「……魔王様を、殺さないで」
「……魔王様を、殺さないで」
静寂。
溶岩の音だけが響く。
春は言葉を失った。
レオナが最初に動く。
「ふざけんな!」
槍を突きつける。
炎が噴き上がった。
「どれだけ人が死んだと思ってる!」
アイリスは動かない。
赤い瞳で、ただ静かにレオナを見ていた。
「知っています」
その声は小さい。
でも震えていた。
「全部、知っています」
ユナが前へ出る。
「なら何故、魔王軍にいる」
アイリスは少し黙る。
夜風が紫髪を揺らした。
「……私には、魔王様しかいなかった」
春の胸がざわつく。
その言葉は、孤独そのものだった。
リリィが警戒しながら聞く。
「あなた、何者なんですか……?」
アイリスは空を見上げる。
黒い花びらが舞った。
「私は、“黒花”に捨てられた子供でした」
春は眉をひそめる。
「黒花?」
「闇に侵された人間は、やがて黒花になる」
アイリスは自分の胸へ触れた。
そこには黒い紋章が浮かんでいる。
「私は生まれた時から、この呪いを持っていた」
レオナが息を呑む。
「まさか……」
「村の人たちは私を化け物って呼びました」
アイリスは淡々と語る。
だがその声には、深い痛みが滲んでいた。
「家族も、誰も近づかなかった」
春は拳を握る。
十六歳くらいの少女が。
ずっと一人だった。
「でも」
アイリスの表情が少しだけ柔らかくなる。
「魔王様だけは、違った」
風が吹く。
黒花が静かに舞う。
「“生きていい”って言ってくれた」
春の胸が締めつけられた。
敵のはずなのに。
悪のはずなのに。
その話は、あまりにも優しかった。
レオナが苦しそうに顔を歪める。
「……だからって許されるわけない」
「分かっています」
アイリスは頷く。
「魔王軍が罪を犯していることも」
その赤い瞳が春を見る。
「だからお願いです」
真っ直ぐな視線。
涙を堪えるような声。
「魔王様を……救ってください」
春の心臓が大きく鳴った。
「俺が……?」
アイリスは静かに頷く。
「今のあなたなら、できるかもしれない」
ユナが警戒する。
「罠かもしれない」
「違います」
アイリスは即答した。
「私は、戦いに来たわけじゃない」
その時だった。
──ゴゴゴゴ!!
突然、大地が揺れる。
「!?」
火山が鳴動を始めた。
空に黒煙が広がる。
リリィが青ざめる。
「まずいです!!」
「何が!?」
「地下の魔力が暴走してる!」
アイリスの表情が変わる。
「……来る」
次の瞬間。
──ドォォォォン!!
火山が爆発した。
巨大な黒炎が噴き上がる。
そこから現れたのは。
巨大な竜だった。
全身を黒い炎で覆われた、漆黒のドラゴン。
赤い目。
溶岩の翼。
その咆哮だけで空気が震える。
「グォォォォォォ!!」
春たちは息を呑む。
圧倒的。
今までの敵とは格が違う。
ユナが顔を青くした。
「嘘……」
レオナも震えている。
「あれは……」
アイリスが苦しそうに呟く。
「《黒炎竜バハムート》……」
ドラゴンが空から春たちを見下ろす。
その口に、黒い炎が集まり始めた。
リリィが叫ぶ。
「避けてぇぇ!!」
──ズガァァァァン!!!
黒炎のブレスが大地を飲み込んだ。
爆発。
崩壊。
神殿が吹き飛ぶ。
春は仲間を庇いながら転がる。
熱い。
息ができない。
「ぐっ……!」
その時。
アイリスが前へ出た。
「下がってください」
彼女の周囲に黒花が咲く。
闇の魔力。
だがその瞳は真剣だった。
「……私が止めます」
春は驚く。
「お前、一人で!?」
アイリスは小さく笑った。
その笑顔は、とても寂しかった。
「昔から、こういう役目ですから」




