第60話
「えっと……というわけで、これが……私たちの配信です。私は“狂狐”とかじゃないですから……適当に別の名前で呼んでください……」
渋々と台本を読み上げる。
白夜の宣伝効果は凄まじく、瞬きする間にコメント欄は視聴者で埋め尽くされた。
『ロケット狐狐はどう?』
「……ダメです!」
『ハゲ尻尾狐狐?』
「生えました!ちゃんと生えましたから!!」
『じゃあ“狂乱のハゲ尻尾ロケット狐狐”で決まりだな!』
「……」
くっ……!
私は画面から目を逸らし、コメント欄を見るのをやめた。
千夏が慌ててカメラを引き取る。
「沈黙はダメだよ!早く抽選イベントとかやろう!」
燈里は少し考えてから、淡々と言った。
「ランダムで当選者を一名、暗殺する?」
「……」
地獄みたいな配信だ。
まあいい。このまま退屈な空気になれば、きっとみんなすぐ飽きるはず……
……なんで視聴者数が倍になってるの?!
ドン――
突然、山頂から大太鼓の音が響いた。
続いて幾筋もの魔法光が夜空へと打ち上がる。
轟音とともに弾け、空一面に花火が咲いた。
山頂の祭司が拡声用魔導具を掲げ、声を街全体へ響かせる。
「海神祭、正式に開幕する!」
「ただいまより第一競技――飛魚捕獲を開始する!」
飛魚捕獲?
前世でも海神祭は何度もあったけれど、私は一度も参加したことがない。
だから詳しい進行は知らない。
「これよりルールを説明する!
参加は自由。登録後、全息魔法陣へ入場せよ。汝らは競技空間へ投影される。
競技エリアでは魔法・スキル・装備・冒険者用アイテムの使用を許可する。
エリア内での死亡は本物ではない。ただちに失格となるのみだ。
空を舞う飛魚を捕獲し、海神へ捧げよ。捧げた数がそのまま得点となる。
第一段階終了時、最多献上者には海神自らの祝福を授ける!水属性耐性+10!さらに王国特製の豪華報酬!
――それでは。
開始!」
「全員参加可能?」
労働改造中だった丸坊主たちが一斉に顔を上げ、目を輝かせた。
衡平が見張りの兵士に視線を向ける。
「俺たちも参加できるのか?」
兵士は面倒くさそうに手を振った。
「好きにしろ!俺も出るんだよ!じゃあな!」
「本当にいいのか?!
なら優勝すれば……減刑になる可能性もあるな?」
◇
「急げ急げ!今行かないと魔法陣に入れなくなるぞ!」
大阪降臨区が出現して以降、東京降臨区から大量の人間が流入している。
街は目に見えて混雑していた。
西フヴニア王国はそれをまったく予測しておらず、現在、魔法陣の緊急拡張に追われている。
「今年の冒険者は、ずいぶん熱心ですね……」
祭司が感慨深げに呟く。
私たちはもともと祭典区域にいたおかげで、人波が押し寄せる前に魔法陣へ滑り込むことができた。
「なるほど……」
魔法陣に足を踏み入れた瞬間、懐かしい匂いが鼻をくすぐる。
硫黄。
マンドラゴラの葉。
ミスリルプリズム。
魔晶粉。
「……ギルド戦と同型の陣式か。」
その匂いと空気だけで、身体が勝手に戦闘態勢へ切り替わる。
前世で、何度ギルド戦を経験したかわからない。ほぼ数週間に一度は起きていた。
ギルド戦には二種類ある。
ひとつは現実戦――相手の拠点を制圧するまで終わらない、死を伴う戦争。
もうひとつは模擬戦。魔法陣を用いたシミュレーション戦で、死亡しても実際には死なない。
大半は資源争いを解決するための模擬戦だった。
この祭典の陣式は、その模擬戦と同種。
この匂いを嗅ぐと――DNAが勝手に目を覚ます感覚がある。
『――え、何これ?狐さん急に雰囲気変わった!?』
『目が鋭い……!か、かっこよ……!』
『やば、さらに好きになった』
「……ふぅ」
背後の燈里の存在を意識的に無視する。
これはギルド戦じゃない。
「シミュレーション開始……戦場へ」
視界が一瞬で切り替わる。
次の瞬間、私は雲海の上に立っていた。
見えないガラスの床が空中に広がり、参加者を支えている。
身体は軽く、水中に浮かんでいるような感覚。
「おい!そこのお前!死ぬ準備はできたか!!」
足場を確認する間もなく、凶悪な視線がこちらへ向けられる。
集団だ。
そして彼らには、共通点があった。
――全員、頭が光っている。
髪の毛が、ない。




