ペガサスのたてがみ結い師
天空に浮かぶ小島。
澄み切った湧き水で作られた湖のほとりに、私の開いている青空サロンがある。
職業は『ペガサスのたてがみ結い師』。
風を切り、空を駆ける気高き幻獣たちの美しさを、さらに引き立てるのが私の仕事だ。
「シャラッ……シャラッ……」
専用の銀の櫛で、真珠のように輝く純白のたてがみを梳かしていく。
今日のクライアントは、まだあどけなさが残る若いメスのペガサスだ。彼女は先ほどから、長いまつ毛を伏せ、ソワソワと落ち着きがない。
「ふふっ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ。明日の『お見合い飛行』、絶対に成功させてあげるからね」
私が優しく首筋を撫でると、彼女は「ブルルルッ」と鼻を鳴らし、少し照れたように耳を伏せた。
ペガサスのお見合いは、大空を並んで優雅に飛ぶことで相性を確かめ合う、彼らにとっての一大イベントなのだ。
「明日は快晴の予報だし、太陽の光を浴びて一番綺麗に見えるスタイルにしましょうか」
私は櫛を通し終えると、今日のために用意しておいた特別な木箱を開けた。
中に入っているのは、夜空の星をそのまま摘み取ったかのように、淡くチカチカと瞬く『星屑の花』だ。
これを、純白のたてがみに細いブルーのリボンと一緒に編み込んでいく。
キュッ、スルスル、ふわり。
風の抵抗にならないようしっかりと、しかし見た目はふんわりと柔らかく。
流れるようなたてがみに、星屑の花が天の川のように散りばめられていく。
尻尾にもお揃いの花をあしらい、最後に艶出しの朝露スプレーをひと吹き。
「はい、完成よ! さあ、あっちへ行って見てごらん」
私が湖の方を指差すと、彼女は恐る恐る、波一つない静かな『水鏡』へと歩み寄った。
水面を覗き込むペガサス。
そこに映っていたのは、いつものおてんばな自分ではない。星屑の花がキラキラと輝き、気品と可憐さを兼ね備えた、息を呑むほど美しい「大人のレディ」の姿だった。
「…………っ!」
ペガサスの目が、信じられないほどカッと見開かれた。
次の瞬間。
カパカパカパカパカパカパッ!!!
「えっ」
カパカパカパカパカパカパッ!!!
なんと彼女は、嬉しさのあまり立ち上がり、前足の蹄をものすごい高速で打ち鳴らし始めたのだ。
「キャーッ! 嘘、これアタシ!? めっちゃカワイイ!!」という幻聴が聞こえてきそうなほどの、全身全霊の喜びの舞である。
神々しい幻獣の威厳はどこへやら。
そこには、完璧なおめかしにテンションが天元突破してしまった、等身大の「恋する乙女」がいた。
「よかった、気に入ってくれたみたいね」
私が笑いかけると、彼女は嬉しそうに駆け寄り、私の頬にすりすりと顔を擦り付けてきた。
星屑の花から、甘く爽やかな香りが漂う。
「さあ、明日は自信を持って飛んでおいで!」
ヒヒーンッ!(お任せあれ!)
彼女は誇らしげに嘶くと、力強く白い翼を広げた。
バサァッ!と風を巻き起こし、真っ青な空へと舞い上がっていく。
太陽の光を反射してキラキラと輝くその後ろ姿は、誰の目から見ても、明日一番のヒロインだった。
「……さて。お見合い、うまくいくといいな」
空の彼方へ消えていく光の粒を見送ったあと、私は蹄の跡でボコボコになった湖畔の芝生を直しに、そっとほうきを手にするのだった。




