ルイさんとぼく
ぼくの周りにモエギ=フェルがいて、エルシュラン兄様=レンダークさんもいた。それはどういうことなのか?そこに何か元始の神様の意図を感じる。
ルイさんとノブユキさんから真実を聞いた後、ぼくは窓辺で頬杖をついている。今日も夜の空には、大きい月と小さい月が仲良く並んで浮かんでいる。二つの月は、一ヵ月に二度互いを求めるように交差する。伝説では、二つの月は元は一つだったという。アザレイはぼくの半身だった。遠い昔にぼくたちも二つに分かれた。ぼくたちも二つの月のように互いを求めあうのだろうか?
それはないなとぼくは即座に否定した。アザレイはモエギを求めている。ぼくをモエギと勘違いして、ひたすらにモエギに執着している。もしも、フェルが本当のモエギだと知ったら、あの子はどうするのだろうかと疑問になる。男の子同志では恋愛は無理だよね。いやいや、そうした恋愛もあるらしいけれど、まだまだ考えがお子様のぼくには理解できない。
悲恋だった前世を思うと、アザレイとフェルの恋を応援してあげたくても、それぞれが違う国の国王と王子である以上はそういう関係は無理だと思うしなあと気が付くとぼくの考えは変な方向に向かっていた。
「モエちゃん」
ヒョコンとルイさんが窓の下から、顔を出した。ぼくはビクンと退けぞる。ルイさんはちょっと機嫌を悪くしたみたいで、プゥっと顔をふくらませた。どこのお子様だよとぼくは母親のそんな行動に頭を痛める。
「せっかく、モエちゃんを元気づけようと思ったのに」
ああ、ぼくは頭を抱えた。ルイさんはフウワリと浮び上がると、ぼくの隣に腰掛けた。元気づけてくれようとするのはうれしいけれども、どうしてこの母親は突飛な行動ばかりするのだろうと呆れて何も言えない。普通の母親なら外窓からじゃなく、部屋のドアから入ってくるよなとぼくは思いながらも、これがルイさんだとも納得している。不思議だ。
「レンはね、たぶん、北にいる」
ぼくはルイさんを見た。ルイさんは膝の上に肱をついて、頬杖をつくと、真っ直ぐに夜の闇を見つめていた。唐突にレンダークさんの話をする母親の意図が掴めない。
「知ってるよね。あいつ、本当はあたしの婚約者だった」
「うん」
「レンの両親はね、あいつが二つの時に死んだの………北で殺されたの………暗黒神の復活を予知した大神官様の命令で北に調査に赴いたの。もう、その時には既に封印は解かれた後だった」
ルイさんはぼくの方をチラッと見た。アザレイとレンダークさんは同じ年なんだとぼくは何気に思い、ふと考えるとぼくとフェルも同じ年だと気付き、またそこに元始の神様の思惑がどこにあるのかと悩む。
「まだ、小さかった暗黒神の生まれ変わりは、きっとレンがエルシュラン様の生まれ変わりだと本能的に気付いたのね。レンの両親はレンを守ったの、命に変えてね………互いにまだ小さい子供だった二人は、周囲の大人たちを巻き込んで相打ちになったの。お父様がレンを連れてきた時、レンはね、自分の中に閉じこもっていた」
ルイさんは頬杖をついたまま、空を見上げた。ぼくもつられた。大きい月が足の早い小さい月に置いていかれている。大きな月が満月なので明るすぎて、漆黒の夜空には星があまり見えない。
漆黒の夜空の中にはたくさんの世界があり、星々はその世界を作る一つ一つで、ここもそんな星の一つ。神だった頃の記憶が蘇り、エルシュラン兄様が作った世界も見えない星々の中にあるのだと思うと、それらの世界はどんな進化を遂げているのかと気になる。神の手を離れた世界は幸福なのだろうか?ぼくもここに固執せずにいたら、ここはどんな世界になっていたのだろうかと思いを馳せる。ぼくが歪めてしまった世界の行く末はどうなるのだろうと心配になる。そう思うのは傲慢以外の何物でもないのだが、それでもぼくは………
