最下層のボス
隠れステージから通路をひたすら進み、辿り着いた広間には……何もなかった。
砂壁が高く高く積み重なり、六本の円柱が並ぶ空間に灯りは少なく、薄暗さに目を細めてもモンスターらしき生物はいない。それどころか、物すら置いてない。
「何もいないわね…」
「おかしいですね。最下層のボスはここのはずなんですが」
どこから取り出したのか、このダンジョンの地図であろう紙を開いた神作は顎に指を当て、「うーん」と悩ましく声を出す。
「その地図はいったい…」
「入り口の所に置いてあったパンフレットです。あくまで観光用なので、おおまかなものしか書いてありませんが…」
気になって横から覗き込んでみれば、遊園地のパンフレットのようなポップなデザインの地図が書かれていた。こういうのは現世の遊園地や大型ショッピングモールなんかでもよく見るもので、どの世界も同じらしい。
地図には六本の柱が立った広間と、その上に宝箱のマークもあって、おそらくここが宝場所の在り処でありボスの居所と分かる。
それなのにモンスターどころか気配すらないことに首を傾げて、周りをキョロキョロ見回した。
「ボスは他の挑戦者に倒されちゃったとか?」
「その可能性はありえません。これまで、ボスを倒した挑戦者はいないと聞きます。そう簡単に倒せるはずがありません」
「そんなに強いの?」
「はい。それに、同時に挑戦できるのは一組までです。他に挑戦者はいないはず…」
「じゃあ、どうして……へぶ!」
疑問を抱きながら歩み進んでいたら、何かにつまづいて思いきりズッコケた。
「いたた……なに?」
髪作の前で恥ずかしい……と思いつつ表には出さず、足元の原因を見れば、そこにあったのは鋼色をした鱗のようなものがついた何かだった。
形状的に蛇のしっぽを連想させるそれは、蛇だとしたら現世では見たことない大きさで、私の腹回りくらいの太さはある。
おそるおそる触れてみると表面は固く、冷たい。固いとは言っても中身の柔らかさは伝わるブヨブヨさがあって、爬虫類の皮膚を撫でている感覚と似ている。
「蛇…?」
だけど、こんな大きさの蛇……現世では見たことがない。
「李瑠様、大丈夫ですか」
転んだまま、しゃがみこんで動かない私を心配してか、そばへやってきた神作は、地面にあるしっぽを見て反射的に刀を抜いた。
「それから離れてください、李瑠様!」
「え……きゃ!」
神作が刀を振り下ろす前に、微動だにしなかった“それ”はうねるように動き、あっという間に私の体を巻き上げた。
ギシギシと骨が軋む音がするくらい締め付けられ、痛すぎて声も出せない。
掠れる視界の中、焦った神作が刀を振り、切ろうとする姿が見えたけど……刃は簡単に、カキンと硬い音を鳴らして弾かれていた。
「っ……硬化か」
何かに気が付いた彼女は絶望を一瞬だけ浮かべ、すぐに気持ちを切り替えたのか怒りを含ませた冷たい表情に変わる。
「なるほど。今までの挑戦者が勝てなかったのは、そもそも刃が通らないから……くそ。これではせっかく買ったかっこいい日本刀が台無しです。刃こぼれしたらどうするんですか!返してください、私の1000ゼンニー!」
「……見事なまでの逆ギレね」
この状況で、ここまでふざけた事を言われるともはや何周も回って呆れ返るしかない。
敵のボス蛇も呑気な神作に憤ったのか、ようやくその全貌を表し、人の体ほどある巨大な顔がチロチロと舌を出す。
ギョロリとした瞳は爬虫類特有で、ここまで大きいとドラゴンの一種にも見えてくるほどの迫力があった。
「ただの蛇だと油断していたら、すぐ殺されそうですね」
だから、これまでの挑戦者は破れたんだろう。
ぱっかり開かれた口には鋭く長い牙が生え、次の瞬間には予備動作なしに神作に向かって襲いかかる。
油断せず警戒していた彼女は後ろへ飛び、蛇からの攻撃を避けて、何度か刀を振り下ろしては弾き返されていた。
「……厄介ですね」
いくら攻撃を交わしても、こちらからの攻撃が食らわなければ意味がない。体力は消費していく一方で、最終的に疲れ果てたところを食われるだろう。
抗えない状況を察したのか、日本刀を下ろし脱力した神作は、やれやれと言ったように肩を竦ませた。
戦意を喪失したのか、戦う気配を無くした彼女に戸惑って、抜け出せないしっぽの拘束を解くため四苦八苦しながら腰の短剣を抜いた。
「あ、諦めないで、神作!私も頑張るから」
「無駄ですよ。こいつ強いもん、勝てない」
「拗ねた子供みたいなこと言わないの!」
神作がやらないなら、私がやるしかない。
無意味と分かっていても大蛇の皮膚に短剣を突き刺そうとして弾かれる、を何度も繰り返す。そのたび、振動が伝わって手がじんじん痺れた。
それでも手を止めずにいたけど、必死な私を見ていた神作はため息をひとつ残して、迫りくる大蛇の口の中へと自ら飛び込んでいった。
「神作…!?ちょ、まっ……まって!」
飲み込まれていく姿に、血の気が引いていく。
勝てないからってヤケクソになったの?なんで?思考回路はぐるぐるで、とにかく助け出すため短剣を突き刺し続けるも、カンカンと虚しく音だけが響き渡った。
