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あれ…?









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 まただ。


 暗闇の中、文字が浮かんでいる。


 二度目となる光景をぼんやりと眺めながら、ロードが終わるのを待った。

 これが表示されているということは、私は無事に死ねたということだ。思いつきの方法は成功してくれたらしい。

 もし仮説が合っていれば、神作も生き返っているだろう。

 

 早く目覚めたい。


「っ……!」


 意識が覚醒してすぐ、私は勢いよく飛び起きた。

 周りを見れば目覚めたのはインターレスト村の宿で、ガサガサして痛い藁の上、真っ先に確認したのは神作の姿だった。

 振り返れば綺麗な姿勢で横たわる神作がそばにいて、胸に手を当てて心臓が動いているかどうかをまず確認した。


「生きてる…」


 トクン、トクンと脈打つ音に安堵して、体の力が抜ける。

 だけど神作が目覚めるまでは、本当の意味で安心できなくて、待ってる間は不安で不安で仕方なかった。

 前回、私が死んだ時も先に起きていた神作はこんな気持ちだったのかな。

 もう一生起きてくれなかったらどうしよう。唯一の心を開いている相手がいなくなって、異世界にひとり取り残されたら……って。寂しさと孤独への恐怖で胸をいっぱいにして、体が変に落ち着かなくてソワソワする。

 神作はきっと思わないだろうけど、私には愛する人を失う辛さもあって、余計に苦しい。


「お願い、起きて……起きてよ、神作…」


 冷えた手を顔の前で祈るように握って、後は願うしかなかった。

 どのくらい時間が経ったんだろう。

 ひたすら「起きて」と願い続けて、自分の手までも冷えきった頃。


「……李瑠、様」


 掠れた声が、耳に届いた。


「神作…?」


 バッと顔を上げれば、うっすらと瞼を上げた神作と目が合う。


「神作…!」


 思わず抱きついた私の体を受け止めた彼女は、何も言わずに頭に手を置いて、穏やかな手つきで撫でてくれた。

 動いて、生きている神作の感触を腕や体全部で感じ取ろうと頬をすり寄せては、目からはとめどなく涙が溢れ出てくる。

 温かな体温が、髪を撫でてくれる手の感触が、生の実感を心にもたらしてくれた。


「神作……よかった…っんーーー、だいすき。会いたかった。あいしてる!」

「……寝起きから愛が重すぎます。あと物理的にも重いです、どいてください」

「だってもう会えなくなっちゃったらどうしようって……不安だったの。はぁー……ほんとよかった。神作の匂いする、最高…」

「さり気なく匂いを嗅ぐのはおやめください!気色悪い」

「気色悪いってなに!?ひどい!こんなにも泣いちゃうくらい心配してたのに」


 人の顔を押して引っペがそうとするから、負けじと顔を押し付けて、ついでに泣いた跡も見せつける。

 それを見て何を思ったのか、押されていた圧力が無くなって、代わりに優しく涙を拭われた。


「……ごめんなさい、守れなくて」


 堅苦しい言い方じゃない、素の神作から出たであろう言葉に歓喜した心は単純で、今さっきまであった不安感は簡単に吹き飛んでしまった。

 神作の胸の中に飛び込んで、ここぞとばかりに甘えた仕草ですり寄る。


「責任取って結婚して?あとちゅーして」

「分かりました。結婚は無理ですが、キスくらいならいいですよ」

「そんなこと言って〜、ほんとは神作もしたいくせに……って、え?」


 てっきりいつもみたいに断られると思ってたのに、予想外の言葉が耳に入ってきて、驚いて体を起こす。

 聞き間違いじゃ……ないよね?

 思考を停止させた私を怪訝に思ったのか、眉をひそめ首をひねった神作は、不思議そうに口を開いた。


「しないんですか、キス」

「え……いや、え?し、してくれるの」

「はい。一回くらいなら……構いませんよ」


 夢?

 あまりに自分にとって都合のいいことが起きてるから、疑心暗鬼になって頬を強くつまんでみる。


「……夢じゃありませんよ」


 私の行動から思考を読み取ったんだろう、呆れた声を出してため息をついた神作は、するりと腰に手を回して顎を支え持ってきた。


「や……あ、あの、その、まって。まだ、心の準備ができてないって、いうか…」

 

 キスする気満々の行動に、直前になって怖気づいた私が顔を逸らせば、半ば無理やり前を向かされる。


「さっさと終わらせますよ。……ほら、目を閉じて」


 ムードも何もない、面倒だと言わんばかりの口調にも今は傷付く余裕すらなくて、落ち着きなく瞬きを繰り返していた瞼を言われるがまま閉じた。

 本当にさっさと終わらせたいらしい神作の唇はあっさりと浅く触れて、数秒経たず離れる。

 あまりに一瞬すぎて物足りない……と落胆する頭の片隅で、ひとつ疑問が湧いて出てきていた。


 あれ……私、この感触知ってるかも。


 いつ、どこで体感したかは思い出せない。だけど、なぜか身に覚えがある。今のがファーストキスなはずなのに。

 頭の上にはてなマークを浮かべて、なんでだろう?と記憶を掘り返していたら、神作はそれを今のキスじゃ不満に思っていると勘違いしたようで。


「……足りませんでしたか」

「え?」

「仕方のない人ですね」


 そういうわけじゃなかったんだけど……言う前に私の体はくるんと器用に藁の上へ押し倒されていて、手首を押し付けて固定した神作が顔を落とす。

 二度目のキスをした時も、やっぱり以前にもした事があるような気がして不思議に思う。

 今度は触れるだけじゃなく、さっきよりも少し濃厚めなものだったのが、またさらに脳に潜む記憶をくすぐる。


「どうしたの」


 私が集中してない事を察して、唇を指でなぞりながら聞いてきた神作も……近しい状況を経験あるかも。デジャヴ?


