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白に描く、黒に描く、白に描く ~ 少女の記憶

The Sky of Parts[20]

■■■■■■■■■■■■■■■

この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。


Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。


『久しぶりだな、エリオット。

 この私の事を、忘れてはいなかったようだ。

 今日、この天王寺アリスが現れた目的、お前には分かるかな?

 ……なぁ~んてね。

 やっぱり、軍の施設とかに来ちゃうと、少し緊張するわ。

 結局、軍人にはならなかったとはいえ、父や母に会いに――というか、いずれの為にと連れて来られる事はあったから。

 ふう。

 エリオット。

 ちょっと、そこのソファに座っていい?

 今は、あまり緊張すると、身体に良くないの。

 ここに来るのに、長い時間列車に乗っちゃったけど……大丈夫かな。

 うん。

 エリオットがくれたメモに書いてあったトコに連絡したら、この軍事施設にいるって案内されて、自分で来たよ。

 『君が、自分の足で、ここに来てくれた事が、とても嬉しい』って……何よ! エリオット。私は、今は、あまり動かない方が本当はいいのに。

 へっ?

 『この部屋から、許可なく出て行こうとすると、銃を構えた兵士に囲まれたりして、怖い思いをするから、いとしい人として、大人しく僕の胸に抱かれる事をおすすめする』。

 って……。

 あ、はいはい。

 いつも、エリオットは、大げさな冗談を言うな。

 怖い思いとかするのは御免ごめんです。

 身体に良くないから。

 エリオット、冗談はそれぐらいにしてね。

 ――今の私、一人だけの身体じゃないんだから。

 ありゃ。

 ありゃりゃ……。

 やっぱり、エリオット、動きが止まっちゃったね。

 もちろん、ふざけてる訳じゃないよ……あの、この前、家に来てもらった日の夜の……あはは……。

 はい。

 そのまさかで――私のおなかの中に、エリオットの赤ちゃんがいます。

 はは……あはは。

 この天王寺アリスが、お母さんになる日が来るみたいです。

 軍人になる必要がなくなって、憧れの完全民間人生活は、ずっとしていくつもりだったけど、これはさすがに予想外。

 あっ。

 困った顔しなくていいよ!

 私が、この子をちゃんと育てていくから。

 気にせずに、軍人さん続けてくれれば大丈夫。

 母親の私が民間人だから、この子は、戦争から遠いところで生きていけるから、安心し……ちょ、ちょっと……深く腰掛けてるつもりだけど……おなか危ないから、いきなり抱きついて来ないで。

 ……ああ。

 ごめん。

 そんなに、力いっぱい謝らせてしまって……妊娠してから、おなかの事になると、過敏になっちゃって。

 あのね。

 今も言ったし、いろいろ考えたけど、私、やっぱり軍人の父親を、この子には持たせたくないの。

 エリオットは、うちの父と違って、民間人出身だから、跡目あとめうんぬんなんてないのかもしれない。

 どうしてだろう。エリオットの赤ちゃんができたのは、とても嬉しいのだけど、どうしてか、私一人で育てなければいけない気がするの。

 ごめんね。

 知らせずに一人で産んで、育てればいいのに……急に来て、言い出して、余計な事ばかり。

 私、何をしているんだろう……エリオットと喜びを分かちあいたいって心の底から思うのに、なぜか妙な胸騒ぎがする……。

 えっ?

 まだニュースは、見たりしてないのかって。

 うん……。

 戦争の話が出る事があるから、ニュース嫌い。

 エリオット・ジールゲンについては、知っているかって……? エリオットは、エリオットじゃないの?

 えっ。

 部屋を少しあけるけど、待っていてくれるかって?

 あ、うん。

 でも、帰りの列車の予約があるから……あ……早めの夕食にして、そのあとに車で駅まで送ってくれるって事?

