↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくの受難の日々  作者: 安野穏
15/28

追いかけてきたのは

『私たちにはわかります。お帰りになられたのですね』


『初めて見た時にわかりました。その温かい慈愛に満ちた光り。わたしたちはずっとお待ちしておりました』


 口々にスライムさんは、意味不明のことを喋る。ぼくは途方に暮れた。


「おい、モエギ、大丈夫か?」


 タクミくんとタクトくんがスライムさんたちを傷つけないように丁重にかきわけて、ぼくに近付いてきた。


「一体、こいつら何を喋ってるんだか」


「えっ?」


 ぼくは驚いて、二人を見た。こんなにはっきりとした声がタクミくんにも、タクトくんにもわからないはずはない。


「どうも、スライムさんたちの言葉はわかんねえな。俺にはシュワワワンとかシュシュシュンとかにしか聞こえねえ」


「俺もだぜ、通訳のスライムさんなら話はわかるんだが、ここにはいねえみてえだし」


 二人は困ったように辺りを見回した。たくさんのスライムさんたちがぼくたちの周りに押し寄せている。彼らは嬉しさのあまりか飛び跳ねているのもいる。


「あのさ、あのね、タクミくん、タクトくん、こんなにはっきりとスライムさんたちは話しているんだけど」


 二人は顔を見合せた。しばらく、ぼくたちは無言で互いを探り合うみたいに見つめ合った。スライムさんたちは、相変わらず、ぼくに『お帰りなさい』とか、『待っていました』とかを言い続けている。ぼくたちの周りのスライムさんたちはどんどん増え続けて、にっちもさっちも行かなくなってきていた。スライムさんたちに囲まれたぼくたちを遠巻きに見物する人も出てくる有様で、ぼくたちを中心として、スライムさんと人間たちの人垣ができ上がっていた。


「で、何て言ってんだよ!」


 スライムさんに押されたタクミくんが沈黙を破り、怒ったように怒鳴った。


「お帰りとか、待ってたとか、皆が同じ言葉を繰り返してるよ」


「おい、タクト、おまえに聞こえるか?」


「いや、俺には相変わらず、シュワワァンとかシュシュシュランとかだな」


「俺もだ」


 ぼくたちは固まって、小さくなっていた。下手に動いたら、スライムさんたちに怪我をさせてしまう。


『皆の者、元に戻れ!そのお方は確かに……様だが、新しくこの世界に生まれ変わった際に記憶をなくしておる。今の我々ではこのお方を困らせるだけじゃ』


 ぼくは肝心な言葉を聞き逃した。その一際大きい言葉に応じて、スサササァァァァァーーーッとスライムさんたちが消え去っていった。それは実に見事な光景で、しばしぼくらはぽかんと立ち尽くした。


 後に残ったのはおじいさんのスライムさんと付き従うほんの数匹程度だった。それにしても、この洞窟のどこから、あんなにたくさんのスライムさんが湧いて出てきたのだろう?


『お嬢さん、申し訳なかったの。我々はあのお方の復活をずっと待ち望んでおったからの。お嬢さんがあのお方の生まれ変わりであることは明白じゃ。だが、自分の記憶は自分で取り戻さなければならん。我々が教えるものではないのじゃ』


「あ、あのう、おじいさん、ぼくが誰かの生まれ変わりと言うのですか?」


 おじいさんはぼくの言葉を理解できないらしく、頻りにそばにいる通訳のスライムさんにぼくの言葉を尋ねていた。


『お嬢ちゃんには我々の言葉がわかる。だが、話すことはできない。それはお嬢ちゃんがあのお方であった証拠であると共に、今はあのお方ではないという証拠でもある。我々は満足じゃ。あのお方はまたこの地に戻ってこられた。我々の選択は間違ってなかったのじゃ』


 おじいさんの声に呼応するように、スライムさんたちの鬨の声が上がった。洞窟内が割れんばかりの喚声だった。この時のことを後で、タクミくんとタクトくんに聞いてみたら、二人にはシュシュシュワン、シュワワワァァァァーンというおじいさんの声に、シュワーンと周りから同調の声が上がっただけで、別に洞窟内が割れんばかりの喚声ではなかったと言っていた。


「あのですね。ぼくは誰の生まれ変わりなのですか?」


 ぼくの問い掛けにおじいさんは通訳を受けてから、首を大きく横に振った。たぶん、スライムさんでもこういうのだろうか?ゼリー状の身体をプルプルと震わせていたからだ。


『我々には言えない。ところで、お嬢ちゃんの今の名は?』


「モエギ」


 名前だけはわかったのか、おじいさんがオイオイと声を上げて泣きだした。周りのスライムさんたちからもすすり泣きが漏れる。ぼくは密かにドン引きする。スライムさんたちがすすり泣くとは思わなかったからだ。


『モエギ様、何という運命の悪戯じゃ。モエギ様と言いなさるのか。おお、同じ名前とは、なんという悪戯ぞ、我々にはあの悲劇がまた繰り返されることがないことを祈るだけじゃ』


