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ぼくの受難の日々  作者: 安野穏
11/28

アリカ姫

-キャァァァァァァーーー!


 悲鳴だ。それも甲高い女の子の悲鳴だ。レンダークさんとタクトくんが、サッと立ち上がった。


「モエちゃんはここにいて下さい」


 二人とも、素早く闇の中に消えていった。置いてきぼりにされて、ぼくの膝がガクンガクンと震えだす。ぼくは膝を抱え込んで蹲った。怖い。怖すぎて何をしていいのかわからない。


「モエギ、今の悲鳴は何だ?」


 二人が消えた反対側から、ザワザワザザァと木々をかきわけて、タクミくんが駆け込んできた。タクミくんの姿にホッとした。何が起きるのかわからない。一人ではいたくなかった。


「わかんない。今、レンダークさんとタクトくんが見に行った」


 タクミくんの今にも飛出しそうな勢いに、あわてて、ぼくはタクミくんの服を掴んだ。無我夢中だった。また一人取り残されるのは嫌だ。


「タクミくん、ここにいてよ。ぼく一人じゃ心細い」


「モエギ?」


「ここにいてよ」


 不安だった。こんな暗闇の中、たった一人で置いて行かれたくなかった。タクミくんは不機嫌な顔をしながらも、腕組みしてぼくの脇にドサッと座り込んだ。


「しゃーねえな。まあ、おまえに何かあったら、おじさんたちにあわせる顔がなくなるからな」


「ありがとう」


 ぼくは消えそうな声で呟いた。


 ぼくたちのキャンプ地から、少し離れた場所に光りが煌めいた。


-イヤァァァァァァァァー!


 今度は悲鳴でなく、何か叫んでいる様子で、ぼくはタクミくんと顔を見合せた。


「何があったんだ」


 イラついた感じで、タクミくんは親指の爪を頻りに噛んでいる。


「もう、何でこのようなところにこんな生き物がいますのよぉ!」


 女の子のキンキンした声が、空中に浮かんだ光球と共に近付いてきた。木々の間から光りのゆらめきが見え隠れしている。


「あれっ?タクミ、戻ってきてたんだ」


 最初に現れたのはタクトくんだった。その後ろから、気の強そうな女の子が見える。最後にレンダークさんが出てきて、宙に浮かんでいる光球を消した。


「ここなら、大丈夫ですよ」


 女の子はレンダークさんの声に眉をピクンと撥ね上げた。


「別にわたくしは、た、助けなど必要としておりませんでしたわ」


 ぼくはレンダークさんに今にも噛みつきそうな女の子を無遠慮にながめた。癖のある茶色の長い髪、鳶色の瞳が猛獣みたいにらんらんと光って見える。魔法使いらしい真紅のマントを身にまとった女の子は、高飛車な態度を崩さない。


 あれか、お話によく出てくる悪役令嬢か?今に腰に手を当てて、口元を覆って「お~~ほほほほっ」って笑いだすかもしれないとかぼくはまた変な妄想をしていた。


「ちょっと、そこのあなた、失礼じゃありません?ジロジロと人の顔を見て、わたくしに何かついているとでも言いますの?」


 矛先が急にぼくに向けられ、ぼくはちょっと怯んだ。


 これはお約束というテンプレ通りなのかもしれない。きっと他の人が聞いたら、大衆小説の読み過ぎだと突っ込まれるかもしれないが、庶民の女の子の間ではかなり流行している悪役令嬢とヒロインとヒーローもののお話。やっぱり身分さを乗り越えての恋っていいよね、憧れるわとクラスメートたちが本を読んで夢見がちになっているが、それはそれ、現実は現実と割とシビアに生きているのも彼女たちだ。学校に通っている間にしっかりと理想の夫(働き者で家庭向き)を見つけていく。夢と現実は違うもの。それが当たり前。


