中ボス大ボスてんこ盛り?
山賊を倒し、また馬車を稼働させた私達は気まずい空気を残したまま。
「……着きました。ここが一時滞在所となる――インターレスト村です」
到着した村は思っていたよりも寂れた雰囲気で、木や藁で作られた家はボロく、ところどころ崩壊している。人も少なく、通りすがる住民は皆疲れ果てた顔色だった。
かろうじて泊まる予定の宿屋だけはしっかりした木の造りで、大きめの平屋といった感じの建物だ。
武器屋なんかは無さそうで、最初に行った村よりも随分物寂しい。
「おかしい…」
「え?どうしたの」
「この村は本来、もっと栄えていたはずなのですが……何か、嫌な予感がします。村の中でも、慎重に行動しましょう」
図書館で得たインターレスト村とは雰囲気が違うことに神作は違和感を抱いていて、警戒しながら宿へ向かう。
「宿泊したいのですが」
「……一泊5000ゼンニーだ。払えないんだったら帰りな」
「は!?なんでそんな高額…」
「李瑠様、仕方ありません。ここ以外に泊まれる場所はありませんし、おとなしく支払いましょう」
「そ、そうだけど」
「幸い、ギリギリ支払えるくらいのゼンニーは残っています。……それにしても、法外な値段ですが」
ホーキンズとは違って、こんなにも小さな村なのに物価は高いなんて……やっぱり、何か変だ。
だけど神作の言う通り、ここ以外に泊まれる場所はない。宿が無いと、何かあった時にリスポーンするのはホーキンズになる。この村まで来るのにけっこうかかったことを考えると、後々大変になるのは明白だった。
死ななければいい話。でも、今の私は足手まといで、100%の保証はない。
泣く泣く残りのお金を使い切る形で支払って、案内された客室へ入ると、そこには藁の上に布が敷かれただけの簡素なベッドしかなかった。
「ひどい……これで5000円も取るの…?」
「これでは、馬小屋に泊まるのと大差ありませんね」
異世界の料金設定をよく知らないとはいえ、まるで詐欺に近い。
不信感が募る中、とりあえずその日は日も暮れきっていたから藁の上でふたり、寝心地が悪い中で就寝した。
「この村に長居する理由もありません。さっさとウォーリアルへ移動しましょう」
「そうね……村の人もなんだかみんなピリピリしてて、居心地も悪いし…」
翌朝、起きてすぐ私達は出入り口に停めてもらっていた馬車まで急いだ。治安が悪く、村人同士が喧嘩するようなところにこれ以上いたくなかったから。
だけど。
「馬車を出せない?」
「は、はい……実は、この村の周辺に魔王軍の基地ができてしまったようで、今馬車を走らせるには危険で…私も死にたくはないのです」
御者のおじさんは怯えきった声でそう説明して、ひとりキャビンの中へ隠れこんでしまった。
そんな事を言われても、馬車に乗れないなんて困る。呆然と立ち尽くした私の隣で、神作は眉間に濃くシワを寄せた。
「……なるほど。この村の治安が悪くなったのも、魔王軍の影響ですね」
「ど、どうする?さすがに歩きじゃ行けないだろうし……このままじゃ私達、この村から出られない」
「全ての原因である基地を壊滅させるしか、方法はないでしょう」
「でも、危険じゃない…?」
「やるしかありません。李瑠様、行きましょう」
「う、うん!」
現状を打破するため、村を出て森の中を進み、人気のないところに建つ魔王軍の基地へと向かうことにした。
装備を軽く整え、何かあった時のためにとキズ薬と万能薬をひとつずつ渡された。神作は手袋をしっかりとはめ、日本刀を片手に持つ。
魔王軍の基地に行く途中にも、森の中で野生のモンスターに遭遇して、その度に神作が日本刀で斬り殺していった。
私も私で、自分に出来ることを……と思ったけど、攻撃を躊躇してる間に倒されてしまうから出る幕はなかった。
「神作……強いね」
「ホーキンズでのレベル上げが功を奏したようです。ただ、油断はできません。基地というからには、統率者がいるはず……いわゆるボス戦に突入する可能性が高いです。気を引き締めていきましょう」
神作の言う通り、高くそびえ立った塀で囲まれた基地に侵入し、鎧を着た魔物達を倒して奥へ進んでいくと、開けた広場に繋がった。
そこには、他の魔物とはひと目見て違うと分かる、人間の姿に近い白髪ロングの男の人が居て、黒ずくめの衣服に身を包んだ彼は離れていても威圧を感じるほどのオーラを放っていた。
比べ物にならないほど強いと、本能的に感じさせる迫力を持つ男に、思わず息を呑む。
男は私達の姿を確認して、ニタリとニヒルな笑みを浮かべる。
「……来たか、勇者御一行」
「あ、違います」
「そうか……え?違うの?」
「はい。ただの通りすがりの冒険家です」
「あ……そう。そうか。うん。じゃあ……えっと、どうしようね」
一体どんな人柄なのかと思ったら、気が抜けるような会話を経て、男はポリポリ頬を掻いた。
「とりあえず、お茶する?」
「ふざけるのも大概にしてください!」
「いや、神作……あんたのせいよ」
「これはこれは、失礼しました」
「なんなのよ、このやり取り…」
緊張感のない空気に拍子抜けして、ため息をつく。せっかく今からボス戦!って感じだったのに。
この時、警戒を解いてしまったのが間違いだった。
あるいは、そういう作戦だったのかもしれない。
「勇者でないなら、貴様らの相手は私ではないな。……いでよ、炎の魔神――イフリート」