 ……分かった、いいよ』



* * * * *



「タケ。

 下がってもらったあとに、呼びつけて悪かった」


如何いかがいたしましたでしょうか? 閣下」


御披露目おひろめ、前倒しで話を進めてくれるか。

 ……ほら。

 監視カメラのモニタ画面見てみろよ……。

 幼い二人が、先を見通す事もせず、手を握りあっている――愚鈍ぐどんで、理解力のとぼしい行動だ。

 おのずから破滅へと突き進もうとしている」


「おやおや。

 まあ、竹内イチロウの目にも、ルイーナ様の御心おこころは見て取れるようでしたが」


「せっかく、自分たちで堕ちようとしてくれているんだ。

 行きつく極まりない迂愚うぐうつつを、一刻でも早く見せてやりたくなった。

 ……ああ。

 竹内イチロウ。

 お前の薬を使うのは、ルイーナの方にする事にした。

 その身に流れる怨毒深えんどくぶかきエリオット・ジールゲンの血に、翻弄ほんろうされながら、しかし、僕に支配される事に疑問をいだけなくしてやろう。

 ふふふ。

 矛盾むじゅんの影響下につねにある事が、凡庸ぼんような民衆をきつけ、絶対に離さない――そう、異彩いさいを放つまでの、煽動せんどうを行える力となる。

 無限に転生を繰り返すように、描かれ続ける神気しんきあふれる輪は、エルリーン・インヴァリッドを絡めとる。

 操っている方も、操られる方も、魂の境界線が曖昧あいまいなまま、互いに、偽りの信拠しんきょにすがり、虚無きょむの塔を空高く、果てなどないのに、構築していくしかなくなるんだ。

 ――そうして、いつか、あの二人が、父である僕を超越ちょうえつする存在となる!

 どうだ?

 お前とて、心の底からほうずれるようなものだろう。竹内イチロウ!」


「閣下の御心おこころの広さに感謝致します。

 竹内イチロウといたしましては、もちろん、異存はございません。

 ルイーナ・ジールゲン様を、主君にお迎えする準備――進めさせて頂きます」


「ああ、頼む。

 『sagacity』検閲の問題が、99.99%なくなるプログラムは、いつでも適用できるように用意してあるが、ルイーナを取り返した時点で、残りの0.01%の問題も無きに等しくなる――」



* * * * *



「あはははっ。

 そうそう、あの時のエルリーン!

 バケツを落っことして――でも、オレや子供たちの前で、恥ずかしい真似はできないから、ずぶ濡れなのに強がっていて……ぷっ。

 オレは、子供たちと違って、エルリーンが嘘ついてるの気づいてたよ。

 あははは!」


「こらっ!

 ルイっ! あたしのベッドの上で、のたうち回るように笑い転げるな!

 腹を抱えて、バカ顔で転がるなよ。

 そんなに、あたしの事を笑うと……」


「ふーん。

 許してくれないなら、オレ、ここで寝ちゃおうかな――ぷっ。

 エルリーンっ!

 顔真っ赤にして……冗談なのに!

 あはははっはっ」


「性格悪いっ! ルイは、絶対に性格悪い!」


「大丈夫。

 オレ、今日からも、ちゃんとソファのところで寝るから」


「……あ、当たり前だ!

 いろいろ、あたしらしくない事をたくさん言ってしまったけど……いきなり、勘違いするなよっ」


「こんな、牢屋以外で、初デートはしたいね」


「あ……うん。

 というか、やめろって……ルイ、真面目で真剣な表情つくるなよ。

 年下だし。

 背低いし。

 あたしよりも女の子みたいだって言われるルイの顔が……少しだけ、カッコよく見えるだろ」


「だってオレ、エルリーンの騎士――ナイトだから。

 そして、副班長。

 これからも、協力していく、一緒に過ごしていくエルリーン班長に、不誠実な態度は見せられないよ」


「……う。

 ああっ。

 お前って、こんなヤツだったんだな……。

 気弱そうなのは、本当のルイじゃないって気づいていたけど、やりにくい……慣れてないんだろうけど」


「こんなヤツって知って、嫌いになっちゃった?

