みんなで仲良く
ダミアンの家は、ウォーリアルの郊外にある立派な一軒家だった。
最近建てたばかりで、全体的に木で造られた室内はどこも綺麗で清潔を保たれている。勇者になってからというもの、収入は以前と比較にもならないほど増えて、その結果がこの家なんだとか。自慢気に教えてくれた。
新築の香りが漂う中、偉そうに二人がけソファへ腰を下ろしたダミアンに続いてドンも一人がけのソファに座り、ケンは相変わらずひとり忙しそうに夕食の支度を始めた。
神作が手伝いに行くと言うから、せっかくなら私も…とついていこうとしたところで、声を掛けられて足を止める。
「姫が手伝う必要なんかない。そんなもの、奴隷にやらせればいい」
「……神作は奴隷じゃない。ケンもね」
横柄で生意気なダミアンには一瞥を返して、対面式になっているキッチンへと向かった。
慣れた手つきで野菜を切るケンの隣に立つと、彼は嬉しそうな笑顔で「ありがとう」と一言だけ伝えてきた。こんなにも好青年で良い人なのに、物のように扱われているのが余計に許せなくて、意地になって慣れない料理を手伝った。
「ケンは、どうしてパーティを抜けないの?あいつら、ムカつかない?」
「はは……僕には、才能が無いから。ひとりだと、簡単なクエストさえ受けられないんだ。死んで終わりだよ」
「だからって…」
「そ、それにね?恥ずかしい話なんだけど……僕、ダミアンが好きなんだ」
以前、ひとりでマスタースライムを倒しに行ったクエストで、ボロボロにやられていたところを助けてくれた恩もあるらしい。
その時に一目惚れして以降、好きな人のためならと歯向かう事なんて考えすらしないと、ケンは照れた顔で語った。
「ダミアンには伝えてるの?好きなこと」
「い、いや……僕なんかが、おこがましいよ」
「はぁ……ほんと、恋って厄介ね」
惚れた弱みというやつだろう。その気持ちは、私にも痛いほど分かる。
分かるからこそ、それ以上は何も言えなくなってしまった。ケン自身が幸せなら、外野がとやかく言うことじゃないと思ったから。
腑に落ちないものの、こればっかりは仕方ない。淡い恋心を知ってしまった今、私にできる事は密かに報われることを応援するくらいだ。……あんな奴と付き合えたとして、先は見えてる気もするけど。
「あーあ。私も神作と付き合いたいな……ね?神作」
「……私に言われても困ります」
「ふたりは恋仲なんだ!だからカミサクの君を見る目が」
「おっと、手が滑りました」
ケンの手元――まな板に向かって包丁を突き立てた神作は、わざとらしい声を出す。
「あまりくだらないことを言うと、殺しますよ」
「は、はい……ごめんなさい」
「神作…やりすぎ」
「大変失礼致しました。お怪我はございませんか」
打って変わって優しい対応をされてたけど、ケンの顔は青ざめていた。あとちょっとズレていたら自分の指が落ちていたかもしれないんだから、当然だ。
そんなこんなで夕食の準備を終え、未だ座ったままでふんぞり返っているダミアン達の前に皿を並べていく。
「……品が無いわね」
ナイフも用意されているのに、雑にフォークで肉を刺して持ち上げ、豪快にかぶりつくダミアンとドンの食べ方を前に少し引いた。現世では、そんな風に食べる人が周りにいなかったから。
肉汁を飛び散らせたり、口元についたソースを指の腹で拭ってべろんと舐めたり。野性的すぎて、同じ人間とは思えない仕草だった。
勇者と名乗るわりに勇者らしからぬ粗暴さというか、育ちの悪さが目立って、ますます印象は悪くなる。
食事後は、ケンが作ったというスポンジケーキとワインを嗜む時間があって、苦いお酒の味に苦戦しながらもしっかり全部平らげた。残すのも悪いかなって。
