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最終話 待っててね、私の王子様

「店長、ちょっとお話いいですか?」

 バイトが終わった深夜のファミレスで、私は店長にそう切り出した。


「うん、どうしたの?」


「実は、バイトをしばらくお休みさせてもらえないかなって……」


「えっ、そ、そうか、ミナちゃん何かあったの? どっか体調が悪いとか?」

 店長は心配そうに、私の方を見た。


「いえ、そうじゃなくて、……実は、ある事務所から所属しないかって誘われてまして」


「そ、そうなの! すごいじゃん! もしかして、デビュー決まったの?」

 店長の声が弾んでいた。


「いえ、まだなんですけど、事務所も後押ししてくれるって」


「それでもすごいよ! ミナちゃんの努力が報われたんだよ。そういや、ミナちゃん最近雰囲気変わったもんね。もしかしてそのせいかな?」


「それは、メイクに詳しい人がいて、教えてもらったんです」

 私は少し照れながら、微笑んだ。


「うわあーー。なんかミナちゃんも業界の人って感じだね。あっそうそう、忘れるとこだった」

 店長はそう言って机の引き出しの中から、デモCDの束を出してきた。


「これ、こないだ頼まれてた分。でも、事務所に所属するんじゃ、もういらなくなるかな?」

 店長は少し寂しそうに笑った。


「そ、そんなこと……でも、本当に今までありがとうございました」

 私は店長に深々と頭を下げた。


「いえいえ、どういたしまして。そうだ、ここに、サインしてよ!」

 店長はデモCDを一つ取り出した。店長がプリントしてくれた曲目リストの部分。

 私はウェイトレスの制服のポケットから、マジックを取り出して、たどたどしくサインをした。


「ありがとう! 一生、大事にするよ」

 店長はそう言って、満面の笑みを浮かべた。


「捨てたりしたらイヤですよ」

 私も冗談っぽく笑った。本当にこの人にもお世話になったな。


「あとね、こないだ聞かれたバッジの件なんだけど、色々と調べてみたけど、やっぱりわからなかったよ」


「そうですか……」

 少し、落ち込む私。

 何回かあの駅にも行ってみたんだけど、結局王子様には会えなかった。


「誰か、探してるんだっけ? でも、ミナちゃんが有名になったら、向こうから見つけてくれるかもしれないよ!」


「そうか、そうですよね!」

 店長の励ましで、私の心は少し明るくなった。






 それから十日後。

 風薫る五月も、もう中旬。

 沿道のツツジが真っ赤な花を咲かせて澄み切った青空に映える、そんな季節。

  

 私は上原プロの事務所に来ていた。

 事務所の狭い応接コーナーで、私は岡安さんと小さいテーブルを挟んで座った。


「こちらでお世話になろうと思います。よろしくお願いします」

 私はそう言って、サインした契約書を差し出した。

 もちろん、エイジさんからのOKも出ている。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

 岡安さんは手を差し出してきた。


 がっちりと、握手をする。

 思ったよりも、頼りがいのある手……


 白馬の王子様の手も、こんな感じなのかな……

 いつか、会えるかな。


「これから忙しくなりますよ。レコード会社に何社か渡りをつけておいたので、早速明日から会社回りをしましょう」


「でも、私、今まで何十回もCDを持ち込んでも、全然ダメでしたよ」


「大丈夫ですよ、事務所がついていると向こうの対応も変わってきますし。それに……」

 岡安さんは、そういって少し言葉を切った。


「それに、少し失礼かもしれせんが、ミナさん、雰囲気変わりましたよね。関係者の目を惹くと思いますよ。あと……これは私の主観ですが……」


「えっ、何か……?」

「よかったら、髪、伸ばされては? その……ミナさんの髪、とても綺麗ですし」

 岡安さんはもしかして照れているのかな?


 でも芸能マネージャーの人だから、芸能人も見慣れてるんだろうし。

 そんな人から褒められてうれしいな。

 髪……伸ばしてみようかな。

 エイジさんにも相談しなくっちゃ。


 綺麗になったら、白馬の王子様も私のこと、振り向いてくれるかな?

