第70話
「どうして……来たの……」
私はシステム時刻を確認した。
あまりにも長い間、誰とも会話をしていなかったせいで、うまく声が出ない。
「まだ……給餌の日じゃ、ないよね?」
「緊急事態」
燈里が指先を軽く弾く。
空中に数人の人物データが投影された。
「こいつらはLv80+の職業アサシン。私のギルドの管轄外。あなたを狙っている。『燼天』討伐戦の最中に仕掛けるつもり」
「……そう」
私は頷いた。
狙われるのは初めてじゃない。もう慣れている。
「神器を所持している可能性が高い。それと……その中の一人は、私と同じ暗夜血族」
私はわずかに眉を上げた。
それは確かに、普通の殺し屋より厄介だ。
「魔龍燼天は間もなく封印を破る。あのクラスのワールドボスの危険度は分かっているはず。あなたでも……死ぬ可能性がある。そこに刺客まで加わる」
「……そう」
「“そう”じゃない。ここに残りなさい。燼天は他に任せて」
私は答えなかった。
魔龍燼天は一年に一度しか出現しないワールドボス。
神器強化に必要な重要素材を落とし、経験値も初回討伐報酬も莫大。
これを倒せば、災厄の源へ挑むための十分な切り札が揃う。
それは、必要なことだった。
災厄の源さえ倒せば、すべてが終わる。
「行かないで」
「……そう」
「“そう”ばっかり言わないで」
「……」
「……はあ」
燈里が小さく息を吐く。
「ごめん」
その瞬間、背後から突風。
燈里の柄が、私の後頭部へと叩き込まれる。アサシンのスタン技。
私は身を沈めて回避し、一気に距離を取る。
空間が裂ける。
次の瞬間、燈里が再び背後に出現。
「無意味」
彼女の攻撃パターンは知り尽くしている。
音を聞かなくても、角度が分かる。
インベントリから水晶を取り出し、握り潰す。
「あなた……戻って!!」
帰還水晶が発動し、私の身体は一瞬で主城へ転移した。
耳の奥に、燈里の声が残響のように響く。
彼女の空間系神器でも、この距離は越えられない。
追いつく前に、私は主城の転送陣へ踏み込み、別エリアへ跳ぶ。
「おい! 今の……!」
「見間違いじゃない……人類の裏切り者だ……」
外見を変える余裕がなく、通行人に気づかれた。
私はすぐに容姿を変え、再び転送。
数度の転移を経て、辿り着く。
アルセイン帝国。
第一降臨区。
すべてが始まった場所。
着地した瞬間、前方を見て、私は立ち止まった。
「これまでの出現パターンからして……今回は必ず来る」
〈余火〉ギルド副会長、白石千夏。
月白のローブを纏い、隊列の最前に立っている。
冷ややかな視線が、転送陣から現れる全員を一人ずつ検分していた。
「副会長、第三団、配置完了」
「第四団も展開。周囲七つの転送陣ポイントをすべて魔法陣で封鎖して。制限系のみ使用、傷つけないこと」
静かな指示。
盤面を読む棋士のような落ち着きと――
そして。
千夏の視線が、ゆっくりと私に止まる。
……鋭すぎる。
私たちは、視線を交わした。
千夏が、わずかに目を細める。
「さっきから、私をじっと見てたわね」
〈余火〉の紋章をつけた戦士たちが、ゆっくりと私を囲む。
「安全確認よ。あなたが、三百五十七日間も私の電話に出なかったあの最低女じゃないって証明してもらうわ」
千夏が拳を握る。
ぞわり。
……覚えすぎでしょ。
どれだけ根に持ってるの。
頭に鈍い幻痛が走る。
……捕まったら、本気で叩き割られるかもしれない。
「副会長! 対象、変装魔法を使用しています!」
「――捕まえなさい!!」




