34話 エピローグ(2)
【過去】
「好きです、カイン様」
「…………ん?」
「え……?」
「私、カイン様のことが好きです……」
それはシルファとメルヴィが勇者カインの仲間になってからまだそれ程時間が経っていない頃、夕食後のしんしんと夜が更ける時の事だった。
宿の談話室でカイン、リズ、シルファ、メルヴィの4人がリズの淹れた紅茶を飲みながら談笑をしていた。ゆっくりとした時間を過ごしていた。
そんな中、いきなりリズがカインに告白をした。
「……リ、リズ?」
「あー……、いきなりどうした? リズ?」
いきなりの告白に、シルファとメルヴィは目をぱちくりさせ、カインはぼりぼりと頭の後ろを掻いた。
告白に対する動揺、胸の高まりというより、急なことに対する戸惑いの方が大きかった。
それに対し、リズが口を開く。
「いやですね? この前シルファ様とメルヴィ様に相談を受けまして……」
「相談?」
「はい、恋愛相談なんですけど……」
リズの言葉に、シルファとメルヴィがびくっとした。
「どうもお2人はカイン様との交流を経ず、国や団体の都合でカイン様の婚約者になったことに後ろめたさを感じているようで……。自分たちにはカイン様に好きでいて貰う理由も思い出もなく、自分たちがカイン様の事を本当に好きだと言える根拠も無いって悩んでいるようで……」
「リ、リズ……!?」
「リ、リズさん……!? そ、その話は内緒だって言ったじゃないですかぁ……!?」
リズの暴露にシルファとメルヴィは慌てた。
カインという男性を好んでいる女性は数多くいる。人族の中で彼は有名な英雄で、実際に彼に命を救われている女性は数多くいる為、彼のファンはたくさん存在していた。
その中で、シルファとメルヴィは権力闘争の道具という意味合いでカインの婚約者という地位を手に入れている。
本当に自分たちはカインの婚約者でいていいのだろうか? 数多くの女性たちの中で、自分たちがカインに選ばれる理由なんてあるのだろうか? 世界中の女性たちの中で、自分が誰よりもカインの事を好きなのだと言える理由はあるのだろうか?
カインとの付き合いの時間が浅い2人には、彼と好き同士でいられるだけの理由も思い出もない事に対して悩んでいた。
しかし……、
「このお気持ちはカイン様に直接お伝えした方が良く解決できると判断した為、この場で公表させて頂きました」
「そんな~……」
リズはその悩みを暴露した。シルファやメルヴィの顔が真っ赤になる。
「確かに、下らない悩みだな」
「カ、カイン殿まで……」
カインは紅茶をごくりと飲み、女性の悩みを一刀両断した。
「思い出や理由なんて、これからいくらでも作っていけばいい。俺はお前たちを好ましく思っている。もう体だって重ねた。下らない理由で1歩引いたり、俺の元から離れようとするんじゃねえぞ? そんな事したらぶった斬るからな?」
「うぅ……」
「…………」
有無を言わせぬカインの強い言葉に、シルファもメルヴィも顔を赤くして恥ずかしそうにしながら、少し身を竦めた。
「そもそも、人を好きになることに理由なんて要らないんですよ」
「……リズさん」
リズはにこにこしながら言った。
「ねぇ、カイン様……」
「ん?」
「好きです」
「…………」
リズの真正面からの告白に、カインの体が少し硬くなる。先程の困惑が先行するような告白ではなく、今はその流れが出来ていた。
「カイン様のことが理由なく好きです。意味なく好きです。根拠なんて語らずとも、好きです」
「…………」
「確かに始めは理由がありました。自分の中のサキュバスの力を初めて認めてくれて、私はあなたに多大な感謝の念を感じました。
でも、もうそんな理由が無くてもあなたのことが好きです。ただただ、あなたの事が好きです……」
