鳥カゴのアリス、独裁者のA
The Sky of Parts[32]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点ルール」を使っています。
『天王寺先輩、今日は、熱が下がっているみたいだね。間違いなく、平熱だ。
何か、食べたいものはあるかい? 他に欲しいものがあったり、してほしい事があったら、遠慮なく言ってくれ』
『エリオット。お仕事をお休みしていて大丈夫なの?』
『うん。大丈夫だ。
僕がいなくても、なんとかなるさ。
職場なんて、そんなものだ。
なんだい。
僕が、休暇をたくさん取って失職したら、収入がなくなるとか、そんな心配をしてくれたのかな?
おなかの子の為に、これからお金が必要だから』
『うー。
私が、私の稼ぎで育てるから……大丈夫って、言ってるでしょ。
エリオットは、気にせず、軍人さん続ければいいって……あれ、どうしてかな……また、ぼやけた……どうしても、エリオットの後ろに、何かが見える気がする……でも、気のせいよね。
妊娠してるから、不安定なだけ……あっ!』
『どうしたんだ? 天王寺先輩』
『おなかの子に、蹴られた……今日も、元気だな。
あれ!
おなか! エリオット、見てみて! ほらほら!
シャツを持ち上げたところ、おなかを見て!』
『これ……足?
おなかの子の足かっ!
すごい、産まれる前から、こんな風に、我が子の足のかたちが分かるなんて! あはは。すごい!』
『ふふ……この幸せな時間が、ずっと続けばいいのに……ずっと……』
* * * * *
「ルイーナ様」
「ん? タケ、どうした」
「お帰りになる前に、一つ。
先ほどの話で、語弊がありました。
御父上が、母上さまに不信感をつのらせていたと言ってしまいましたが――いろいろ、考えている最中だっただけだと思います」
「父上が……母上に?
何を?」
「ルイーナ様が、学校に行く事になるとしたら、書類を作成する必要がありました。
だって、あなたは、書類上は存在しない女性、天王寺アリスさんから産まれてきたのですから。
御父上の手もとに残られたルイーナ様は、その後もずっと、秘匿とされたので、世間で言えば、存在もしないお方――作れと命令された書類上のお名前は、『天王寺ルイーナ』様でした」
「え……父上に言われて……書類を作ろうとしたって事だよね……?」
「はい。
天王寺アリスさんの書類上の復帰も同時に命じられました。世間で存在する事になる『天王寺ルイーナ』様の母上さまとして。
そして、ルイーナ様の父親の欄には、何も書くなと……ね」
「オレを、独裁者の子じゃないって事に……しようとしたって。
そうだよね……父上が、そうしろと言ったって」
「でしょうね。
でも、現実は――あなたが宿った時、あの人はすでに、非道な独裁者です。
ルイーナ様は、生命として誕生した時すでに呪われていた。
御父上の血をいただいてね。
いつか、天王寺アリスさんが、自分が書類上存在する人間に戻ったのだと気づいて、ルイーナ様の現住所を知り再会がかなう。
そうして、うまい事やって、軍を抜け出した自分が、書類上のルイーナ様の父親になるなんて、実に馬鹿らしいと思いませんか?」
「……え?
タケ。父上は、独裁者を辞める気だった……オレと母上と、暮らす為に……えっ」
「書類上で、天王寺アリスさんとルイーナ様を繋げられるのは、あの人しかいないから。
……彼女の方から、愛しなおしてもらえるように、仕向けるつもりだったんですかね?
臆病にもほどがある。
家族バカなんですよ!
あの人っ!
いくら、あんたと天王寺アリスが、世界一の頭脳を競いあっていたとしても……小僧を連れて逃げ切れたのかよ!
逃げ切れたとしても、ガキの幸せまで、つかませてやれるほどの奇跡は起こらないだろっ!
ふざけるな!
……おっと。
失礼しました。
でも、竹内イチロウといたしましては、口が過ぎるとは思っていません。
これは、大学の先輩夫婦に対して、言ってやったまでです。
ああ。
今でも書類上は、繋がっていませんでした。ルイーナ様を含めて、誰も、書類上では繋がっていない。
……ねえ?」
「タケ、お前のした事。
それが良かったのか、分からない。
けど、オレは、今日もここにいる。書類上も、現実も、『天王寺ルイーナ』は、存在しているよ。
父上と母上と、今朝も、三人が同じ部屋で目をさました。それだけ――」
「ええ。それだけですね。
では、軍の方から何かあれば連絡します。気をつけて、お帰りください」
* * * * *
『やあ、竹内イチロウくん。
今日も一人でランチかい。誰もいない、こんなキャンパスの果てで。
僕からのお誘い、受け付けてくれる気になったかな?
いつまで、物憂げな大学生活を続けるつもりだい。
過去は、過去だ。
共に、未来を見ようじゃないか。
存在意義、居場所――欲しくないか?
自分は、自分でいいんだ……もう一度、そんな自分に戻りたくはないか? 戻りたいんだろっ! 隠すなよ! 僕と来いっ。
竹内イチロウ。
さあ、このエリオット・ジールゲンの手を握れ! 世界に、お前の居場所があるとすれば――それは、この僕の下だけだっ!』
* * * * *
「あら、ダノン。
とっても機嫌が悪そうね。私を部屋に呼びつけておいて」
「ほう……なんだ。
愛しの旦那と、少しでも離れたくなかったのか? 一人勝ちの軍師、天王寺アリスっ」
「だから、私は、未婚だって!」
「へぇ。新婚旅行先は、どこがいいんだ?
