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精霊王の浄化を進めるのが、今の私のいちばんのお仕事。
聖水作りも続けているけれど、周辺国からの聖水の需要は減っている。
今はお城ではなく商業ギルドへ納品している。
その納品数も、以前より減らした。
各地の浄化は進んでいるみたいだ。
まだ瘴気溜りを消すための聖水は必要だけれど、聖魔力を持つ人たちの納品も多くなったと聞く。
聖水そのものは以前と同じ量を作っているけれど、納品しない分はザイルさんに渡して竜人の里へ送ってもらった。
あちらはまだまだ瘴気が多く、大変みたいだ。
でも以前より減ったらしいとも聞くので、精霊王の浄化を進めれば、問題のない量になってくるのだろう。
シロさんにも会えたので、私は基本、竜人自治区にいる。
商業ギルドから人が訪ねてきたり、シェーラちゃんが商売の話に来たり、知り合いと会うだけだ。
レティから湖畔の別邸に招かれているけれど、それはまだ先のお話。
「ミナが竜人自治区の中にいるのなら、オレは魔宝石の素材になる大きな魔石を集めようと思う」
グレンさんがそんなことを言った。
「ミナは回帰スキルを使って、あちらの世界へ誰かを帰すつもりだろう。そのときにどれほどの魔宝石が必要になるかわからない。安全にスキルを使うには、魔宝石は多ければ多いほどいい」
どうやら私を心配してくれての提案みたいだ。
「ありがとうございます。無理はして欲しくないですけど、確かに安全にスキルを使うのは大事だと思うので、お願いできますか」
グレンさんは優しく頷いてくれた。
『わても手伝うで。相方のトコを優先して浄化してもらってる間、わてのところの下層で竜王はんにすっきりさせてもらえばええがな』
おお、クロさんが乗り気だ。
と思えば、シロさんから反論が来る。
『何言うてはるの。死体魔獣やと汚れたり厄介ですやろ。ウチの下層に来てもろた方がいいですわ』
『あー、それはそうやけど。ほなら聖女はんに、わての浄化してもろたらええか』
『それは話が違います。ウチを優先してくれはるんでしょう。先にウチをすっきりさせてもらった方が、魔力の流れを整えられますえ』
おっと、これはどちらを優先すればいいのか。
口を挟むと厄介そうなので、私は話がつくのを待つ。
クロさんとシロさんがしばらく言い合った結果、グレンさんはシロさんのダンジョンの下層で魔獣を倒すことになった。
言い負けたクロさんがいじけている。
『魔獣を倒して物質化したものは、ドロップ品言うて貴重な物なんですなあ。竜王はんが魔獣を倒すとき、いちいち拾うの面倒ですやろ。ウチが転移してためますし、聖女はんが浄化に来てくれたときに持ち帰ってもらえますやろか』
グレンさんはひたすら魔獣を倒せばいいそうだ。
それなら楽そうだと、私が通訳した言葉にグレンさんは頷いていた。
魔宝石集めのことを夕食の席で話したら、シエルさんは竜人の里へ行きたいと言い出した。
「あちらへ帰る者がいれば、手紙を持ち帰ってもらうことは出来る。でもミナもマリアさんも、返事をもらってやりとりがしたいのだろう」
私もマリアさんも頷いた。
私の希望は、父と仲直りをすること。
こちらの言い分を伝えるだけでなく、あちらからの返事も欲しい。
「以前話した、異世界と手紙のやりとりができる魔道具を作るとすれば、ヒントになりそうな竜人の里の転移魔法陣は見ておきたい」
継続的に転移し続ける魔法陣の本体が、竜人の里にある。
温泉水をこちらに転移し、排水を向こうへ転移する装置。
手紙を入れる小さな箱に、その仕組みを入れることが出来れば、異世界との郵便ポストみたいなものにならないか。
シエルさんはそう真剣に考えてくれている。
「それならシエルとミナを竜人の里に招こうか。ちょうどシエルが開発した転移魔法陣のカーペットを持ち帰ってもらっているから、あちらにはすぐ行ける」
ザイルさんが請け合ってくれた。
竜人族とその伴侶しか行けない場所と聞いていたけれど、今回は例外的に招いてもらえるそうだ。
もちろんグレンさんも一緒だ。
浄化もダンジョンもシロさんの転移だから、どこにいても問題ない。
さっそくザイルさんが連絡し、オッケーが出た。
滞在先はグレンさんの実家になる。
翌日には受け入れ準備が出来たと連絡が来た。
今回行くのは、グレンさんと私とシエルさん、三人だけ。
「くれぐれも気をつけて、きちんと結界魔道具は身につけておいてくれ」
こちらに残るマリアさんを心配して、シエルさんが注意している。
しばらく離れるから、心配なのだろう。
マリアさんは商業ギルドや、シェーラちゃんのお店のことで、竜人自治区の外へ出ることも多い。
シエルさんが心配するのも無理はない。
「わかったわ。なるべく身につけているわね。ただ付与や加工のときは、結界があると邪魔なのよ。あ、大丈夫よ。外すときは、必ず限られた人がいる場だけにしておくわ」
マリアさん、さりげなくシエルさんに寄り添う姿勢で宥めている。
そういえば恋人へのボディタッチは、大切なコミュニケーションだとどこかで聞いた気がする。
