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世界の中心、それは、鳥カゴ

The Sky of Parts[32]

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。


【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点(くてん)ルール」を使っています。


『もう、三日も熱が下がっている。よかった。このまま、何事(なにごと)もないといい。

 天王寺先輩。

 寒かったり、暑かったりしないかい? 喉は渇いていない? 欲しいものがあったら、なんでも言って』


『この子に、会ってみたい――かな』


『……そうだね。僕と君の子だ。

 性別、写真からは判別できない。どうにも内緒のつもりらしい。

 母体の血液検査で、調べる事は可能だが――おそらく、いらないという回答だろ?』


『うん。会ってからでいい。

 ……ふう。

 ずっとベッドで寝てばかりだったけど、ちょっと、お散歩しようかな』


『あ……外は……その……』


『ああ。大丈夫。お部屋の中だけ。

 そんな困った顔をして、視線を横に向けないで。

 私を、心配してくれてありがとう。

 タケさんからも、無理は禁物(きんもつ)と言われているから。おなかが重くて、長い時間は歩けないと思う。

 エリオット。

 手を貸して。しっかり、私を支えて。しっかりね――』



* * * * *



「おや、アリス。おはよう」


「……ふう。

 ずっとベッドで寝てばかりだったけど、ちょっと、エリオットでも蹴ろうかな。

 エリオット。

 ツラを貸して。しっかり、私に蹴られて。しっかりね――」


「起きて早々……アリス。

 あまりふざけていると、そのまま、しばらくベッドから出られない事になるぞ?

 夜に歌うからと、準備の為に、ルイーナも出掛けているんだ。

 このまま、僕と――」


「エリオットに(だま)されていた頃の夢を見た。

 時の流れは残酷なもので、今みたいに、あくどい態度は見せなかった。やはり、結婚しなくて正解だった」


「くく。

 ルイーナを産んでいただいたがね!

 ――妊娠している頃の夢を見たという話かい? ああ、とりあえず、アリスが寝ている間に、一稼ぎしておいた。いつもの口座に移すところまで終わっている」


「独裁者失職した上に、ギャンブル三昧生活。

 やはり、エリオットと結婚しなくて正解だった。

 まあ、献金ご苦労。

 『三十二等兵』。そのお金が、おいしいものに化けている想像だけしておくといいよ」


「おいしいものね――まあ、アリスが、この金を何に使っているのかは、だいたい予想がついているがね。

 僕は、天王寺アリス軍の一員として、君に(めい)じられたら、なんでもするよ。

 他にも欲しいものがあったら、なんでも言ってくれ」


「子供ができなくても――本当に、私と一緒にいた?」


「……思わないものを欲しがられたな。

 もちろん。

 その答えは、しばらく前に伝えたものと変わらない。

 アリス姉さんでも、天王寺先輩でも、アリスでも――愛しているし、愛していた。

 過去を変える事はできないし、並行世界というものが存在しないのでな。証拠を与えてはやれない。それは許してくれ。

 そして、ルイーナという、君とは別の愛する存在が、僕にはいる事を、了解してもらいたい」


「ルイーナの為を考えたら、私の望みよりも優先する事があると?

 そういう認識でいいのか……エリオット」


「……アリス。

 もう『敵対』している訳ではないだろ?

 僕に伝わるほど、緊張しないでくれ……掛け布団から出ている、右手。薬指に力が入っている――君は、心が過敏になると、右の薬指に力を入れる癖があるから」


「私の望みよりも、優先する事があるのか?」


「ルイーナは、君が、命をかけて産んでくれた子だから。アリス、そういう答えでいいかい?」


「分かった……やはり、結婚しなくて正解だった」


「――アリス。

 僕が、何かしたというのかね? この仮初(かりそ)めで、こじつけの(はかな)い日常を、普通に楽しんでいるだけじゃないか。

 今夜は、あの子の歌を、しっかりと聴いてやろう。

 書類上の繋がりや、他の誰からでも分かるような実感――アリス。君には、(はなは)だしいまでに、そういったものを押しつけようとしてしまったが、ルイーナの父と母として、今は、過ごしてやろう」


「そうだな……いえ、そうね。

 エリオット、あの子の父親になってくれて、ありがとう」


「こちらこそ――アリス。ルイーナの母親になってくれて、ありがとう」



* * * * *



「はい。じゃあ、歌います!

