つながる二人
The Sky of Parts[19]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
「ルイ!
一部不適切発言があったが、よく頑張った!
あいつら、根負けして帰っていったぞっ。
さすがは、ルイ副班長!
特に、あいつに、最後は舌打ちさせたのは、本当によくやったよ!
……って、立てた両膝を抱えて座るところまでは、いつもの体育座りだけど、膝に顔をどっぷり引っ付けて……あっ。
しかも、顔真っ青で、目を大きく開けたまま泣いてるのか……っ」
「こ、怖かった……。
む、むり……今、オレ、よくここにいられる。
今頃、あいつの執務室で、敬礼とかさせられていても、不思議じゃない。
……この案は、今後は……断固、拒否しますっ」
「ガクガクブルブルし過ぎだって!
ルイ、自分でも言ってたじゃないか。
あいつは、相手から何もかも奪って、制圧してやったって思いたいんだろ。
だから、明らかにヤバイぐらいに脅してくるけど、それに応じないヤツには、何もしないって。
山とかで、クマに会った時、死んだふりをするとかは、危険で、あり得ない対処法だし、絶対にそれはやめとけって思う。
生き残りたかったら、隙をついての徹底抗戦しかない。
それと同じなんだ。
大人しくしてちゃダメだ」
「はっ?
大人しくしてましたけど……というか、今回は、オレ、大人しくさせられてましたけど。
ここに連れ戻されてから、三食ともに、あいつの手作りを大人しく食べてますけど。
通称『鳥カゴ』の牢に、大人しく入ってますけど」
「う~ん。
こういう時に、軍師殿だったら上手な言葉で表現してくれるんだけど……まあ、簡単に言うと、あいつ、相手が嫌がってるの見るのが好き。
それは、よーく分かってるだろ。
お前一人が連れ戻されていたら、きっと、ルイ専門でいろいろ仕掛けてきていたから気づきやすかったと思う。
そんな華々しいご名誉いらなかったんだが……嫌がらせが、あたしの方にきやすくなっている。
あいつ、あたしが大人しく、というか喜んで手作りご飯食べてるのを嫌がってる。
『仇から食事を施されるなんて』――と、思いながらも、生き残る為に仕方なく甘んじて、恨み言を表情に浮かべる感じの態度で、あたしに本当は食べてほしいんだと思う。
最初は、軍師殿に捕虜になったら、とりあえず生き残る事だけ考えろって言われたから、そうしていたところもあるけど、最近じゃ、こういう反撃方法もあるんだなって考えてる。
生き残って、みんなのところに帰るんだったら、心を強く持った方が有利だ。
だから、食事は、おいしいなぁって思いながら、しっかり食べて、この状況に挫けないように努力してる」
「エルリーンは、本当にすごいよ。
……あのさ。
たぶん、気づいてると思うけど、オレは、あいつの作る食事を出されて……それなりに、食べるの嫌がってる。
好みの味は、確実に把握されてるから、おいしいと感じるはずのものばかり出てくるけど――こうやって、物心つく前から、あいつの手の中にいたかと思うと……」
「なに?
ルイは、自分が世界で唯一、不幸だったとか言いたいのか?」
「……うん。
きっと、そんな感じ。
世の中で起きている戦争というものを考えると、オレが思う事自体、いろいろ間違っているのは分かってるんだけど……オレだけが、あいつに育てられたのかと考えだしちゃうと、悪い方向にしか頭が回らなくなる。
どうして、普通の父親がいる家に生まれれなかったんだろうって。
ほら。
ダノンさんやリリンさんに聞いた話、この前したじゃないか。
オレは、さらわれて――結局、騙されながら生きてきた。
物心ついて、これが世界だと認識していた場所は、座敷牢同然。
……あのさ。
ちょっと、窓の方へ移動してもいい?」
「ん?
あたしは、良いけど、窓の外を見るの嫌いなんじゃなかったのか」
「うん。大っ嫌い。
だから、この話をするなら、窓の外が見たくなった。
……うん。
たぶん、オレが三歳の時に、この『スカイ・オブ・パーツ』が完成して、それから八歳まで――Lunaとして、アイドル活動の道を母上が作ってくれるまで、この塔の上にしかいなかったんだと思う。
ずっと、ずっと、ずっとこの景色。
世界のすべては、この景色。
タケは、いちおういたけど、母上が帰ってきて……いや、捕まって、一緒に閉じ込められる前は、あいつを求める以外に許される事は、何一つなかった。
疑問すら感じなかったなんて、悔しくて。
辛い事を思い出させちゃうかもしれないけど、エルリーンのお父さんが……あいつに……そんな時も、何も知らずに、あいつの愛情にすがろうと、浅ましいぐらいに思っていたんだ。
きっと……そう」
「……ルイ。
とりあえず、辛い事を思い出してるのは、お前の方だから落ち着けって。
はぁ。
班長は大変だわ。
チビどもに加えて、副班長のお世話もしなきゃいけない。
えっと、あのさ。
それ、悪いって考えないでいいんじゃないか?