 ……あはは。

 ありがとう。

 エルリーン。

 そんなに強く首を横に振ってくれて。

 うん。

 きっと……簡単な事じゃないんだろうけど、オレ、もう自分からくじけるなんて、絶対にしない。

 それぐらいに強く、エルリーンを好きになってしまったから。

 ――護り切れるという希望を持ちたい。

 頼りない言い方しかできなくて、ごめん。

 だけどね。

 オレは、すべての力を使い果たしてしまったとしても、最後まで、エルリーンを護るって決めた」


「あたしだって、班長だから、絶対にルイを護るよ。

 一緒に戦っていこうって言ってくれる、ルイが好きだから。

 『護る』なんて言葉を使っているけど、協力していこうって――最高の仲間になっていこうって言ってくれるルイと、ずっと同じものを見ていきたくなった」


「うん。

 オレも、エルリーンと一緒のものを見ていきたい」


「それが、良いのか悪いのか、もう、まったく分からない。

 だけど、勘違いとか、思い込みじゃないつもりだ。

 ルイは、単に、あたしを保護したいって訳じゃない。

 う~ん。

 変な例え。

 あたしが、『盾』になってもいいし、逆にルイが、あたしの『盾』にもなってくれる。

 本当は、ちっぽけな『力』なんだろうけど――あたしには、戦える『力』がある。

 誇りに思っているその『力』を隠さなくて良いって考えてくれている。

 あたしが、『剣』を振るう事も許してくれるし、ルイが、あたしの為に『剣』を振るう事があってもいいと思う。

 根拠を語りきれって言われたら、実は、何も理解できてないって言うしかないんだけど――きっと、ルイと一緒なら、あたしは、あたしでいられそうな気がする。

 戦争が激しい時代に生まれて、『女の子やめよう』とか考えてしまったけど。

 叶えたかった事を、実現できそうな気がする。

 おとぎ話みたいな事を、言ってるだけなのかもしれないけど――」


「エルリーン。おとぎ話だって良いじゃないか。

 ただ。

 オレ……知っている。

 おとぎ話は、残酷だって。

 母上が、オレを逃がす為に作ってくれた、いろいろな物語があったんだけど、それは、すべて本当の事。

 あのおとぎ話は、母上の苦しみそのもの。

 だけど、母上の優しさそのものでもあると、今は思える。

 オレに、未来を与えてくれる為、母上はそばにいてくれた。

 ――戦ってくれていたんだ」


「うん。

 あたしにとっても、『おかあさん』である軍師殿が、ルイと出会える未来をくれた」


「そうだね。

 エルリーンとオレが抱えているものって……とても、嫌な言葉を使うけど、きっとむごいと表現してもいいのだと思う。

 いい話してないように聞こえるかもしれないけど、傷のめ合いをしたいとは思わない。

 そんな相手なら、お断りだ。

 うん、そう。

 エルリーンの言う通り。

 オレは、自分が世界一不幸だと思っていた!

 話したところで、むごいおとぎ話程度にしか思ってもらえないっ。

 独裁者の子として宿り、母上を苦しめる為に生まれ落ちた!

 無理やり、母上と引き離され、独裁者の手の中――だけど、オレの中に流れる血は……自分の心意しんいなんて、絶対に誰にも話さないつもりだった」


「ルイ、あたしは、お前の気持ち分かってるつもりだよ」


「ありがとう。

 辛い気持ちなんて、歌が――が、少しずつ持ち去ってくれるから、それでいいと思って、隠していくつもりだったんだ。

 でも、エルリーンは、オレの『物語』に興味を持ってくれた。

 読み進めてくれた。

 エルリーンが抱えているおとぎ話だって……十分に辛いものじゃないか!

 辛いおとぎ話なんだ。

 なのに、オレに、勇気をくれて、『ページ』をめくらせてくれた。

 うん。

 オレ、エルリーンが今から生きていく、まだ何も書いていない白紙の『ページ』に描かれていくものになりたいと思った。

 それは、オレが勝手に描くんじゃなくて、二人で用意した一つの『本』があって――そのまだ何も描かれていないところ……そこに描いていきたいっ。

 あっ。

 勘違いしないで。

 互いに、それぞれの『本』があってもいいと思う。

 そういう風になれたら、オレ……そんな風にエルリーンと生きていけたら、きっと、オレがオレとして生きていける気がする。

 勝手に一人で決めて、誰かに押しつけて、すべてを握るような――オレ、独裁者にはなりたくないからっ!

 エリオット・ジールゲンの後継者には、絶対にならない!」


「ルイ。

 ……へへ、泣くなってっ!

 やっぱり、ルイには、あたしがついていないとダメだな!

 うん。

 副班長、よい提案だ!