 ぼくは胡乱な目つきで彼女を見つめた。どこかの貴族の女の子なんだろうなあと思うと溜息を吐きたくなる。


「見れば、わたくしと同じ年頃のようですわね。あなたも修業の旅に出ているのですか?」


「そ、そうだけど」


「では、何ができますの?わたくしは召喚魔法を少し習っていますのよ」


「召喚魔法ですか?」


「ええ、そうですわ」


「では、フォース国王家にゆかりの方ですね。南エリシュオーネでは、召喚魔法はフォース国王家に伝えられているだけですからね」


 レンダークさんはさすがに宮廷魔術士をしているだけあって、魔法のことには詳しい。


「ええ、そうですの。フォース国第一王女アリカ・カーン・デラ・フォースですわ」


 サラッと自分の身分を言ってのけた女の子は、どうだと言わんばかりにぼくたちを見回した。タクミくんが露骨に嫌な顔をして、タクトくんはヤレヤレと言った表情を見せた。レンダークさんだけがいつもと変わらない穏やかな笑みで対応する。ぼくにはこんな他国の山奥で助けて貰ったくせに、堂々と自分の身分を言って威張っている奴の気が知れない。


 それにしてもとうとう王女様まで出張ってくるとは、ぼくに何かうらみでもあるのだろうかと悩む。ぼくは単に修行の旅に出たかっただけだ。それに王子のフェルがくっついてきたばかりか、旧手魔術士のレンダークさんに騎士見習いのタクミくんとタクトくんまでも一緒になり、とうとう王女。


 ごくごく普通のぼくには荷が重いメンバーだ。


「レンダークさん、もう遅いし、ぼく、寝るからね」


 ぼくはこの騒ぎに関係なく、熟睡しているフェルがちょっぴり羨ましくなった。ぼくはそそくさとその場を離れると、モゾモゾとテントに潜り込んだ。これ以上の揉め事は面倒だとばかりにぼくは逃げ出した。


「アリカ様でしたか?今日は夜も遅いことですし、あらたまった自己紹介は明日ということにして、今日は私たちと一緒に休みませんか?」


「そうですね。わたくし一人で先を急いでも、また、あのようなものが出るとも限りませんし、では、お言葉に甘えることに致しましょう」


 レンダークさんに案内されて、女の子がテントに入ってきた。大きなテントは三人用で右端にフェルが寝ているので、ぼくは左端を陣取っていた。真ん中にレンダークさんが眠る予定だったのだ。あとの小さいテントはタクミくんとタクトくん用だ。ここにはレンダークさんが結界を三重に張っているので、見張りは必要ないらしい。


「わたくしはどこに眠ればよろしいのですか?女の子が二人・・・し、失礼じゃありませんか?こちらに眠っているのは殿方ですね。このわたくしが殿方と一緒に眠ることなどできませんわ」


「申し訳ありません。テントはこの二つしかないのです。ここに寝ていただく以外には、外しかないのです」


「では、しかたありませんね」


 どうするのかと成り行きを見守っていたら、アリカはぼくを真ん中に押し退けた。


「ちょっと、何するんだよ」


「あら、別に構わないのではございませんか?皆様とご一緒に旅をしていらっしゃるのでしょう?それでしたら、殿方と一緒に寝ることなど気になさるものではありませんわ」


 そう言うと、アリカは高笑いを始めた。きたきたきたよ。「お~~ほほほほっ」の笑いは実際に聞くと何とも言えない気恥ずかしさがある。これってやっている本人には自覚がないのだろうなあ。


「レンダークさん、ぼく、外で寝るよ」


 ぼくはゲンナリとした顔で外に出た。高笑いが耳触りでぼくは嫌になったのだ。


「そんな困りますわ。殿方と二人きりなど、非常識ですわ」


「レンダークさん、タッチ」


 ぼくはレンダークさんの手の平に軽くタッチすると、後はよろしくとばかりに中へ押し込んだ。アリカがまだブツブツと文句を言っている声が聞こえる。ぼくに被害が及ばなければどうでもいい。


