4ヶ月後: カスガ・ヒナタ
はやとは雨の中で立ち尽くしていた。
全身ずぶ濡れで、髪が額に、服が体に張り付く。
周囲の生徒達が心配そうに彼を見つめ、通りかかった友人達に至っては彼を無理矢理にでも校舎に入れようと腕を引っ張ったが、「ごめん」とだけ言い残してはやとは渡り廊下へ走っていった。
―かなめと向き合ってこなかったツケだ。
理解者のふりをして、踏み込むことを避けていた。
いつから俺は深く知ることを拒否していた?
―はじめからだ。
俺の手の及ばないところで何かが起きていて、かなめはその中で翻弄されている。でも、必死に今の生活を守ろうとしている。
なのに俺は何をした?…何もしなかったじゃないか。
座り込んでいると、予鈴が鳴り、辺りが静かになった。
―かな、皆勤賞目指してたのにな。言葉少なで表情もあまり変わらないから分かりにくいけど…
その時、背後から声をかけられた。
「はやとくん、何してるんですか。」
振り返ると同時に、顔めがけてタオルが投げつけられる。
「ひなた」
中学一年生の頃からはやとが付き合っていた同級生の春日ひなた。
かなめが帰宅した時、「かなめのサポートにできるだけ多くの時間を使いたい」とはやとが一方的に振っていた。
「さっき、見てましたよ。かなめちゃんは中央管理棟の方へ走っていったようですけど、はやとくんは何をしてるんですか。」
かなめが戻ってすぐ別れたこともあり、ひなたはかなめのことをよく知らない。それに、現状を話すわけにはいかないことくらい、はやとにも想像がついた。
「タオルありがと。…なんでもないよ。」
ひなたは肩まで伸ばした薄茶色の髪を揺らし、はやとの隣に座る。
「何もないはずがないじゃないですか。何で、こんな雨の日に一人で傘も差さずに走っていくような状況を放置しているんです。体が弱いのでしょ?何であなたは一人ここで無様に項垂れてるんですか。」
返す言葉もない。
はやとは、「お前には分からないことだよ。放っておいてくれ。」と絞り出す。実際、ひなたに話したところで何かが起きるわけではない。
八つ当たりをしている自覚ははやとにもあった。心配してタオルを渡したのに、苛立ちの籠った声で拒絶されたのだ。普通だったらここで怒り出すか泣き出すところだろう。
「分かるわけないじゃないですか、あなた達の事情なんて。当たり前でしょう。」
ひなたはあっけらかんとした表情ではやとを見つめる。
「分からないからこそ、聞いているんです。分からないからこそできることも、やるべきこともあるでしょう。」
ひなたは見た目こそふわふわした穏やかな女性だが、いやに肝がすわっている。決して興味本位で聞いているのではなく、話せばはやとの人生ごと背負ってくれそうな気配さえある。
「話せば楽になるし、解決方法も見つかるかもしれません。でも、話すか話さないかが問題でもないと思いますよ。」
思考を読まれたのか、とはやとは目を白黒させて、初めてひなたの方を向いた。
「やっとこっちを向いた。」
「妹の世話をしたいから」なんていう理由で一方的に振ったのに、ひなたは未だにはやとを悪しからず思っている。それは中一の頃からはやとを見続けてきたからで、はやとが何年も何年も、心が折れながらもかなめを探し続けるその姿を見続けていたからだ。
「今度、かなめちゃんを紹介してくださいね。」
はやとは頷き、立ち上がる。タオルをひなたに返す。
「今度埋め合わせさせて。」
「喜んで。」
心が完全に折れていたのに、たった数分話しただけで回復したのだ。
―考えてみれば、俺が荒れている時もずっと側にいてくれた人だ。
並大抵の精神力じゃないよな。ひなたにはやっぱりかなわない、とはやとは小さく笑う。
はやとは、中央管理棟に向けて走り出した。