「…………」
カインは少し気恥しくなって、リズから目を背けた。
シルファとメルヴィは目を丸くしてリズの事を見る。リズは何の言い訳も無く、自分の気持ちをカインに直接晒している。
「理由なんて要りません。あなたと一緒にいられて、私は嬉しい」
「…………」
「あなたの事が、好きです」
自分の好意を人に伝えるのは勇気のいることだ。自分の内側を人に晒すのはとても難しい事なのだ。
2人の女性は自分達の仲間の事を凄いと思った。
「さぁ! 次はシルファ様やメルヴィ様の番ですよ!」
「えっ……!?」
「えぇっ……!?」
リズの首がぐるんと回り、シルファとメルヴィを視線で捉える。いきなり戦場に繰り出された新兵の様に2人は動揺した。
「さぁさぁ、お2人共、カイン様に正直な気持ちをお伝えください! 今まで直接好きだって伝えたこと、多分無いですよね? ささっ! こういうのは真正面からぶつかるのが吉なのです!」
「そ、そんなこと言われたって……こ、心の準備が……!?」
「あ、あわわわわっ……!? は、恥ずかしいですよぉ……!」
「リ、リズ……! こ、こういう事は無理強いするもんじゃねえと、お、思うぞ……!?」
シルファとメルヴィは身を強張らせて少し後退るが、ぬるりと移動したリズに背後を取られ、首の後ろから肩に腕を回される。
捕えられ、逃げることは出来なくなった。
「こんなにお膳立てがあっても自分の気持ちを伝えられないようじゃ、一生カイン様に告白なんて出来ませんよ?」
「うっ……」
「あぅっ……」
2人はリズの言葉に胸を深く刺され、怯む。
「気持ちが通じ合い損ねて、空回りして、気持ちが離れて行ってしまう……。自分の勇気の無さからそうなってしまうのは、不本意でしょう?」
「…………」
「…………」
シルファとメルヴィはぐうの音も出なかった。
こと心のやり取りにおいて、2人は全くリズに敵わなかった。
「カ、カカ、カイン殿……」
「お、おう……」
シルファが前に1歩出て、リズは絡めていた腕を離す。シルファとカインの距離は近くなり、2人の顔は真っ赤に染まる。
「そ、そそそ……その、なんだ……。く、国が用意した婚約者という立場同士ではあるのだが……、そ、そそそ、その……その……」
「…………」
2人の鼓動はどこまでも高まっている。バクンバクンという心臓の音が部屋中に響き渡っているように感じられた。
シルファはカインの目を直視できない。目を逸らしながら、口を震わせて、何とか言葉を紡ぐ。
「わ、わわ、私たちの絆は、国がお膳立てしたもので……そ、その……始まりは純粋でないものだったかもしれないが……」
「…………」
「す……好きです……」
シルファがそう言った。2人の顔が真っ赤になる。
「…………」
「…………」
沈黙がその場に佇み、シルファは無言で真っ赤になった顔を手で覆った。
「はい! じゃあ次はメルヴィ様!」
「えええぇぇぇぇっ……!?」
その場でじたばた暴れるメルヴィの背中をリズは突き押し、無理矢理前に出させる。
「わっ!?」
「おっと」
勢い余って、メルヴィはカインにぶつかりそうになる。カインは彼女の体を支え、メルヴィは彼の服を掴む。
メルヴィは顔を上げ、2人の目が合う。メルヴィの身長は低いため、カインの顔を下からのぞき込む形になった。
「あわっ……あわわわわ……!」
「……お、落ち着け」
「そ、そそ……そのその……そのっ、わ、わわわ、わたしっ……!」
メルヴィの顔も真っ赤になり、全身を震わしながら猛烈に緊張していた。
「そのその……! あのあのっ……! そのっ……! わ、わわわ……わわ、わたしっ……! あわわわわっ……!」
「…………」