 それでいこうよっ。

 ずっとな」


「……オレ泣いてるけど、体育座りはしてないよ……でも、体育座りしたい時はするよ……エルリーンに不安を隠したって、バレていじめられるだけだから。

 本当に、ありがとう。

 エルリーン。

 出会えて、良かった」


「うん。

 あたしも、ルイに出会えて良かった。

 ……あ。

 本格的に仲間を目指していくって事で、ちょっと、ないしょ内緒してもいいか?

 絶対に、余計な事を言わない約束だ」


「え?

 良いけど……何っ……えっ。

 あ?

 ええええええ?」


「ルイ!

 なんだよっ!

 ちょっと、シーツの中に押し込んだだけじゃないかっ。

 驚き過ぎだって!

 監視カメラで見てるヤツがいると落ち着けないから、狭すぎるけどプライベート空間があってもいいだろ?

 はい。

 この中で、見る事は、余計な発言はしないと、約束できますか? 副班長」


「えええええ……ええっと……えええ……と……っ」


「ルイィィ! 早く、『はい』って言えよっ!

 早くしないと、あいつが、バカな興味持って来ちゃうだろ?

 あと、変な期待はせずに、期待してくれるか?

 副班長、返事は?」


「……は、はい」


「よーし。

 じゃあ、見せてやる――これ、なーんだ?」


「……えっ……これって……エルリーン……これ……っ」


「はい。

 サービスタイム終了っ!

 どうだ、軍師殿に負けないぐらいに、あたしも頭脳使えるだろうっ!

 育ての親の愛を、まだいつでも受けつけてるからな。

 あいつに、何を聞かれても、このシーツの出来事は、『断固、拒否します』で良いんだって!

 あたしたちを、結婚させたいとか……言うぐらいだから、こんなシーンを、たまには見せつけてやった方が、いろんな意味で当て付けになるからさ!」


「……うん」


「ルイさぁ、顔色変え過ぎだって。

 そんなに嬉しかったのか?

 寝所ねどこのソファに戻ってから、ちゃんとしっかり寝ろよ。

 班長と副班長は、チビどもが一人でトイレに行けないとか言い出したら、夜中でも、一緒にトイレについていってやる業務があるんだから。

 いつ何があってもいいように、十分に休んでおかないと」


「う、うん。

 分かった、エルリーン……いろいろ大胆過ぎて、驚いてしまっただけ。

 緊張解いて、が、頑張って寝るよ」


「おいっ。

 監視カメラに言っとくぞっ!

 あんたの為に、あたしは、ルイとは結婚しない。

 こうやって、あんたに見えないところで、二人で生きていくっていう、宣戦布告だ。

 おぼえておけよ!」


『……どうぞ。

 お嬢さん。

 考えるだけなら、好きにすればいい。

 それよりも、早く、ベッドの上から、その小僧を追い出した方がいい。

 嫁入り前のお嬢さんの手を握るような事があれば――僕が、そちらに行って、駆逐くちくさせてもらうが?』


「うわああああーそうだったっ!

 ルイっ!

 とっとと出て行けっ!

 は、早く……!」


「ちょ……い、痛い……エルリーン。

 いきなり、床に叩きつけないで……」



* * * * *



【これは、少女の朧々《おぼろおぼろ》たる幼き日の記憶】


 うんうん。

 みゅーみゅーよ。

 エルリーンが、ちゃんと呼んでくれているのは、分かっているわ――ミューリーさんって。

 お父さんは、お出かけしてるけど、いい子にしてるわね。

 

 ねえ、エルリーン。

 あなたの大好きなぐーぐーはね。

 ――軍師殿は、やっぱりアリス・ジールゲンなんだって。

 