「あーあ、もう、変なのと関わっちゃったなあ」


 ぼくが、焚き火の前にペタンと座りながらぼやくと、焚き火の前で座っていたタクミくんとタクトくんもぼくを見る。まだテントに入ってなかったらしい。


「あのお姫さん、マイマイに追いかけられてたらしい」


「マイマイ?」


「マイマイも知らねえのか?」


 タクミくんの呆れたような口調に、ぼくは渋々と頷いた。そういえば、魔獣図鑑がどこかに入っていたけれど、読んでなかったことを思い出した。


「マイマイはこの辺りに多く出るおとなしいモンスターで、動くのは夜だけなんだ。まあ、別に悪さするわけでもないし、火が嫌いだと言う弱点もあるし、強いて上げれば、外見がグロテスクってだけかな?」


 タクトくんが横から説明をしてくれた。


「ああ、ナメクジとウミウシをかけ合わせたような格好だもんな。確かに女の子は苦手だよな」


「えっ?」


 ぼくはいやぁぁぁぁぁーな顔で引き攣った。ナメクジもウミウシもベトベトしていて、気色悪い。背筋がゾクゾクと震えだす。


「こ、この辺にも出るの?」


 タクミくんとタクトくんが顔を見合せて、ニヤッと笑った。


「ほら、モエ、そこだ!」


「ヒエーン!」


 ぼくはギャッとばかりに飛び上がって、近くのタクミくんに抱きついた。


「バッカだなぁ。火があるから、この近くには絶対に近寄らねえよ」


「モエの顔、傑作だ」


 タクトくんがゲラゲラと笑い転げた。ぼくはタクミくんにしがみついたまま、恐る恐る周りを見る。


「おい、モエギ、サッサと離れろよ」


 タクミくんが邪険にぼくを自分の身体から突き離した。お陰で、ぼくはベチャと尻モチをついた。


「ひどいよ、タクミくん」


「そう、そう、本当はモエに抱きつかれて嬉しかったくせに。素直じゃねえな」


「こいつぅ!」


 タクミくんがタクトくんに飛び掛かった。取っ組み合いの喧嘩になって、二人はゴロゴロと地面を転がった。


「どうしたのですか?」


 レンダークさんがテントから顔を出した。


「何でもねえよ」


「そう、暇つぶしにタクミとじゃれ合ってたんだ」


 二人は地面にベタッと座って、肩で息をしながら、レンダークさんに答えた。レンダークさんは一度中に入ってから、また、外へ出てきた。


「モエちゃん、本当に外でいいのですか?」


「うん、構わないよ」


 ぼくの隣に座ると、眉間に皺を寄せる。


「困ったものですね」


 ため息まじりに呟き、テントを一瞥した。


「いなくてもいいの?」


「ええ、眠ったようですから」


「アリカ姫だっけ?」


「ええ、行き先は私たちと一緒なのです」


「初心者の洞窟?」


「何でも、召喚魔法使いとしての自分の実力を確かめたくて、城出してきたようですね」


「まあ、ここから海沿いを辿ってくれば、フォース国国境からなら、たいしたモンスターもでねえしな」


「で、どうする?俺、これ以上の荷物はいらねえぜ」


 ぼくはタクミくんの頭を思いっきりどついた。


「ぼくは荷物か!」


「おう、おまえも王子も足でまといでしかねえよ。全く、二つもでかい荷物を抱えてるっていうのに、これ以上増えてたまるか」


「そうは言ってもですねえ。実際には山の中に放り出すわけにはいかないでしょう」


「確かに身分を聞いて、放り投げられねえよな」


 ぼくたちは一様にフゥゥゥゥーーッとため息を吐きだした。ひとまず、ぼくたちは寝ることに決めた。小さいテントをレンダークさんとぼくが使わせてもらうことになり、あとで考えれば、小さいテントにぼくとアリカが寝ればよかったんだと後悔したが、それはもうマルっと無視することにした。


 残された二人は焚き火の前で思い思いに雑魚寝をすることになった。焚火のそばで寝るので、焚き火の番は、まだ若く元気で体力が余りまくっているタクミくんとタクトくんが交代であたることにするらしい。ぼくはレンダークさんの隣で眠りについた。




 野宿の朝は早い。ぼくは近くの小川で顔を洗うと、てきぱきと朝食の用意に取り掛かった。レンダークさんは昨日と同様に、魔術の本を引っ張りだして熱心に読みふけり、タクミくんとタクトくんは剣の朝稽古を始める。


-キャァァァァァァァーー!


