アンダー ザ ローズ 8
そう思いつつレウレトが邸内へと足を運び、自室に戻ってシャワーを浴びる。蛇口を捻って湯を出したその時、浴室の外から聞き覚えのある声がした。
「御屋形様」
「ロ、ロクサーヌか?」
「はい、タオルとお召し物をこちらに」
「あ、ああ、適当に置いといてくれ」
「では……」
ロクサーヌが部屋を出たのを察してやっと彼は蛇口を閉めた。
「ふう、危うくのぼせるところだった」
言いながら体を拭き、お気に入りのオーデコロンを首筋に吹き付ける。レウレトの楽しみの一つである。彼は匂いにとても敏感であった。また非常に神経質でもあった。戦場に於いても常に香水を持ち歩いていたほどである。彼の傍についていたスラタニが香水を見つけて質問した。
「閣下、なぜ香水を持ち歩いてるんです?」
「これか、まあ一種の気分転換だな」
「気分転換?」
「ああ、疲れた時に嗅いで気分を落ち着かせるのだ」
その香水はロクサーヌも愛用していたから、その匂いを嗅いで愛する人を想っていたのだろう。
今日は彼の休日である。事前に一ヶ月の休暇を元帥府に申請していたのだ。この時分、レウレトのする仕事といえばテキサスの治世と軍の視察及び兵の激励といったものである。軍の編成に関してはマルローが統率し、調練はワトリックが担当している。テキサスに関してはある程度落ち着いてきたからスラタニに任せていた。腰にバスタオルを巻きつけて開け放った窓の側に立って涼んでいた時、ふと彼は思った。
――うん? なぜにロクサーヌがバスタオルを用意していたのだ?
それで彼はいつものように呼び鈴を鳴らす。デューイに先の疑問を聞こうとするためだ。ノックの音がしたので彼が、
「入れ」
といつもの調子で言う。しかし入ってきたのはデューイではなくロクサーヌだった。
「あの……、お呼びでしょうか?」
「い、いや! あの、アレだ! えっと……」
とレウレトがあわてふためいて腰に巻いたバスタオルを押さえて続ける。
「デューイを呼んできてくれ」
「はい」
返事してロクサーヌは部屋を出ていった。
――まてまて、なぜロクサーヌがメイド服を着ているのだ? デューイには何も指示を出していなかったよな……。
右手を頭に突っ込みながらそう考えていると、ノックの音がしたので"入れ"とまた言った。デューイが部屋に入るなりレウレトがこう切り出した。
「なぜロクサーヌがメイド服を着ている?」
「何か出来ることはないかとおっしゃられましたので」
「そうか……。では、なぜこの呼び鈴を鳴らしたらロクサーヌが来たのだ?」
「御屋形様の側仕えにしてはどうかとレティシア様がおっしゃられましたので」
「うむ……、母上が言うのなら仕方ない。彼女がしたいことならそうさせよう」
それでレウレトはロクサーヌの好きにやらせた。とはいえやはり気になってしまうのが人間の性である。特に好意を向けている女性ならなおさらだ。普段は誰も入れない書斎をロクサーヌに掃除をさせていて彼がそれとなくその様子を目で追っていたわけだが、そのせいで手に持っていた特秘扱いの公文書の内容がちっとも頭に入ってこない。ピガットとチェスをしていても彼は先のようにしていたからあっさり負けてしまう。なのでピガットはすぐに飽きてしまい、日課である邸内のパトロールに行ってしまう。そうして彼は一日、二日としっぽをムズムズさせてロクサーヌを追っていたわけだが、ある日そのムズムズが我慢できなくなったのでとうとう行動に移すことにした。
「ロクシー」
「はい、なんでしょう?」
「明日二人でピクニックにいかないか? 紅葉がとても美しいんだぞ」
「いえ、明日は食料の買い出しがあるので……」
「ふむ、そうか」
次の日になって彼はまた先と似たような内容でデートに誘う。しかるにロクサーヌの今度の答えは、
「明日はレティシア様に用事を頼まれまして……」
というものだった。
それならば仕方ないと思い引き下がる。次の日にまたレウレトが誘った。が、またしてもどこどこに行ってこうこうの用事があると断られてしまう。さすがにレウレトもこれはおかしいと感じてきた。
――信じたくはないが、ロクサーヌは意識してオレを避けているように思える。なぜに彼女はオレを避けるのだ? オレはこの邸の当主で、あくまで形式上だが、オレはロクサーヌの雇い主だ。こうなったら彼女に休みを与えればいいのではないのか? そうすれば自由な時間が出来るから、ゆっくり二人きりになれる……。うむ、我ながらいい考えだ。




