第3話 異界より来たりし者 薔薇
ーーー異界の者 初戦
時は振り子の如く遡る。
少女フレイルに課せられた神の試練、その最初へと。
東京 渋谷区 高層ビルの屋上にて巨大な薔薇を形どったような建物が突如出現。
半径10kmに及ぶ範囲で人が全て行方不明となる。
警察が規制線を張るが、その警察も消失。
自衛隊が薔薇のような建物を破壊しようと試みる直前に、魔女フレイルが現れた。
「攻撃するのいったんやめてもらっていいですか? 私、これから異界の者とかいうのを12体全員倒さなきゃいけないんです」
生意気な声でフレイルは邪魔くさそうに言った。
「なにを訳のわからないことを言っているんだ、君は。子ども1人で危ないよ、今から一斉掃射であの建物を高層ビルごと破壊するから危険だ。下がりなさい」
「それが困るってんですよ、私が倒すからあなた方は引っ込んでてください。むしろ邪魔です」
フレイルは不快そうな顔をして手をひらひらさせた。
「それと私は子どもって名前じゃない」
「なんだこの……生意気な……」
顔をしかめる隊員を横目に、魔女は歩き出す。
「だから、危ない!」
それでも隊員は魔女の前に立ち、首を横に振った。
魔女はほんとに邪魔と言った顔をしたが、構わず隊員は言う。
「君は規制線の向こうに行ってはいけない。常識的には考えられないほどの行方不明者が出てるんだから、君もそうならないためにも下がりなさい。一斉掃射をすること以外にもこういう理由で危険なんだ。分かってもらえるかな?」
「そういう感じの能力を持ってるのね、教えてくれてありがとう。邪魔してるおじさん」
それでもなお向かう魔女に隊員はもうなにも言えず、ただ見ることしかできなかった。
「おじさんって……まだ20後半……」小さい声でもごもご言うだけの隊員を後ろに、
「静音魔法サイレント 口封じと音のキャンセルをもたらせ」
呪文を唱える。歩き出して五歩目で発動した。
魔女を中心にドーム状の魔力光が走り、世界に静寂が訪れる。
次いで
「遅行魔法タイムレーター 私以外の身体の動きを15秒遅く」
鎖状の魔力が隊員たちの身体に巻きつく。
慌てるような表情になってきているが、構わず後ろを振り向くことはもうなかった。
ただ、ぼそりと、こう言い残して。
「私の戦闘に巻き込まれる方がよっぽどリスクがあるよ」
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高層ビルは階にして30あると言う。
東京スカイツリーより少し小さなくらいだろうか。
ただ、巨大な薔薇の建物が出来てからは東京スカイツリーの高さを優に超えてしまった。
この異様な高層ビルの中は、荒れきっているかと思ったら、そうでもなかった。
綺麗なものだ。清掃がよく行き届いている。
塵もシミもない。壁に黒いシミがついてると言ったこともなかった。
生活をしていれば鏡や窓に一つくらい垢が残りそうなものだが、そう言ったものもなかった。
異常に綺麗だ。
魔女は思考する。
薔薇の建物の主……この異界の者は、異常なほどの綺麗好きなのだろうか。
人間で潔癖なのは1人か2人くらいいるだろうが、高層ビル全てを綺麗になど到底維持できるものではない。
それにかかるコストが必要になるだろう。
人間では金が。魔女なら魔力。怪物なら……。
考えるのはよそう。
かぶりを振り、意識を切り替える。
「とりあえず、上を目指しますか」
箒を使うことを考えたが、異界の者の攻撃手段が未知のため思考から一時的に切り捨てた。
身体強化魔法と風魔法の空気抵抗遮断を唱え、移動速度を常人のそれを凌駕するほどに上昇させる。右足を軽く浮かし、強く床を踏みしめる。だんっという音が響く。
ついで、身体が急激に前へと動いた。
空気抵抗が魔法により存在しないため、どんどんスピードが上がっていく。
最後には流星のような光を全身から放っていた。
そして、屋上に辿り着く。
屋上には不気味なほどに綺麗で巨大な真っ赤な薔薇の花を形どった西洋風の城が建造されていた。
薔薇の香りが濃い。吐き気を催すほどに。
少女はバカにするように小さく、「ふん」と鼻を鳴らしてから中へと入っていった。