「うううぅぅぅ……」
メルヴィの体からしおしおと力が抜けていった。緊張し過ぎた。ほとんど口は回らず、目はぐるぐると回っていた。
彼女の体から力が抜け、少し前に倒れ込む。
結果的にカインの胸に顔を埋める形となった。
「……!」
「…………」
それは、彼女にとって真っ赤になった顔を隠す意味合いもあった。カインの体で自分の顔を隠し、周りからもカインからも悲しいほど真っ赤になった自分の顔が見られなくなる。
女性に身を寄せられ、カインはさらに緊張が高まる。
しかし、顔を隠したことで少しメルヴィの緊張が弱まった。
「……好きです」
蚊の鳴くような声で、そう言った。
「…………」
カインの心臓だけが悲しいほどにバクンバクンと震えていた。
「むふふ……」
その様子を見て、リズはニタニタと笑っていた。
「むふふふ……! でひょひょひょひょ……!」
めちゃくちゃニタニタ笑っていた。
「リ、リズ……な、なにニヤニヤ笑ってるんだよ……」
「むふふふ……? でゅふふふ……? ぶひひひひ……?」
「てめぇっ! 俺たちが恥ずかしがっているこの光景を見るために、こんな事を仕組んだろ……!」
「うふふふふ……?」
リズはにこりと笑った。
「いやー、皆様の恥ずかしがっている顔を見るだけで、興奮度は駄々上がり! ご飯10杯は軽くいけますね!」
「このやろー! 俺たちで遊びやがってー!」
「ぎゃーーーっ……!」
カインはメルヴィから身を離し、リズに寄って関節技を極めた。
「いたいいたいいたいっ! あっ! でもこういう痛みも、いいっ……♡」
「こいつっ! 最強だな……!」
「もっと強めでお願いします♡」
皆の恥ずかしがる顔も見れて、さらにお仕置きもして貰って、リズの大満足の結果となった。
シルファとメルヴィは自分の告白の余韻から抜け出せず、頭から湯気を発して固まってしていた。
「……で? カイン様?」
「あぁ……?」
関節技を掛けられたまま、リズは問う。
「お返事は?」
「…………」
カインの体がびしっと固まった。
この部屋にいる女性の視線がカインに集まる。シルファとメルヴィは頬を赤らめ、ドキドキしながら彼のことを見つめている。
リズは別に不安な気持ちなど一切なく、ニヤニヤとカインの事を眺めている。
カインは赤くなった顔を反らし、ぼそっと言った。
「……旅が終わったらな」
「あー! ずるいです! カイン様っ! 男らしくありませんっ!」
「あー、あー! あー! うっせぇ! うっせぇ……! こんな気恥ずかしい事、正面から言えっか……!」
カインは顔を真っ赤にしながら、女性陣から目を逸らす。容赦なく、リズから野次が飛ぶ。
「ずるーい! ずるーい! 逃げ腰ー! カイン様の軟弱者ー」
「うっせぇ! うっせぇ……!」
カインはたじろぎ、リズはそんなカインをからかう。シルファとメルヴィはもやもやした気持ちを抱えつつ、答えが先延ばしになったことに少しの安堵を覚えてしまっていた。
「今日はもう寝るっ!」
「カイン様の意気地なしー! そこは『全員同時に受け止めてやるよ。寝るから俺のベットに来な』って言う所でしょー!」
「3人同時になんて面倒見れるかっ!」
「あははははっ!」
ぶーぶーと文句を言い合いつつ、からからとした笑い声も漏れる。緊張して体を固くしていたシルファやメルヴィも、その雰囲気に気持ちをほぐし始める。
星の綺麗な陽気な日の事であった。
【現在】
「という訳で、魔王軍撃退お疲れ様ー!」
「お疲れ様ー!」
ワインがたっぷりと入ったグラスを皆で軽くぶつけ合い、キンという高い音が連続して響き渡った。
学院の寮の談話室を1つ借りて、そこで今日の打ち上げが行われていた。テーブルには所狭しと料理が並べられており、そのテーブルを勇者様のお仲間たちが囲っていた。