 テントの中から悲鳴が上がった。フェルの声だ。ぼくは気にもせずに、シチューの味見をした。うん、まあ、こんなものかな?


 レンダークさんがいるので携帯食料の保存は完璧だ。空間貯蔵庫の中に時間凍結の魔法をかけてもらってたくさんの野菜やお肉などを入れてもらっている。空間魔法が使えるってかなり便利だ。ぼくも使いたいと密かに思う。旅するには便利な魔法だ。


 もっともお金を出せば、魔石で作られた生活魔道具は簡単に手に入る。ただ、空間貯蔵できるバックは未成年のぼくには高すぎて手が出ない。ルイさんもノブユキさんもぼくに贅沢なものは必要ないと考えている。欲しかったら自分で手に入れろというのが二人の方針だ。親が何もかも整えてやってすべてのお膳立てをしてしまったら、子供が成長することができないと考えている。ぼくの成長の手助けに必要なものは惜しまずに与えてくれるが、彼らが不必要だと思うものは絶対に買ってもらえない。それでぼくは少しずつ貯金をしている。


「もっ、モエギさんがぁ!」


 テントからヨロヨロと這いだしてきたフェルは、ぼくの顔を見ると一目散に駆け寄ってきた。


「モエギさん、ああ、モエギさんなんですねぇ。ぼくは、ぼくは心配したんですよ。モエギさんが一晩で変わってしまったのかって」


 ぼくが本物とわかると、ホッと胸を撫で下ろして、フェルは地面にへたりこんだ。


「何ですの?何がおこったんですの?」


 フェルの悲鳴の後で、目を覚ましたらしいアリカがテントから出てきた。


「モエギさん、あのお方は誰ですか?」


「まあ、あなた、まだ、わたくしを知らないのですか?わたくしはアリカ・カーン・デラ・フォースですの。フォース国第一王女ですわ」


 胸をそらせて、高飛車にアリカは言い放った。フェルがぼくの顔を当惑気味にジッと見上げる。


「フェルが寝込んだ後で、ちょっとしたことがあってさ。とりあえず、昨日は一緒にここへ泊ったんだ」


「ところで、そう言えば、わたくし、まだ、あなたがたのお名前と身分を存じ上げてませんことよ」


「そうでしたね。昨日は失礼いたしました、アリカ姫」


 レンダークさんたちが近寄ってきた。どうやらレンダークさんが全員の紹介をしてくれるみたいだ。自分でも実はなんと言って自己紹介すべきか悩んでいたので胸を撫で下ろしたのは秘密だ。


「このお方が、我がマース国第一王位継承者、フェル・デュアル・エリオス・マース王子です。そして、王子の婚約者でもあり、オーダ公爵家並びにルーイ公爵家の正統な継承者でもあるモエギ・ルーイ・オーダ嬢です。私は宮廷魔術士のレンダーク・ルーイ・エレメイン伯爵です。この二人は、現国王の側近であるリトライア侯爵家のご子息で、マーク国騎士団騎士見習いのタクミ・オーダ・リトライア殿とタクト・オーダ・リトライア殿です」


 あらたまった自己紹介など初めてで、ぼくは少々面食らっている。ぼくがフェルの婚約者でルーイ家とオーダ家の継承者に指定されているのは事実だとしても、ぼくの本名にルーイが入ることなど知らなかった。おまけにレンダークさんが伯爵であることもぼくは聞いてない。レンダークさんは小さい頃に両親を亡くして、おじいちゃんに引き取られて一緒に暮らしているという事実しか、ぼくは知らなかった。まあ、実はここにいる全員が、ぼくの婚約者というややこしい事情を省いてくれただけでも助かったけどね。


