世界の中心、それは、鳥カゴ
The Sky of Parts[32]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点ルール」を使っています。
『もう、三日も熱が下がっている。よかった。このまま、何事もないといい。
天王寺先輩。
寒かったり、暑かったりしないかい? 喉は渇いていない? 欲しいものがあったら、なんでも言って』
『この子に、会ってみたい――かな』
『……そうだね。僕と君の子だ。
性別、写真からは判別できない。どうにも内緒のつもりらしい。
母体の血液検査で、調べる事は可能だが――おそらく、いらないという回答だろ?』
『うん。会ってからでいい。
……ふう。
ずっとベッドで寝てばかりだったけど、ちょっと、お散歩しようかな』
『あ……外は……その……』
『ああ。大丈夫。お部屋の中だけ。
そんな困った顔をして、視線を横に向けないで。
私を、心配してくれてありがとう。
タケさんからも、無理は禁物と言われているから。おなかが重くて、長い時間は歩けないと思う。
エリオット。
手を貸して。しっかり、私を支えて。しっかりね――』
* * * * *
「おや、アリス。おはよう」
「……ふう。
ずっとベッドで寝てばかりだったけど、ちょっと、エリオットでも蹴ろうかな。
エリオット。
ツラを貸して。しっかり、私に蹴られて。しっかりね――」
「起きて早々……アリス。
あまりふざけていると、そのまま、しばらくベッドから出られない事になるぞ?
夜に歌うからと、準備の為に、ルイーナも出掛けているんだ。
このまま、僕と――」
「エリオットに騙されていた頃の夢を見た。
時の流れは残酷なもので、今みたいに、あくどい態度は見せなかった。やはり、結婚しなくて正解だった」
「くく。
ルイーナを産んでいただいたがね!
――妊娠している頃の夢を見たという話かい? ああ、とりあえず、アリスが寝ている間に、一稼ぎしておいた。いつもの口座に移すところまで終わっている」
「独裁者失職した上に、ギャンブル三昧生活。
やはり、エリオットと結婚しなくて正解だった。
まあ、献金ご苦労。
『三十二等兵』。そのお金が、おいしいものに化けている想像だけしておくといいよ」
「おいしいものね――まあ、アリスが、この金を何に使っているのかは、だいたい予想がついているがね。
僕は、天王寺アリス軍の一員として、君に命じられたら、なんでもするよ。
他にも欲しいものがあったら、なんでも言ってくれ」
「子供ができなくても――本当に、私と一緒にいた?」
「……思わないものを欲しがられたな。
もちろん。
その答えは、しばらく前に伝えたものと変わらない。
アリス姉さんでも、天王寺先輩でも、アリスでも――愛しているし、愛していた。
過去を変える事はできないし、並行世界というものが存在しないのでな。証拠を与えてはやれない。それは許してくれ。
そして、ルイーナという、君とは別の愛する存在が、僕にはいる事を、了解してもらいたい」
「ルイーナの為を考えたら、私の望みよりも優先する事があると?
そういう認識でいいのか……エリオット」
「……アリス。
もう『敵対』している訳ではないだろ?
僕に伝わるほど、緊張しないでくれ……掛け布団から出ている、右手。薬指に力が入っている――君は、心が過敏になると、右の薬指に力を入れる癖があるから」
「私の望みよりも、優先する事があるのか?」
「ルイーナは、君が、命をかけて産んでくれた子だから。アリス、そういう答えでいいかい?」
「分かった……やはり、結婚しなくて正解だった」
「――アリス。
僕が、何かしたというのかね? この仮初めで、こじつけの儚い日常を、普通に楽しんでいるだけじゃないか。
今夜は、あの子の歌を、しっかりと聴いてやろう。
書類上の繋がりや、他の誰からでも分かるような実感――アリス。君には、甚だしいまでに、そういったものを押しつけようとしてしまったが、ルイーナの父と母として、今は、過ごしてやろう」
「そうだな……いえ、そうね。
エリオット、あの子の父親になってくれて、ありがとう」
「こちらこそ――アリス。ルイーナの母親になってくれて、ありがとう」
* * * * *
「はい。じゃあ、歌います!
