第1話・やり場のない思い
「俺だったら妹を攻略するんだけどなぁ……」
ブラコンなかわいい妹。
この小説の主人公はそれを理解していながらも、そのルートには入らなかった。
俺はそっちのルートが見たかったのに。
でも、世の中的にはこれが売れるのだそうだ。
わからん。
この不快感と怒りをどこにぶつけていいのか。
作家か?
出版社か?
それともそれを買ったファンか?
タイトルから手を出さない方がいいかもしれないというのはわかってた。
でも、有名な賞をとって、アニメ化されたと聞いたら読んでみたくなるじゃん?
キャラデザも良かったし。
特に妹キャラはお気に入りだ。
ああ、かわいいブラコンな妹。
俺にも欲しかった。
むしろ、こういう話を見たくないから普段からハーレムものを見ているのであって、悩みに悩んで買った結果がやっぱりハズレだったというオチだ。
仮に、俺が推しである妹をメインヒロインにした話を書いたとしてもここまでうまくはいかないだろう。
いや、うまくいかなかったと言えばいいか。
ここにいるのは小説家にも同人作家にもなれなかった50代のフリーター。
夢に破れ、将来は生活保護が確定している、何者にもなれなかったもの。
(嗚呼、死にたい――)
不意に周囲の音が消えた。
なんだ?
体がびくともしない。
『ふーん。そんなに妹が好きなんだ?』
女性の声が頭の中に響いてくる。
「ええ、まあ。それであなた様は?」
試しに声を出すと声は出た。
手足は駄目だけど、口や舌は動かせる。
『私はイザナミ。この世界では伊邪那美命と呼ばれるかな? まあ、この世界のイザナミではないけどね』
とっさに頭を下げようとしたが体が動かなかった。
伊邪那美命。
伊邪那岐と共に日本列島と多くの神々を生んだ日本神話の女神様。
正直、神様の存在は疑ってたが、ご本人が出てきたのなら信用するべきだろう。
『そのまま構わないわ。あなたの敬意は感じているから』
「そうですか。それで自分にどのようなご用件で?」
『“死にたい”と思ってたからチャンスをあげようと思って。単刀直入に言うけど、私たちの世界で人生をやり直してみない?』
「人生をですか?」
真っ白になったノートパソコンの画面を見ながら、言葉を返す。
『うん。あなた風に言えば異世界転生ってやつ』
「ほう。詳しく」
ネット小説で定番のやつだった。
――
「つまり、自分は不要になった異世界転生枠を消費するために呼ばれるということでよろしいのですね?」
『そゆこと』
俺が転生予定の世界には、神様たちが万が一の保険として、異世界転生者を受け入れるための枠(転生枠)を1つ設けていたらしい。
しかし、異世界転生者に頼ることなく、自分たちの力でその困難を乗り越えたそう。
その結果、転生枠が不要となったが、それを作った神様の多くが「せっかく苦労して作ったんだから使ってみたい」と駄々をこねたそうだ。
そして、この世界の神様たちにとって最も都合の良い存在とされる俺が選ばれたというわけだ。
まあ、俺が拒否したら消滅となるそうだけど。
「繰り返しますが、チート能力の類はないのですよね?」
『うん。異世界転生自体がチートのようなものだからね。うちらの世界は平和だし、あんまり過ぎた力を与えるというのもちょっとね。そもそもあなたならチートとかなくても普通にやれると思うよ?』
「そうですか?」
『それとね。本来は転生枠の消費だから転生した時点で終わりなんだけど、それだけだと私たちが働き損になるから、あなたには重婚、いわゆるハーレムを課します。ハーレムもの好きなんでしょ?』
「確かにハーレムものは好きですけど、だからと言ってそれを現実でやる気は……」
あれはあくまでも創作物だから楽しめるものなのだ。
それが好きだからと言って現実でやる気はない。
アフリカとか中東あたりでは今でも重婚が合法だったから、本気でやりたかったらそっちでやってたし。
『でもさ。あなたを異世界転生させるにもそこそこコストがかかるのよ。だから重婚してもらって、結婚を司る神様への信仰心を確保しないといけないのよね。私たちも信仰心というメリットがあるし、あなたもあなたでかわいい女の子たちに囲まれて幸せに暮らせるというメリットがあるんだよ?』
「ふむ」
確かにそれはメリットしかない。
女神様の話を鵜呑みにすればの話であるが。
なにか裏がありそう。
『それに今ならあなたの大好きな妹もつけるよ? さすがにブラコンになるまでは介入できないけど、ちょっとデリケートな子がいてね。そのままだと精神を病んで自殺しちゃう子なのよ。信仰心も強くて人柄的な問題もないから、死なせるにはちょっと惜しくてね』
「ほう?」
どうせならかわいい子がいいんだけど。
美人な子でもいいよ。
極端ではなければ、太っていたとしても痩せていたとしても大丈夫。
自分が言えた義理ではないけど。
だって、そっち方のモチベ上がるもん。
『ほんと、あなたってハーレム向けの人材よね』
「そうですか?」
生まれて初めてそんなこと言われたんだけど。
『それに本来の恋愛関係というのは協力関係ってのはあなたもわかってるよね? もちろん、恋に破れるのはわかるよ? でも、それを負けと言うのは違うと思うの。それにみんなで幸せになれるのなら、みんなで幸せになった方がいいじゃん?』
「確かに……」
イザナミ様の言う通りだ。
まあ、現実とは違ってハッピーエンドで終わらせられるからこそ、架空のハーレムものが好きだった。
『あと、ヘーラーちゃんなんだけどね。私たちの世界の主神を務めてて、結婚を司ってるんだよね。そして、その結婚には単婚だけではなく重婚も入ってるの。それにこの世界に伝わる神話とは違って、ヘーラーちゃんはゼウスの三番目の妻だから、一夫多妻を地で行く神様になってるよ。ゼウスとの夫婦仲も良好だし、人に危害を加えるほど嫉妬深くもないし』
「そうなんですか?」
『うん。この世界では物語の都合で色々と脚色されてるように感じるね。いわゆる悪役ってやつかな? かわいそうに。私も、カグツチを産んでるけど死んでないし。カグツチは逆子だったから死ぬほど大変だったってのは事実だけどさー』
「そうですか……」
世界が変われば神話の内容も変わるということだろう。
いや、それよりも同姓同名の別人と言ったところか。
『ちなみに、私は実の兄であるイザナギと結婚してるから、実の妹とそういう関係になったら私への信仰心も生まれるからね? あとは近親婚している神様たちへの信仰心も生まれるね。特にヘーラーちゃんからは“可能であれば近親婚してほしい”って言われてるよ?』
「わかりました。ですがそれは妹が判断することなので善処します」
エロ同人のように無理矢理というのもあるけど、どうせなら愛したいし愛されたいじゃん?
『それで長々と話したけど、結局のところ転生どうするの? 転生するのしないの?』
「あ、はい。転生を希望します」
『わかった』
世界が白く染まっていく。
この世界に未練がないと言ったら嘘になるが、この人生はもう駄目だ。
それなら、異世界転生して新しい人生を歩んでみるというのも手だろう。
そこで余裕があれば、イザナミ様の言う通りハーレムでも目指してみよう。
チート能力の類がないことが気がかりではあるが。
(さてと。鬼が出るか蛇が出るか――)




