カゴの扉は開いている
The Sky of Parts[32]
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点ルール」を使っています。
「『後ろの人』。食堂へ、ようこそ。
今日も彼女は、つれない態度だったのか?
くくっ。
まあ、僕が作ったカレーライスとエビフライを食べていけっ。リンゴも飾り切りしたぞ。
ポテトサラダは、栗毛でエプロンのご婦人が作ってくれたものだ!
ただし、ドレッシングは、僕の手作りだ! 今なら、新作レシピの試食体験が可能だっ」
「エリオット・ジールゲンの作ったものを、おれに食えと言うのか……」
「僕を、台所に立たせたのは、誰だったかな?」
「高圧的な態度をとるな!
お前が、ルイとエルリーンの為に、料理をどうしても作ってやりたいと言うから……おれが、口をきいてやっただけだ……ん?
なんだ、この紙?
ジーン・インヴァリッドって……なんで、おれの名前が勝手に記入済みなんだ!」
「『後ろの人』。ここにサインしろ。
僕の元側近中の側近にして、現在、軍の名誉中間管理職トップの竹内イチロウが、金を無心してきたんだ。『巻き上げた金を返せ』とな」
「巻き上げた金? ……っていうか、これ、なんの書類だ?」
「『後ろの人』。
軍側と新統治側が共同で作る、小さなドレッシング工場の代表になれ。
これは、命令だ。
叩き上げ根性が必要だ!
ほとんど、人柱だ! 奴隷だっ! さあ、サインしろっ! 今、この場でだ!」
「ちょ、ちょっと待て……!
お前の話は、いつも分からんが……今日は、マジで分からんぞ……何がしたい! おれに何をさせたい!」
「ふん。頭の悪い奴だ。
本当に、うちの義理の娘と血が繋がっているのか? そして、責任者の人の信任を得た人物なのか。
新工場の場所は、ここだ。
この基地!
彼女――お前の子の母親、婚姻によって都に引っ越す事、嫌がっているのだろう?
家族と遠く離れたくないから。
『後ろの人』には、手ごろな就職先があるという事だ。そして、この基地に残りたい奴。反乱分子どもで働きたい奴、軍から抜けて働きたい奴にもな。
だから、お前が生贄になれ!
この基地に長く住んでいて、軍のトップになるエルリーン・インヴァリッドの叔父。そして、統治側の代表ダノン・イレンズを、長年補佐してきたんだろ?
お前だっ。
お前が犠牲になれば、どれだけ多くの雇用機会が生まれると思っているんだ!
くくっ。
さあ、このエリオット・ジールゲンの手を握れ! 世界に、お前の居場所があるとすれば――それは、この基地だけだっ!」
「……エリオット・ジールゲン。
軍属でもない彼女が――ただの契約社員だった、おれの妻が、金を貸してくれと言った時に、なんで無利子で貸しつけたんだ?」
「ん?
たしかに彼女の働く工場は、僕が作ったが、現場の事までは分からん。
こんにゃくの流通を、厳しく管理したかったのでな。あそこで働く者には、多少の厚遇を約束していたが――それだけだ」
「借りた金で、妻の父――つまり、おれの義理の父。
だから、あれだ。
腹の子にとっては、じいさんの手術代が賄えた。
超間接的なのかもしれないが……お前が、おれの子の血縁者を助けたみたいだ。
嫌な話だ。
おれの子にとって伯父にあたる、兄貴を奪った癖にな」
「だから、何だ? 僕には、お前の言っている事の意味が分からん」
「結婚してくれるってよ。
おれが、この近くで働くならな。
恩ある職場を、辞めたくないらしい。
ダノンの期待を裏切るようだったが、腹が目立ってきていてな。
――なあ、お前が手にしている書類。
それは、ダノンを助ける事になるのか?」
「いったんは統治側が、収益の一部を回収する。
交通整理をしたり、自然災害に対応する資金として、軍に渡すそうだ。使い方に不服があるのなら、姪御なのだから、エルリーンお嬢さんに言ったらどうだ。
さっきも言ったが、代表とは名ばかり、現場で身体を動かすような仕事だっ!」
「ふん。その方が、楽でいいや。
おれは、テメェを倒す為に、何年身体を鍛えてきたと思っているんだ!」
「だったら、サインしろ!