カイン様、シルファ様、メルヴィ様、ガッズ様、レイチェル様、ラーロ様。ベテラン冒険者のフリアン様はこの場にいないが、勇者様一行のほとんどがこの場に揃い、打ち上げパーティーを行っていた。
そこに何故か私――リズが混じっている。
1人だけ場違いの女が混ざっており、私の体はがちがちに緊張し始めていた。
「おう、リズ! どうした!? 食が進んでないぞ!? もっと食え! もっと飲め! ガハハハハ!」
「ガ、ガッズ様……」
「そうじゃな。今日の主役はリズじゃ。ほれほれ、もっとたくさん食べるが良い」
「ラ、ラーロ先生……」
私は何故か有名な英雄たちに囲われていた。
「わははっ! リズ殿に先生呼びされるのはいつも慣れないなっ!」
「え? な、なんでですか……?」
「わはははっ……!」
ラーロ先生に笑って誤魔化される。
大魔導研究所の熟練魔導士のラーロ様は今、学院で先生の役を担っている。彼の事を『先生』と呼ぶ度に何故か苦笑いをされていた。
「てか、リズ。なんで緊張してんだよ。もう皆と大分慣れ親しんだだろうが」
「そ、それはそうなんですが、カイン様……。でもやっぱカイン様のパーティーの集まりとなると……どうしても私は部外者になってしまうじゃないですか……?」
「ぶははははっ……! 部外者だってよ……!」
「あははははっ……! わ、笑ってすまん、リズ……。でも……リズが部外者……あはははっ……!」
「え? え……? え……!?」
私の言葉に、何故か周りから笑い声が漏れる。
なんだろう? どういうこと……?
「み、皆さん、リズさんをからかっちゃいけませんよ……、ふふ……。今日はリズさんが主役なんですから……、ふふふ……」
「あ、あなただって笑ってるじゃないの、メルヴィ……。ナハハ……!」
「おう、そう……そうだな、すまん、リズ! とにかく、魔王軍幹部撃退おめでとう! 内なる力が目覚めたみたいだな……!」
なんか、皆の反応が気になるなぁ……。何か仲間内だけでしか分からないことでからかわれてたりするのかなぁ……。
「しかし……カイン、あんた今回の件を対外秘にしようって学院長に打診したんですって? そんな事したら、リズの手柄がなくなっちゃうじゃない」
「本来なら国から勲章を受けてもいい働きだったのにな! はっはっは!」
「しゃーねーだろ、レイチェル、ガッズ。リズの力はまだ不安定だ。それなのにこの事件が公表され、下手に魔王軍に狙いを付けられたら笑えねぇ」
カイン様は肩をすくめてそう言い、ワインをごくりと飲んだ。
今回の事件は内密に処理され、世間には公表されない。国の権威とか、世間に不安が広がってしまうとか、色々理由はあるけれど、不安定な私も大きな理由であった。
「カ、カイン様の判断は正しいと思いますし、私としてもありがたいです。皆さん私が魔王軍幹部を倒したと仰られますが、私自身には全く自覚がないし、その時の力の使い方なんて全然分かりませんし……」
「な?」
「な? じゃないわよ。リズ、上手く丸め込まれてるかもとか、騙されてるかもとか思ったら言いなさいよ? こいつ平気で嘘ついたりするんだから」
「あ、ありがとうございます、レイチェル様」
「リズを安易に騙したりなんかしねえよ」
渋い顔でカイン様はそう言った。大丈夫、私だって分かってる。
カイン様は粗忽だけど、根は優しい方なんだって……。
「だって、バレたら後でどんな要求が来るか分かったもんじゃねぇ……」
「それは、確かに……恐いわね……」
「私、人に変な要求なんかしたことありませんっ……!」
違った。どうやらカイン様はその時の私の報復を恐れているようだった。
私、皆にどんな評価受けてるのかなぁっ!?
