8、名前呼び
クリフォード視点に戻ります。
無事セシルくんから言質を取った俺は、早速彼の手を引いて、王城の馬車止めまで連れていく。
その途中、俺が急に自分の手を握ったことに驚いたのか、あわあわしていたセシルくんはとても可愛かった。
耳まで赤くなっているところを見るに、こういうのはあまり慣れてないのかな。こんなに可愛い彼なら引く手あまただろうに、それでもこの天使はどこまでも純粋なのか。
セシルくんのそんな反応に気をよくした俺は、きっとにやにやと笑っていたのだろう。道行く人たちからはかなりぎょっとした目で見られた。
確かに美少年をかどわかす平凡顔男なんて絵面としてはやばいけど、一応俺はセシルくん本人からちゃんと許可をとっている。つまりこれは合法。それに俺だって、セシルくんには遠く及ばないにしろ、立派な美貌の持ち主なのだ。セシルくんに釣り合うとまでは言えないだろうが、この天使の隣に立つ男としても、ぎりぎり及第点くらいはもらえるんじゃないだろうか。
そんなことを考えつつセシルくんをエスコートして、二人でうちの馬車に乗り込んだ。
あ、ちなみに俺の侍従であるリオンは、普段は馬車の中で俺と向かい合って座るんだけど、今は御者台のところに座ることにしたようだ。セシルくんがいるから気を遣ってくれているのかも。
俺としては馬車の中でセシルくんと二人きりなんて願ったり叶ったりなので、ここはリオンの気遣いに感謝しておこう。
それから俺はちゃっかりセシルくんの隣に腰掛けて、緊張した様子の彼に屋敷の場所を聞き、そこへ向かうよう御者に指示をした。
馬車が軽やかに走り出すと、俺はにっこりと笑みを装備して、セシルくんに向き直った。
「セシル殿、急に送るなんて言ってしまったけど、本当に迷惑ではなかった?」
するとセシルくんは「え、」と声を漏らして、ぶんぶんと首を横に振った。可愛い。
「そんな、迷惑だなんて。お申し出はとてもありがたかったです。……あの、僕こそアークライト卿のご迷惑ではありませんか?」
「まさか。俺が好きで言ったことなのに、君を迷惑だなんて思うわけがないよ」
むしろ役得だよ、とは流石に引かれそうなので言わないでおく。
……と、そういえば。
「ところでセシル殿、俺のことはクリフォードと呼んでくれないか? セシル殿にアークライト卿なんて他人行儀な呼ばれ方をされると、少し寂しくて」
「えっ……!」
目を見開いて驚いている様子のセシルくんに、俺はしおらしい表情を作りながら重ねて言う。
「君と個人的に親しくなりたいんだ。もし俺のことを少しでも好ましく思ってくれているなら、どうか受け入れてほしい。お願いだ。……もちろん君に迷惑をかけたくはないから、嫌なら断ってくれても構わないし、それを咎める気もないが……」
そして悲しげに軽く目を伏せ、俺はセシルくんからの言葉を待った。
かなり卑怯な手であることは自覚済みの、美貌を利用した渾身の“お願い”作戦である。
ここまでの反応を見る限り、恐らく俺の顔はセシルくんの好みなのだと思う。
ならばそれを利用して、セシルくんが断れないような雰囲気を作り出し、名前呼びしてもらえる流れまで無理やり持っていこうという作戦だ。
まあ卑怯であることは否定しないが、セシルくんと親しくなるために手段は選んでいられないし。
たっぷり数十秒、沈黙が続いた。
それからセシルくんが恐る恐るといった様子で言葉を紡ぐ。
「迷惑なんて思いません……。でも、その、僕なんかにお名前を呼ばれるのはご不快ではありませんか……?」
「まさか。もしそうならこんなこと言わないよ。ね、君に是非クリフォードと呼んでほしい」
それにしても、何と言うか……、セシルくん、ちょっと自己評価低すぎないかな?
『僕なんか』って、こんな可愛い子が言う言葉じゃないよね? 俺が公爵子息だから遠慮してるだけだと思ってたけど、それにしても謙虚すぎるというか……。
思い返してみると、確か王城でセシルくんは数人の貴族に囲まれて罵られていて……あれ、セシルくん、主に容姿のことを悪く言われていなかったっけ?
こんな天使な外見をあんな風に罵るなんて許せな……、いや、俺、なんか忘れているような。
などと悶々と考え始めた俺の前で、天使ことセシルくんが、不安げに口を開いた。
「え、と……。く、クリフォード、様……?」
「————」
天使の名前呼びの破壊力、半端ない。