 オレの名前は――ルイーナです! ルイーナね! ルイーナだからね! それだけ」


「うん、ルイーナ。母さんに聴かせて。

 あなたの歌を」


「父上にも、聴かせてくれ。ルイーナの歌を」


「はーい。

 父上、母上。歌い終わったら、ボードゲームとトランプ連続で遊ぶから。あ、絶対にオレが勝つから、覚悟しておいて。よろしく!

 じゃあ、聴いて――」



* * * * *



『父上、母上。

 明日も、ボードゲームとトランプで遊ぼう!

 で、明日もオレが勝つから! オレのお願い、一つ聞いてもらうつもり。だから、覚悟しておいて。

 よろしく!』



* * * * *



「ジーンさん、どう思った? ルイーナの歌」


「……おそらく。

 ダノンと、いや、世界のみなさんと一緒の感想でいいと思うが、まさに神の歌声だな。

 ルイは、今回の為に、自分の今までの人生を描いた()やメロディを作ったと言っていたが……そんな想いが込められているだけに、聴き手の心に届いたものが、とてつもなく大きいんじゃないか……」


「遊びで歌っていたつもりはないと思うが、たまに(きょう)じる程度に、基地の皆の前で歌ってくれていたものが……ただの(たわむ)れだったのだと考えてしまったぐらいだ。

 一年前、タワー『スカイ・オブ・パーツ』から救出した際、歌っていたものよりも……飲み込まれたよ」


「ダノン。

 ……ああ。おれも、想いが書きかえられるんじゃないかと思ったぐらいだ」


「俺だって、ただの人なんだ。

 心の底では、当然のように、エリオット・ジールゲンの息子であるルイーナを否定していたよ。

 だが、なんだ……あの歌……。

 流れ込んでくる想い……あれを聴いて、正気が保てる者など、この地上に存在するというのか……それぐらいにイカれている!」


「ダノンの言いたい事は、なんとなく分かる。

 おれも感想文を書けと言われても困るような印象を受けた。素晴らしすぎて……逆に、つまらなく、退屈だと感じるぐらいだ。

 ……ルイには――ルイの心には、本当に戦争がなかったんだな。

 なのに、戦争の火種そのものを愛するしか許されていなかった。

 世界の為に歌いたいのは、本心なんだろう……だけど、その(みなもと)は、戦争の火種を愛しているから……ふふ。

 押し切られたよ!

 もう、認めるしかないってな……ルイは、神様か何かなのかねっ」


「さあな。本当に神様かもしれん。

 なあ。

 もうすぐ子供が生まれるジーンさんに、変な質問をしていいか?」


「ダノン、なんだ?」


「――ルイーナは、エリオット・ジールゲンを愛する為に生まれてきたと思うか?

 それとも、否定する為に生まれてきたと思うか?

 母の胎内に宿った時、すでに、世界を恐怖に(おとしい)れていた父親の子……何を思って、この世に降りようとしたのだろうか?」


「……本当に、神様なんじゃないか?」


「そうだね。そういう答え以外、他にはないね。

 ありがとう、ジーンさん」



* * * * *



「ルイーナは、眠ってしまったな。相変わらず可愛らしい寝顔だ。

 ――最近、毎晩見ているがね。

 なあ、アリス。君は、知っていたのか?」


「エリオット、何を?」


「これ。

 アリスと僕が共に、ルイーナの手を握っているだろ。

 同じベッドの上、三人でいる。

 あの日――ルイーナが、僕の正体を知った日が、そのまま、ただの日常だったのなら……ルイーナが、僕ら二人に厳命(げんめい)を下そうとしていたのが、これだったという事」


「……私の父方(ちちかた)の祖先の言葉で、これは、『川の字で寝る』と言うらしいわ。

 ううん。

 知らなかった。

 思い起こせば、前日に、何かお願いがあると言っていた気がするけど……私も、あの子を逃がそうと思って、いろいろしている時で……分かってあげられていなかった」


「僕も、君の計画を阻止しようとばかり考えていて……しかも、ルイーナの歌声が、『sagacity』にとって毒になると知ってしまった直後だ。

 ……しっかりと懺悔(ざんげ)しておくが、ルイーナの顔を、まともにあの子として見てはいなかったと思う。

 タケの薬のせいにするのは、単なる言い訳にすぎない。

 僕は、あの薬の効果を利用していたのだから――。

 便利な力を得たとばかりに、『sagacity』を完璧なシステムに仕上げる事だけを考えていた。

 世界で起こる(いくさ)のデータが欲しい為、人々の心をひどくかき乱したり、アリスの頭脳が生み出す戦略を、どうにか『sagacity』の血肉(ちにく)にする事を画策(かくさく)していた――ふふ。

 馬鹿な話だよな!

