ただしいおうさま
童話です。
モーリス・メーテルリンクの戯曲、「あおいとり」に近いものを目指しました。
続きません。
むかしむかし、外の世界の生き物を「欲望に塗れた存在」と嫌った妖精たちは、純粋な心を持つ者だけが暮らせる妖精の国を作った。
国を築いたのは、優秀な妖精ネイローン。彼は文明を大きく発展させたが、若くして不治の病に倒れ、亡くなった。妖精たちは彼を讃え、やがてネイローンを神として崇めるようになった。
やがて妖精たちは、不老不死を実現すれば、優秀な指導者を失わずに済むと考えるようになる。
その実験の被験体に選ばれたのは、ネイローンに仕えていた十二歳の巫女、セルノームだった。
莫大な電力、生贄、投薬…凄惨な実験の果てに、セルノームは不老不死の身体となった。
しかし、彼女が目を覚ましたとき、妖精は一人も残っていなかった。
実験によってセルノーム以外の妖精はすべて生贄となり、彼女には禍々しい山羊の角が生えていた。
セルノームは、自分以外の妖精を探すため、果てしない時間を旅した。
やがて妖精の国を抜け、魔界へ辿り着いた彼女は、心優しい魔物たちに助けられ、魔王インフェーリアのもとへ引き取られる。
インフェーリアは、セルノームが妖精であることを見抜いた。
そして彼女にこう教えた。
正しさは、人それぞれ違う。
だから互いに尊重しなければならない。
しかし、だからといって好き勝手をしていいわけではない。
争いがないだけでは平和とはいえない。人々の暮らし、安全、健康が保障されてこそ平和なのだ。
インフェーリアは、人々の願いを聞き、それが他者に大きな支障を与えない限り叶えていく「人々の願いの器」だった。
しかし彼女にも、不治の病という避けられない死が迫っていた。
インフェーリアは、自分の死後も国が続くように、セルノームへ次代の魔王を託す。
こうしてセルノームは魔王となった。
妖精の血を引きながら、魔族のような角を持つ、不老不死の魔王。
しかしセルノームには一つの疑問があった。
妖精の国を滅ぼしたものは、一体何だったのか。
技術発展の鍵を求めるという名目で、セルノームはかつての妖精の国へ戻る。
しかしそこにいた生き物たちは、セルノームを拒絶した。
白く美しい黄金のうさぎは、セルノームが近づくと歪んだ怪物へ変貌して襲いかかる。
かつて苦楽を共にした生き物たちまでもが、彼女を敵として扱う。
そして研究施設の最深部でセルノームが見たものは――
過去の自分だった。
拘束を解き、意識を失ったまま妖精たちを襲い続ける、少女の姿をした怪物。
セルノームは、自分こそが妖精の国を滅ぼした元凶だったことを知る。
実験によって生み出された怪物として、彼女は妖精たちを食い尽くしたのだった。
魔界へ戻ったセルノームは、自分が奪った命に対して何ができるのかを考える。
そして、自分がいつ暴走するかわからない存在ならば、王など務まらないのではないかと苦悩する。
そんなある日、妖精の国の生き物を魔界へ持ち込んだ者がいると密告される。
セルノームの前に差し出されたのは、一匹の金色のうさぎ。
セルノームはそれを見ると、理性を失ったかのようにうさぎを殺し、そのまま食べてしまう。
我に返った彼女の口元は血に濡れていた。
セルノームはさらに自分を責め、政治にも手をつけなくなった。
やがて国民の不満は膨れ上がり、反乱が起きる。
城へ押し寄せる群衆の中から、一人の声が響く。
「インフェーリア様を返せ!」
その言葉によってセルノームは気づく。
国民がついてきたのは自分自身ではない。
自分がインフェーリアの政治をなぞっていたからだ。
自分はインフェーリアの影として利用されていただけなのではないか。
そして、インフェーリア自身もまた、人々の願いを叶える「器」として都合よく利用されていたのではないか――。
セルノームは抵抗する気力を失い、捕らえられる。
しかし、不老不死であるため処刑することもできない。
そこで彼女は、人間の国へ放り出される。
人間は、どの種族よりも寿命が短い。
争いも怒号も絶えない。
それでも、その断片には確かな平和がある。
人間は平和を望んでは争い、争ってはまた平和を望む。
セルノームは、その不毛にも見える繰り返しを長い間眺め続けた。
やがて彼女は、「人間の主」を名乗る人物と出会う。
その主は奇妙な政治を行っていた。
人それぞれの正義は違う。
しかし、その中には共通する部分もある。
だから自分は、個々人の正義ではなく、社会全体に存在する共通部分――集合正義を政治の方針とするのだという。
セルノームは問う。
「主導者が間違えば、大衆も間違うのではないか」
人間の主は答える。
主導者がいなくても大衆だけで社会は動く。
少数派の声が掻き消され、古い習わしが「正義」として根付くこともある。
主導者が間違っていても止められないこともある。
恐怖によって、自分の正義を人々へ押し付けることもできる。
だからこそ、自分は「主」であり「代表」であっても、自分自身の正義を持たないつもりだと。
セルノームには、ますます「正しさ」が分からなくなっていく。
正しいことは悪なのか。
人の願いを叶え続けることは正しいのか。
王や主導者という存在は、本当に必要なのか。
答えを見つけられないまま、セルノームはまた彷徨い始める。
そして――
彼女は姿を消した。
妖精の国は廃墟のまま。
魔界は新たな主導者を掲げる。
人間たちは、また争いを始める。
世界はセルノームがいなくても続いていく。
その場所に残ったのは、わずかな足跡と、いくつもの問いだけ。
長い長い時を生きた不老不死の少女は、やがて誰からも忘れられていく。
それでも、彼女が残した問いだけは、誰かの心の中に残り続ける。
「ただしいおうさま」とは、一体誰なのだろう。