オレの名前は――ルイーナです! ルイーナね! ルイーナだからね! それだけ」
「うん、ルイーナ。母さんに聴かせて。
あなたの歌を」
「父上にも、聴かせてくれ。ルイーナの歌を」
「はーい。
父上、母上。歌い終わったら、ボードゲームとトランプ連続で遊ぶから。あ、絶対にオレが勝つから、覚悟しておいて。よろしく!
じゃあ、聴いて――」
* * * * *
『父上、母上。
明日も、ボードゲームとトランプで遊ぼう!
で、明日もオレが勝つから! オレのお願い、一つ聞いてもらうつもり。だから、覚悟しておいて。
よろしく!』
* * * * *
「ジーンさん、どう思った? ルイーナの歌」
「……おそらく。
ダノンと、いや、世界のみなさんと一緒の感想でいいと思うが、まさに神の歌声だな。
ルイは、今回の為に、自分の今までの人生を描いた詩やメロディを作ったと言っていたが……そんな想いが込められているだけに、聴き手の心に届いたものが、とてつもなく大きいんじゃないか……」
「遊びで歌っていたつもりはないと思うが、たまに興じる程度に、基地の皆の前で歌ってくれていたものが……ただの戯れだったのだと考えてしまったぐらいだ。
一年前、タワー『スカイ・オブ・パーツ』から救出した際、歌っていたものよりも……飲み込まれたよ」
「ダノン。
……ああ。おれも、想いが書きかえられるんじゃないかと思ったぐらいだ」
「俺だって、ただの人なんだ。
心の底では、当然のように、エリオット・ジールゲンの息子であるルイーナを否定していたよ。
だが、なんだ……あの歌……。
流れ込んでくる想い……あれを聴いて、正気が保てる者など、この地上に存在するというのか……それぐらいにイカれている!」
「ダノンの言いたい事は、なんとなく分かる。
おれも感想文を書けと言われても困るような印象を受けた。素晴らしすぎて……逆に、つまらなく、退屈だと感じるぐらいだ。
……ルイには――ルイの心には、本当に戦争がなかったんだな。
なのに、戦争の火種そのものを愛するしか許されていなかった。
世界の為に歌いたいのは、本心なんだろう……だけど、その源は、戦争の火種を愛しているから……ふふ。
押し切られたよ!
もう、認めるしかないってな……ルイは、神様か何かなのかねっ」
「さあな。本当に神様かもしれん。
なあ。
もうすぐ子供が生まれるジーンさんに、変な質問をしていいか?」
「ダノン、なんだ?」
「――ルイーナは、エリオット・ジールゲンを愛する為に生まれてきたと思うか?
それとも、否定する為に生まれてきたと思うか?
母の胎内に宿った時、すでに、世界を恐怖に陥れていた父親の子……何を思って、この世に降りようとしたのだろうか?」
「……本当に、神様なんじゃないか?」
「そうだね。そういう答え以外、他にはないね。
ありがとう、ジーンさん」
* * * * *
「ルイーナは、眠ってしまったな。相変わらず可愛らしい寝顔だ。
――最近、毎晩見ているがね。
なあ、アリス。君は、知っていたのか?」
「エリオット、何を?」
「これ。
アリスと僕が共に、ルイーナの手を握っているだろ。
同じベッドの上、三人でいる。
あの日――ルイーナが、僕の正体を知った日が、そのまま、ただの日常だったのなら……ルイーナが、僕ら二人に厳命を下そうとしていたのが、これだったという事」
「……私の父方の祖先の言葉で、これは、『川の字で寝る』と言うらしいわ。
ううん。
知らなかった。
思い起こせば、前日に、何かお願いがあると言っていた気がするけど……私も、あの子を逃がそうと思って、いろいろしている時で……分かってあげられていなかった」
「僕も、君の計画を阻止しようとばかり考えていて……しかも、ルイーナの歌声が、『sagacity』にとって毒になると知ってしまった直後だ。
……しっかりと懺悔しておくが、ルイーナの顔を、まともにあの子として見てはいなかったと思う。
タケの薬のせいにするのは、単なる言い訳にすぎない。
僕は、あの薬の効果を利用していたのだから――。
便利な力を得たとばかりに、『sagacity』を完璧なシステムに仕上げる事だけを考えていた。
世界で起こる戦のデータが欲しい為、人々の心をひどくかき乱したり、アリスの頭脳が生み出す戦略を、どうにか『sagacity』の血肉にする事を画策していた――ふふ。
馬鹿な話だよな!