世界がふわふわするほろ酔い気分の中、神作に支えられて寝室へ運ばれる。そっとベッド脇に座らされて、深くため息をついた。
「一杯しか飲んでないのに……私、お酒弱いのかも」
「慣れないうちはそんなものです」
「神作は酔ってない?」
「あのくらいでは全然…」
「チッ…」
「なんですか、その舌打ちは」
「いや〜?酔ってたらまたワンチャンあるかなって…」
「ありません。もう二度と、あんな過ちは犯しませんよ」
「ですよねー…」
酔ってるせいか、発言に自制が効かない。いつもなら心の中だけで留める悪巧みも想いも、スラスラと口から溢れ出る。
「私はこんなに好きなのに……神作は好きじゃないんだって」
唇を尖らせて拗ねた事を言うと、隣では神作が言葉を詰まらせていた。
困らせたくないと思うのに、困った顔が見たいと願ってしまうのは、きっと叶わない恋心を拗らせた結果で、もどかしい思いが胸を締め付ける。
全てをお酒のせいにして、このまま誘惑しちゃおうか…なんて思考が頭を過ぎった。言い訳があれば、神作も素直になってくれるかもしれないっていう希望にも似た願望だ。
「ねぇ……神作」
「はい」
「私と…」
言いかけて、扉が開いた音に遮られる。
言葉を止めて見てみれば、ダミアンとドンがズカズカと無遠慮に入ってきた。その後ろには、難しい顔をしたケンがいる。
「いい感じに仕上がってるな。……おい、ケン。あいつを出せ」
「う、うん。分かった」
「あいつ…?」
怪訝に眉をひそめていると、手を前にかざしたケンが呪文を呟き、現れた“そいつ”はウニョウニョと蠢いて目にも止まらぬ速さで私達を襲った。
動くこともできず腕ごと体を拘束された私と神作は、驚いて目を見開く。
“そいつ”の正体は、タコにも似た人ほどのサイズを持つモンスターだった。
「強い酒で酔わせたとはいえ……念には念を、な。俺のお姫様は気が強いから」
「……いったい、どういうつもり?」
「男の家に来たんだ。…分かるだろ?」
「ごめん…ふたりとも」
鼻で笑うダミアンの表情や言い草から、近付いた目的はこれかと理解する。薄々はそんな予感がしてたけど、まさかこんな手荒な真似をするとまでは予想してなかった。
ケンは今にも泣きそうな表情で、彼に悪意がないことは明白だ。いくら好きだからって言われるがまま従うのも、どうかとは思うけど。
今から襲う気満々のダミアン達を見て、神作は思うところがあったようで、納得した顔を上げた。
「…なるほど。どうやら、噂は本当だったようです」
「噂?」
「はい。ここ最近、勇者を名乗る者がギルドへ来た女性を狙って拉致しているとかなんとか……受付嬢♂から注意喚起を受けました」
「……なんで教えてくれなかったの」
「知っていたら、ここまでついてきましたか?」
その一言で、察してしまう。こいつ私を囮に使ったな…?と。
憎らしいほど強かな彼女はテイマーの私よりも遥かに人を操ることに長けていて、今はその有能さが誇らしいというか恨めしいというか。
文句はたくさん頭に浮かぶものの、そんなことしてる場合じゃない。触手の拘束から抜け出さないことには、ふたりして暴行されて終わりだ。
冷や汗が頬を伝う。ギリギリと締め付けてくる触手は、とてもじゃないけど非力な私じゃ振りほどけない。
「……さて。証拠も揃いました。もうここに用はないです」
「用はないって言っても……こんなんじゃ帰れないわよ」
「この私が、李瑠様をそうやすやす危険に晒すとでもお思いですか」
余裕綽々と、いつの間にか持っていた短剣であっさり触手を切り落とした神作は、
「ということで。みんなで仲良くクエストを受けに行きましょう!」
「はぁ?」
脈絡もなくとんでもないことを言って、嬉々として小さく拳を作った。