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No.9 薔薇の女王ジュリアス
それは薔薇を模ったかのような真紅のドレスを身に纏った5メートルを超える身長の化け物じみた女性だった。
肌は病的に白く、髪は銀と金の異質なものであった。結ってあるもののそれでも長い髪は床に垂れていた。
それがどう言うわけか蜘蛛の巣のように壁に走っているように見える。
髪の先端に人が繭状になって捕らえられていた。
その数にして50体以上。
苦しそうな声が聞こえるわけではないが、人型の繭が天井近くにあるのは奇妙で恐怖を駆り立てられる。
その中央に、幾重にも太く編まれた髪の糸が瓦礫を玉座に似たような椅子を吊り下げていた。
そこに座す、女性
それこそが、薔薇の女王ジュリアスだった。
美と自分の命を永らえさせるために生き血を欲する。
好きな人がいるわけでもない、自分の欲望に忠実と言うわけでもない。
脳にくる指令に従ってただ殺し続けていただけだ。
「殺せ 養分にしろ 捻りつぶせ」
自分の家臣に命令し、奴隷、税金を滞納している民、犯罪者そして異星からの来訪者を殺す。
殺して殺して殺して殺して、何故かそうしているうちに戦争に選ばれてしまった。
12人の異星人による地球の主従権を決めるため、神の座を奪い合う戦争に。
名を『十二星戦争』と呼んだ。
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薔薇の女王がこちらを見た瞬間、怖気にも似たプレッシャーを感じた。
体が強ばる。精神が鎖で縛り上げられたかのように体が硬直する。
生物を殺すことをなんとも思わない、そんな目だった。
思えば自分が龍を倒せたのは学校に危害が及ぶからというよりは友達が殺されるかもという危機感ゆえに正義感が働いただけに過ぎない。
今は殺人鬼を前にした一般市民と同じ。
そう思って舌打ちした。
危険は感じていた。初戦からバケモノと戦うかもしれないという予感はしていた。
それなのにいざとなれば恐怖に身がすくむだと? 情けない。自分で自分を天才だと言っておいてなんだ、この体たらくは。
自分に腹が立つ。
その間にも薔薇の女王が動いた。
片腕が動く。ついで導かれるように荊の蔓が伸びる。
しなって迫る。
音速にも近い攻撃。喰らえば半身が砕けそうな程の威力を予感する。
そこで初めてフレイルは動けた。
魔法のバリアを目の前に展開する。
だが一層だけでは鏡が砕け落ちるように破砕され、フレイルの眼前に荊が迫った。
死の恐怖。
それを噛み潰しながら彼女は叫んだ。
「火炎魔法!」
名を叫ぶ訳ではないため魔力素だけ。魔法が発現するわけはない。それでも魔力素だけでも火で炙るくらいには役に立った。
それで威力を殺す。
荊が彼女の右肩にヒットした。血が噴き出るものの命はある。まだ動ける。
魔法を発現させるために彼女は叫ぶ。
「火炎魔法!フレイムバレット!」
痛みに堪え、魔法でできた火炎弾を自分の肩にぶち当たった荊に向けて放つ。
魔力素だけの時よりもさらに火力を上げて荊が燃え上がった。
その炎が瞬く間に荊を駆け巡り、薔薇の女王の身体に燃え移った。
その姿は火炙りの刑に処される魔女のようだった。教科書にあった絵画で見たことがある。
苦悶の表情を浮かべ、死に抵抗しようとする姿。
それを見た時、時代錯誤も甚だしいとフレイルは思ったものだ。
自分は強い。色んな魔法を魔力素から構成し、魔術式も扱うことができる。自由自在だねとまで教諭から言わしめたのだ。
他の魔女だってそうだ。
学生、教師、学長…。魔女界に住まう人たちは強い。
なのに昔を恐怖して人間に極力魔法を見られないようにしろなどと話す。
バカバカしい。
フレイルは嫌なことを思い出したと舌打ちした。
「まだ生きてんでしょ? 来な。相手になってやる」
表情はない。それでも怒りをジュリアスの眼の奥に感じた。
強烈かつ毒にも似た死の予感。
瞬間。荊に薔薇が咲く。
荊が翼のように広がる。
ジュリアスが飛翔した。
薔薇の翼ってそんなのありか!