私の思いとは反してしっぽはさらに体を締め付け、行動に制限がかかる中でもひたすらに刺し続けた。
いくら外側は固い鱗に覆われていても、中身はブヨブヨなのに。
「……あ。」
そうだ。
“中身は柔らかい”んだ。
気が付いた瞬間、大蛇の体が大きくひねるようにジタバタ動き、私の体は地面に投げ出された。
大蛇の脳天を貫くように出てきた刀の先は、火花を散らしながら鱗だらけの皮膚を切り裂き、長い体がぱっくり割れる。
「組織も大蛇も、壊すなら内部から……ということですね」
見えたどす黒い内臓から現れた神作は全身が血まみれで、刀を振り払い刃についた血を払った後で、自分の頬を雑に腕で拭った。
無事な様子に安心して、駆け寄る。本当は抱きつきたかったけど、どろどろの液体をまとっていたからやめておいた。
「神作…!よかった!」
「うへぇ……唾液と血でひどいことになりました。これは温泉に入りがいがあります」
「あなたってポジティブよね…」
「さぁ、宝箱を貰って、そのお金で豪遊といきましょう!」
「だめ!もう無駄遣いはやめなさい、風俗も禁止!」
欲望が尽きない神作を諌めて、大蛇が消えた代わりに現れた宝箱の前へと向かう。
「中は確か、10000ゼンニーと限定武器よね?」
「はい」
「何が入ってるのかしら」
「念のため、私が開けます」
李瑠様はお下がりください、そう言われて一歩下がる。
いかにも重厚で豪華そうな装飾が施された宝箱を開けた神作は、中から革製の袋と、
「ピコピコハンマー?」
「……ピコピコハンマーですね」
どこからどう見ても、現世で見かけたことのある赤と黄色が特徴的なハンマーを持った神作は、眉をひそめて小首を傾げた。
限定武器というから、てっきりもっとかっこいいものが入ってると私も思ってたし、神作も同じことを考えていたんだろう。分かりやすく落胆している。
「これ……李瑠様にあげます」
「い、いらないわよ」
「私も要りません。かっこよくない、こんなの」
「ちょっと!投げないの」
ポイっと放り投げられたピコピコハンマーを受け取って、とぼとぼ歩き出した神作の後ろをついて歩く。
「そんなに落ち込まないでよ。さっき手に入ったお金で、かっこいい武器買いましょ?ね、それで機嫌直して」
「……そうですね。大蛇を倒した時、お気に入りの日本刀も刃こぼれしてしまいましたし、そうします」
子供をあやすのと同じように説得して、気を持ち直してくれた神作とボロボロになった刀を置いて敷地内を後にした。
外に出ると、ダンジョン周辺はお祭り騒ぎで、初の達成者が出たぞと叫ぶ者まで居た。
「おめでとうございます!冒険者様!」
受付の女性が満面の笑みで両手を広げると、夜空には花火が上がった。
まさか異世界に来て、花火が見られるなんて思ってもなかった私は、簡単と空を見上げる。色とりどりの光が弾けては落ちる光景は、変わらず綺麗だった。
神作はまるで興味がないようで、うるさそうに片耳を押さえながら階段を降りていった。
「あ……ま、まって。神作」
「さっさと温泉へ行きましょう。ここにはもう用もありません」
淡白な彼女に連れられて、ようやく目的の温泉スポットへと到着する。
現世とはまた違う、洋風な雰囲気の建物の中には三つののれんがあって、それぞれ色は赤、青、緑だ。
「赤は女、青は男でしょ……じゃあ、この緑は?」
「混浴です。この世界には両性具有や、そもそも性別が存在しない者もいますから。そういった者達でも入れるよう考慮されているのでしょう」
「へぇ……多様性ってやつ?」
「はい。現世よりも、そういった事に関する偏見は少ないはずです」
「そうなの?」
「はい。同性婚や、異種婚など。様々な形の結婚が認められている上、合法的に性別・種族問わず子供を作る方法も確立されています。つまり、女同士や男同士に関係なく子孫を儲ける事が可能です」
「え?それって…」
さらりと言われたこの世界のシステムに、じわじわ歓喜の感情が湧き上がってきた。
「神作と結婚できるってこと!?」
テンション高く声を発した私に、神作は小さく頷く。
「え!じゃあ、今すぐ結婚しよ?」
「何を言ってるんですか。現世で旦那様が待っているんですよ」
「えー……でも、現世に帰ったら結婚できないじゃない」
「現世での地位や名誉、財産……それから家族や友人。全てを捨て去ってでも私と結婚したいと言うならまだ分かりますが、その覚悟ができていないうちに結婚なんてありえません」
「とっくにそんな覚悟できてるのにな…」
「とにかく、今は現世へ帰る方法を探しましょう。選択肢がひとつしかない今、選択する事は李瑠様のためになりませんから」
私のため、と言いつつ体よくプロポーズを断ったようにしか思えない神作に不満を抱くものの、彼女の言うことも一理ある。
現世へ帰るか、異世界に残るか……それは、現世へ帰る方法を見つけてからにしてもいいかもしれない。
その上で決めたことなら、彼女も納得してくれるだろうし。
「……よし」
そうと決まれば、今はとりあえず。
「温泉だ…!」
脱衣所で服を脱ぎ捨て、私は念願の湯へと飛び込む勢いで駆け出した。