男が左手をかざし名を呼ぶと、黒い煙に包まれた中から巨大なモンスターが現れた。
筋肉隆々な褐色肌に、二本足で立った3m級のモンスターの首周りにはライオンのような赤いたてがみが生え、手首には鋼鉄の枷に、そこから伸びた千切れた鎖。
言葉は離せないのか、登場と同時に牙を剥き出して雄叫び、その声量によって室内全体がビリついた。
「っ……李瑠様は下がっていてください!」
さすがの迫力に神作も危機を感じたのか、声を荒げてボックスから水属性の剣を取り出して構えた。
「ふむ。その女を守りたいようだな」
しかし、それが仇となる。
神作にとっての弱点――私の存在を悟った男は指を鳴らし、それが合図だったらしくぞろぞろと至る所から魔王軍であろうモンスター達が現れた。
敵に囲まれ、焦りを表すかのように神作の額から一筋の汗が垂れる。
「さぁ……どうする?名もなき冒険者よ。姫を守って死ぬか、見捨てて死ぬか……選ぶがいい」
「……李瑠様を守り抜いて全滅させる、一択です」
「威勢がいいな。いいじゃないか、やってみろ」
余裕綽々で、やたら背もたれの高い鉄の椅子に腰を下ろした男は、足を組んで嘲笑った。
挑発には乗らず、真っ先に私の元へと駆け寄ろうとした神作に、イフリートの攻撃が降りかかった。
人の胴体ほどはある、勢いよく振り下ろされた拳を刃に手を添えてで受け止め、顔をしかめた神作の口から「くそ」と余裕のない言葉が吐かれる。
「李瑠様……お逃げください!この建物から出るのです」
「させんよ」
パチン、という音が響き渡って、部屋中の扉という扉が勝手に閉まっていく。神作の顔は、さらに怒りで歪んだ。
「っこんの……性悪!ロン毛野郎!」
「ロン毛には触れるな!」
「うるさい、その無駄に長い髪……引き千切ってやります!」
「やってみろ、ばーかばーか!」
子供じみた挑発に、いよいよ耐え兼ねたらしい神作はイフリートの拳を払い除け、横へ一直線に剣先を滑らせる。
胸元に傷を負ったイフリートは悶え苦しんだものの、それだけでは倒れず、神作の体を掴もうと乱雑に手を伸ばした。
自分に向かってくる拳を避けることなく、両手で支え持った剣を振り下ろした神作の攻撃は当たりどころが悪く、手首につけている枷によって弾かれた。
反動によって体を大きく仰け反らせたところを、横からぶん殴られ吹き飛ばされた神作の体は骨が折れるような鈍い音を立てて壁にぶつかる。
「神作…!」
助けに行こうにも、周りにいるモンスター達が止めるように動き出し、繰り出される攻撃から逃げるのが精一杯で駆け寄ることすらできない。
咳き込みながら立ち上がった神作の手には日本刀が増えていて、ギラついた瞳がイフリートを捉える。
「李瑠様……こいつを倒すまで耐えられますか」
「わ、私は大丈夫!ほら、ピコピコハンマーあるし!」
私を守ることよりも、目の前の敵を倒す事に集中したい神作の意図を汲んで、ボックスから唯一の武器であるピコピコハンマーを取り出した。
少しは安心してくれたのか、浅く微笑んで二刀流の腕を広げイフリートへ向かって走り出した神作は、迫り来る拳を払うように刀を振るい、もう片方の剣は前に突き出した。
腹部に深く刺さった剣を引き抜き、今度は日本刀で腕を切りつけ、反撃の隙もなく繰り出される連撃にイフリートも圧倒されていた。
そんな神作に見惚れてる場合じゃない私も私で、そばにいたモンスターに向かってピコピコハンマーを振り下ろしてみた。
「えいっ…」
正直、威力は期待してなかったけど……殴った瞬間に爆発が起こり、その衝撃波に耐えられなかった体は後ろへ吹き飛んで尻もちをついた。
「いった……え。これ、こんな強いの?」
一発でモンスターを倒せたピコピコハンマーを驚いて見つめた私に、容赦なく次々とモンスター達が襲いかかる。
だけど適当に振り回してるだけでも、ちょっと当たれば爆発が起きて木っ端微塵にできるから、実質的に目をぎゅっと閉じてても無双できていた。
「おお……ちょっと楽しい」
レベルが低すぎた影響か、倒せば倒すほど簡単にレベルも上がっていくから、途中からはもうゲーム感覚でモンスターを叩いては倒しすっ転び、叩いては倒しすっ転びを繰り返した。
なかなか私も、やればできるのでは…?と自惚れた頃、神作もイフリートを倒せたようで。
「っ……はぁ、はぁ」
だけど想像以上に体力を消耗したのか、イフリートが消える直前にその場で膝をついてしゃがみこんでいた。
「神作…!大丈夫?」
「くっそ疲れた……難易度設定ミスってません?これ」
「そ、それはちょっと、知らないけど…」
なんかメタいことを言われた気がするけど、よく分からないからスルーしておく。
剣を地面に刺して、それを支えに立ち上がった神作はフラフラで、とても戦えるような状態じゃなさそうだった。よく見れば、内臓に傷を負ったのか口の端からは血が流れた跡があった。
「……なかなかやるな。名もなき冒険者よ」
それなのに、まだ肝心のボスは倒せていない。
椅子に座っていた男は感心した様子で、悠々と立ち上がる。
「喜べ。この私が相手してやろう」
こちらは満身創痍、相手は無傷。優劣の差は歴然で、冷や汗が背筋を伝う。
神作が傷を負って疲れ果てている今、頼りになるのは未だクソ雑魚なこの私だけ。
これまでにない、危機的状況が訪れた。