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『異世界転生したら人生逆転できると思っていた。』  作者: 霜月 七日


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第1話 異世界転生したニート、人生勝ち組を確信する。

異世界に転生すれば、人生はやり直せる。

特別な才能がなくても、現代日本の知識さえあれば成功できる。

そんな夢を信じた、一人の男の物語です。

 人生とは、不公平なものだ。

 生まれた家庭、容姿、才能、運。

 成功する人間は、最初から成功するようにできている。

 少なくとも、田中健太はそう信じていた。

 三十四歳。

 独身。

 職歴なし。

 最終学歴は私立大学中退。

 実家の六畳間で、十五年間、社会との接点をほぼ断って暮らしていた。

「はぁ……クソゲーだな、この世界」

 午前十一時。

 健太はパソコンの前で、昨日から読み続けていた異世界転生小説の最新話を閉じた。

 主人公は元ニート。

 転生先で最強の魔法を手に入れ、王女に惚れられ、巨大な領地を与えられていた。

「いいよなぁ、こいつ」

 健太は椅子の背もたれに体重を預けた。

「俺だって異世界に行けば、絶対に成功できるのに」

 現代日本は、才能のない人間には厳しすぎる。

 就職するには学歴が必要。

 学歴があっても経験が必要。

 経験がなければ採用されない。

 そもそも、十五年間も引きこもっていた人間を雇う会社など、まともな企業ではない。

 だったら、最初から別の世界で人生を始めた方がいい。

 健太は本気でそう考えていた。

 異世界なら、現代日本の知識だけで無双できる。

 マヨネーズを作れば料理革命。

 水車を作れば産業革命。

 蒸気機関を作れば国家の英雄。

 そのうえ、転生者特典として最強の魔法でも授かれば、もう人生は勝ったも同然だ。

「俺、結構頭いいからな」

 健太は満足そうに頷いた。

 実際には大学の授業についていけず、一年半で退学していた。

 だが、本人の認識は違う。

 大学の講義がつまらなかった。

 教授の教え方が悪かった。

 社会の仕組みが、自分の才能を理解できなかった。

 それだけの話だった。

「健太ー! お昼、どうするのー!」

 一階から母親の声がした。

「なんでもいい!」

「だったら自分で作りなさい! お母さん、これから病院なの!」

「はぁ!? なんでだよ!」

 健太は舌打ちした。

 最近、母親が妙にうるさい。

 父親は定年退職し、年金生活に入った。

 母親も膝を悪くして、以前のように家事ができなくなっている。

 それでも健太には関係のない話だった。

 親が子供の面倒を見るのは当然だ。

 自分はまだ、本気を出していないだけなのだから。

「……マジで異世界行きてぇ」

 そう呟いた瞬間だった。

 視界が、真っ白になった。


* * *


「ようこそ、選ばれし魂よ」

 気がつくと、健太は白い空間に立っていた。

 目の前には、美しい銀髪の女性が浮かんでいる。

 純白の衣装。

 透き通るような肌。

 背中には、淡く光る翼。

 健太は一瞬で理解した。

「……来た」

「はい?」

「来たああああああああ!!」

 健太は両手を突き上げた。

「異世界転生! マジで来た! 俺の時代だあああ!」

 女性は少し困惑した表情を浮かべた。

「あの、まずは状況の説明を――」

「女神様ですよね!? 俺、死んだんですよね!? トラック!? それとも過労死!?」

「いえ、あなたは自室で――」

「まあ、そんなことはどうでもいい!」

 健太は興奮していた。

 長かった。

 本当に長かった。

 三十四年間、報われなかった人生。

 だが、それも今日で終わりだ。

「チート能力は何ですか!? 無限魔力!? 全属性魔法!? それともステータス百倍!?」

「……ちーと?」

「ほら! 転生特典ですよ!」

 女性は首を傾げた。

「申し訳ありません。あなたに特別な能力を授ける予定はありません」

「…………は?」

「魂の適性に応じて、新しい世界へ送り出す。それが私の役目です」

「いやいやいや! ちょっと待って!」

 健太は慌てた。

「異世界転生ですよ!? 普通、何かもらえるでしょ!?」

「普通、とは?」

「だから! 神様からの加護とか! 伝説の武器とか!」

「そのような制度はありません」

 健太は言葉を失った。

 話が違う。

 こんなの、知っている異世界転生じゃない。

 しかし、彼はすぐに考え直した。

 チートがなくても問題ない。

 自分には現代日本の知識がある。

 むしろ、能力に頼らず成功する方が格好いいではないか。

「……まあ、いいでしょう」

「よろしいのですか?」

「ええ。俺には知識がありますから」

 健太は余裕の笑みを浮かべた。

「で、転生先は中世ヨーロッパ風の世界ですよね?」

「あなたの世界とは異なる文明を持つ世界です」

「魔法は?」

「存在します」

「魔物は?」

「存在します」

「エルフは?」

