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「理想の女性にこだわってたのって、長谷川さんの両親が離婚したからですか?」

 まどろむ瞼をこじ開けて、陽菜は隣で横になる長谷川にそう問いかけた。

「まぁ、そういうことになるんでしょうかね。今では別にどうとも思っていませんし、両親には両親なりに事情があったんだと理解していますが、当時はそれなりに寂しかったものですから。自分の子供にはそういう思いはさせたくないと思いましたし……」

 長谷川はそう言いながら陽菜を後ろから抱え込んで、首筋に顔を寄せた。陽菜がくすぐったくて身をよじる。

「……私、頑張りましょうか?」

「はい?」

「長谷川さんの理想通り、というわけにはいかないかもしれませんが……」

 背後の長谷川が息を詰めたのがわかる。そして、驚いたような声を響かせた。

「どうしたんですか、いきなり……。前は嫌がっていましたよね?」

「いや、まぁ、好きな人の好みに変わるっていうのもいいかなぁと思いまして……。あの時は長谷川さんのこと、なんとも思っていませんでしたし……」

 少し赤くなりながら口を尖らせれば、陽菜を抱く長谷川の腕が強くなる。

「それはとっても嬉しいお申し出ですが、……遠慮させてください」

「何でですか?」

「君があまり魅力的になると、困るのは俺だということに先日気がつきました。……それに、君に飽きるという未来が、どうにも見えてこないので……」

 砂糖をまぶしたような甘ったるい声が耳朶を打つ。陽菜はくすぐったくなる気持ちを隠しながら、「そうですか」と一言呟いた。

 そして、この際だからと、前から気になっていたもう一つの疑問をぶつけてみることにした。

「長谷川さんって、いつから私のこと……その……す、好きだったんですか?」

 語尾を震えさせながらそう聞く。思えば、告白されるあの時まで、あまり接点がなかったと思うのだ。一緒に仕事をしたことは何度かあるが、普通に仕事の話をしただけである。

「そうですね。一度、仕事で遅くなった時に君が珈琲を入れてくれたでしょう? その時から少しずつ気になって……でしょうか?」

「……すみません。覚えてないです……」

「だと思いました」

 後ろからそっと笑う気配が伝わってきて、陽菜は申し訳なさげに頬を掻いた。

「いつから好きなのかというのは正直よくわからないですが、気になったのはそれからですよ。正確に言うなら、君が俺の珈琲の好みを覚えてくれていたからでしょうか?」

「珈琲の好み……?」

 長谷川の言葉をオウムのように繰り返して、陽菜は眉をひそめた。意味がよくわからない。

「正直、俺は女性に困ったことがあまりないんです」

「いや、知ってますけど……」

 突然の自慢話に、何故そんな話になるのかと陽菜は首を傾げた。確かに、彼は女性にもてる。それは周知の事実だ。

「君は俺と仕事していても他の女性のように無理に取り入ろうとはしなかった。それなのに、珈琲の好みを覚えていたり、気遣いはきっちり出来ていて、素敵な女性だと思ったんです」

「……そうですか……」

 照れて赤らんだ顔でそう言えば、前に部屋で珈琲を入れたときの記憶が蘇ってきた。あれは確かはじめて部屋に入られて、部屋を一緒に片付けた日のことだ。

 珈琲を目の前に置いた長谷川は確かに少しだけ変な顔をしていた。

 今ならあの時の長谷川の心境が少しだけわかるような気がした。

「……好きになってくれてありがとうございました」

 陽菜が素直にそう言うと、後ろで小さくため息が聞こえた。何かいけないことをしてしまったかと陽菜は身体を回転させて長谷川に向き合う。

 目の前の彼は目尻を赤く染めて、苦々しそうに陽菜を見つめていた。

「今この状態で、その台詞はズルいでしょう?」

 ぎゅっと抱きしめられて、体温が混じり合う。胸に迫ってきた幸福感に口元を緩ませれば、「好きですよ」と囁かれて、そのまま唇が重なった。


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