「期待に添えませんでしたか」

「あ……いや、そうじゃなくて、んー…」

「何かあるなら、教えてください」

「なんか、私……キスしたことあるかも?って、思って」


 唇に当てられていた手が、ピタリと動きを止める。


「……気のせいじゃないですか」

「えー……でも、うーん…既視感あるの。誰としたんだろ…?」

「どうせ、旦那様と…とか。その辺でしょう」

「それは絶対ない。パパもママもそういうことするタイプじゃないもの。誰だったかなぁー……うぅん」

「思い出せないものを、わざわざ思い出す必要はありません。嫌な記憶だから、蓋をしている可能性もあるでしょうし」

「そう……だけど、気になっちゃって…」

「李瑠様」


 悶々とする私を現実へと呼び覚ますように、はっきりとした口調で声を掛けた神作は、唇に指の先を食い込ませてきて、真っ直ぐに見つめられる。

 改めて顔の近さを認識した途端、羞恥心が勝って、頭の中は見事に白く染まった。


「今は、こっちに集中して」


 惹き付けられる言い方を、多分あえて選んで言った神作に唇を奪われ、余裕を無くした頭では思考もままならない。

 だけどせっかくの念願のキスを楽しむため、相手の首に腕を回して、押し付けるように口をすぼめる。

 神作も応えてくれて、柔く揉む動きで挟み込まれた。

 たまに響くリップ音の生々しさに、いちいち恥ずかしくなって顔が熱くなる。

 好きな人とこうして触れ合える日が来るなんて。今ある幸せを噛み締めるのに精一杯で、過去のことなんてどうでも良くなってしまった。


「……満足できましたか」

「んー……足りない。もっと♡」

「さて、私はひとりで馬車に乗ってウォーリアルへ行ってきます。李瑠様、達者で」

「ちょっと!置いてくのはさすがにひどくない?」

「冗談です。…おいで。今日だけは、たくさん甘えていいですよ」


 腕を広げてくれるから、おずおずとまた抱きしめられに行く。

 なんだか、神作が神作じゃないみたい。

 一回死んだら、人格まで変わっちゃうのかなって心配になったけど、きっと違う。彼女なりに、今回の死で思うことがあったんだろう。

 背中をさすってくれる手の優しさからそれが伝わるから、どんな不安も解消された。


「……私が死んだ後、何がありましたか」


 少しして聞かれた事には、ちゃんと答える。

 神作のくれたアクセサリーのおかげで生き残ったことや、生き返らせるために死んだこと、アックスを逃してしまったこと。

 私の話を聞いている間、彼女は表情を曇らせていて、話し終わった後は力強く抱きしめられた。


「辛い思いをしてしまって……申し訳ありません」

「大丈夫!今こうして一緒にいられてるし、結果オーライでしょ」

「……頑張りましたね、李瑠様」


 頬を両手で包み込んで、一回だけって言ってたのに何回もキスをしてくれる神作に甘えて、首にしがみつく。

 だけど、お詫びの意味も含まれてるのかなー…と思ったら、気分はどこまでも複雑だった。私のことが好きでしてくれる訳じゃないキスに、意味はあるのかな?とか。 

 まぁいいや。気持ちいいし、神作はかわいいし。

 暗い気持ちは片隅へと追いやって、目先の欲望に夢中で貪りついた。


「はぁ……すき。神作…」

「……はい」

「もっとして…?」


 そしてさり気なく、今ならいけちゃうのでは?と企んで相手の手を胸元へ運んだら、察しのいい彼女は目を細めて勘付いた。


「まさか…なし崩しに抱いてもらおうとしてます?」

「チッ……バレたか」

「ほんと、その狡猾さを戦闘でも活かしてくれたら、アフターケアにこんなことする必要はないんですがね」

「さすがに傷付くんだけど」


 “アフターケア”という言葉を使われた事にムッとして、神作の肩を強く押す。


「義務感でやってるなら、もうしなくていい」

「……分かりました」


 否定されない事にも苛立って、神作に背を向けて寝転んだ。

 しばらく、気まずい沈黙が続く。

 険悪な空気になったのは、そういえば異世界に来てからは初めてで、現世にいた頃はたまにこうやって喧嘩もしてたな……とふと思い出した。

 向こうにいた時も、神作のつれない態度に拗ねては、よく困らせてたっけ。

 どこに行っても私はわがままで、迷惑をかけるばかり。これじゃ、好かれないのも無理はない……なんて珍しくナーバスな気持ちに陥って、出てきた涙を手の甲で拭った。


「李瑠様」

「……なに。話しかけないで」

「こちらを、向いてくれませんか」

「やだ。今は顔も見たくな…」


 言葉の途中で、後ろから顎を持たれて、私の意思に反して振り向かされる。

 いったい何を考えてるのか、優しく唇を奪ってきた神作は、驚く私をじっと見つめてきた。


「怒らせてすみません」

「っ……やめてよ。そうやってご機嫌取りにキスするの」

「違います」


 彼女にしては必死な無表情で、さっきとは違ってすぐ否定された。


「今のは、義務感からじゃありませんよ」


 突き放されたと思ったら、今度はこうして引き寄せられる。神作の思いはどこにあるのかも、分からないのに。

 悔しいけど、嬉しくなっちゃうばかな心が胸を締め付けて、結局いつもと変わらず私は神作を許してしまう。狙ってやってるんだとしても、惚れた弱みってやつである。


「はぁー……もういいよ。次の街行こ」

「はい」


 気を取り直して、起き上がる。

 こうして無事、色んな危機を乗り越えた私達は、インターレスト村を早くも旅立つことになったのだった。



 

 

 


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