 『sagacity』を完成させたかったのは、ルイーナの命を護る為だったはずなのにっ。

 いつの間にか、目的と手段が入れかわってしまうなんて!

 僕とした事が……愚かな話だ。実に滑稽(こっけい)だ……」


「エリオット」


「『sagacity』に(やいば)を突き立てるルイーナの歌声を……討ち果たそうとしてしまった。

 そうだよ。

 アリス。君が、あの時に恐れた通りだ!

 声そのものが出せなくなったルイーナが、あるべき姿だったと……そう、あの子に望んでしまった……それが、あの子を護る為だと……あらゆる事を見失って、盲信(もうしん)したんだ!

 あの何もかもが、やわらかいと感じた……産声をあげてくれたルイーナを……閉ざそうとしたんだ!」


「大丈夫。

 エリオット……それが現実となった時間には、辿(たど)り着いていない。

 今日も、ルイーナは歌っていた。

 私たちに、生まれ持った自分の意思で、喋りかけてくれた。

 今も、私とエリオットに囲まれて、幸せそうに、安心して眠っているわ」


「――アリス。

 明日、僕に少し時間をくれるか。

 二人きりになりたい。

 だが、今夜は、三人で過ごそう……僕は、ただ、家族のもとに帰りたかっただけだ……三人だった頃に。ルイーナと同じでな」


「……時間は、あげるわ。そして、今夜は、私も三人で過ごしたい。そういう返事でいい?

 涙を流すのは――卑怯だから、やめて……」


「ああ。ありがとう……すべてが完璧な応じ方だよ。アリス」



* * * * *



【―これは、小鳥が心―】


 小鳥は、歌いたかっただけ。

 小鳥は、歌を聴いてほしかっただけ。


 鳥カゴに繋がれ、火種の燃えあがり知らぬ小鳥。

 鳥カゴに繋がれ、(せい)のすべてを(きょう)され、(せい)のすべてを(きょう)させられる小鳥。

 鳥カゴに繋がれ、(むす)びの刻を迎える(さだ)めの小鳥。


 小鳥は、歌いたかっただけ。

 小鳥は、歌を聴いてほしかっただけ。

 他には、何もいらなかった。


 鳥カゴから巣立ち、火種の燃えあがり知る小鳥。

 鳥カゴから巣立ち、(おのれ)から(せい)(きょう)し、他の(せい)にすべてを(きょう)する小鳥。

 鳥カゴから巣立ち、幕開き迎え、至福の小鳥。


 けれども、小鳥は、絡まれ(むす)ばれ鳥カゴの中。

 けれども、小鳥は、羽根を(むす)ばれ鳥カゴの中。

 けれども、小鳥は、自由を(むす)ばれ鳥カゴの中。


 小鳥は、歌う。

 小鳥は、歌を捧げさせられる。

 他には、何も認められなかった。


 世界を知った小鳥は、歌いたい。

 真実を知った小鳥は、歌いたい。

 愛を確かめたい小鳥は、歌いたい。


 鳥カゴ格子は、父の愛を隔てる。

 鳥カゴ格子が、母の愛から引き離す。


 鳥カゴに繋がれ、火種の燃えあがり知る小鳥。

 鳥カゴに繋がれ、(せい)のすべてを(きょう)され、(せい)のすべてを(きょう)させられる小鳥。

 鳥カゴに繋がれ、(むす)びの刻を迎える(さだ)めの小鳥。


 けれども、小鳥は、母が願いて鳥カゴの外。

 けれども、小鳥は、父の思惑脱して鳥カゴの外。

 けれども、小鳥は、世界に想い届きて鳥カゴの外。


 小鳥は、世界が為に歌いたい。

 小鳥は、世界に歌を捧げたい。


 それは、引き離される事なく、母の温かさを感じたいから。

 それは、隔たるもの失せて、父のもとに辿(たど)り着きたいから。

 それは、(おの)がすべての世界と一絡(ひとから)げ。


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