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176 竜人の里


 転移した先は部屋の中。

 滞在させてもらう予定の、グレンさんの実家だ。


 一瞬の移動だったので遠くに来た感覚があまりない。


 とはいえ室内は特徴的だ。

 開口部の丸みなど、竜人自治区の建物と雰囲気が似ている。

 いや、こちらが元祖で、竜人自治区が造りを真似ているんだ。


 壁から天井にかけての曲線は、確かに岩をくり抜いた雰囲気だ。

 でも洞窟っぽさはない。


 床と、壁から天井にかけて、少し色味が違う。

 塗料が塗られているのか。




 洞窟みたいな、空気がこもった感じもない。


 弱い風を感じるので、換気されているのだろう。

 通風口の仕組みか、あるいは魔道具かも知れない。


 招かれて隣の居間へ行くと、光がちゃんと差し込んでいた。

 部屋の中程から天井部分が高くなり、隣の部屋と上部がつながっている。


 カーペットが敷かれ、ルシアさんが作っていたような家具がある。

 外の光だけでは弱いので、ランプがついている。




「竜人の里は岩山と聞いたが、これは岩に塗装をしているのか?」

 私も気になっていたことをシエルさんが訊いた。


「虫避けと湿気対策の塗装よ。大森林が近くて虫が多いし、雨期は湿気がこもるの。だからカビ対策と虫除けにきく塗料を使っているわ。あと魔道具で風が通るようにしてあるの。不潔な住まいなんて嫌ですものねえ。昔は魔法で対処したと聞くけど、今は魔道具で空気の流れが作ってあるわ」


 なるほど。壁は防虫防かび加工の塗装。換気は常にされていると。

 魔法の世界の岩山住居、快適そうだ。


 床は色が濃く、壁や天井は淡い色合いの、落ち着いた室内らしい塗装。

 床に敷かれたカーペットの模様も、家具も、すごく洒落ている。

 お義母様の趣味だろうか。


 岩山の住居だと聞いていなければ、普通のオシャレな家に思える。




「外壁の開口部以外に、共通の大きな縦穴があるの。換気と明かり取りはそこからするのよ。縦穴に向けた開口部が奥の部屋にあるわ。こちらよ」


 お義母様が居間の、来たのとは違う扉を開く。

 そこは寝室のようで、大きなベッドがあった。


 その奥、天井近くの開口部から微かに明かりが差し込んでいる。


 椅子に上ってその穴を覗くと、なるほど大きな縦穴が通っていた。

 上部には空が広がっている。


 縦穴に向けて弱い風を感じるので、ここで換気されているみたいだ。


「空に抜ける部分は風と光の通り道にしてあるけれど、雨や虫は通さない結界なのよ。ここの造りに興味があるなら、お茶をする前に外に行ってみましょう。通路に出れば里全体を見渡せるわ」




 お義母様は居間を横切り、天井が繋がった隣の部屋へ私たちを招いた。

 広い開口部がある、エントランスみたいな場所だ。


 大剣が立てかけてあるのは、お義父様のものだろうか。


 桶や水瓶、炊事場みたいなものがある。洗濯物も干してある。

 生活感のあるエントランスだ。

 土間と庭を兼ねているみたいな感じかな。


 エントランスの向こうは、視界が開けていた。

 私たちは今、ずいぶん高い場所にいるみたいだ。


 眼下には大自然の深い緑が見える。




 さらに外へ出ると、そこは岩肌に沿った通路。というより、崖道。

 岩山の外壁の崖道に、手すりがついている感じだ。


 これ、高所恐怖症だったら住めない場所だよね。

 足元を風が吹き上げてくる。


 塗装がされているので、ここも虫除けとカビ対策がしてあるのだろう。

 少し坂になっていて、溝もある。水はけも良さそうだ。


 眼下には他にも岩山があり、それらも岩肌に沿って崖道が巡らされている。

 たまに広いバルコニーみたいになっているところもある。


 複数のマンションみたいな造りかと思ったけれど、開口部が不規則だ。

 岩の強度も考えて、すぐ上下が住居というわけではなさそうだ。




 岩山の向こうには、深い緑が広がっている。

 あれが大森林だろうか。


 吹き渡る風は強すぎない。

 結界があると聞いたから、強風なども防いでいるのかな。


「あちらまで行くと大森林ね。手強い魔獣がいるから、普通の人族は来ない場所なの。でも稀少植物もあるし、戦える人にとってはいい場所よ!」


 戦える人にとってはいい場所。

 危険が伴うけれど、素材は豊富で豊かな土地ということかな。


 なるほど。竜人族の住まいらしい。




「手前の岩山も、あちらの岩山も、竜人族の住まいよ。ほら、ああして橋が渡してあるでしょう。あれでお互いの岩山を行き来するの」


 言われて大森林に向けていた目を手前に向けると、別の岩山と吊り橋のようなもので繋がっている。

 あれで互いの住居を行き来するそうだ。


「間取りなんかの造りはそれぞれ違うのよね。共通の居間に個室が複数ある、集合住宅にしているところもあるし、うちは家族で住むタイプね。空のお部屋もあるし、埋めて新しく造ることもあるわね」