「存在します」

「よしっ!」

 健太は拳を握った。

 完璧だ。

 あとは貴族令嬢でも助ければ、人生逆転は確定。

「ちなみに、俺以外にも転生者っているんですか?」

「はい」

「えっ」

「あなたの世界から来られた方も、多数いらっしゃいます」

 健太の表情が曇った。

「……何人くらい?」

「正確な人数は把握しておりませんが、現在も生活されている方は数万人ほどでしょうか」

「数万人!?」

「はい」

「そんなに!?」

「珍しいことではありませんので」

 健太は少し考えた。

 だが、すぐに気を取り直す。

 数万人いたところで、問題はない。

 自分は他の転生者とは違う。

 異世界小説を何百作品も読んできたのだ。

 成功するための知識は十分にある。

「まあ、先輩がいるなら話が早いか」

 健太は笑った。

「それじゃ、お願いします!」

 女性は静かに頷いた。

「新たな世界で、あなたが良き人生を歩まれることを願っています」

 足元に魔法陣が浮かび上がった。

 光が全身を包み込む。

 健太は最後に叫んだ。

「待ってろ異世界! 今度こそ俺が主人公だあああ!」


* * *


 目を開けると、青空が広がっていた。

 心地よい風。

 遠くに見える城壁。

 石畳の道を行き交う馬車。

 そして、耳慣れない言語で会話する人々。

「……すげえ」

 健太は立ち上がった。

 服装は、見慣れない麻の上下。

 足には革靴。

 腰には小さな布袋がぶら下がっている。

 中には銀色の硬貨が五枚。

「初期資金ってやつか」

 健太は笑った。

 しかも、不思議なことに周囲の言葉が理解できる。

 看板の文字まで読めた。

「言語理解は標準装備か。まあ当然だよな」

 城門の前には、大勢の人間が並んでいた。

 健太も列に加わる。

 やがて、自分の番が来た。

「名前は?」

「田中健太です」

「出身地は?」

「日本です」

 門番は慣れた様子で頷いた。

「ああ、転生者か」

「わかるんですか!?」

「最近多いからな。身分証は?」

「ないです」

「なら仮登録だ。入市税は銅貨三枚」

「えっ? 金取るんですか?」

「当然だろ」

 健太は困惑した。

 異世界転生者なら、歓迎されるものではないのか。

 しかし門番は、まるで珍しくもない客を扱うように、淡々と手続きを進めた。

「銀貨一枚で銅貨十枚だ。釣りを渡す」

「……はい」

「次!」

 背中を押されるように、健太は城門をくぐった。


* * *


 街は、想像していた以上に活気に満ちていた。

 市場には野菜や肉が並び、職人たちは忙しそうに働いている。

 建物は石造りで、通りには荷馬車が行き交う。

 そして何より――

「女の子、めっちゃ可愛いじゃん……!」

 健太は通りを歩く女性たちを見つめた。

 長い金髪。

 整った顔立ち。

 綺麗な衣装。

 まさに異世界ファンタジー。

 日本では女性とまともに会話したこともなかったが、この世界なら違う。

 きっと自分の魅力を理解してくれる人が現れるはずだ。

「さて……まずは冒険者ギルドだな」

 健太は看板を探した。

 すぐに剣と盾を描いた建物が見つかった。

「冒険者ギルド」

 その文字を読んだ瞬間、胸が高鳴った。

「いよいよ始まるぜ……」

 扉を開ける。

 そこには、武器を携えた冒険者たちが集まっていた。

 屈強な戦士。

 ローブを着た魔法使い。

 弓を背負った獣人。

 そして、受付には美しい金髪の女性が座っていた。

「いらっしゃいませ。冒険者登録をご希望ですか?」

「はい!」

 健太は勢いよく答えた。

「俺、転生者なんです!」

「そうですか。では、こちらの申請書にご記入ください」

 受付嬢は微笑んだ。

 予想と違い、驚く様子はなかった。

「それと、初回登録には適性検査と基礎体力試験があります」

「……え?」

「剣術、魔法、体力の三項目を確認します」

「試験?」

「はい。魔物討伐に従事する場合、最低限の能力が必要ですので」

 健太は眉をひそめた。

 普通、こういうのは登録するだけで冒険者になれるものではないのか。

 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

「わかりました」

「では、まず体力試験からご案内しますね」

 受付嬢は微笑みながら立ち上がった。

 その笑顔を見て、健太は安心した。

 きっと簡単な試験なのだろう。

 何しろ、自分は異世界転生者だ。

 物語なら、こういう場面で隠された才能が発覚するものだ。


* * *


「それでは、こちらの荷物を持って、指定された区間を三往復してください」

 試験官が示したのは、背負い袋だった。

「重さは十五キログラム。実際の冒険で必要になる最低限の装備重量です」

「十五キロ?」

「はい」

「……そんなに重いんですか?」

「水、食料、予備装備、採取物などを含めれば、むしろ軽い方です」

 健太は袋を持ち上げた。

「うっ……!」

 思った以上に重かった。

 しかし、周囲には若い受験者もいる。