なるほど。大人の男女的な距離感。勉強になる。
私もマリアさんみたいに、さりげない触れ方をグレンさんにしたいものだ。
「ソルさんの工房なら竜人自治区の中だからいいが、外では外さないでくれ」
「うーん、でもシェーラちゃんのお店のこともあるし」
「頼む」
「気をつけるわ」
自分で結界を張る私やシエルさんと違って、マリアさんは魔道具による結界だ。
自由に一部だけ解除なんて出来ないから、作業をするときは邪魔みたいだ。
「ごめんなさい、マリアさん。狙われているのは私なのに、窮屈な思いをさせて」
洗脳スキルを持つエルフが聖女を手に入れようと、動いている。
そのせいで、みんなに結界魔道具を身につけてもらうことになった。
マリアさんに窮屈な思いをさせることに、申し訳なくも思う。
「謝らないで。そうよね、私に変な接触をされて、ミナちゃんを危険にするわけにはいかないわ。わかってる。ちゃんと注意します」
シエルさんは出発の間際までマリアさんに注意していた。
好きになったら過保護になるタイプなんだ。
慎重なシエルさんらしいとも言える。
今回使う転移カーペットは、グレンさんのご両親に持ち帰ってもらったのと対になっているもの。
この転移カーペットは対になる場所へ転移するので、使い分けが必要だ。
ううん、まだまだ扱いが難しい。
私とグレンさん、シエルさんで魔力を込めれば、いつもの転移の光と浮遊感。
「あらあらまあまあ、本当に来たわ! すごいわねえ、この転移魔法陣! 次は私たちがそちらへ転移で行ってみるわね。一瞬だったと思うけど、遠い場所までよく来てくれたわね、ミナちゃんシエルさん! あ、グレンもよく来たわね」
お義母様がテンション高く迎えてくださった。
お義父様も一緒にいる。
そして私たちの歓迎に、息子のグレンさんがついでになっている。
「あらあら、可愛らしいのが増えているわね。精霊王様なのよね。うちのグレンの妻、ミナちゃんのことをよろしくお願いしますわね。お食事は普通の食事でいいのよね。今夜はみんなでお料理を持ち寄って、大広間で賑やかに食べる予定なんですのよ。精霊王様たちもしっかり食べてくださいね」
私の肩に乗ったシロさんたちにも挨拶をされるお義母様。
相変わらず賑やかなのに聞き取りやすい声だ。
「お部屋はうちに用意したわよ。グレンが使っていた部屋はあるけど、ミナちゃんと一緒に過ごせるように別の部屋を準備したわ。グレンの部屋は武器庫扱いだから、ミナちゃんを招けないでしょう」
あ、グレンさんてば、ここのお部屋も武器庫なんだ。
生活を楽しむことをあまりしないんだよねえ。
私と会う前のグレンさん、どんなふうだったんだろう。
「すまない、世話になる」
シエルさんも挨拶している。
「ええ、ええ! 聞いているわよ。温泉の転移魔法陣を見に来たのよね。私は魔道具についてはあまり詳しくないけど、この人が案内するわ。それよりシエルさん、色々と魔道具を作ってくれて、ありがとうね! みんなお風呂で使う魔道具を楽しそうに使っているわよ」
なんのことだろうと一瞬考えたけれど。
そういえば竜人自治区のお風呂に、シャワーやジャグジーなど設備が増えた。
あれはシエルさんが魔道具を作ったと聞いた。
竜人の里にも運ばれていたんだ。
「シャワーはいいわねえ。いちいちお湯を汲んでかけていたのが、魔力を込めればさっと流せるんだもの。お掃除にも便利よねえ。我が家にも常備しているわ」
あ、そうか。
魔道具のシャワーは水魔法で水を出すから、ホースがない。
竜人自治区の共同浴場では、無造作に置いてある状態だ。
どこへでも持ち運んで水や湯を出せるシャワー。
なるほど掃除に便利だ。
「熱いときに水浴びがいつでも出来るって、持ち歩いている人も多いわ。竜人族は水浴びやお風呂が大好きだから、水魔法をいつもは使っていたけれど、手軽でいいって評判よ」
「ああ、それでシャワーの注文がやたらと多いのか」
思わぬ使い方をされていると気づいたのか、シエルさんが驚いている。
魔道具士として生活するつもりだと聞いたことはあったけれど、順調に魔道具士として商品を提供しているみたいだ。
今のところ、魔力が豊富な竜人族が主な顧客のようだけど。
「鏡魔道具もいいわね。いちいち魔法を使わなくても、魔力を通せばいいなんて。オシャレが楽しくなったって声を聞くわ」
「ああ、使ってくれてありがとう」
竜人の里で、知らない間にシエルさん作の魔道具が大流行。
本人も驚いている。
「注文を受けて作りはしたが、実際に使われている声を聞くと嬉しいな」
「これからも色々と作って頂戴ね。今までになかった便利な魔道具って、新鮮な驚きがあっていいわよねえ。異世界から来られただけあって、発想がとても自由で面白いわ。これからも何か作られたら、ぜひこちらにも教えてくださいね。みんな期待しているの」
お義母様の言葉に、シエルさんは照れたように頷いた。
シエルさんがお風呂用魔道具を作った話は、書籍の特典SSでのお話です。
私の中では過去の話として書き終えたものなので、つい設定として使ってしまいますが、わかりにくくて申し訳ありません。