売り物のドレッシングのレシピは、完成済みだ! 後は、『後ろの人』。お前が、身売りすればいいだけだっ」
「さっきから、言い方悪すぎるだろっ! 書類上『未婚』の元独裁者!
できちゃったは、一緒だから……つけずにいてやる!
書類とペン、貸せっ!
エルリーンとダノンの連名だな……だったら、サインしてやるよ!」
「提案者は、天王寺アリスだ!
僕は、彼女の軍の『三十二等兵』として、お前のサインを必ずもらってこいと、下知されただけだっ。
これが終わったら、僕は、ギャンブル三昧の時間なんだ!」
「は? お前、ギャンブルなんてやるの?」
「そうだ! 書類上繋がっていない妻子に食わせてもらって、僕は、ひたすらギャンブルだ!
くくっ。
僕の頭脳をもってすれば、一人勝ちだがな!」
「……まあ、いい。
これで、おれは書類上も、妻帯者だ! 生まれてくる子供とも、書類上で繋がれるからな!」
「戯れるがいいさ。
ふん。このエリオット・ジールゲンに、盾突いた事、いつか後悔するぞっ」
「おれは、ずっとお前に盾突いてきたんだ! 今さらな事を言うな!
信頼を取り戻せたんだから、とっとと部屋に帰って、息子と遊んでやれよ!」
「お前なんぞに言われなくとも、愛しいルイーナを、堂々と抱きしめるつもりだ!
そして、エルリーンお嬢さんは、嫁にもらった! いいな!」
「ああっ! ルイの嫁にな!
用が済んだんだ! とっとと行けよ」
「ふんっ」
* * * * *
「カレーライスも、エビフライも、おいしかった!
そして、リリンのポテトサラダは、やっぱり最高だ! あたしは、おいしいものを食べている時が、一番幸せだ!」
「リンゴ、全部、父上が飾り切りしたの?
相変わらず、手が込んでいるな……この鳥みたいな形のとか、食べるのがもったいないぐらいだ」
「あたしは、この市松模様のが、手が込んでいると思う。時間がかかるぞ! これ」
「ルイーナも、お嬢さんも、眺めていないで、早く食べた方がいい。
リンゴの色が変わってしまうぞ。
切り口のポリフェノールが空気に触れると、酸化酵素がはたらく。それを抑えればリンゴの変色は防げる。
対策として、塩水につけるのが一般的とされているが、レモン水や砂糖水、はちみつを入れた水でも大丈夫だ」
「へえ……そうなんだ。
ルイの父ちゃん、いろいろ知ってるな。まあ、HNEだけどな」
「父上は、調子に乗せなければ、HNEしないよ。
『あ、今から、話長い!』気配を感じたら、そっと逃げてた。小さい頃からね」
「寂しい事を言うじゃないか……ルイーナ、僕は……」
「エルリーン。これね。
これが、『あ、今から、話長い!』。HNEが襲ってくるサイン」
「あたしら二人で、蹴り飛ばしておく?
っていうか、軍師殿は、まだ寝てるのか~早く起きてよ。ボードゲームやトランプで遊ぼうよ」
「……アリス、今日は起きないかもしれん。眠りが深そうだ」
「母上は、タケの薬の副作用で、寝る時間が増えてしまったの?
