⑪新たなる始まり
「聞いているのか!マリー!?」
お父様の声で、ハッと我にかえった。
今世のスタートは、へスぺリデス家からだった。
わたしは、へスぺリデス家の自室のベッドヘッドに身をもたれさせ、お父様と対峙していた。
「何をボーっとしている!!初夜に王宮から逃げてくるなど!ただごとではないぞ!!」
お父様の一言で、今世の状況が、把握できた。
オイジュス王太子は、遺産相続めあてのわたしへの殺害は失敗していた。
その後、わたしはへスぺリデス家に戻ってこれたと理解した。
やったわ!!
この時点で、難関の『初夜』を突破している。
これまでの人生の進捗状況からすると、雲泥の差だ。
確実に、前世より好転している。
ならば、お父様の説得にかからなくてわ。
「お父様ごめんなさい。一夜にしていろいろなことがあり過ぎて……お父様に、宮殿を出奔した理由を、わたしは、説明させて頂きましたか?」
「理由なんぞ!」
「ならば聞いてください!!お父様にとっても重要なことですわ!わたしのこれからお話しすることを信じられないかもしれませんが、最後まで聞いてください。わたし、マリー・へスぺリデスは、へスぺリデス家の長子です。決して一族を窮地に陥れることなどないのですから」
「そこまで言うということは、……よほどのことか」
「はい。残念ながら……」
わたしは、お父様に事の顛末を説明した。
へスぺリデス家の遺産相続権を目当てに、オイジュス王太子が、わたしを殺害しようとしたこと。
どうやら、国王妃殿下を殺害し、さらに、国王も亡きものにしようとしていること。
姉のエリス王女と弟のオイジュス王太子のふたりで、スオカ王国を牛耳ろうとしている。
ふたりは、実の姉弟ながら、男女の関係であること。
説明し終わるころ、お父様は、顎髭をなでながら、思案顔をしていた。
寝耳に水だったのか、はたまた、想像の範疇にあったのか?
お父様のポーカーフェイスからは、読みとることはできなかった。
「マリー、お前の話は、信憑性は高いが、証拠は、あるのか?」
信じてもらえた!ならばここは、正直に出よう。
「残念ながら……ありません。でも」
お父様は、手で制しながら、
「王家内のお家騒動だけなら知ったとではないが、へスぺリデス家の財産を狙うなど言語道断。その策略が、一番気に入らん。さりとて、このままでは、お前という証人を、むざむざ……」
お父様は、最後まで口にはなさらなかった。
でも、なにを言わんとしているか十分伝わった。
それと同時に、父親が娘に対する思いやりをお父様からも感じられて、胸が温かくなった。
ここまでは、前回よりも順調だわ。
そしてなにより、わたしとお父様との親子関係は、ここにきて好転している。
あれだけ、何度もお父様との関係性に悩まされてきたことは、無駄ではなかったようだわ。
「お父様、ご提案があります。わたしは、ここへ帰ってこなかったことにしてください。わたしは、すぐに、修道院へたちます。あちらで匿ってもらいただいている間に、二人の悪事の証拠を集めていただきたいのです。」
「時間稼ぎか……証拠が短時間に見つけられるかは、難しい。だが、王太子廃嫡へ動くことは可能だ」
「ほんとうですか?」
「スオカ王国の宗主国にことの次第を密告すれば、可能だろう。王妃の急死に続き、国王の急病も怪しまむ声もあったと聞く。それに、王太子と王女の関係性も……噂話の域を出ないと思っていたが、新妻のおまえの証言があるといえば、エリス王女を調べないわワケにはいかないだろう。おそらくこのことを宗主国側は、倫理上、宗教上の理由から、厳しく糾弾するはずだ。」
お父様の目がキラリとひかり、黙ってうなずかれていた。
それから、お父様はわたしの目を、しっかり見つめた。
「マリー、噂とはいえ、聞き及んでいながら、みすみすお前をこんな危険なめにあわせてすまなかった。怖い思いをさせるかもしれんが、お前のいう通り、ここにいるより修道院へいくほうが、安全だ、早速、支度をしてくれ」
お父様のことばに、わたしたちは、報われたおもいがした。
わたしたちは、また一歩大きく前進したのだ。
だが、まだ終わりではない。
ひとつひとつ、関係改善はしているが、まだ、すべてが解決したわけではない。
わたしたちが、望む先にたどり着けるように、気を引き締めていかなくてわ。
わたしは、起き上がり、支度をするため、侍女たちを呼んだ。
「マリー。お前はなんだか一夜にしてたくましくなったな」
「そうでしょうか?」
「ああ、今のお前ならばーー」
「お父様、ダメですわ。へスぺリデス家の跡取りは、男子のみの決まりです。ゆめゆめ、わたしをなどとは考えてはいけませんわ。お父様の跡を継ぐのは、妹のケールの子供ですわ。その流れを今は、たがえてはいけません。」
「うむ……そうだな。だが、すべてが決着し、お前がへスぺリデス家に戻ってくれば、その時はお前が……」
「それは、ありえませんわ」
「どうし……」
「いちどは、オイジュス、いえ、王太子と結婚した身のわたしが、修道院から戻って普通の暮らしをするのはムリですわ」
その想像は、容易にできる。
そして、なぜかあまり悲しくない。
一抹の寂しさはあるものの、へスぺリデス家のことを思えば妥当な落としどころのようにおもえるからだ。
わたしは、お父様に背を向けたまま静かに言った。
「命をねらわれて、目が覚めたのです」
「そうか……、辛い思いをさせたな」
お父様を振り返ると、お父様が部屋をでていくところだった。
その背は、なんだか小さく感じられた。