『sagacity』を完成させたかったのは、ルイーナの命を護る為だったはずなのにっ。
いつの間にか、目的と手段が入れかわってしまうなんて!
僕とした事が……愚かな話だ。実に滑稽だ……」
「エリオット」
「『sagacity』に刃を突き立てるルイーナの歌声を……討ち果たそうとしてしまった。
そうだよ。
アリス。君が、あの時に恐れた通りだ!
声そのものが出せなくなったルイーナが、あるべき姿だったと……そう、あの子に望んでしまった……それが、あの子を護る為だと……あらゆる事を見失って、盲信したんだ!
あの何もかもが、やわらかいと感じた……産声をあげてくれたルイーナを……閉ざそうとしたんだ!」
「大丈夫。
エリオット……それが現実となった時間には、辿り着いていない。
今日も、ルイーナは歌っていた。
私たちに、生まれ持った自分の意思で、喋りかけてくれた。
今も、私とエリオットに囲まれて、幸せそうに、安心して眠っているわ」
「――アリス。
明日、僕に少し時間をくれるか。
二人きりになりたい。
だが、今夜は、三人で過ごそう……僕は、ただ、家族のもとに帰りたかっただけだ……三人だった頃に。ルイーナと同じでな」
「……時間は、あげるわ。そして、今夜は、私も三人で過ごしたい。そういう返事でいい?
涙を流すのは――卑怯だから、やめて……」
「ああ。ありがとう……すべてが完璧な応じ方だよ。アリス」
* * * * *
【―これは、小鳥が心―】
小鳥は、歌いたかっただけ。
小鳥は、歌を聴いてほしかっただけ。
鳥カゴに繋がれ、火種の燃えあがり知らぬ小鳥。
鳥カゴに繋がれ、生のすべてを供され、生のすべてを供させられる小鳥。
鳥カゴに繋がれ、結びの刻を迎える定めの小鳥。
小鳥は、歌いたかっただけ。
小鳥は、歌を聴いてほしかっただけ。
他には、何もいらなかった。
鳥カゴから巣立ち、火種の燃えあがり知る小鳥。
鳥カゴから巣立ち、己から生を供し、他の生にすべてを供する小鳥。
鳥カゴから巣立ち、幕開き迎え、至福の小鳥。
けれども、小鳥は、絡まれ結ばれ鳥カゴの中。
けれども、小鳥は、羽根を結ばれ鳥カゴの中。
けれども、小鳥は、自由を結ばれ鳥カゴの中。
小鳥は、歌う。
小鳥は、歌を捧げさせられる。
他には、何も認められなかった。
世界を知った小鳥は、歌いたい。
真実を知った小鳥は、歌いたい。
愛を確かめたい小鳥は、歌いたい。
鳥カゴ格子は、父の愛を隔てる。
鳥カゴ格子が、母の愛から引き離す。
鳥カゴに繋がれ、火種の燃えあがり知る小鳥。
鳥カゴに繋がれ、生のすべてを供され、生のすべてを供させられる小鳥。
鳥カゴに繋がれ、結びの刻を迎える定めの小鳥。
けれども、小鳥は、母が願いて鳥カゴの外。
けれども、小鳥は、父の思惑脱して鳥カゴの外。
けれども、小鳥は、世界に想い届きて鳥カゴの外。
小鳥は、世界が為に歌いたい。
小鳥は、世界に歌を捧げたい。
それは、引き離される事なく、母の温かさを感じたいから。
それは、隔たるもの失せて、父のもとに辿り着きたいから。
それは、己がすべての世界と一絡げ。