ツッコミながら魔法の火炎弾を2、3発打ち込む。
だが、当たるまでに瞬間的に掻き消えてしまい、火炎弾の意味をなさない。
舌打ちをするフレイル。
ふざけんな、まだ12匹いる中の1匹も倒せていない。
それに殺し合いを自分たちでもしていると言うじゃないか。
なのに、このたった1匹目で死にかけるなんてバカだ。
絶対勝たなきゃ。
天才である私の存在価値がなくなる。
考えろ、あいつに勝つ方法を。
考えろ、あいつの鼻っ柱をへし折る方法を。
そこまで考え、思いついた。
火炎魔法ではない、ジュリアスの荊攻撃を無効化する方法を。
「氷結魔法」
右手を掲げる。
青く輝き出す右手にフレイルは頷き、
「召喚……サーヴァント・シルバーウルフ!」
氷風を纏う銀色の毛並みの狼、それを召喚する。
サーヴァント召喚魔法の中で、氷属性の召喚をすると術者の血が凍るほどの冷気が出るのが危険とされているが、フレイルはそんなものはお構いなしだった。
ここで負ければどうせ死ぬ。
なら自分の右腕が千切れようがかまいはしない。
地面に魔法陣が描かれる。
ついで、シルバーウルフが顕現した。
吠える。冷気が発生して瞬く間に薔薇の女王の翼を凍り付かせた。
墜落する。怒りの視線を向ける薔薇の女王。
薔薇の女王は両手を上げた。
薔薇と荊が剣を形作る。
シルバーウルフが唸り声を上げる。
危機感を覚えたのだろうか。
だが、長引かせるわけにはいかない。
自分の体が少しずつ冷えていってるのがわかる。
もうすぐ血液が凍りつき、どこかの部位は壊死するだろう。
時間はかけられない。
自分の右腕だけならいいが、足を失ったなら移動が不利になる。
それだけは避けねばならない。
「火炎魔法……フレイムソード」
燃える剣を作り上げ、左手で掴む。
交錯するその一瞬でさらに魔法を重ねて、敵の機動力を削いだうえで致命傷を与えれば勝てるはず。
そう考えて、フレイルは前を見据えた。
「遅行魔法 タイムレーター! 周囲を1分遅く!」
相手の荊の動きが目視できるほどに遅くなった。さらにジュリアスが右へとかわそうとしているのが分かる。
行かせない
「加速魔法 スターフラッシュ!」
叫ぶと同時、身体が光り輝いて熱を帯びる。瞬間的な思考を瞬時に動作に反映させ、フレイルの身体を前へと動かした。
急激な加速
急激な思考
急激な動作
身体にどれも負担がかかることではあるが、フレイルの知ったことではなかった。
勝つ
そのために、氷狼をも召喚したのだから。
鬼気迫る顔でフレイルは火炎剣を振り上げる。
そして、ジュリアスの左腕目掛けて思い切り振り下ろした。
ごおと言う燃える音と共に筋繊維が斬られ、千切られる。
真っ赤な鮮血が噴き上がった。
フレイルの顔にかかる。拭いとりながら地に降り立ち、フレイルは痛みに呻くジュリアスを見た。
本来狙いたかった首にはまだ遠い。
しかし痛覚はある。
それだけ分かっただけ僥倖だ。
次は首。首を切る。
身を低くして敵の出方を待った。
動かない。
あれだけ荊を動かして刹那にも似た速度で攻撃してきたのにジュリアスが植物に変じたかのように全く微動だにしない。
1分が長く感じる。さらに2分が経過する。
動かない。
なぜ? こっちから動くべき? それとも…もう相手は攻撃を開始している?
考えが錯綜する。色んな可能性が脳を掠める。
それからまた5分経ち
右足に刺すような痛みを感じた。
篝火のように周囲を照らす火炎剣で痛みの方を照らす。痛みの正体がわかった。
根だ。
暗闇を火で照らした程度では気づかないほどの薄く白く長い植物の根。
それが幾重にも何重にも自分の足に巻きつき、締め上げるのではなく中に入り込んでいた。
痛い
痛い
痛い
魔力を吸われる感覚
そして、根から薔薇の花が咲いた。
世界がぐらつく感覚。めまいだ。
吐き気もあり立ってられない。うつ伏せになりかけ、それだけは意地でもならないと気持ちだけでなんとか立つ。
涙で視界が滲む。頭痛もひどく火炎剣の制御、維持がままならない。
揺らいだ剣を立て直そうとするが無理だった。
消えてしまい、暗闇に戻る。
それでも薔薇がなぜか光を発していた。自分の魔力を小さいもので吸って溜めているからだ。
氷狼が消えていくのが見て取れる。
消える瞬間に氷結の息吹を出そうとしたが間に合わず、顔から消える。
フレイルはひとりぼっちだった。