「と、ところでだな、リズ、言っておかなきゃいけねえことがあるんだが……」
「な、なんでしょう?」
カイン様は人差し指を立てて、話を切り替える様に言った。
「これからはお前の内側に眠る力を目覚めさせる為に、俺たちが全面的にバックアップすることが決まった」
「え……?」
「リズが魔王軍幹部を倒した時の力……その力を安定して使えるようにお前を鍛える。俺たちがそのサポートをする」
私は口にローストビーフを含んだまま、目をぱちくりさせた。
「今まではお前の内側の力について、外から刺激し方がいいのか、それともゆっくりと眠らせておいたほうがいいのか判断が出来なかった」
「…………」
「でも今回の騒動とその後のメルヴィの診断で、外からの刺激があった方が効果的だって結論を出した。これからは俺たちの特訓にリズも参加させ、お前の中に眠る力を鍛え上げる」
「…………」
私は質問をするために口の中のローストビーフを早く噛み、ごくんと飲み込んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!? その言い方だと、私の中に妙な力が眠っていることを、カイン様たちは前から知っていたんですか……!?」
「ん? あぁ、もちろん知っていた」
「な、なんで……!?」
「なんでって言われてもなぁ……?」
まるで、なんでリンゴは木から落ちるの? というような当たり前の質問をされて。どう答えていいか困る人の様にカイン様は頭を掻いた。
「というより、さっきのメルヴィ様のエッチな診断は、私の内側の力について診ていたんですね……」
「エ、エッチじゃありません……! 効果的な診断をしただけですっ……!」
「えー……」
メルヴィ様は声を荒げて否定をする。
でもだって、メルヴィ様が魔力のこもった手で私を触る度に、私の体の中が、こう、疼いてしまったのだ。彼女の魔力が私の中を這いずり回ったのだ。
あれがエッチな診断じゃなくて、なんなのだろう……。
結婚しなければならないと、また心の中で誓ってしまった程だった。
「元かと言えば、リズさんに習った治療技術のせいなんだけどなぁ……」
「え? 何か言いました? メルヴィ様?」
「何も言ってませーん」
ぷいと唇を尖らしながら、ぶっきらぼうにメルヴィ様はそう答えた。気になるけど、可愛い。
「リズ、君の中に眠る力の解放の特訓が上手くいった際には、君を仲間に迎えたいと私たちは思っている。どうかな?」
「え……? シルファ様……?」
私の胸がどきんと震えた。
「当然と言えば当然だ。リズは魔王軍幹部を単騎で倒した。その力が安定するようになったら、勇者の仲間として私たちはその力が欲しい。そうだろう?」
「わ、私が……勇者様たちの、仲間……?」
「まぁ、まだ先の話だ。考えておいてくれ、リズ」
「…………」
そう言ってシルファ様はグラスを傾け、くいとワインを飲む。小さな動作だが、そんな何でもない所作から優雅さを感じ、彼女が王国の姫であるということを再確認した。
私の胸はドキドキと震えている。
私が……カイン様たちの仲間……?
私にそんな大役が務まるのだろうか……?
