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裏野ハイツ幻想  作者: 松宮星
第3話 タクシーの怪談
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厄年

 怖くないのかって……?


 怖いですよ! 怖いに決まってるじゃないですか!


 おばあさんたちを降ろしてガクガクブルブル震えてましたよ。


 東京駅で付け待ちしてたんだって、もう裏野ハイツはご免だからです。無線だって無視しましたよ。


 なのに……

 乗って来たのはお客さんだ……また裏野ハイツだ。

 △△駅そばを流してたんなら、ともかく。

 何で裏野ハイツから遠く離れたのに、またあそこへ……。


――おかしい。


 ありえないですよ。


 ぜったいおかしいです。



……え?



 怖いなら帰れば良かったのに……?


 いや、だって……。


 言ったじゃないですか、今は年末の稼ぎ時だって。

 休む暇があったら稼ぎたいんですよ。


 わたしゃ、もっと頑張らないとダメなんです。

 おとといも6万はいきましたけど、営業所の平均は下回ってたんだ。

 あと3年で個人なんだ。もっともっと頑張らないと……。



 そりゃあ……

 命あっての物種(ものだね)だ。


 わかってます……わかってますって。


 金より命だ。

 わたしゃ、わかってますよ。


 でも……


 降りたくないんですよ、今は……。


 降りちゃいけない気がするんです……。



 え?



 裏野ハイツに着いたら、もう一回出かけたい? すまないが待っていてもらえないかって……


 いいですよ。大歓迎です。


 あそこ道狭いから、五分以内に戻ってもらえるんなら…… 

 精算しないで、待ちメーターで待機しますよ。



 正直……裏野ハイツはもう勘弁なんですけど。

 お客さんを降ろしたら、う〜んと遠くへ行って、次こそ裏野ハイツに関係ないお客様をお乗せするつもりでしたが……。


 お声をかけていただけるのなら、喜んで。


 乗車拒否はしませんよ。わたしゃ、プロのタクドラですから。



 で?

 次はどちらへ?



……は?


 川か海?


 これからですか? もう暗いですよ?


 102号室の方を連れて行きたい……?



 はぁん……?


 行先は、わたしのお任せで?



 う〜ん……


……こっからなら、みなとみらいかな?

 お台場や海ほたるって手もありますね。


 今の季節、海風がキツイけど。

 空気が澄んでる分、夜景がキレイですから。

 寒さを言い訳に、カノジョとくっつけますよ。もっとこっちへおいでってね。

 ロマンチックな夜を……



……え?


 デートじゃない?


 102号室の中川さんは四十歳の男性……?

 ありゃ。

……失礼しました。


 でも、デートじゃないなら……

 冬の夜に、どういったご用事で水際へ?



 厄祓い……?



 何でまた今から……?



* * * * * *



「本当は、大晦日がいいんだよね。


 けど、そうそううまくいかないんだ。人が関わることだからね、どうしても……。


 近年は、大晦日にこだわらず。

 年神様をお迎えする前……年末なら何時でもいいって形にしているんだよ。


 だってね。

 旧暦でいったら、今年の大晦日は来年の一月だ。


 昔通りにやろうとしても、どうしてもうまくいかない。


 おかしくなる。


 無理がでてくる。


――いびつになる。


 人とともに、何もかもがうつろいゆく。


 だから……

 どうしてもやらねばならないことを、

 約束の日よりも前に行う……。


 今では、そうなっちゃってね。



 それは、そうと……


 運転手さんって、今……


 幾つ……?



 ああ、やっぱり。

 そうだと思った。


 前厄だ。


……違う?


 違わないよ。


……そうだねえ。

 男は二十五、四十二、六十一歳。

 女は、十九、三十三、三十七歳が厄年ってよく言われるね。


 男の四十二歳と女の三十三歳は大厄だとも、ね。


 でもね、この数え方が定着したのってわりと最近なんだよ。……江戸時代からだったかな?


 それよりもずっと前は、厄年も違ったんだ。

……十三、二十五、三十七、四十九、六十一、七十三、八十五、九十九……。


 ああ、そう……知らなかった?


 ついでに言うとね、厄年って数え年なんだよね。


……さすがに、それは知ってるか。でも、知らない奴も多いよね。自分は今年四十二歳だから大厄だって怯えてたりして。本厄は二年前に、後厄も去年終わってるのにね。



 僕はね、別に……


 古いものこそ正しい、とは思ってないよ。


 人とともに何もかもうつろいゆき、その時代に合わせた正しい形が築かれてゆく。


 どんな形であれその時代の者が受け入れたものこそが、信仰だ。



 僕としては……

 厄年の数え方に拘りはない。


 今の厄年も、昔の厄年も。

 前厄、本厄、後厄も。

 実年齢も数え年も。


 全部受け入れている。


 全てを厄年と考えて……選んでるよ。



 昔は……

 厄年はね、別に不吉なものじゃあなかったんだ。

『お役目の年』が『やくどし』だった。


 神に仕える名誉ある年だったのに……


 それがどうして、災厄が最も振りかかる年と誤解してしまったのか……。


……愚かだよね、人間って。




……運転手さん、大祓って知ってる?

