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新たなる被害者?

「そうかあ、そういう考えもありましたネ!」

「盲点だったわ。それならまあ、道理は通るわね」

 翌朝、百万遍のキャンパスに近い喫茶店・進々堂へ集まった瑞月たちは、有作の推理に舌を巻いた。肝心なところでぼやけていた焦点がいっきに合い、事件の構造がより一層鮮明さを増しているような、そんな気がしていた。

「本来のターゲットには、上半身になにか目印になるようなものがある。犯人はそんな特徴のある人間と悶着があって、その因縁ある相手を探している……そう考えたらなんだか、スッキリしたような気がしたんですよ」

 クラブハウスサンドの大皿を前に、薄手のジャージの腕を組んだ有作は、得意げな笑みを浮かべている。

「佐原クン、それでアルコールの件も合点がいきますネ。きっと、ターゲットの体にあるのは、鴨川クンみたいに、皮膚に刺激が起こると出るような、特徴的なモノなのでしょうネ」

 アイスコーヒー片手に息巻く英二に対し、瑞月の態度は冷ややかだった。

「でもいったい、犯人はどういう状況下で、相手のそんな些細な特徴に気づいたのかしら。普通の状態じゃ浮かばないアザを執拗に追いかけるなんて、ちょっと異常だと――」

 そこまで言いかけて、何か思い当たる節があったのか、瑞月は口をつぐんでしまった。

「沢村サン、どうかしました?」

「――犯人にとって、実に不本意な関係があった。そう考えたら、納得いかない?」

「……あ!」

 瑞月の言葉に、有作と英二は目を見張る。犯人にとって本意でない状態での出来事――肌が見えたということは、おそらく情でも交わされていたのだろう――があった。その決着を巡り、相手を探す際に手がかりになった証拠が「上半身にアザがある男」だったのではないか――。彼女の推測が間違っていると否定する要素は、きわめて薄かった。

「ここだけの話、男女の下世話な関係のタレコミ、わりと多かったりするのよね。そういうカンばかり冴えて、やんなっちゃう」

 やや不満げな瑞月に、そんなことないですヨ、と英二が返す。

「学生記者でないと思いつかない、見事な指摘じゃァありませんか。――なるほど、黒幕は女性で、因縁ある男を探すべく、その取り巻きたちが彼女に協力している……。そう考えれば、新郎の誘拐が軽々行われたのも納得がいきますヨ」

「あらためてOB会を通して、該当する人物がいないか聞きこんでみましょう。ただでさえ大きな大学だから手間はかかるかもしれないけれど……やるだけやってみましょう」

 新説のアザの件がいくら会議の席を盛んにし、その日は解散となった。まっすぐ家路についた有作は、しばらく茶の間でつくねんと頬杖をついていたが、そこへ折よく、補講を終えた浮音が帰ってきたのに気付いて、慌てて玄関へ舞い戻った。

「――ごめんっ! すっかり忘れてた」

「もー、佐原くんってばひどいわぁ」

 青い顔の有作へ、浮音は茶目っ気たっぷりなふくれっ面をみせつける。本来なら、補講の終わるのを待って、一緒に家へ帰る段取りになっていたのだ。

「考え事しながら帰るもんじゃないね、こんな風になっちゃうんだから……」

 二人分のお茶を淹れながら、有作は浮音へ詫びを入れ、茶箪笥から出した羊羹を切り分けだした。

「ま、そういうときもあるわな。あ、そうそう――さっき郵便受けにこないなもんが入ってたで」

 そういって浮音が出したのは、一組の男女の写真が入った、「ご報告」という見出しの目立つはがきだった。

「ほれ、前に話したやろ。ご隠居さんの親類が、近々結婚するって――。ほんで、この色の黒いのが新郎……」

「ああ、そういえば……」

 ウカウカしてられないなあ、と言いながら、有作は小皿へのせた羊羹を浮音の元へすべらせる。ところが、そのはがきの写真を見てからというもの、有作はのどに小骨の引っかかったような、すっきりしない感覚に陥った。

 というのは、新郎の顔に、どこかで見たような、強烈な既視感があったのだ。

 ……絶対、どこかで見てるんだよなぁ。

 つい最近、どこかで見ているのは確かだが、それがはっきりしない。何事も手につかない調子のまま夜を迎えた有作は、寝床へもぐろうと部屋へ戻った。と、

「――まさか!」

 閃きの鮮明なうちに、有作は状差しから持ってきたはがきとあるものをつきあわせた。そして、その奇妙な既視感の正体にたどり着くと、慌てて瑞月や英二へ電話を入れた。

 無理もない話だった。何年か分をまとめて借りたK大の卒業生名簿の一冊に、色こそ白いが、面影のある顔と同姓同名の名前が、はっきりと載っていたのだから――。

見た覚えのある顔だな、という感覚はかなり正確な部類の記憶らしいです。

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