「シルファ、そんな話をしても意味ねぇだろ」
「む? そ、そうだな、カイン殿。先のことはまだ分からないな」
「そうじゃなくて……」
カイン様は少し呆れた顔を見せつつ、言った。
「力の修業が上手くいったら、こいつは絶対に俺たちの仲間になる。考えるまでもなく、絶対だ、絶対」
「え……?」
そしてカイン様はにやりと笑った。
そこからは絶対の自信を感じられた。私は絶対に仲間になるのだと、仲間になることを絶対に辞退しないのだと、当たり前のようにそう言っていた。
「な、なんでそう言い切れるんですか……?」
「そりゃ、リズ……。それは修業が終わってからのお楽しみだ」
カイン様は悪戯小僧の様に笑う。屈託のない、少年のような笑顔だった。
「ふふ、そうだな。それもそうだったな」
「シルファ様……」
「あのあの、リズさん! 修業頑張りましょうね! わたし全力でサポートしますから!」
「メルヴィ様……」
「ふん! 途中で弱音なんか吐かないでよ! あたしを幻滅させないでよねっ……!」
「レイチェル様……」
皆が期待を込めた目で私のことを見ていた。
その英雄たちの目はくすぐったくて、温かくて……そして何故だか心地が良かった。
「さぁさぁ、食え! リズ食え! 食わなきゃ元気になれねぇぞ?」
「ワイン注ぎますね、リズさん」
「いやいや、あまり食べさせ過ぎてリズが太ったらどうするんだ? カイン殿も、リズが太ったら嫌だろう?」
「ははは! こいつが太る姿とか、微妙に想像できねぇ……!」
「確かにリズさんはずっとスタイルが良いままですからねぇ……」
「…………」
そう言って、皆が楽しそうに笑っていた。私を話の中心に添えて、皆が良く笑っていた。
「なんで……」
「ん……?」
私はぽつりと呟いていた。
「なんで私にそんなに良くしてくれるんですか……?」
「んん……?」
「だって私、皆さんとはまだ知り合ったばかりで……こんなに良くしてくれる理由がない……」
皆は私に親しげに接してくれる。修業のサポートもしてくれるという。
私はまだまだ彼らと知り合って日が浅い。ただ学校内の学友というだけの関係で、深い思いではなく、特別な絆もない。
皆様からこんなに良くして貰えるだけの理由を、私は持っていなかった。
「…………」
「…………」
「…………ぶはっ」
そして、カイン様が吹き出した。
「……え?」
「ぶははははっ……! リズからそんな言葉を聞くとは思わなかった! これは傑作だ……!」
「え? え……?」
「わ、笑っては悪いぞ……、カイン殿……! で、でも、あはは……! おかしい……!」
「リ、リズさんがそんな事を言うなんて……、ほんと何が起こるか分からないものですね……。ふふふ……!」
「え? え……? え……!?」
何故か部屋が笑い声で包まれた。
なんだ? 私は変なことでも言ったのだろうか……?
「いいか、リズ、よく聞けよ?」
ひくひくしながら笑いを止めた直後のカイン様が私の目を見て、言う。
「確かに理由はある。理由はあった。でも、そんなのは関係ねぇ。理由が無くても俺たちはお前を大切に扱うだろう」
「な、なんで……?」
「だって皆、お前のことを理由なく好きだからだ」
カイン様がそう言うと、皆がにやっと笑った。
それは私のことを受け入れてくれている笑顔だった。
「色々あるんだけど……結局は皆、お前のことが好きなんだよ。なんだかんだ言って、お前と一緒にいると、楽しいんだよ」
「…………」
「だから、お前を大切にすることに理由なんてねえ。そうだろ?」
カイン様が私の頬を引っ張る。私の頬はみょんと伸びる。
私は少し、呆然としていた。
「バカだなぁ。相変わらず、お前のほっぺは柔らけえなぁ……」
「…………」
カイン様は上機嫌に笑う。
私の胸の内は熱くなっていた。
「ほらほら、馬鹿なこと言ってねえで、飲め、食え!」
「はっはっはっは! そうだぞ! リズ! 俺たちの修業は生半可じゃない! ちゃんと食って体力蓄えとかないとな!」
「リズさん、ワインお注ぎしますね」
「……まぁ確かにリズは太らなさそうだな。リズ、このフライドチキンおいしかったぞ? 1つどうだ?」