 おじいさんスライムとお付きの者たちはは涙にむせびながら、ぼくの前から姿を消した。ぼくは呆気にとられて、またボケッとその場に立ち尽くした。タクミくんがぼうっとしているぼくの目の前で手をサササと左右に振る。


「おい、魂でも抜き取られてるみたいだぞ」


 タクトくんがぼくの両肩に手を置いて、ぼくを揺さぶった。ぼくはハッと我に返った。


「おい、あのじいさん、何て言ってたんだよ。モエギの名前聞いたら、随分泣いてたようじゃねえか」


「うん、ぼくは誰かの生まれ変わりで、皆はぼくが戻るのを待ってたんだって、でも、ぼくが前と同じ名前だから、また、同じ悲劇が起こらないように祈るって、そう言ってた」


 ぼくは他人事のように淡々と話した。だってさ、スライムさんたちは肝心のことを教えてくれないし、ぼくにとってはどう考えても他人事だった。


「へえ、じゃ、あんた、伝説の巫女姫様の生まれ変わりってわけかい?」


 いつのまにきていたのか、ライオネルさんがいた。レンダークさんが苦虫を咬み潰したような顔をしている。伝説の巫女姫って、あのおばちゃんの言ってた神話?


「そうね、同じ名前っていうのなら、それしかないわね。伝説の巫女姫はモエギという名前だったもの」


 ぼくの背後から、リーファンさんの声もした。振り向くと、リーファンさんにデューイさん、おまけにフェルやアリカたちもいた。みんながぼくを見ている。その視線がチクチクと突き刺さる。


「ち、違いますよ。モエギさんは巫女姫なんかじゃありません」


「あら、ではフェル様にもあのスライムたちのシュワワワァァンという変な声が理解できましたの?」


 フェルはアリカの言葉にブンブンと首を振った。また犬耳と尻尾が見える。


「でも、違うんです。ぼくにはわかります。モエギさんはモエギさんでモエギさんではないんです。いえ、その、モエギさんはモエギさんなんですが、モエギさんじゃなくて………」


 フェルの奴、自分でも言っている意味がわからなくなっているらしく、余計に焦って、しどろももどろもなくなりつつある。ぼくはちょっと眩暈を感じた。


「モエちゃん」


 ぼくの身体が唐突にフワンと宙に浮いた。あれ、またこれってデジャブ?


-我願う。風の精霊よ、契約に従い、我に力を与えよ。風縛。-


 レンダークさんの呪文に応じて、ぼくの周りに風が渦巻いた。瞬間に、風がバチンと弾かれた。


「君の魔法はぼくに効かないよ。というか、精霊たちはぼくに味方するんだ。なぜなら、彼らはぼくが創ったものだからね」


 灰色のローブ服がぼくの目に飛込んできた。パールグレイの短い髪とラピスラズリの瞳を持つ少年。もしかして、彼は神、エリシュオーネ?


「モエギ、ぼくは君を待っていた。君は必ず、ぼくの元に帰ってくるとわかっていた」


「ぼくはたぶん違う」


 男の子はぼくを愛しそうに抱きしめた。ぼくは男の子の声を即座に否定した。


「君はモエギだ。十四年前にぼくは君の息吹きを感じた。だから、捜した。君を捜した。十四年間ずっとだ」


「モエちゃんを離しなさい」


 レンダークさんの声にはなぜか抑揚がなかった。


「レンダークさん!」


 ぼくの胸から、また、光りがほとばしった。ぼくの周りに光が集う。


「ぼくは、ぼくはモエギじゃない。違う、モエギはぼくで、でもぼくはモエギじゃなくて、ぼくは、ぼくは誰?ぼくは誰なんだ?」


 ぼくは空中に浮かんだ光りの中で蹲った。これじゃ、フェルと同じだ。自分でもぼくは何を言いたいのかわからない。男の子がぼくから弾き飛ばされて叩きつけられた場所から、空中にヨロヨロと浮かび上がる。


「モエギ、なぜ、ぼくを避ける?ぼくはずっと君だけを待っていた。君の救いを待っていた。君は昔と寸分も変わらない姿で、転生してきたのに、ぼくのことを一切忘れたと言うのか?君はあんなに幸せだった昔を忘れたのか?モエギ、思いだしてくれ!」


 ぼくは光りの中で耳を塞いだ。聞きたくない。ぼくは違う、ぼくは今のモエギで、昔のモエギでない。ぼくの中で思いだせという言葉と思いだすなという言葉が互いに責めぎ合っていた。


 ぼくの首にかけられた水晶球がフワンと宙に浮いた。男の子の首からも同様の水晶球がフワンと浮き上がってきた。二つの水晶球は互いを求めてぼくたちを導く。それが怖くて、ぼくはとっさに水晶球を外した。クルクルと回りながら落下した水晶球が、レンダークさんの手に絡み付いた。レンダークさんの瞳が大きく見開き、何か驚愕した顔になる。その顔をどこかで見た記憶があった。それは遠い昔の懐かしい顔。


 ぼくの光りの結界がとぎれ、ぼくの意識が薄れていく。ぼくは誰かの手に抱きかかえられた。ぼくの記憶はそこで途絶えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。