「まあ、そうでございましたの。マース国王家のお方とご一緒できるなど思ってもみませんでしたわ。フェル様とお呼びしてもよろしいですか?」


 アリカはぼくのことをしっかりと無視して、フェルの腕に自分の腕をからめた。フェルが夢中で振りほどいて、ぼくの後ろに逃げ込んできた。


「あっ、あの、ぼくは何と呼ばれても構いませんが、ベタベタしないで下さい。ぼくにはモエギさんがいるのです」


 ぼくはフェルとアリカの間に立たされた格好で、気を悪くしたアリカがぼくをにらみ、バチバチと火花が飛び交った。これだけでクラスメートのみんなは喜ぶだろうなあとぼくは考えていた。まるで小説の主人公みたいだ。悪役令嬢VSヒロインをかばうヒーローならぬヒーローをかばうヒロインってどんな立場なんだという突っ込みをしながらぼくはまた溜息を吐く。


 そういえばとぼくは遠い目になる。溜息ばかりついていると幸福が逃げていくとマーサおばちゃんが言っていたっけ。その通りだとこの頃ぼくは思うよ。目が滲んできた。これはさっき切った玉ねぎのせいだ。決して他意はない。


「まあ、王家に釣り合う家柄は王家しかございませんわ。公爵家といっても、所詮は臣下の身分ではありませんか。わたくし、決めましたわ。フェル様、わたくし、フェル様と結婚してさし上げます」


 ぼくは目をパチパチと瞬きさせた。フェルがドンとぼくに倒れてきた。うわっ、完全に白目をむいている。失神だ。ぼくはフェルを支え切れずに、フェルごと地面に座り込んだ。


「フェルさま、嬉しいですわ。感激の余りに気絶なさるなんて」


 ぼくはフェルにいたく同情する。こんなわけのわからない女に勝手に結婚してやるって言われても、ちっとも嬉しくないし、迷惑だ。ぼくは腕の中で、ビクビクと身体を震わせているフェルの頭を撫でる。一応、こいつはぼくの婚約者で考えてみたら、アリカはぼくがフェルの婚約者に相応しくないと見下しているわけで、ぼくは買いたくもない喧嘩を買わされている状況なのだとやっと気が付いた。


「まあ、わたくしったら、うっかりとしていましたわ。あなた、フェル様の元婚約者とはいえ、フェル様に馴れ馴れしいですわよ」


 ぼくの中で何かがブチンと千切れた。


「誰が元婚約者なんだ。勝手に決めるな!だいたい、フェルが気絶したのは、アリカが勝手に結婚すると言いだしたからじゃないか。フェルはぼくが好きなんだ。アリカなんかじゃない!」


 と、思わず怒鳴って、ぼくはまたハタッと気が付く。これって、ぼくがフェルを肯定したってことになるのかな?アリカの顔が見る見る内に赤く染まって、怒りが頂点に達したようだ。バチンとぼくの頬に痛みが走る。後悔先に立たず。


「馬鹿!」


 ぼくも負けずに叩き返していた。ここで負けたら駄目だと思う。ルイさんに何度も言われた。売られた喧嘩は勝たなくちゃ駄目だと。負けるなんて考えるな。勝つことだけが正義だといつもルイさんは言う。ぼくも今はそう思う。


「まあ、王家の人間に手を上げるなんて、失礼ですわ」


「王家が何だって言うの。王家、王家って、馬鹿の一つ覚えみたいに、同じ王家だってフェルはアリカみたいに威張ったこと一度もないよ。だいたい、マース王家が王家として、威張っていたら、フェルは一般庶民の学校になど通わなかったもの」


 アリカの眉がピクンピクンとつり上がる。


「一般庶民ですって、おかわいそうなフェル様。こうなりましたのも何かの縁ですわ。わたくしがフェル様に王家がなんたるかを教えてさし上げます」


 駄目だ、アリカは自分に都合のいいところしか聞いていない。ぼくはずきずきと痛んできた頬を押さえて、レンダークさんを見上げた。タクミくんは笑いを押さえているらしく、苦しくてたまらないといった感じで身悶えしているし、タクトくんは呆れはてたのか、関係ないとばかりにさっさとテントを片付け始めている。


「あのですね、アリカ姫。姫のお気持ちもわかりますが、殿下とモエギ嬢は深く愛し合っていらっしゃいますし、モエギ嬢の生家である両公爵家は元はマース国王家から分家になった建国以来の古い家柄なのです。お二人のご婚約は正式なものでして、この修業の旅を終えた暁には盛大な結婚式も既に決められているのです」