「モエちゃんと一緒ね………レンは自分を自分で封じ込めていた。あたしたちにはレンが何を怯えているのかわからなかった。フェル王子とモエちゃんにレンの本質を聞くまでは、あたしたちはレンが何者かわからなかった。レン自身も当時の記憶を失ってた」
ルイさんはフゥッと息を吐きだした。アンニュイなルイさんにいつもの明るさがない。
「ノブちゃんに会わなかったら………」
「………」
「たぶん、あたしはレンと結婚してた」
「うん」
ぼくは相槌をうった。ルイさんがぼくを頭からギュゥッと抱きしめた。ぼくはベタベタされるのが嫌いだったくせに、今はルイさんにこうして甘えているのが好きだ。
「レンはね、子猫みたいだったのよ。どこへ行くにもあたしの後をついてきた。あたしが修業の旅に出る時も、チョコチョコとくっついてきた。あいつってば、馬鹿みたいにあたしの後を追いかけてきたの」
「ルイさん」
「二年くらい、二人で旅をしたわ。あいつが五才になるまでね」
八歳と三歳の子供が二人で旅をしたっていうのは、常識からすれば、信じられないことだけど、ルイさんたち精霊魔法使いは、魔法能力が強いほど、自分の年格好を十年前後は自由に操れる。現にノブユキさんは、十歳のルイさんをナンパしたのだ。まあ、その時のルイさんの見た目は今と同じで、二十歳くらいだったらしい。とすれば、レンダークさんは今のぼくと同じくらいの年格好だったのだろう。見たかったな、レンダークさんの少年だった頃。ぼくはフッと目を細めた。
「縁って不思議よね。あたしはノブちゃんを大っ嫌いだった。スケベで、浮気性で、いい女と見れば見境なしで、なんで、こんな奴とパーティを組んだんだろうって後悔ばかりしてた」
ため息まじりにルイさんが言うので、ぼくは苦笑した。
「あら、本当だったのよ」
ルイさんも何か思いだすのか、クスッと笑った。ルイさんは抱きしめていたぼくを離すと、また窓際に座り直して、足をバタバタとぶらつかせた。
「あれはね、北の神殿でモエちゃんに会うちょっと前かな」
ウフフと思いだし笑いをするルイさんが、この上もなくきれいに見えた。ルイさんは蒼い瞳を少女みたいに輝かせて、また、膝の上で頬杖をついた。
「あたしたち、吹雪に閉じ込められたの。もしかしてここで死んじゃうんじゃないかって、そう思った。ノブちゃんは『一杯好き勝手なことして生きてきたから別に死んでも構わねえや』なんて言うし、そしたら、何か悔しくなっちゃって、あたしだけが馬鹿みたいじゃん。何かとっても、癪に触ってノブちゃんに当たり散らしたの」
ルイさんは首を傾げて、微笑みながらぼくを見た。
「気がついたら、ノブちゃんに抱かれてた。ノブちゃんの腕の中は居心地が良くて温かくて………ウフフ、たぶん、モエちゃんを吸収した子供って、その時にできたのかもね」
意味在りげにニコッて笑うと、ルイさんは悪戯っ子みたいに片目を瞑った。ぼくといえば、アハアハと追従するみたいに笑うことしかできなかった。両親のそういう話を聞くのってやっぱり娘としてはどういったらいいのかわからないよ。
「モエちゃん、レンをよろしくね………アハハ、あたしが言うことじゃないか」
ルイさんは不意に真顔に戻った。
「モエちゃん、見えてるんでしょう?」
