異世界アウトドア・釣具店
王都の喧騒から少し離れた裏通り。
巨大な牙魚の剥製が掲げられた、小さな釣具店がある。
店の名は――
『天空の浮きウキ』
空釣り専門。
魔境用アウトドア用品も取り扱う、知る人ぞ知る名店だ。
カランコロン。
重たい扉が開いた。
「たのもーっ!」
飛び込んできたのは、見習い冒険者の少年・四平だった。
店主ザックはランタンを磨く手を止め、片目だけを開く。
「……坊主、ここは遠足用品屋じゃねぇぞ。」
「遠足じゃないよ!」
四平は胸を張った。
「僕、雷雲エイを釣る!」
その一言で、ザックの目つきが変わる。
「……ほう。」
店の空気まで引き締まった。
「夢を見るガキは嫌いじゃねぇ。」
ザックは棚の奥から一本の釣竿を取り出す。
黒く輝く、飛竜の骨で作られたロッド。
さらに銀色の籠手。
「絶縁ミスリルグローブだ。
雷雲エイの電撃はワイバーンでも気絶する。」
「すごい……!」
「安物を買うと一匹釣る前に坊主が丸焼けになる。」
「それは嫌だ!」
「だからウチへ来る。」
ザックは少しだけ笑った。
「エサはミミズ?」
「空の魚に地面のエサ食わせるか。」
棚からガラス瓶を取り出す。
中では、小さな水色のスライムが、くるくると竜巻を作って飛び回っていた。
「暴風スライムだ。」
「かわいい。」
「かわいいと思って油断するな。」
ザックは瓶の栓を……
ほんの少しだけ開けた。
ヒュゴオオオオッ!!
「うわぁぁぁぁ!」
猛烈な突風。
帽子が飛ぶ。
四平が飛ぶ。
壁のテントが膨らむ。
店の入口に置いてあった『本日特価』の札まで宙を舞った。
ザックだけは微動だにしない。
片手で栓を閉める。
ピタリ。
風が止んだ。
「……毎月これで店を一回掃除する。」
「掃除なの!?」
「棚のホコリは全部飛ぶ。」
「商品も飛ぶよ!」
「だから値札だけは鎖で固定してある。」
見ると、本当に値札だけが小さな鎖で繋がれていた。
「長年の経験ってやつだ。」
四平は尊敬半分、呆れ半分で頷いた。
◇
会計を済ませようと財布を開く。
チャリン。
チャリン。
チャリン。
四平は小銭を何度も数えた。
「……足りる?」
「ギリギリだな。」
ザックは金貨をしまいながら、四平の格好を見た。
半袖。
薄いマント。
以上。
「坊主。」
「うん?」
「雲の上は氷点下だ。」
「……え?」
「雷雲エイは何日も粘って釣る魚だ。」
「……。」
「その格好じゃ三十分で氷漬けだ。」
四平は真っ青になった。
「忘れてた……。」
「忘れると思った。」
ザックは店の奥へ消え、戻ってきた。
毛皮の寝袋。
そして、雲の上でも安定して浮く、不思議な椅子。
「グリフォンの寝袋と浮遊チェアだ。」
「でも、お金……。」
「いらねぇ。」
「え?」
「その代わり条件がある。」
ザックは腕を組む。
「雷雲エイを釣ったら、『雷鳴のヒレ』を一本持ってこい。」
「うん!」
「釣れなかったら――」
ニヤリ。
「一年、ウチで店番だ。」
「えぇっ!?」
「接客、在庫整理、棚卸し。」
「それ冒険より大変そう!」
「ちなみに年末は地獄だ。」
「絶対釣って帰ってくる!」
四平は新品のロッドを抱え、大空へ向かって走り出した。
「いってきまーす!」
「死ぬなよー。」
「釣ってくるー!」
少年の姿が小さくなるまで、ザックは店先から見送った。
◇
「さて。」
ザックは店へ戻り、壁一面に飾られた写真を見上げる。
そこには、歴代の常連たちが釣り上げた巨大な雷雲エイ。
誇らしげな笑顔。
泥だらけの顔。
泣きながら抱きつく子どもたち。
その隅っこには、小さな札が貼ってある。
『店番修行中 現在七名』
ザックは顎ひげを撫でながら苦笑した。
「……最近のガキは夢はデカいが、寒さ対策だけは毎年忘れやがる。」
今日も『天空の浮きウキ』には、新しい夢を釣りに行く冒険者たちがやって来るのだった。




