砲声の先に
業務中、エミリー・フラーはふと遠くから響く重低音に顔を上げた。
──砲声?
それが錯覚ではないと気づいた瞬間、彼女は書類を置いてギルドの階段を駆け上がった。屋上にたどり着くと、港の沖合に広がる異様な光景が視界に飛び込んでくる。
海上に並走する艦隊──二つ。それぞれの砲門が閃光を放ち、黒煙が空を裂く。響き渡る連続砲火の轟音。クナーの街の空気を揺らすような重圧を孕んだ衝撃波が、肌にまで伝わってきた。
目を凝らしたエミリーの視線の先、ひときわ大きな艦影が火を噴いた。
ドォォンッ!
爆炎が艦の中央を吹き飛ばし、濛々と黒煙が上がる。艦体が音を立てて崩れていくのが、この距離からでも見えた。
魔法によるものか──そう思った瞬間、エミリーは首を振った。そんな稀少な戦力が、今の軍に常備されているはずがない。おそらくは弾薬庫への直撃だ。
やがて、攻撃を行った側の艦隊が整然とした撤退行動に入る。被害艦隊は動揺しながらも、残存艦を連ねてクナーの港へ向けて航行を始めた。
そして、港へ入った艦隊を迎えたのは、すでに埠頭を埋め尽くしていた水夫、商会員、冒険者たちだった。
艦隊は、かつて出航したスィニ商会の残存輸送船団と、それを護衛していたララ王国の合同艦隊。だが、その中心にあったはずの旗艦──三等戦列艦アガパンサスの姿はなかった。
「旗艦は……沈みました。ドレルレン伯爵も、乗艦と運命を共にされました」
顔面蒼白の伝令将校が、スィニ商会とギルドの代表に向けてそう告げたとき、エミリーの背筋に冷たいものが走った。
堅実な指揮で知られ、一線から退いた後も皆から信頼されていたドレルレン伯爵の死。艦隊の壊滅。そして、王国の名を冠した正式な海軍艦隊が敗北したという事実。
これはもはや、スィニ商会だけの問題ではなかった。
ララ王国の威信が、海上で踏みにじられたのだ。
エミリーは静かに、残存艦の損傷を見つめながら思った。
──これは、ただの貿易航路の話でもない。
始まりかもしれない。何か、もっと大きな渦の。