「あ、うん、でも、人間だったら、ぼくは一生目が見えないままだった。ぼくは自分で自分の目を傷つけたんだもの。もう、何もこの目で見たくなかったんだ」
「そう………バカね、モエちゃんたら、せっかくのかわいい顔に生まれたのに、成年式を過ぎたら、言い寄る男が一杯いたのに」
ちょっと、ぼくはこけた。真顔で言うことじゃない!突っ込むのはそこなのって言いたかった。でも、それは言ったら負ける気がしたので言葉を飲み込むしかなかった。
「あのさ、ぼくね、ずっと疑問だった」
ルイさんが話を変な方向に持っていきそうだったので、ぼくはあわてて、話を変えた。
「エルシュラン兄様は、ぼくよりもずっと力を持った神様だった。なのに、なぜ、ぼくに殺すことができたのだろうか?しかも、ぼくは二つに分裂したから、ぼくの力はもっと劣ってたはずだよね。まるで、自分から死ぬことを選んだみたいだった。どうして、エルシュラン兄様はぼくに殺されることを選んだんだろう?」
「北へ行けば?」
ルイさんはぼくに微笑んでいた。
「レン自身に聞くことよ。あいつ、あたしがモエちゃんのことで逆上しても、自分を防御しなかった。身体中を血まみれにして、俯いて立っていたわ」
「うん」
ぼくの脳裏にあの時のレンダークさんが焼きついている。ドンとぼくは背中を叩かれた。
「お母さん!」
三白眼でぼくはルイさんをにらんだ。ルイさんの顔がパッと輝いている。
「思いだしたわ。あいつってば、モエちゃんが生まれる前にマーサにくっついてきたのよね。モエちゃんが生まれた時のあいつってば、困ったような情けない顔してた。『生命は全て、一つに繋がるんですね』とか何とか言っちゃって、モエちゃんを危なっかしく抱いてたっけ」
「ふうん」
ぼくは何の気なしに聞いていた。前にレンダークさんに聞いていた話で、新鮮味がなかった。ルイさんにとっては、ぼくが生まれた時のことは今でも忘れられない出来事で、いつか、ぼくにもその思いを味わう日が来ると締めくくった。途端に、ぼくはボンと顔を赤く爆発させた。
「いやあね、モエちゃんったら、急に真っ赤になっちゃって」
ルイさんが楽しそうに笑い転げた。ぼくが子供を産む日が来るって、それって、ぼくが誰かと………ぼくはレンダークさんを思い浮べていた。
ぼくは女の子なんだ。ぼくはルイさんがぼくをこの世に産みだしたように、いつか、この身体に宿った新しい生命を産みだす。それはぼくにとっては、不思議なことだった。ぼくは急にガバッとルイさんに抱きついた。
「モエちゃん?」
ぼくは笑った。ルイさんを抱きしめて、おかしくて堪らなくて、涙がこぼれてきた。
「ぼく、女の子に生まれてよかったって、いつか思える日が来るよね」
「そうね、きっと、来るわ」
「うん、そうだね」
ぼくはルイさんの胸に顔を埋めた。
「ぼく、レンダークさんに会いに行く。ぼくには聞かなければならないことがたくさんあるんだ」
ルイさんがぼくの頭を子供の頃みたいに何度も撫でてくれた。ぼくの鼻の前をルイさんの蒼バラの香が仄かに漂っていく。全てがわかってまたぼくの周りが平穏になったら、ぼくも香水を造ろう。ぼくだけの香水をだ。
ぼくはずっと思っていた。なぜぼくは女の子に生まれたのだろうかと。違和感がたくさんあった。ぼくは昔男の子だったから当たり前なのだと今は思う。なのにルイさんと話してからは女の子に生まれてうれしいと思うようになった。それは奇妙な感覚だった。ぼくはぼくなのに、いつか女の子としてのぼくを受け入れている。女の子であるぼくがうれしくも思う。どこかくすぐったいような気持ちでぼくは自嘲めいた笑いをこぼした。