そうして私のお皿に皆がたくさんの料理を放って入れて、私のグラスにはたっぷりとワインが注がれていた。
温かいって感じた。
こんな陽気な一時が、何故だろう……妙に懐かしく感じて、とても胸の内が温かく感じた。
私はぽつりと呟いた。
「私も好きですよ……」
「え……?」
「皆さんのことが、理由なく好きです……」
自分で言って、自分で照れる。頬がほんのり熱くなるのを感じる。
そして、皆の頬もほんのり赤くなっていた。
まだ私はここにいる皆と知り合って間もない。しかし、胸を張って言える。
私は皆のことが好きだ。知り合った時間とか、好きになった理由とか、そんなのは関係なく、皆が好きだ。
だから、私は皆の力になりたいなって、思う。
「私、修業頑張ります!」
私は大きな声を発して、勢いよくソファから立ち上がった。
「私の中に眠った力をうまく引き出して、一生懸命強くなります! 皆さんの力になれる様に!」
「…………」
「私、頑張りますから……!」
皆の熱い目線が私に集まる。
だから私も、気持ちを込めて言った。
「だから、これからもずっとずっと、よろしくお願いしますね……?」
自分で言って、自分の魂が少しだけ震えるのを感じた。
「……あぁ、言われるまでもねぇ」
カイン様が私にワインの入ったグラスを向ける。
「これからずっと、よろしくな?」
「……はい!」
そう言って、私とカイン様はグラスをキンと重ねた。高い音が小さく響き、グラスの中のワインが揺れた。
そして皆で笑いあった。
魂の奥が震えるのを感じる。
欠けていた何かが埋まっていくように感じた。
記憶にない感情が彼らを守りたいと叫んでいる。彼らと一緒にいたいと微笑んでいる。
もう私たちはずっと離れることはない。ずっと一緒に同じ道を歩んでいく。
何故だろう。そんな確信のような気持ちが胸から溢れ出してくるのだ。
「じゃあ、リズの復か……新たに仲間になった事を記念して……」
カイン様はにやりと笑いながら、手にワイングラスを持つ。私も、皆も同じようにグラスを持って、構えた。
「乾杯っ!」
「乾杯っ……!」
テーブルを囲んで、皆でグラスをぶつけ合った。キン、キンと高い音が鳴り響く。
宴はまだまだこれからだった。
そして私たちも、まだまだこれからなのだった。
――その時だった。
「……ん?」
私は椅子から立ち上がったままだったのだが、私のそのスカートの中から何かがはらりと落ちた。
「ん?」
「なんだ?」
皆の視線が、私のスカートから零れ落ちた何かに向けられる。
私のスカートから何かが落ちる……? そんな事あるのだろうか?
心当たりのない事象に若干戸惑いながら、私は落ちたその何かを拾った。
しゃがんでは拾い、立ち上がってそれを広げた。
「……え?」
それは体操服のパンツだった。
名前が書かれている。それはカイン様の体操服のパンツだった。
え……? なんでこんなところから、カイン様のパンツが……?
「ん……? それ、俺のパンツか?」
カイン様が言う。皆の視線が私の握っているパンツに集まり、そしてすぐに説明を求めるかのように私の顔に皆の視線が移動した。
「……? ? ……?」
カイン様のパンツを持ちながら、私は混乱する。
身に覚えがない。自分のスカートの中からカイン様のパンツがはらりと落ちることに、全くもって身に覚えがない。
いや、でも……あれ? 待って……?
少し覚えている……?
それは魔王軍幹部との戦いの最中のことだった。敵の攻撃によって教室の中が破壊され、その備品がばらばらと宙に舞った。
その時にカイン様の体操服のパンツが風に乗って、空を舞っていた。
そのパンツを私は手で掴み、そこから記憶が途切れている……。
「…………」
パンツを手に、考える。
あの後一体、どうしたのだろう? 記憶が無くなっているが、その後私は失神した訳ではない。皆の話によると、その後私は内なる力が覚醒して、魔王軍幹部アンディを撃退したはずだ。
……じゃあ、何故私のスカートの中からカイン様のパンツが出てくるのだろうか……?