 レンダークさんは澄ました顔で嘘を並べ立てる。まあ、ルーイ家とオーダ家のことだけは本当だけど。


「それが何ですの?そんなもの、わたくしとフェル様の結婚式に変えればよろしいことでしょう」


 平然とのたまったアリカ。ここまで、自分勝手な奴って、初めて見る。


「嫌です!ぼくはモエギさん以外の方とは結婚したくありません」


 フェルがぼくの腕の中で叫んだ。こいつ、いつから気が付いてたんだ?フェルはぼくの腕から抜けだすと、立ち上がってアリカと向かい合った。フェルがいなくなったので、ぼくも立ち上がる。今度はフェルがぼくを庇っている格好になった。


「どうしてですの?フェル様、わかりましたわ。この女に脅されてますのね」


「ち、違います。これ以上、モエギさんを侮辱しないで下さい。ぼくはフォース国とは争いたくありません。ですが、モエギさんにこれ以上失礼なことを言うのでしたら、ぼくはフォース国との同盟を考え直します」


 フェルがキッパリと言い切った。スッとアリカの顔が蒼ざめた。


「つまり、フェル様はわたくしよりもその女を取るというわけですか?」


「当然です」


 険悪なムード。ぼくはレンダークさんを見た。レンダークさんもほとほと困ったという様子で、腕組みをしている。タクミくんとタクトくんは、我関せずとばかりにぼくの作ったシチューを勝手に食べ始めていた。シチューのおいしそうな香が辺りを漂い始める。途端にぼくとアリカのお腹がグゥッと鳴った。


「もう、いいよ。ぼくは一抜けた。フェル、レンダークさんも食事にしよう」


 ぼくは二人にシチューを盛った皿を渡した。すかさず、タクミくんがおかわりを催促してくる。ぼくは横目でアリカを見た。さすがにずうずうしいお嬢様でも、プライドが邪魔するのか、ぼくたちから少し離れた場所に腰掛けてツンと澄ましている。お腹が空いているくせに無理してる。ぼくはタクミくんにお皿を渡すと、もう二つ、皿にシチューを盛った。ぼくとアリカの分だ。レンダークさんがぼくに微笑んだ。エヘヘとぼくは照れ笑いして、アリカに近付いた。


「食べなよ。お腹空いてるんだろう?」


「結構ですわ」


 また、アリカのお腹がグゥッと鳴響いた。


「無理しないで、食べたい時は食べた方がいいと思うよ。王家とかなんとか言ってたって、結局はお腹が空くのは庶民も貴族も王族も皆一緒だもの。・・・じゃあさ、ここに置いておくよ。気が向いたら、食べてよ」


 ぼくはアリカのそばにお皿を置いて、皆のところへ戻った。皆もアリカの方を見ないようにした。


 ぼくはシチューを食べながら、ノブユキさんのことを考えた。ぼくを一般庶民の学校に入れたノブユキさんの気持ちが今頃になって、わかった気がした。たぶん、フェルの父親である現マース国王も同じ考えだったのだろう。ぼくやフェルが身分というものに拘らずにすむのは、ぼくたちが平等で対等だった学校で過ごしてきたからだ。もし、ぼくやフェルが貴族の学校に行っていたら、ぼくたちはもっと違った考えに凝り固まっていたかもしれない。ぼくたちは一歩間違えたら、アリカになっていた。


「やっぱり、父親なんだなぁ。ぼくには敵わないや」


 ぼくはボソッと呟いた。


「えっ、何か言いましたか?」


 フェルが聞き返してきた。ぼくはシチューをスプーンですくいながら、軽く頭を振った。ぼくたちは恵まれている。きっとぼくもフェルも正しい道を歩んでいるのだと思う。それは上に立つ者にとって当たり前のことなのだ。ぼくたちの身分は、たくさんいる庶民の暮らしで成り立っている。その彼らを見下すような態度をとったら、それは国の終わりになるだろう。彼らを大切にできない貴族や王族は必要ない。それがぼくたちが一般庶民の学校に通った答えだ。


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