 書類上いない人間にして、妊娠してる女性を軍の施設に留まらせていたって、きっと異常。

 だけどね。

 アリス、自分で列車を予約して、あの軍の施設を訪れているの。

 帰りの列車に、乗る事がなかったみたいだけど――。


 故郷の村は、すでに軍によって焼き払われていたけど、アリスの妊娠が分かった時に、偶然に病院で一緒になった人の話を聞く事ができてしまった。


『この病院は、小さいけど、女医さんがいて良かった』


『まだ始まっていないけど、悪阻つわりとかちょっと怖い……』


 アリス。

 普通の妊婦さん同士の話も、いっぱいしていたみたい。


『おなかの子の父親は、大学の後輩だけど、結婚していないから自分一人で育てる』


 ねえ、エルリーン。

 時期的に考えて、アリスは、この妊娠を継続して出産している。

 そうなのよ……。

 彼女の大学の後輩なのよ、エリオット・ジールゲンは――。


 妊婦同士で、たわい無い会話をしただけなのかもしれない。

 ……アリス、こう言っていたんだって……。


『おなかの子の父親の事を、愛していると思う』


 どういうつもりだったか、そこは、本人に聞かないと分からないけど、アリスは、無理やり軍の施設に連れていかれた訳じゃない。

 自分で決めて、自分の足で向かったの。

 アリス・ジールゲンになりに――。


 ……あ、ごめんね。

 涙が、エルリーンの顔までらしてしまって……みゅーみゅーが、悲しんでいるのが分かるのね。

 頬に優しく手をあててくれて、ありがとう。


 アリス。

 私たちの基地に来てから、しばらく、エリオット・ジールゲンの所業しょぎょうについて調べたり、誰かに聞いたりしていた。

 人前では、冷静さを装っていたけど、一人で廊下の隅で資料を手にして、ワナワナ身を震わせていた事もあった。

 話しかけたら、唇を噛み過ぎたのか、血が滴っていた……。


 悔しさ。

 苦渋くじゅうの色。

 浮かんで、現れて、にじみ出て。


 アリスの故郷は、都から離れていたから、エリオット・ジールゲンがクーデターを成功させて、支配権を奪い取った情報は、入りにくかったのかもしれない。

 検閲が激しく行われていて、下手な情報を流せば、すぐに軍に連れていかれる状況だったけど……いずれは反乱組織を起こしたような人間たちは、ネットに必死に情報を流していたのよ。


 それに、軍自体が、エリオット・ジールゲンの名で、自分たちに都合のいい情報はいくらでも流していた。

 アリスは、何も知らなかったのかしら?


 知らなかったと信じたいのだけど、すべてを知った上で、あの男との間に命を宿した。

 もう、私、分からなくなってしまって……。


 エルリーンは、お喋りたくさんな子じゃないけど、本当によく分かっている子。

 みゅーみゅーの頭を、ヨシヨシなでなでしてくれる。

 そして、笑顔を見せてくれる。


 ……ありがとう。

 子供のあなたに、みゅーみゅーは、好きなだけ喋っていいよって、伝えてもらえて嬉しい。


 私、気づいているの。

 アリスが、エリオット・ジールゲンを倒したいと思って、私たちに手を貸してくれている事を……でも、その決意の真の理由は――あの男を今でも深く愛しているから。

 それ故なの。


 ダノンの父親はね、つまり私の愛した人はね、あの男に殺されているの。

 私とダノンの目の前で……。


 エルリーンを『娘』のように可愛がって、抱きしめてくれる、優しい手は――ぐーぐーの手は、私の仇と繋がっている。


 っ!

 あの女は……いつでも、抱きしめてもらえるのよっ!

 いとしい人に!

 自分というモノを諦めるだけでいいのよ!


 自由って何っ。

 あはは……っ。

 誰だって、好きになんて生きていない!

 母親なんだから、息子の為に、プライドなんて捨ててしまえばいいじゃない!


 アリス・ジールゲンとして、大人しくあの男の横に立って、私たちの前に現れてくれれば……一緒に討ち取ってやったのに!


 はぁはぁ……。

 ご、ごめんね。

 エルリーン……驚かせてしまって……みゅーみゅーは、駄目ね。


 ぐーぐーみたいに、誰かの前では、絶対に自分の感情を見せないようにしないと……。


 ありがとう、エルリーン。

 また、ヨシヨシなでなでしてくれて。


 分かっているの。

 たぶん、本当にアリスはだまされていた。

 軍の施設内で、アリスと出会った時に、見聞きした光景は、とても、これから彼女が大切に扱われるといった雰囲気ではなかったから。


 ――その場から、動けないように、手を吊りあげられたアリスのそばにいた男は、竹内イチロウ。

 エリオット・ジールゲンの側近中の側近だわ。

 竹内イチロウから、言われていたの。


『反省室行きになる気分は、どうだ?

