裏切り
栗ノ介に案内された場所は、昨日、激戦区となった浜辺から、鬼たちが逃げて行った山道へ入って、10里ほど進んだところにある草むらだった。魔太郎とその郎党二人が血を流して倒れおり、痛みに唸り声をあげていた。患部に薬草を縫ってやると、少し落ち着いたようだ。銀太郎は魔太郎の喉元に刀を突き立てて、罵った。
「お前、裏切りおったな。すべて正直に話せば、命だけは助けてやろう。」
「わ、悪かったよ。信じちゃもらえないだろうが、あの黒鬼にそそのかされたんだよ。助けてくれたら、鬼の本拠地に案内するって。輝夜にも合わせてくれる、財宝も譲るってよ。あいつも赤鬼や青鬼たちのやり方に不満を持っているようだった。だから、協力してくれるってよ。
それで、黒疑漢と名乗るその黒鬼の手を後ろ手に縛って、刀を突き立てながら、案内させたんだ。」
魔太郎は経緯を話し始めた。
*
彼は松明をともしながら、山の中に入って、分岐した道を進むと、闇の中に何かがひそむ気配がした。鬼に対する疑念が次第に沸き上がってきた。
「どこに向かうつもりだ?変なことしたら、刃先が心臓を貫くぞ。」
「ど、どこって、鬼の本拠地だよ。おまえ、なに疑ってんだよ。手柄を立てて、桃吉郎とか言うやつを出
し抜きたいんだろう。だったら、ついて来いよ」
魔太郎は疑いつつも、注意深く進んだ。すると、左右に気配がした。一瞬、闇の中に松明の炎に射して光る、二つの目が見えた。まずい、と思い立ち止まると、黒鬼10匹に取り囲まれていた。逃れることはまず無理だろう。黒鬼ばかりだった。魔太郎は状況を察し、怒りに震えた。
「おのれぇ!裏切ったな!」
悪太郎は黒疑漢の背中に刃先を突き立てた。黒疑漢は先ほどとは打って変わって強気な態度で言い放った。
「おい、状況わかってんのか。俺を殺したら、お前らも皆殺しだ。苦しめながら殺してやるぞ。」
「じゃあ、何もしなければ、約束通り案内してくれんのか」
「そうだよ。これは仲間たちなんだ。援護してもらうためだよ。夜道は虎とかがいるから危険なんだよな。」
疑いが晴れなかった。
「じゃあ、黒鬼たちよ、先に進め。俺たちは後からついてくる。少しでも裏切る素振りを見せたら、こいつの心臓が飛び出るぞ。」
黒鬼たちは頷いて、前進すると思いきや、翻して、今度は、悪太郎たちの足を金棒で払った。彼らは転倒して足を抑えてうずくまった。
「おのれー。やはり鬼など信じんじゃなかったか。外道目が。」
黒疑漢が血を吐きながら、倒れているのが見えた。金棒を受ける寸前に、刀を黒疑漢の背中から心臓にかけて突き刺したのだ。黒疑漢はかすれる声を上げた。
「くそ・・・もう少しだったのに・・・どうせ、最初から俺も殺すつもりだったんだろう。人間なんて信じねーんだよ。」
魔太郎たちは、他の黒鬼たちに、金棒で袋たたきにされた。
*
話を聞き終えると、銀太郎はため息をついた。
「鬼を信じるとは愚かな。お互い疑心暗鬼になって、殺しあったわけか。お前のせいで、野営場所がばれた。大勢の犠牲が出て、桃吉郎も連れ去られたのだ。」
「そんなはずはねえ。黒疑漢は息絶えたはずだ。野営場所が鬼たちに知られるはずがない。ほら、向こうに黒疑漢の躯がある。」
魔太郎が指さす方向へ目を凝らした。草むらの影の中に黒いものが横わたっている。木漏れ日を受けて光る刃がそれを貫いていた。黒疑漢が野営地を案内したのではない。だとすると誰が教えたのだ。野営地への移動には細心の注意を払ったはずだ。足跡のつかない岩場を歩くようにした。となると・・・
銀太郎は来た道を引き返し、浜辺に集まるように、皆に指令を出した。
「次郎殿、鰯は残っているか?」
「鰯ならまだたくさんあるぞ。この時期はよくとれるんだ。」
「よし、準備してくれ。生のまま捌けばいい。」
銀太郎はみなを集めて、号令をかけた。
「みなのもの。仲間の中に、鬼が潜んでいる可能性がある。女の鬼は食した人間に化けることができるんだ。これからそれをあぶりだす。この鰯を一人ずつ、しっかり味わいながら食うんだ。それから、出発前から鬼ヶ島の霧に入る前に肌を隠していた奴も怪しい。海の強い日差しは鬼たちに応えるであろう。今思い出してみて、心当たりのある者は教えよ。」
浦島次郎をはじめとした水兵たち捌いた鰯を皆が並んで一人ずつ口に入れていった。銀太郎はその表情をよく観察した。やはり、杞憂であったか。残り数人となったところでひとりが訴えた。
「わしは昔からこれを食うと蕁麻疹ができるのです。お許しください。」
桃吉郎の部隊の宗吉という男だ。
「では皆に聞く、この男は昔っから鰯を食えなかったのか。日光のもとで肌をさらしていたか、知る者はおらぬか?」
一人の男が青ざめた顔で言った。
「宗吉、お前、まえに俺と鰯を釣って食ったことあったよな。それに気分が悪いからって、船旅の時は、船底にこもって・・・ま、まさかお前・・・」
宗吉は走り出したが、足に犬たちがかみつき、雉が目をつついだ。宗吉の肌の色が徐々に変わり、体も一回り大きくなった。犬や雉たちを振り飛ばしたときには、鬼が完成していた。
青い女の鬼だ。男よりはやや肩幅が狭く、胸があり、長い髪と、細い目を擁しているものの、二本の角と牙を携えたその恐ろしい形相は鬼に変わりなかった。
「お前もだったのか?」
声のほうを振り返ると、もう一匹鬼が出現していた。二匹なら、仕留めることができるだろう。
「鬼をとらえよ。」
金棒なしの鬼も手ごわいことに変わりない。かかってくる人間をいなして、押し倒し、刀を奪い取ると、振り回しながら、退けていった。しかし、次第に複数人を相手にしきれなくなり、銀太郎部隊の男の斧が鬼の肩を切り落とした。
「ぎゃやああああ!」
鬼の切り口から血があふれ出た。
「よし、こいつらを拷問しながら、案内させよう。今度は、雉の目と犬の鼻がある。おかしなところに案内しようとしてもすぐに気づくはずだ。」
柿兵衛がささやいた。
「この者たちは出発前の稽古には顔を出していた。食われたのは、その夜だろうか。こちらの動きも筒抜けだったわけか。まったく気付かなんだった。」
人に化ける能力も要するとは厄介な存在だ。人間の社会にも鬼が潜んでいるのではないか。そんな疑念が沸き上がる。今現在、ここにいる仲間はとりあえず信頼できるであろう。銀太郎は鬼に向かっていった。
「お前たちの住処へ案内せよ。人間をとらえている場所だ。地形や守りの体制も教えよ。拒絶するたびに、手足を切り落としていくぞ。」
鬼たちを荷車に乗せて、部隊は進行を開始した。




