王国税務官
「失礼します。王国税務局です」
朝一番、冒険者ギルドの重厚な扉が開いた。
血の匂いと酒の熱気で喧騒に包まれていたギルドが、文字通り「一瞬」で静まり返る。
「あっ……」
「ぜ、税務官だ……」
「よりによって『死神』が来やがったぞ……」
歴戦の冒険者たちが怯える中、受付嬢が引きつった笑みを浮かべる。
扉から入ってきたのは、仕立ての良い漆黒のスーツに身を包み、分厚い黒革の帳簿を抱えた王国税務官・アルトだった。
「本日は定期的な税務確認に参りました。皆さんの『正しい』申告内容を確認するだけですので、どうかリラックスを」
アルトは穏やかに微笑んだ。だが、その瞳の奥には、1コッパーの誤魔化しすら絶対に許さない冷徹な光が宿っている。
「それでは、順番にお願いします」
最初に呼ばれたのは、大剣を背負った傷だらけの戦士だった。
「去年の収入は?」
「……『鮮血の狂鬼』の討伐が三十件だ」
「狂暴な人喰い鬼ですね。素晴らしい貢献です。報酬は?」
「金貨三百枚……」
アルトは万年筆を滑らせ、帳簿に書き込む。
「ギルドの記録と一致します。申告どおりですね」
「次の方」
今度は、ローブを着たベテラン魔法使いが前へ出る。
「町を灰燼に帰す『災厄の大悪魔』討伐の報酬は?」
「金貨千枚じゃ。……じゃが待て、税務官殿!」
魔法使いが必死の形相で食い下がる。
「討伐の際、わしは最高級の魔力回復ポーションを十本も消費した! この経費は当然、差し引かれるのじゃろうな!?」
ギルド中の冒険者が唾を呑み込んでアルトを見つめる。
アルトは帳簿から顔を上げず、淡々と答えた。
「戦闘中のポーション使用は『消耗品費』として経費計上が可能です。……しかし」
アルトの万年筆がピタリと止まる。
「討伐後、歓楽街の酒場で三日三晩浴びるように飲んだエール代とエルフの踊り子へのチップ。
これを『交際費』として申請するのは無理がありますね。個人的な遊興費です。全額課税対象とさせていただきます」
「ぐあっ……!」
魔法使いは膝から崩れ落ちた。
順調かつ無慈悲に調査が進む中、一人の若い冒険者がおずおずと手を挙げた。
「えっと……あの……」
「どうされました?」
「古代遺跡の宝箱で見つけた金貨って……申告が必要ですか?」
ギルド中が水を打ったように静まり返る。
アルトはゆっくりと首を傾げ、この世で最も美しい、そして恐ろしい笑顔を浮かべた。
「……必要です」
「ええっ!?」
「ダンジョンで得た財宝も立派な『一時所得』です。
意図的な申告漏れは……『脱税』という名の、どんな魔物より重い罪になりますよ?」
若い冒険者は頭を抱え込んだ。
「誰も教えてくれなかった……!」
すると隣にいた歴戦の暗殺者が、同情するように肩をたたく。
「俺も昔、それで身ぐるみ剥がされた。……税務官からは逃げられん」
ギルド中に、乾いた諦めの笑いが広がった。
そのとき、受付嬢が一枚の羊皮紙を持ってきた。
「あ、あの、税務官さん」
「何でしょう?」
「こちらの特級依頼、報酬は金貨ではなく、魔界の瘴気を放つ『大悪魔の心臓』一個なんです。この場合、税金はどうなりますか?」
ギルド中の視線がアルトに集まる。
アルトは少し考えたあと、黒革の帳簿をパタンと閉じた。
「闇市場や錬金術師に売却すれば、莫大な価値がありますね」
「つまり……?」
「現金ではありませんが、『固定資産』または『棚卸資産』として申告してください。評価額に基づいて課税します」
冒険者たちは一斉に天を仰ぎ、絶望のため息をついた。
「世知辛すぎるだろ……」
「命懸けで大悪魔を倒して、税金で首が回らなくなるなんて……」
アルトは笑顔のまま、静かに、だが通る声で言った。
「皆さんが安心して魔物と戦えるよう、王国の強固な城壁も、補給線を繋ぐ街道も、そしてこの冒険者ギルドの運営費も、すべては適正な『税金』で支えられています」
その一言に、不満を漏らしていたギルドが静まり返る。
ギルド長が腕を組み、深くうなずいた。
「……そう言われちゃあ、払わないわけにはいかねえな」
調査が終わり、アルトが帰ろうとしたとき、一人の冒険者が呼び止めた。
「おい、税務官さん」
「はい」
「あんた、毎日毎日、こんな嫌われる仕事ばかりで嫌にならねえのか?」
アルトは少しだけギルドの窓から空を見上げ、薄く微笑んだ。
「勇者は魔王を倒し、世界を救います」
「鍛冶屋は剣を打ち、命を守ります」
「そして私は――」
アルトは黒革の帳簿を、まるで聖剣のように大切に抱え直した。
「王国のみんなが明日も生きていけるよう、国家の血流である『お金』を守り抜く。ただそれだけです」
そう言って優雅に一礼すると、アルトは静かにギルドを後にした。