 神社でやってる奴。


 知ってるけど、やったことない?


 やっぱりね。

 そうだと思ったよ。


 夏の「なごしの祓い」、大晦日の「年越しの祓い」。

 年に二回も機会はあったのに。


 一度もやってないから……こんなことになっちゃうんだよ。


 その分じゃ、もう何年も初詣すら行ってないでしょ?


 穢れたままいろんな人間と接触し続ければ、まあ、どうしたって……


――そうなるよね。



 大祓では、その年に犯した罪や穢れが祓い清められる。

 参詣者は、紙で出来た人形(ひとがた)に息を吹きかけて、全てのよからぬものを人形に移し……神社に託すんだ。


 神事の後、その人形を川や海に流してもらう為に、ね。


 人形を身代わりに、参詣者の身は清められる。



 良い悪いじゃない。


 それが信仰なら……

 人間が求めることなら……


 受け入れるしかない。


 僕はそう思っている。




――そろそろ着くか。

 運転手さん、102号室の中川さんをつれて来るよ。


 彼を、海か川へ案内してあげてくれ……。


 全ての穢れをつれていけるように。



 言っておくけど。

 無駄なことは、しない方がいい。


 もう遅い。


 逃げても、無駄だ。


 運転手さんは自ら、裏野ハイツと関わってしまったんだからね。


 101号室の僕。

 103号室の田神さん親子。

 201号室の長谷川さん。

 203号室の結城さん。


……最初の包丁のご婦人は、202号室の方の斎藤さんのお母さんだ。……ぜったい、そうだ。僕にはわかる……。


 残るは102号室だけ。


 これで、中川さんを送れば完璧だ。


 僕らの間に、ご縁は成る。




……結城さんの言う通り、逃げてりゃ良かったのにね。

 まあ、あの()みたいに目が良すぎるのも困りものだし……あなたぐらい鈍い方がいいんだろうね。


――中川さんの後釜にするにはさ」



* * * * * *



 タクシーの怖い話?


 お客さ〜ん、今、それ聞いちゃいます?

 真夏ならいざ知らず、この年の瀬も押し詰まった真冬日に、物好きですねえ。

 車の中に何か来ちゃっても知りませんよ?

 シャレにならない何かがね……いいんですか?



 あ〜 そうそう。

 消える女は、有名ですよねえ。


 それとよく似た話に、消える男ってのがありまして。


 ここだけの話なんですけど……ほんとうの話なんです。


……それでも聞いちゃいます?



 知り合いの知り合いの知り合いの運ちゃんの話なんですが……


……もう二年ぐらい前のことだったかな。

 深夜、海ぞいで男の客を拾ったらしいんです。

 ん? 川だったかな?

 まあ、ともかく水辺ね。

 客は、中年の男。

 男は無口でねー 行先だけ告げると黙っちゃうの。

 運転手はね、あれ?って思うわけ。男の顔に何となく見覚えがあるような気がしてさ。格好も、自分とよく似てる。タクシー会社の制服みたいだ。

 けど、あれこれ話しかけてもまったく駄目。客はうんともすんとも答えてくれないの。

 そのうち、運転手の方も黙っちゃってさー

 車内がシーンとしちゃって。

 それからどれぐらい経ったのか……

 ふと気がつくと、寒い。車内が耐えがたいほどの寒さになってる。

 エアコンの故障か?

 運転手は、ルームミラーでお客さんの様子をうかがうんだけど……

 そこに映ったのは何と……

――醜く膨れ上がった溺死体。目は空洞、水苔や藻もびっしりくっついている。

 慌てて振り返れば、男が居る。うつむきながら座っている。

 なのに、何度見直しても……ルームミラーに映るのは腐乱した水死体で……。


 叫びたいのを必死に堪え、運転手は前だけを見て運転する。

 どうにか目的地まで車を走らせて、おそるおそる振り返ると……

 男は消えていた。

 ただ、男が座っていた座席だけが冷たく湿っていたという……。



 怖いですよね……。


 で、ね、

 ここからが更に怖いんですが……

 その幽霊、やっぱ知り合いだったらしいんですよ。

 数年前に行方不明になった同僚だったみたいで……。……ええ、後になって、運ちゃんが思い出したんです。そう、わたしの知り合いの知り合いの知り合いの運ちゃんがね。


 水辺の事故で亡くなってたんでしょうねえ……。 



 幽霊の目的地は、何処だったかって?


 えっと……

 どっかのアパートか、マンションだったような……。


……裏野ハイツ?

 そこの102号室に帰りたがってたんじゃないかって……


 やだなあ。悪い冗談はよしてくださいよー


 裏野ハイツって……


――お客さんの行先じゃないですか。

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