前に、違うと聞いたのだけど」
「さあな、僕にも分からない。
ただ、タケの薬の影響下から離れる為に、寝てしまうのかもな……アリスに使ったのは、『自分がなりたい自分になれ』、そんな感じの効果を期待したものなのだが――どうかな。
眠っていれば、目の前に広がる、戦争ある世界を見なくてもいいと思ったような事を、二人で過ごしていた時に言っていたよ。
薬の力を、『悪用』する方法を自力で編み出して、僕に教えてくれたのは、アリスだからな。
僕が思いついた方法よりも、さらに『悪い』使い方を授けてくれた」
「父上は、制御できているの……『家族を、道具としてしか見えないようになれ』を」
「どうだろうな。
薬を使われたと気づいた直後から、『違和感にすっぽりはまり込む』ようにしていたがな。
感情が高揚しなければ、普通に過ごしていたつもりだ。
『悪用』は、間違いなくさせてもらっている。
お嬢さんの叔父さんと話す時などは、とても便利だ。義理の娘の叔父だからな。広義では、家族という扱いにできる。
そんな言い方をするなと、お嬢さんに蹴られるかもしれんが、『利用すべき相手』、つまり『道具』であると見れば、自尊心に左右される事のない行動が可能となる」
「ふーん。
じゃあ、あたしも『道具』って事か。
まあ、こっちも、相変わらず父さんの仇だと思っているからいいや。
あー。
ジーン叔父さん。ドレッシング工場やる為に、この基地に残るんだよな。
都に一緒に引っ越せるかと思ったのに……ちょっと寂しい。
まあ、どっちにしても、叔父さんは結婚して所帯持つんだし、あたしも独立のタイミングだったんだ。
そのうちにルイと結婚して、あたしの方が、叔父さんの近くを離れていたかもしれないし」
「あ、父上。
ハイスクールどこにするか決めたよ。エルリーンと一緒のところにする! 全寮制だから、オレも独立するからね! えっへん」
「……そうか。二人とも、おめでとう」
「っていうか、本当に普通の父ちゃんできたんだな。
あんたって。
そういう態度で、開襟シャツとジーンズ姿なんて、どこにでもいる、普通の父親にしか見えない」
「独裁者が本業だった頃から、僕とて休息したい事はあった。
実際に、ルイーナやアリスと過ごす時間は、楽しんでいたよ。
お嬢さんも、ルイーナも、若干の懐疑の念を瞳に込めているが――この僕も演じている訳ではない。
TPOへの配慮は、社交の場では欠かせないだろ?」
「あたしには、軍人さんまっしぐらなモードなら、世界相手に何やってもいいっていう言い訳にも聞こえる。
――普通ができるのなら、最初から普通の父親やっていればいいのに。
そうしたら、世界にも、ルイにも、軍師殿にも、迷惑がかかる事なかったんじゃないか?」
「どうかな。
僕が、恐怖政治を行わなかったら、お嬢さんも、ルイーナも、存在すらしていなかったかもしれない。
この基地にいる全員が、この時間に到達していなかったかもしれない。
そして、僕自身も――いや、世界中の人間が、いない事になっていたかもしれない。
そう考える事もできる。
過去に戻る術があり、さまざまな出来事を修正できたとしても、タイムパラドックスが発生するだけだ。
一匹の蝶が、ただ一度、羽を広げた。
そういった、些細な変化を過去にもたらしたとしよう。
美しい蝶に気づき、手に入れようとした者が、登った木から転落し、命を失うかもしれない。
それが、自分の親だったら? それが、自分のいずれの命の恩人だったら? 自分自身だったら?
過去は、過去だ。
これから世界を創造する、神話を紡ぐ二人に言っておこう。
エリオット・ジールゲンがなした過去は、すべてが定められた事。僕の敷いた悪政の上に、君たちが築く新世界があるんだ。おぼえておきたまえ」
「な、なんだよ……急にHNEするなよ。
眼光が鋭くて、心撃ち抜かれたみたいに、妙に圧倒された……」
「……父上が行ったのは、悪政なんだね。それは、認めるって事だね――」
「ああ。認めておこう。
ルイーナ。
僕の血を継ぐ者として、エリオット・ジールゲンが存在した過去を、否定して生きていけ。
お前をなした事実が、僕にとって過ちでなかった。そういう証として」
「父上。
母上と、愛し合って良かったって事でいい?」
「皿を、片づけてくる。
――この場で、僕が答弁すべき事ではない。
ルイーナ。それは、未来の妻と育む、向後の時制で、二人ともに得ていくものだ」
「み、未来の……つ、つま……! あ、あたしの事だよな……な!」
「逃げられた……素直に、母上が好きって言えばいいのに。
……いつもバカなぐらいに母上大好き丸出しなのに……父上、恥ずかしいと、すぐにああいう逃げ方するんだ。
まあ、オレが知っている父上だって事だね。あはは」
* * * * *
「ルイ~歌できたのか?」
「うん。できた。
すっごいのできた。たぶん、きっと、絶対」
「言い切れよ。気弱に聞こえるぞ。
まったく、ルイは、いつまで経っても男らしくないぞ……普段は」
「そういえば、身長がまた少し伸びた気がする。そのうち、エルリーン班長よりも大きくなったりして?
