Instant Baby
誰でも気軽に、「クローン」を作れる、そんな世界。
そうしてついた、造られた子供たちの蔑称、「インスタントベイビー」。
自分たちで作ったにも関わらず、育児を放棄したり、蔑ろにしたり、道具にしたり。
医療用クローンとして造られた肉の人形は、虐待や憂さ晴らしの対象として社会問題となって久しかった。
だからこそなのか、今の仕事には一定の需要があるようだ。
つい、と空を見あげた。濃淡のある灰色。さびた鉄と生ゴミのにおい。
雨が近いと思う。早く片付けよう。
「いらない」と判断されたインスタントベイビーを、回収する仕事。それが今の仕事。
今日も、仕事が1件。少し大きな所からの依頼。
インスタントベイビーが、人を殺したらしい。
自分で作ったものに殺されるなんてごめんだな。
タイルの朽ちた階段を登ってゆく。
革靴と、傘の先がコンクリートを打つ音。
…別に、やりたくてやる訳じゃない。
「人間じゃないから。」そう言い聞かせてきた。
マンションの扉を開ける。
ツンと鼻をつく酒の臭い。
部屋はかなり散らかっていて、シミだらけのシーツと、ゴミ箱に溢れている丸められたティッシュ。
空になったアルミ缶が、そこらに散らばっていた。
ワンルームの中心で、痩せぎすの少女がテレビを無心で見ていた。
今日も作り笑いとテロップが画面に映っている。
ドアの音に気付いたのか、その少女はこっちを見た。
「おねーさん、だれ?」
「ごめんね、その…」
「ほごしてくれるひと?」
…目がきらきらとしている。悪意すら見えない。
「…君と一緒に住んでた人は?」
「えっとねぇ…まどからおちちゃった。」
報告と一致している。
「後ろから、押したりとか…した?」
「ううん。こわくてしゃがんだらいきおいあまって…」
「…そっか。」
「それで、つれていってくれる?」
…どこにだよ。
人間じゃないのに、行けるかよ…
「しあわせなばしょ、いけるんでしょ?ふかふかのベッドに、ラーメンじゃないごはん!」
「ふぅ、ん…」
「ねぇ、うみにいきたいの!つれてって?」
…まぁ、最期に幸せな思いぐらいさせてやるか。
「…わかった。おいで。」
「うんっ!」
手を引いて駅まで向かい、切符を2人分買う。
平日の昼の普通電車は、どよりとした空気と、LEDの光に満たされていた。
かたんこと。かたんこと。かたんこと。かたんこと。
松の生えた防波堤を抜けて、遠くに海が見えだす。
窓を走る一条のしずく。
流星のようにやがて増えだす。
少女は目を輝かせている。
二人きりの空間に、
終点を告げる声がただ響く。
さあさあと降り出した音は、
がらんどうのホームを満たす。
仄暗い改札を抜ける。
革靴とサンダルの音を、
強まる雨音が塗りつぶす。
街灯は、あてもなく明滅を繰り返す。
踏み越えた階段の向こう。
へたりこむ、波打ち際の少女。
砂に残るは二人分の足跡。
「おねーさんはさ、うみ、きたことある?」
「…ない。」
「じゃあさじゃあさ!おとーさんとか、おかーさんはいる?」
「いない。」
「えへへー…わたしといっしょだ!」
…何が嬉しいんだ。そんなこと。
「おねーさん、しってる?ぜんぶのいきものは、うみからやってきたんだって。
あめーばから、さかなになって、あしがついて、りくにきたんだって!ははなるうみなんだって!」
「物知りだね。どこで知ったの?」
「えーっとねぇ…おうちの、くろい…おっきいいた!えがでるの!」
…テレビのことだろうか。
「よく知ってるね。えらいえらい。」
「うへへ〜」
にぱ、と笑う。
「おねーさん、もうひとつたのみごとしていい?」
「なんだい?」
「ゆーえんちいきたい!」
…生産性なんてないだろ、あんな場所。
さざなみの音。落ちる雨音。
報告書に書く内容は変わらない。
…混じるため息。
「いいよ。」
かたんこと。かたんこと。かたんこと。かたんこと。
何処までゆこうか、
何処までゆけるのか。
灰色にずぶ濡れた、
街並みは光ってた。
改札をぬけてたどり着いた、
色あせた遊園地。
お金はさほどかからなかった。
私たちの他には客は見つからなかった。
メリーゴーランド。
禿げた白馬はずぶ濡れで。
観覧車に入り、
自動ロックのかかる音。
空に近づくにつれて、天使の梯子が増えてゆく。
「おねーさん、なまえは?」
「え?」
「なまえ!なんていうの?」
何も言えなかった。
「もしかして、ない、の?」
「…そう、だね。」
くし、と髪を撫でてやる。
籠は頂点を通り越して、下降をはじめていた。
「えへへ!わたしといっしょだ!」
「…はは、そうだな。」
「じゃあさじゃあさ!おねーさんも、いんすたんとべいびー?」
「…ううん、違うよ。」
「えー!なんだぁ…」
少女はがくりと肩を落とした。
観覧車から出る頃には、雨はもうあがっていて。
遠方に虹がちらついた。
ふたりじめの景色。
「ねね、おねーさん、にじ!きれいだね!」
「…そうだね。」
この子と人間。何が違うのだろう。
私には分からない。
薄々勘づいていた。
自分も、きっと同じ…
やめておこう。あとが苦しくなるだけだ。
「…行こっか。」
「どこへ?」
「もちろん、君が言った「しあわせなばしょ」さ。」
…幸せってなんなのか、教えて欲しいぐらいだ。
「あっ!そうだったね!」
自分で言い出して、忘れるのか。
私はまたくしくしと頭を撫でた。
「うへへ…おねーさん、こんどはどこのえきまで…」
言い終わる前に、私は完了させた。
…こうするしか、なかった。
これ以上は、きっと。私が。
その日、無人の遊園地には亡骸がふたつうまれた。
クローンって、海から来た生物から進化したもの、と言い切れるのでしょうか?