 天王寺アリスっ!

 何も知らないお客様だと思って、丁重に扱わせてもらったが……閣下の御心おこころに逆らい続ける限り、ただの罪人としてぐうされるだけだ!』


 そう、アリスは、おそらくエリオット・ジールゲンの正体を知ってしまって、反乱を起こした。

 さらに、言われていたの。


御子おこの為のしろとしての役目は、もう終わったんだ。

 はは!

 しつけなおされて、ただのしおらしい女に成り下がって、地べたに顔をこすりつけながら懇願こんがんしたらどうだ?

 また、その名誉な役目をたまわれるかもしれんぞっ!』


 アリスが、伴侶はんりょの扱いであったとしたら、あの男の腹心の部下に、あんな事は言われていなかったはず。

 そうなの。

 ……私たちが助けなければ、あそこで、竹内イチロウによって連れ戻されていたら……アリスを待ち受けていた境遇は、想像を絶するものだったと思う。


 苦痛などという言葉では表現しきれない、生き地獄。


 ……怖くない?

 エルリーン。

 本当に、ごめんね。

 子供のあなたに、こんな話をしてしまって……。


 ――アリスは、私と同じなの。

 エリオット・ジールゲンによって、愛する人を奪われた。


 愛する人と同じ顔をした、『敵対』相手でしかない。

 彼女の場合、それが、我が子とも繋がっている――。


 ふふ。

 アリス。

 私、貴女を嫌いじゃない。


 女らしくないと、ののしられる事もあり、自分でも、なんでただの女に生まれれなかったんだろうと悩んできた私の人生に現れた……ついに出会えた親友なんだと思う。

 貴女の心に触れれば触れるほど、信頼を築いていきたくなってしまう。


 でも、アリス。

 貴女の後ろに取りく、夫の仇――エリオット・ジールゲンの姿に気づいてしまうと……私、どうしたらいいんだろうって!


 ……エルリーン?

 えっ?

 すーき、すーき?

 あら。

 そんな事をお喋りできたのね。

 それとも、私の為に、初めてお喋りしてくれたの?


 みゅーみゅーは、アリスを――ぐーぐーを好きでいいのかしら?

 仇と繋がっているのに。


 ミューリー・イレンズと、天王寺アリスは、これからも一緒にいていいのかしら。


 すーき、すーき……って。

 ありがとう。

 エルリーン、抱きしめさせて。

 あなたは、最高の相談相手……こんなに小さいのに。


 不思議な子。

 いつか、私やアリスをこえるような、素敵な女性になるのかもね。


 エルリーン。

 ――戦争のない時代を、あなたたちに用意できていなくて、ごめんなさいね。

 あなたは、私の『心の中の戦い』を、真剣に聞いてくれたというのに。


 どうして、子供のあなたに相談してしまったのかと思ったけど、その幼さで、大人の私の悩みを受け入れられるぐらいのうつわがあるのね。

 だから、私の方から、エルリーン。あなたのところへ来てしまった。


 エルリーン、私、アリスをまた信頼してみる。


 きっと、どこか。

 私の方が、心に壁を作っているから、ぐーぐーは、私に本当の事を言ってくれていないだけ。

 アリスから、話してもらえるぐらいに、みゅーみゅーは、ぐーぐーを、すーきすーきになるね!


 私とアリスが力をあわせれば、戦争のない時代を、エルリーンたちに渡せるかもしれない。


 エルリーンは、私やアリスと違って、女の子らしく生きてね。

 戦争のない時代で過ごして。

 何に阻まれる事なく、愛する人と一緒に、幸せになって。


 戦争が終わったら、学校にも行けるのよ。

 行こう。

 ダノンも、学校に行かせてあげたいの。


 基地から出ちゃダメなんて日は、なくなるのよ。


 普通の女の子として、エルリーンには、彼氏と手を握りあって学校に行ってほしいな。


 ふふ。

 見せてね、そんなエルリーンを。


 私とアリスが得られなかったものを、エルリーンには必ずあげるから。

 戦争なんかに、奪わせはしないからね。


 こんな時代だけど、生きていれば、いつか辿たどり着きたい場所に到達できるんだから――。


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