 ここで弱音を吐くわけにはいかない。

「ふ、普通ですね」

「では、始めてください」

 健太は歩き始めた。

 最初の十メートルは問題なかった。

 二十メートルで息が上がった。

 五十メートルで足が重くなった。

 そして、最初の折り返し地点に到達したところで――

「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと待って……!」

 膝に手をついた。

 額から汗が流れる。

 心臓が激しく鼓動していた。

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫……ちょっと、昨日寝てなくて……」

「休憩されますか?」

「いや……これは、その……」

 健太は周囲を見回した。

 他の受験者は、同じ荷物を背負いながら軽々と歩いていた。

 中には、自分より年下に見える少年までいる。

「……あいつら、何かスキル使ってるんじゃないですか?」

「いいえ。全員、一般の受験者です」

「でも、明らかにおかしいでしょ!」

 試験官は困惑した。

「何がおかしいのでしょうか?」

「普通、十五キロも背負って歩けませんよ!」

「……冒険者志望であれば、この程度は必要です」

 健太は唇を噛んだ。

 なんだ、この世界は。

 思っていたのと違う。


* * *


 結果は散々だった。

 体力試験、不合格。

 剣術試験、不合格。

 魔法適性、平均以下。

 唯一、言語理解能力だけは高く評価されたが、それは転生者なら誰でも持っている一般的な能力だった。

「総合判定は不合格です」

 受付嬢が申し訳なさそうに告げた。

「ただし、危険区域外での採取や、市内の雑務でしたら紹介できます」

「……雑務?」

「荷運び、清掃、倉庫整理などです」

 健太は呆然とした。

 異世界に来てまで、そんな仕事をしろというのか。

「いや、俺、異世界転生者ですよ?」

「はい」

「特別な知識とか、あるんですよ?」

「でしたら、商業ギルドへの登録をご検討されてはいかがでしょうか」

 受付嬢は丁寧に説明した。

「新しい製品や技術をお持ちでしたら、商業ギルドで審査を受けられます」

 その瞬間、健太の表情が変わった。

「……商業ギルド?」

「はい」

 健太は笑った。

 そうだ。

 何も冒険者になる必要はない。

 考えてみれば、剣を振ったり、魔物と戦ったりするのは馬鹿のやることだ。

 自分には、現代日本の知識がある。

 マヨネーズ。

 水車。

 蒸気機関。

 これさえあれば、国を動かすほどの大富豪になれる。

「なるほどね……」

 健太は立ち上がった。

「最初から、そっちが俺の進む道だったってわけか」

「……はい?」

「いや、こっちの話です」

 健太は受付嬢に笑いかけた。

「そのうち、俺の名前を聞いて驚くことになりますよ」

「はあ……」

「まあ、楽しみにしていてください」

 そう言い残し、健太はギルドを後にした。


* * *


 夕暮れ。

 健太は安宿の一室で、机に向かっていた。

 目の前には、商業ギルドで購入した紙と木炭筆がある。

「まずはマヨネーズだな」

 彼は紙に文字を書き始めた。

『マヨネーズの作り方』

 一、卵を用意する。

 二、油を用意する。

 三、酢を用意する。

 四、全部混ぜる。

「……完璧じゃん」

 健太は満足そうに頷いた。

 明日、料理人に作らせればいい。

 材料も単純だ。

 きっと簡単に完成する。

 そうなれば商業ギルドが製品化し、莫大な利益が手に入る。

「いやぁ、やっぱ俺って天才だわ」

 健太は椅子に寄りかかった。

 そして、ふと思いついた。

「……あれ?」

 マヨネーズは、どうすれば固まるのだろう。

 卵を丸ごと使うのか。

 卵黄だけだったか。

 油はどのくらい必要なのか。

 酢は最初に入れるのか、最後に入れるのか。

「……まあ、適当でいいか」

 健太は考えるのをやめた。

 それくらい、現地の料理人なら何とかするだろう。

 自分の役目は、あくまで革新的なアイデアを提供することだ。

 細かい作業は、専門家に任せればいい。

「ふふっ……」

 健太は窓の外を眺めた。

 異世界の夜空には、見慣れない星々が輝いていた。

「やっと、俺の人生が始まるんだ」

 その声には、確かな希望があった。

 明日、自分が世界を変える。

 その確信に、何の疑いもなかった。

 ただ、一つだけ。

 健太は、まだ気づいていなかった。

 アイデアを思いつくことと、それを実現することは、まったく別の話だということに。

 そして。

 この世界の人間たちは、彼が想像しているほど愚かではなかった。

 むしろ、何も知らないのは――。

 彼自身だった。

異世界に転生しても、現代日本で身につけた知識や経験が、そのまま通用するとは限りません。

主人公の健太は、自分には誰にも負けない知識があると信じています。

果たして、その自信は異世界でも通用するのでしょうか。

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