 土魔法で岩山に戻す技術もあるそうだ。

 なるほど。一度埋めてしまい、新築として新たに居住用の穴を掘るのか。


「いつかミナちゃんとグレンが住居を構えるのなら、今ある空き部屋を活用してもいいし、お部屋を新しく造るなら手伝うと言っている人もいるわ」


 手伝ってくれる人というのは、岩山専用大工さんみたいな感じかな。

 土魔法の技術者なのだろう。




「崖道と吊り橋か。天然のアスレチックみたいな住まいだな。あの吊り橋は実際に渡るとかなり怖そうだが、移動手段は吊り橋だけか?」

 シエルさんが尻込みしている。


「転移魔法陣もあるけど、一部が壊れてしまっているのよねえ。それに魔力が勿体ないから、外壁を行き来する人が多いわ。特に竜人族は岩山を落ちても硬化をすれば平気だからって、無造作に飛び移ったりするわねえ」


 竜人族、アグレッシブ!

 グレンさんやヘッグさんは、そういうことしそうだな。


 ちらりとグレンさんを見ると、なぜ見られたかわからないみたいな顔をする。

 うん。まあ、きょとん顔もこれはこれでいい。

 いつもはカッコイイけど、可愛い感じがする。




「でも番の女性はそうはいかないのよ。吊り橋が苦手な人もいるわ。なるべく低い場所がいいと地上に近い部屋を選ぶ人もいるし、岩山を番が怖がるから竜人自治区で暮らす人もいるわ。それに人族の街で暮らす人も、少ないけれどいるのよ。寿命の違いがあるから、ずっと同じ場所ではないけれど」


 なるほど。竜人は必ずここで暮らさなければいけないわけではない。

 この場所が苦手なら、好きな場所で暮らせばいいと。


 冒険者ギルドで竜人族同士のネットワークはあるから、気軽に連絡もとれる。

 番になった人が、住む国や家からすぐには離れられない場合もある。


 番ファーストな竜人族なら、番の都合に合わせるだろう。




「そうそう。シエルさんに依頼がしたいと言われていたの。里の中だけの転移魔法陣も活用できた方が便利だから、壊れている場所の修復か、新しい魔法陣の設置をお願いしたいのよ」


 竜人の里の中を移動する、小規模の転移魔法陣。

 国が管理するリオールなどの転移魔法陣と基本は同じだから、魔力はそれなりに必要らしい。


 でもまあ、これだけ高低差がある場所なら、転移も必要だよね。

 エレベーターやエスカレーターもないからね。


 竜人族の男の人たちはともかく、女性にはきついよね。




「もちろんだ。転移魔法陣以外で、荷運びに滑車を使ったりはしないのか?」


 シエルさんは聞いたことをメモしながら質問している。

 ペンにインクをつけずに、普通に書いている。


 あれ、もしかしてボールペンか万年筆みたいなものを作ったのかな。

 私も欲しいな。


 シエルさんじゃなくマリアさんが作ったのかも知れない。

 それぞれが忙しいと、お互いの作った物の情報交換ができないんだよね。




「あら、何か便利な仕掛けを作ってくださるのかしら。荷運びはうちの人や長男なんかは力が強いから、平気で担いで上ってくるけど、そうねえ。便利な仕組みがあったら嬉しいわね」


 あー、それも想像がつくな。

 普通に運べなさそうな荷物でも、グレンさんならひょいと担いでしまいそう。


「なるほど。転移魔法陣は普通のものか」

「あとで案内するわね。転移カーペットにつけてくれたみたいな、壊れない魔宝石と連動していると嬉しいわねえ。普段は魔力を貯めておいて、必要なときに使えれば便利だと話していたのよ」


 お義母様の依頼に、シエルさんは快く頷いた。

「わかった。風呂の魔法陣を見せてもらえるんだ。それくらいは設置しよう」




 快諾したシエルさんに笑みを返したお義母様は、眼下の一部を指し示した。


「あれが温泉よ。お湯が地下から出てくる場所と、入浴用に整えた場所、転移用の魔道具や排水施設があるわ。シエルさんを案内するのとは別に、ご飯のあとでゆっくり入りに行きましょうね」


 低い岩山から、湯気が立ち上っている。

 なるほど、あそこは全体がお風呂施設になっているのか。


 ここからだと、少し下がった場所の吊り橋を渡り、さらに下がって別の吊り橋を渡った先。


「なるほど。そういえば家で使う水はどうしているんだ?」

「それぞれの岩山の上に地下水を汲み上げる魔道具があるわ。そこから水の通り道が造ってあるから、栓を捻れば水は出るのよ」


 おお、水道!

