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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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23/50

エデン(1)

「ありがとうございました」

 私はスーパーの店員からレシートを受け取り、サッカー台に向かった。サッカー台は主婦や老人で混みあっている。あいている場所はない。私はかごを持って間抜けのように立っていた。

 ようやく場所が空き、急いでそこに買い物かごを置く。後ろで舌打ちが聞こえたので振り向くと、目つきの悪い若い女がこちらを睨んでいた。

 職を失って一年。私は昼の買い物にようやく慣れて来た。最初のうちは、主婦らに見下されているのではないかという妄想で、買い物がつらかった。職があれば平日のこんな時間、買い物に来るはずがない。そう思われるだろう。私はずっとそんな風に思っていた。実際、いま舌打ちをしたような女は多い。こんな目にあわないよう、わざわざ夜間に買い物をしていた時期もあったのだ。

 私は三十五リットルのデイパックを背負って店を出た。長ネギが入りきらず、ジッパーの隙間から飛び出している。以前の私はそれを恥ずかしいと思っていたが、いまはどうでも良くなっていた。

 スーパーを出て交差点で信号待ちをしていると、信号で赤いメルセデスが止まった。運転しているのはサングラスをかけた女だ。私はそれを見て、ずいぶん遠くに来てしまったと感じた。私にも高級車に乗っていた時期があったのだ。

 そのとき、地面が揺れた。

 地震?

 風景が変わった。同時に、背負っていた荷物が無くなった。着ていた服や靴も無くなった。

 交差点に止まっていたメルセデスが消え、そこには裸の女がいた。

「あーーーー」

 悲鳴があちこちから聞こえる。高級マンション群がある方角からは、物凄い悲鳴が上がっている。

 一番近い悲鳴に目を向けると、空から降って来た人たちが地面に激突したところだった。

 その場所にはスーパーがあった。

 スーパーの上はマンションだったはずだ。

 だが、いま、そこには草原が広がっているだけ。

 周囲から人工物が消えていた。

 スーパーの中にいた人々も裸で当惑している。若い主婦たちは自分の身体を手で隠そうとしていた。老人たちは当惑してフリーズしている。

 彼らの前にはマンションの居住者と思しき人々の遺体が転がっている。

 スーパーがあった場所は地獄絵図と化した。

 まだ息のある人がいるかもしれない。

 助けに行くべきだ。

 私はそう思った。

 しかし、身体は動かない。

 私は茫然としていたが、脳の一部では周囲の様子を解析していた。

 周囲の建物が消えた。

 アスファルトの道路もない。

 道路や建物があったところは、いまやすべてが草原だ。

 人家の庭や公園に咲いていた草花、植えられていた木々は残っている。

 だが、一切の人工物が無くなっている。

 何が起こっているのか理解できず、私は老人たちと同じようにフリーズしていた。

「大丈夫ですかっ」

 店を出たばかりの主婦が、身体を手で隠そうとしながら、店があった場所に戻って行った。

 誰かを助けようとしているようだ。

 私もそれに倣おうとしたとき、その主婦が悲鳴を上げ、こちらに走って来た。

 彼女はもう身体を隠していない。

 半狂乱になっての全力疾走。

 彼女は私の横を通り過ぎて行った。

 思いのほかスタイルの良い主婦だった。

 普段なら、目で追っていたかもしれない。

 しかし、いま、そんな余裕はないようだ。

 スーパーが建っていた場所では怪異がはじまっていた。

 いくつかの死体が結合し、不気味な動きをするものが生まれている。

「たすけてぇ」

 化け物から生えている頭のいくつかが助けを求めていた。

 一方、死体のものとおぼしき潰れた頭からは奇声が漏れている。

 助けを求める頭は、その奇声を上げる頭の方を見て大きな悲鳴を上げた。

 数人分の身体がでたらめに結合した化け物たちは、でたらめに結合した手や足を使って立ち上がろうとしている。

 しかし、バランスが悪いらしく、立ち上がることはできない。

 立ち上がれないと諦めたのか、化け物たちはムカデのような動きを始めた。

 そして、私の方に向かって来る。

 もちろん私は逃げる。

 私は近づいた人が吸収されるのを見ていた。

 触ったら吸収されるのだ。

 武道の心得はあるが、そんな相手と素手で戦うなんてできない。

 選択肢は逃げることのみ。

 だが、周囲には同じような化け物がたくさんいる。そして、パニックを起こした人々が逃げまどっている。立ち竦んでいる者もいる。

 転んだ者、立ち竦んでいる者は、その化け物に取り込まれる。化け物は成長していく。

 幸いなことに、化け物同士が統合されることで囲いに穴が拡がっていく。

 私は逃げるべき方向を考えた。

 この化け物は建物から転落して死亡した人々が核になっている。高層マンションが林立している駅の方角は、さらに被害が大きいのか、ものすごい悲鳴や奇声が聞こえている。

――低層住宅が多い地域の方が化け物は少ない。

 そう考え、私は戸建て中心の地域へ移動することにした。

 走りながら周囲を見渡すと、木々がまっすぐに並んでいるのが見えた。

 駅から続く遊歩道だった場所だ。

 私はそちらに向かうことにした。

 だが、周りには化け物が多い。

 私は包囲されつつあった。


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