言ってみろよ。
希望通りにしてやるぞ、軍師殿。
俺が、統治者に就任して、最初の仕事は、アンタの旦那の追放だからな。
権力から遠い場所なら、どこだっていいぞ。
好きな場所に飛ばしてやる。
ふんっ。
――これから世界は、アンタの敷いたレールの上を走行するだけなのだから」
「ダノン。
お酒の事、怒っているのかしら?」
「俺に、なんていう返事をさせるつもりの質問だっ!
天王寺アリス!
正常な判断を失った状態の俺を立ち会わせた上で、あたかも真であるかのように、事を進めやがって!
分かってるよな!
エリオット・ジールゲンの血を引く、アンタの息子を頂点に据えて、俺とエルリーンを配置する。
エルリーンは、いずれはアンタの息子の伴侶になる予定だ。
これで、軍とルイーナの関係は結ばれる。
軍としても、エリオット・ジールゲンの息子と繋がるエルリーンを拒む理由はない。
あいつも言っていたぞっ。
アンタら夫婦の手下の竹内イチロウ!
存在も、意義も、正当化できるような錦の御旗を掲げたいとな。
それが、エルリーンという大義名分だ!
軍が、やましいところなく、主張を貫き、権威を失わずに済む。
はは……。
軍に、エルリーンを人質に取られるようなものじゃないかっ!
これじゃあ、俺は、軍に手を出す事ができない!」
「ダノン。
それでは、駄目かしら?」
「……まあ、統治者になる俺と、軍が、戦う事があっては困るがな。
そう言えば、アンタは満足なのか?
なあ。
軍を潰さぬ道を選んだアンタは、満足なのかっ!」
「ええ、ダノン。
それを、天王寺アリスは選んだ――」
「ふん。
アンタの息子も、俺に恩があるって事で、手を出してこない。自分を受け入れ、その上で、大罪人である父親を受け入れたんだからな。
エルリーンにしても、俺と、わざわざ敵対する事はないだろう。
ふふ。
反乱組織を構成していた連中だって、俺と同じだ。
軍にも、ルイーナにも、手を出せない。エルリーンの機嫌を損ねる事があったら――戦争再開だからな。
それにしても、おかしい話じゃないか?
実権がないなんて言いやがって……天王寺ルイーナは、世界を押さえつける為の鎹だ!
……はは。
最初、俺に、ルイーナを預けてきた時、もうすでにアンタの計画の上ですべてが動いていたという事じゃないか!
アイドルに仕立てた息子を使って、世界中の人々を、天王寺アリスがプロデュースする舞台劇に参加させやがって!
――騙して楽しいのか?」
「……どう、解釈してもらってもいいわ。それは、ダノンの自由」
「ああ。
この場で、アンタに喚くだけにさせてもらう!
世界の非常時に、民主主義――デモクラシーを実現させる為、裏で、政を一人で操った、天王寺アリス。
認めておけよ。
これが、真の独裁だってな!
有能なアンタが考えた、支配と権力の在り方。アリストクラティアを下地とした新世界って事だっ」
「ダノン。
世界から、戦争はなくなると思う?」
「……ああ。
なくなるだろうな。
俺は、その為に、これからも生きていくよ。
戦争の象徴である軍から、真に、力を奪い取る事に成功したんだ。
平和な世の中を作らない理由、思いつかない」
「彼女も、作りなさいよ」
「――考えておく。
なあ、それより……一つ聞かせてくれ。
軍師殿。
アンタの旦那が、俺とエルリーンから親を奪ったからか? だから、俺たちに、せめてもの罪滅ぼしにと、権力をくれたとでも言うのか?」
「いいえ。ダノンとエルリーンなら、その器があると思ったから、推薦しただけよ」
「ふん。
まさにアリストクラティアだな……ああ、アンタのスペルは、『Alice』だったな。
どうするんだ。
イニシャルの後半は、『T』のままか? 書類作ってやるから、『Z』に変えるか?」
「私は、ずっと、天王寺アリスだわ。ずっとね。
そして、あの人も、ずっと、エリオット・ジールゲン。ずっとね」
「分かった。好きにしろ。生き方という意味でな。
アンタらの息子、ルイーナは、平和の象徴以外の生き方ができないようにしてやるから、覚悟しておけっ。
――世界を壊した張本人が母親だった事……ルイーナには気づかれないようにしてやれよ。
あの子は、戦争のない時代を創造する神となる。
元独裁者のエリオット・ジールゲンや、真の独裁者、天王寺アリスとは違うんだ。
純粋な気持ち、ここまで護り切ったんだから、ずっと、貫いてやってくれ」
おなかの中の赤ちゃんが『蹴る』という話はよく聞くと思いますが、足や手のかたちが、はっきりと浮かびあがる事があります。
体験しない人の方が多いみたいですが、『地の文』のある小説を書いている時なら、宇宙人が出現したような描写をする事を考えていたと思います。
二人の喜びを描く事だけに集中できるので、こういう場面の時、『対話体小説』を書いていてよかったなと感じます。




