフは、どうやら、ただの照れやさんだったようだ。
「そういえば、本当でしたわね!!」
言葉の不自由さを全く感じない。
「さっき説明したろう?それが悪魔の聴覚能力だ」
「まぁ」
「無意識に、そこまでナチュラルに能力を発揮できているなら心配ないな」
なんだかつまらなそう?
「つまらなくなどない!面白くないだけだ!」
「?」
「テレパシーですよ」といたずらっぽくヤギハシさんに教えられた。
鍛錬の初日は、こんな感じだった。
また、別の日の『鍛錬ノート』は、こんなことが書いてある。
視覚能力は、お花の種まきに能力を発揮した。
虹色の花壇を作来ることができた。
種の状態で、何色の、どんな花が咲くかわかる便利ものだった。
けれど、アスタロト様から悪魔の城がメルヘンになるからと注意を受けた。
悪魔の力の調整は難しい。
厳しいばかりではないのが、アスタロト様のお優しいところだ。
人目にはつかないけれど、常夜の敷地内の中で、日当たりのよい裏庭を提供していただいた。
裏庭と言えば、別な日にはこんなことが書いてある。
裏にうっそうとした不気味な森がある。
そこを散策中にみるからに毒キノコ毒キノコした、毒キノコを見つけた。
どうしてもおいしそうな、その毒キノコを食べたくてわがままを言って、ゴブリンシェフに毒キノコのガーリックソテーにして出してもらった。
毒キノコだけれど、凄くおいしかった。
でも、その後、お腹をこわした。
「毒の耐性があるわけじゃない。少量でも感知して、即座に無毒化する能力だ。どうしてそんなことをした!?」
アスタロト様に叱られながら、万能の強い体が欲しいと欲深に願う。
「マリー、お前が欲しいのは、強靭な胃袋の間違いだろう」
あきれ顔だった。
そんな艱難辛苦を乗り越えた10日間は過ぎようとしていた。
わたしは、今日、シンシアちゃんのことでアスタロト様に相談をしていた。
「お城の縮小を要求します。シンシアちゃんとヤギハシさんだけでは、お屋敷を維持するのは難しいです」
「確かに、マリーを迎えるために広くしたが、へスぺリデス家を模したが、広すぎたな」
「そうですわ」
「いらない部屋は、つぶしてしまおう」
「待ってください!あの立派な調度品の数々はどうされるのですか?」
「燃やしてしまうさ、悪魔の業火で」
「なんでも可燃ごみに出すのなら、街に行って古道具屋に売りませんか?」
「!?。さすが商人の娘!」
「シェフからも、街にしか売ってないスパイスが欲しいと頼まれていて」
「いつの間に仲良くなった!?」
「お手伝いにいくと、厨房で味見をさせてくれるので」
アスタロト様は、ハァーと深いため息をつき額に指をあてる悩まし気な姿は、本当に絵ようでカッコいい!
ーいつもお褒めにあずかり光栄だー
そうだった。テレパシーでわたしの気持ちはいつでもアスタロト様に筒抜けだった。
久しぶりの人間の街では不穏な噂でもちきりだった。
街の古道具屋の主人から、話を聞いた。
オイジュス王太子が、デスピオ火山の悪魔のアスタロト侯爵の討伐に再び行うというものだった。
「いまさらどうしてですか?」
清算中の古道具屋の主は、持ち込んだ品物の見事さに目を奪われつつも詳しくおしえてくれた。
「元王太子妃のマリー様が 実は、インキュバスの化身で、王家を誑かし、王家を滅ぼそうと企てていたことがわかったらしい。」
「インキュバス?」
性に奔放な悪魔のことだ。
「なんでも、へスぺリデス家は悪魔に乗っ取られていて、宗主国でつかまって全員処刑されたって聞いた。家族は全員斬首刑だ。命乞いをして助かった召使たちが、そうあちこちで吹聴してるって話だ元凶の王太子妃のマリーは、アスタロト侯爵のもとに身を寄せて、淫蕩な生活をお楽しみだと」
つまり、オイジュスは、へスぺリデス家の全員を手にかけた。
今や、赤っ恥をかかされた元凶のわたしを殺すべく、アスタロト様に宣戦布告をするらしい。