 そうだよね。サフィア国でも水道を通してあったんだから、竜人の里には当然あるよね。


 排水の設備という話もあるし、下水もちゃんとしているんだろうな。

 いずれ住むなら、そういう設備が整っているのは、ありがたい。




 ところでさっきから、なんだか視線を感じる。

 ふと見れば、通路のあちこちから顔を出している人がいる。


 竜人族の人たちが、興味津々でこちらを見ている。

 どうしよう。挨拶をするべきだろうか。


 私の困惑に気づいたのか、お義母様が顔を上げて周囲を見回す。

 そして声を張り上げた。


「ごめんなさいねえ、今はお茶も飲まずに、とりあえず景色を見てもらっていたの。挨拶はあとで大広間でね! 持ち寄りのお料理やお酒は、精霊王様たちも召し上がるそうよ!」


 軽く会釈をしておいたら、あちこちで軽く手を振り返してくれた。

 お義母様は、さっき通り過ぎた居間へ入るよう私たちを促す。




「みんな挨拶を早くしたくてウズウズしてるみたいね。そうそう、聖水をこちらに送ってくれて、とても助かっているわ。大森林の手強い魔獣が少し減ったの」


 おお、聖水が役立ってくれたんだ!

 そう言ってくれると、ザイルさんに託した甲斐がある。


 もっと早くこちらにも聖水を送れば良かったなと思うけれど、神殿の疲弊がどうのと聞くと、あちらが優先になってしまっていた。


「当番制で聖魔力を持つ人が浄化をして、戦力のある人が魔獣を倒していたの。魔獣が多いと連日討伐に駆り出されることもあったわ。もちろん必要な休息は入れていたけれど、それが当たり前になっていたのよねえ。今、少しゆとりが出てくると、大変な生活をしていたのねと皆で気づいたのよ」


 あー、なるほど。

 目前の大変な事態にどうにか対処はするけれど、振り返るとあのとき大変だったなあと思うやつ。


 そのときは必死にどうにかするから、どれほど大変か気づかないんだよね。




「大広間に集まるのは、非常時の炊き出しだったのよねえ。あとは大変なときの会議。年越しなんかのときは、事前に大規模討伐をして休日を作れるようにしたけれど、それでも予想外に魔獣が発生したら、うちの人や長男は行く必要があったの。見張りは常時交替で貼り付いているし。そういうことが当たり前だったけれど、瘴気が減ると事情が変わるのねえ」


 うわあ、大変だったんだ。

 瘴気溜りが出来ると大変だとは聞いていたけれど、竜人の里の近くは、常に瘴気が出る場所がある。


 でもその規模が大きければ、日常が臨戦態勢。

 うん。大変だ。


「瘴気が減って、少しずつみんなにゆとりが出来てきたのよ。たぶんミナちゃんが精霊王様の住まいを浄化してくれているからなのよね。それぞれの休日が増えて、お風呂の魔道具も入ってきて、みんな喜んでいるわ。それでミナちゃんたちが来てくれた今日は、大広間でゆっくりお酒を飲んで話そうということになったの。本当に久しぶりのことよ」


 そうか。皆でごはんを食べるような余裕もなかったのか。

 本当に大変だったんだなあ。




「そうそう。長男夫婦もあとで挨拶をさせてもらうわね。長男は魔獣討伐に出ていて、お嫁さんは料理をたくさん作るって張り切っていたの。彼女はスパイスをたくさん使う料理が得意でね」


「スパイス! カレーみたいな感じか」

 シエルさんが身を乗り出し、私も前のめりだ。

「タンドリーチキンとかかも知れません。いいですね、美味しそう!」


 お義母様が朗らかに笑う。

「あら、スパイスの料理は平気? 彼女の故郷の味、私も好きだけれど苦手な人もいるのよ。ミナちゃんやシエルさんが好むなら、彼女も喜ぶわ」




 こちらも世界各地で地域差があり、いろんな食文化がありそうだ。

 私はまだ多くを知らないけれど、お義母様の故郷の煮込み料理も美味しかった。


 竜人の里に住む人たちが、料理を持ち寄っておしゃべりする。

 うん。楽しみだ!


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