私の記憶の無い部分で、私はカイン様のパンツをスカートの中にしまい込んでいた?
それが今、はらりと落ちた?
「おいおい、リズ、お前まさか俺のパンツをスカートの中にしまい込んでたのか?」
「ち、違いますっ……!」
呆れ声をあげるカイン様の言葉を、私は即座に否定した。
私の推測とほぼ同じことを口にしたカイン様の言葉を、私は大声で否定した。
「これは……何かの間違いですっ……! 私が、カイン様のパンツをスカートの中にしまい込む筈がないじゃないですかっ……!」
「いや……リズならやるだろ……?」
「やりませんっ!」
そんな訳がない! そんな筈がないのだ! これは何かの間違いに決まってるっ……!
「違うんですっ……! 私、そんな変態な子じゃないんですっ……! 私は歴とした清く正しい貴族の子で……! 私は、違うんですっ! これは、何かの間違いなんです……!」
「いいからいいから。こういう事もあるって、俺ら分かってるから」
「分かってません! 全然分かってません!」
私がそんな変態的な行動を起こしたって事を認めないで欲しい!
「あぁ……、リズの覚醒はカイン殿のパンツが原因だったのか……」
「くんかくんかとかしたんでしょうか?」
「カインのパンツを弄ればリズは覚醒するのか……興味深いわね」
「してませんっ……!」
必死に否定するしかない。
「カイン様のパンツを弄って喜ぶような真似は、絶対にしてません! 私はそんな変態な子じゃないんですっ……!」
「リズさん、大丈夫ですよ? わたし達、分かってますから……」
「違いますっ! 私はエッチで変態な子じゃありませんっ! 違いますからぁっ……!」
「リズ、いいから自分に素直になれって……」
「違うんだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁっ……!」
必死に否定する。必死に否定すれど、皆の生暖かい目は止むことはない。
本当にこいつは変態だなぁ……、軽く引くわぁ……、でもリズらしいのはリズらしいなぁ……、まぁ仕方ないかぁ……、リズだしなぁ……、みたいな感情が皆からひしひしと伝わってくる。
まるで何年も一緒に旅してきた仲間かの様に、私たちは目でお互いの気持ちを分かり合っていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁ、もう゛やだあ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁ……!」
星がきれいに輝く夜、学院の寮の中で仲間に囲まれ、私は叫ぶ。
魂の底から叫んでいた。
私の受難と災難と悦楽の日々は始まったばかりだったのだった。
ここまで読んで下さって、本当にありがとうございました。
取り敢えずこのお話はここで一旦区切りとさせて頂きます。
キャラがめっちゃ動かしやすいので、書こうと思えばいくらでも続きを書けるとは思いますが、取り敢えず当初予定していた期間が終わったので、ここで一区切りということで。
気が向いたらまた書いたりするかもしれません。皆さんから嬉しい声もたくさん頂いていましたし、リズはめちゃくちゃ動かしやすいキャラなので、また勝手に動いたりするかも?
少し宣伝。
私の別作品『転生者の私に挑んでくる無謀で有望な少女の話』(https://ncode.syosetu.com/n8273ds/)の書籍版が発売となっております。
この作品とは滅茶苦茶毛色の違うシリアス作品ですが、気が向いたら手に取ってみたり、web版を見てみて頂けたら幸いです。
この『違いますっ! 私はエッチで変態な子じゃありませんっ! 違いますからぁっ……!~~』の作品をここまで読み、応援して下さって本当にありがとうございました。
こんな変な作品を楽しんで貰えて、大変嬉しい思いです。
もし良かったらブックマークやポイント評価をお願い致します。
……書いてる途中、これ大丈夫かなぁって何度も思いました(汗)
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
また機会があれば、お会いしましょう。
ありがとうございました。また、よろしくお願い致します。