うちの親。
最初に会った時は、父上の方が小さかったらしいよ。
年齢も、母上の方が上だしね」
「今は、軍師殿の方が、圧倒的に小さく感じるけど……。
そうか、あの二人も年上妻と年下夫なのか……未婚同士だけど。
ルイのとこ、父ちゃんの方が、二十センチぐらい身長高いし、軍隊あがりだから、昔は逆が想像できない」
「オレが、小さい頃の服装って、下は、紺か黒か深緑色あたりのサスペンダーで吊る半ズボン。
上は、ヒラヒラついた白色のシャツを、ほぼ着せられていたんだけど、母上が言うには、それは、父上が子供の頃――母上と最初に会った時の服装に近い格好だったらしい」
「いかにも、お坊ちゃんスタイルっぽい印象だな。
ずっと庶民のあたしの勝手なイメージだけど。
ああっ。
あらたまった日に着る服装って事か。
えっと……。
あれだっけ。
授業参観の日だったから着てた……あれ、そういう話であってる?
ルイの父ちゃんの方な」
「みたいだね。
父上。
タケの薬のせいで、おじい様とおばあ様の顔を思い出せなくなったらしい。
母上が、それとなく教えてくれた話で、本人に聞いた訳じゃない。
おじい様とおばあ様と一緒にいられるって事は、母上と出逢わなかったかもしれないって事で……その為の『道具』として見えるのが嫌になって、思い出せなくなったのかもって、これも、母上経由だけど。
タケには、くだらない嫌がらせを仕掛けて処罰してやったからもういいとか、演説の時に、おじい様とおばあ様の話をするのを躊躇わなくなって都合がよくなったから、タケには感謝しているぐらいだとか――母上経由です」
「ルイ」
「ん?」
「戦争で、何かを失った者同士として、一緒に、未来を見ていこう。
過去は、過去……だからこそ、過ぎた時間は、大切だったと思える――未来に繋がってよかったって。
『生きていれば、いつか辿り着きたい場所に到達できる』――ダノンの母ちゃんが、最期にそう言っていたから。
ダノンとも力を合わせて、世界のみんなが、戦争によって自分の存在意義を否定される事がない、今いる時間が本当の居場所だったと、足を踏みしめられる、そんな時代を築いていこう。
戦争があった時間に戻りたいなんて、思わないように」
「エルリーン。
それ、軍のトップに就任する時に、スピーチしてみたら?」
「え?
こんなのでいいのかな? 短すぎないか……その……あの……演説台とか、あたしは立てるのかな……はは。
『頑張れ。以上』ぐらいしか……きっと、原稿書けない。
うん」
「自信を持って。
エルリーンなら大丈夫だから、オレもそばにいるから――ね?」
「うん。
ルイのそばにも、あたしがいるから、自信を持ってね」
「作った歌。世界のみんなに、聴いてもらうつもり。
ただし、中継映像。
生で見えるのは、父上と母上だけ。
今回は、エルリーンもダメ。ドアのこじ開け、禁止だからね」
「分かってるよ。
その後は、三人でボードゲームとトランプやるんだろ。あたしだって、野暮な真似はしないさ。
でも、壁薄いから、漏れてくる音として、聴かせてもらうからな」
「それは、どうぞ。ご自由に。
ありがとう。
今回の歌は、オレの今までの人生を込めているから――エルリーンも聴いてね」