 あっ! 岡安さんなら色々なことを知っているから、もしかしたら何かわかるかも。


「あの、岡安さん、実は私、人を探してまして……スーツ姿で、胸元にこんな感じのバッチを付けててて」

 私はそう言いながら、王子様のバッジの絵をメモ用紙に書いて岡安さんに手渡した。

 もう、お会いしてから一ヶ月近くになる。バッジのイメージも、だんだん薄れてきてしまった。


「うーん、これだけでは、ちょっと……」

 岡安さんもさすがにわからないようだった。


 でも、岡安さんは熱心にしばらくイラストをみながらブツブツと言っていた。

「金融業界で、こういうバッジを見たような……」


 金融業界……えっーと、何のことだっけ。

 銀行とか、だったっけ?

 王子様は、銀行で働いているの?


「すいません、わかりません。何かの機会に思い出すかもしれないので、これは一応いただいておきましょう」

 岡安さんはメモ用紙を、大事そうに自分の手帳に挟んだ。


「お手間をおかけしてすいません。その方のお名前はサエキさんっていうんです。私、助けてもらったのに、まだお礼をちゃんと言えてなくて。もし、私が有名になったら、向こうから見つけてもらえますかね……なんて」


「そうですよ、見つけてくれるかもしれないですよ。ミナさんが『あの人に会いたい』みたいな番組に出演できるかもしれませんし」


「そ、そうですよね。私、頑張ります!」

 なんか、希望が湧いてきた。



「そういえば、マネージャーとして一応聞いておかなければなりませんが……ミナさんは今、お付き合いされている人は、おられるのですか?」


 ああ、やっぱりそういう質問がでるんだ。

「いえ、居ません。ここ三年くらいは……出会いもなくて」

 包み隠さず、正直にいった。


 岡安さんは、少しほっとした表情だった。

「そうですか。やはり、異性関係にはシビアな業界ですから。特にデビューしたての時は、一つのスキャンダルで、全てを失うこともありますからね」


「は、はい」


「アイドルみたいに永久に恋愛禁止ではないですが、少なくともデビューして一年間は、恋愛禁止、できますか?」

 岡安さんは真面目な表情で私を見た。


 私は力強く、うなずいた。


「もっとも、片想いは別にかまいませんよ」


 もしかして、私の心の中、バレてる??


「あとは、業界に慣れてない新人を狙って、芸人やモデルなんかが言葉巧みに誘ってくることもあります。まあ、その辺はおいおい私が教えますので。くれぐれも軽率な行動はとらないように」

 そう、クギを刺された。


「わかりました。知らないことばかりですので、色々と教えてください」

 私はそう言って、素直に頭を下げた。


「はい、もちろんです。あとは……ミナさん、当面はCDデビューを目指すわけなんですけど、それ以外に具体的な目標とかはありますか? やはり、目標を持つことが大事ですので」


「あのう……」

 私は、おそるおそる口にした。


「いいんですよ、途方もない夢でも。天国のお父さんにきちんと歌を届けましょう」


「私は……紅白歌合戦に出たいです! 年越しの、家族が笑顔でテレビを囲む中で、私の歌が、想いが届いたらって、そんなふうに思います。紅白でのAさんの姿、とても輝いていたから」

 私は、楽しそうに歌うAさんの姿を思い出しながら、自分の夢を口にした。

 

 そして、憧れの舞台で自分が歌う姿を、思い描いた。


 満員のアリーナ席。

 華やかなスポットライトがステージ上の私を照らす。

 ギターを奏でながら、小さな体をリズミカルに揺らしながら、楽しそうに歌う私。

 音楽に合わせて、腕を振りながら盛り上げてくれる、観客。


 どこに……いるの……?

 私は観客の中に、

 王子様の面影を……探してしまう……


 私の……夢……

 いつか……絶対……叶えてみせるね。


 待っててね、私の王子様。

 私、有名になって、必ずあなたの前に現れるから。

 家来なんか、押しのけちゃうんだから。


 


 二ヶ月後、

 私はシンガーソングライターminaとして

 念願のメジャーデビューを果たした。


 そして二年後、私は白馬の王子様と運命の再会をすることになる。



 私と王子様の、少しほろ苦い、素敵な物語は、まだまだ続くの……






 ー fin ー

お読みいただき、ありがとうございました。


このあと、時系列としては拙作「歌姫と銀行員」のお話へと続きます。

こちらは白馬の王子様? 佐伯くんがメインのお話となります。

えっ、待って、去らないで……

ちゃんとミナさん視点のお話もありますから。


今後ともどうぞご贔屓にお願いいたします。

よろしければ、感想、評価、ブックマーク、レビュー等ぜび書き込んでやって下さい。

感想等をいただくたびに、画面の前で踊って喜んでいます。


 詩野紫苑うたのしおん

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