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一期一会 第三部  作者: ヤルターフ
第三編 天馬行空
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アンダー ザ ローズ 9

 そう思い、彼がロクサーヌのいる調理場に向かう。しかしドアノブに手を乗せた時にピタリと立ち止まってしまった。


――いやいや、まてまて。これで本当にロクサーヌは喜んでくれるだろうか?オレはロクサーヌの笑顔が見たいのだ。彼女が幸せだと感じて、初めてオレは嬉しいと思えるのだ。無理に笑顔を作って欲しくはない。そもそもだ、なぜにロクサーヌはオレを避けるのだろう。それが問題だ……。もしかして、オレは知らぬ間にロクサーヌに対して嫌な思いをさせてしまったか?


 そこまで考えると、彼は元いた椅子に座り、腕をひじ掛けに乗せ、右手を頭に突っ込ませた。そうしてこむつかしい顔をして、じっと固まってしまった。


          *          *          *


 防音装置が施された部屋は薄暗く、黒皮張りの高級椅子にクッションを五段重ねてその上にティッシュの空き箱を置き、さらにその上でつまようじをスピーカーに向けて振るっているピガットがいた。いまピガットが聴いている曲はベートーベンの序曲コリオランである。ある英雄の波乱に満ちた生涯を描いた作品で、ちょうど今し方ピガットがタクトに見立てたつまようじを静かに下ろしたところだ。


――ふいー、やはりベトベンはフルトヴェングラーの指揮に限るな。


 そう感慨に耽っているとグルルルルとピガットの腹が鳴った。時計を見やるとやはり夕餉ゆうげの時刻である。


――む、そろそろご飯の時間だ。今日はロクシーが鳥の唐揚げを下ごしらえしてたな……、ピシュランの星はそう簡単にはやれないぞ。


 そう思いつつピガットがフフンと鼻息を鳴らしては大胆且つ迫力のある笑みをして部屋を出ていく。


――そうだ、レトにもご飯の時間を知らせてやろう。


 スイスイと空中遊泳をしてレウレトの居る部屋に向かい、ノックをしたあとに専用出入り口から入る。カランという音がしたのでそれに気づいたレウレトが顔を上げた。


「ピガットか、どうした?」

「もうすぐご飯だぞ」

「もうそんな時間か」

「レトこそ髪をボサボサにして何やってたんだ?」

「いやなに、考え事をしていただけだ」

「ロクシーのことか」

「うむ……、ロクサーヌがオレを避けている風に思えてな」


 言ってレウレトがクシャリと髪を掴む。するとピガットがしかめつらしく顔を作ってこう言った。


「レウレト君」

「なんだ?」

「我が輩がそれとなくロクシー嬢にそっと訊いてあげよう。いやなに、気にするな。他ならぬ親友のためだ。このピガットが身を粉にして働いてやるのだからありがたく思いたまへよ」


 そう言って踏ん反り返っているピガットを見て、レウレトが吹き出したかと思いきや大声で笑いだした。


「こ、こら! なにがおかしいのだ!」

「はあ……、ごめん、違うんだ」

「なにが違うんだ?」

「いやな、オレはどうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかと思ってね」

「そうか、じゃあ悩みは解決したところで、ご飯食べに行くぞ」

「わかった」


 夕食を終えたその日の夜。レウレトは一枚の便箋を取り出して、さらさらと筆を走らせた。そして書き終えてインクが乾くのを待ちつつシガーケースから葉巻を取り出して、ナイフで切ったあとジッポーでよく焙る。煙を吹かしつつ彼は思った。


――ロクサーヌがなぜオレを避けるのか。オレが考えても仕方あるまい。直に聞くのが一番ではないか。なぜこんな簡単な事を思いつかなかったのだろう。


 そう思って彼は鼻を鳴らした。と、そこへカランという音をさせてピガットがやってきた。


「来たか」

「来てやったぞ」

「して、彼女は?」

「風呂に入っているぞ、この目でしかと確認した」

「風呂……、どうだった?」

「なにがだ?」


 束の間の静寂の後、なんでもないと言ってゴホンと咳ばらいしたレウレトが続けた。


「来てもらったのは他でもない、この手紙をロクサーヌの部屋のドアに挟んで来て欲しいのだ」

「いいけど……、それぐらいならレトでも出来るんじゃないか?」


「手紙を挟んでいるところでばったり会ってしまったら格好がつかないだろう?」

「それもそうだ」

「では頼んだぞ」

「任せたまへ」


 レウレトから三つ折りにされた便箋を受け取るとピガットがカランと音をさせて部屋を出ていった。


 湯浴みを終えて自室に入る時、ドアノブ辺りに三つ折りにされた紙が挟んであるのをロクサーヌが見つけた。なんだろう? と手に取って開いてみる。そこにはたった一行だけ次のように書かれていた。


~~


 今宵十時、月光に照らされた薔薇の下、貴女を待つ。


――R――


~~


 誰だろう? そう思い、首を傾げてもう一度便箋を見る。その女性が書くような、繊細な文字を見て彼女は"R"が誰かが分かった。その瞬間、彼女は喜悦に包まれた。しかし、すぐにその華のような笑顔を曇らせてしまった。

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