だって、過去って時間があったから、ここまで大きくなって、今、あたしと出会ってるルイがいるんだろ?
あと、うーん……あたしも、難しい事を考えずに一気に言おう。
あいつがいたから――お前は生まれて、これから、あたしたちと一緒に生きていけるんじゃないのか?」
「えっ」
「何度も言ってるけど、あたしは、父さんの仇は、必ずとりたいよ。
その仇の目の前に、やっと辿り着く事ができた。
しくじるつもりはないんだ。
あと、これ言っとく。
どういう方法で、仇討ちするかは――あたしが決める。
あたしが、これで満足するって思えば、それで仇討ち完了だから、ルイが、心配しない方がいい」
「エルリーン……?」
「あいつは、あたしの素性を知った上で、お前と一緒にここに連れて来て、二人ともこの牢に入れたと思うんだ。
どぎつい嫌がらせのつもりで。
ルイが、今さら知ったあいつの世間での評判で苦しむ事は、分かりきっていたんじゃないかな。
で、そこに、親の仇だと付け狙うあたしを加えて、さらに苦しめてやろうとしていた。
あたしも、ルイとあいつの関係を知って、この牢の中で、ルイに恨み言ばかりをぶつけて……で、万が一うまくやれたとして、あたしが、あいつを本当に討ち取ったとしたら――結局は、少し仲良くなっていたルイに後ろめたい気持ちを、それなりに感じる。
どうやっても、がんじがらめ。
どこをどう取っても、あいつの思い通りなんだ。
でもさ。
いちおう、隙間があった。たぶん、これを選択するヤツは、まずいないだろうって隙間だったけど」
「大人しく……してるって事?」
「簡単に言うと、そう。
昔、軍師殿に教えてもらった事でもある。
目的を達する為に、どれだけ冷静でいられるか。
だって、軍師殿はそれをやりきって、ルイをここから外に逃がしたんだろ?」
「――うん。
だから、オレは、エルリーンに出会えた」
「じゃあ、やろう。
あたしは、ちゃんと、お前に後ろめたいと感じる事なく、仇討ちするから、気にするな。
ルイさ。
これ、相当心配してたんだろ?」
「え……あ。うん……」
「脅す訳じゃないが、あたし以外の人間は――他の人がどうしたいかは、正直保障できる話じゃない。
だけど、そんな事になったら、お前は……ルイは、一人じゃ堪えきれないだろ? だから、あたしで良ければ一緒にいてやるよ」
「え……あの……エルリーン?」
「後ろめたい気持ちを持たずに、ルイと一緒にいてやる――そういう事にした。
念の為に言っとく。
それでも、あたしが、あいつを恨む気持ちも本物だ。
……あの二人――さっき、お前が、片方の名前を出しちゃったけど、いちおう、これ、『本人』にも聞かれてるから注意しろ。
まあ、どうせ名前ぐらいは知られてるんだろうけど。
ダノンや、叔父さんだって、エリオット・ジールゲンを倒したいって、本気で考えてる。
特にダノン。
あたし、知っちゃったんだ……たまたまだったんだけど。
ダノンは、母親のミューリーさんだけじゃない。
父親も、あいつに――」
「……え」
「そんなダノンが、ルイを受け入れたって聞いて……あの日は、さすがに複雑だったよ。
お前が、エリオット・ジールゲンの……実の息子だって知った日は。
だけど、だからこそだ。
ダノンもきっと思ったんだろうけど、ルイを受け入れるって、いったい、どういう理由からなんだろうなって……あれ?
あれれ……。
あたし、話が、うまくできなくなってきた……」
「エルリーン、もういいよ……泣いてるよ……涙出てる……もう、いいよ!
やめてって!」
「バカっ!
ルイまで泣くなよ……あたし、せっかく……カッコよく……ふ……ふぇへええええん……」
「エルリーン。
こんな、オレの手だけど――落ち着くまで、エルリーンの手を握っていてもいい?
……ありがとう。
黙ったまま、少しだけ手を伸ばしてくれて。
うん。
オレも、一緒に泣いてしまっているけど――エルリーンは、好きに生きて。
そんな事を言っておいて、しかも、こんな時に聞いてもいい?
あのさ。
エルリーンは、オレに――オレの中に、エリオット・ジールゲンがいなければ……オレの手を、こんな時じゃなくても握ってくれた?」
「……ルイ……お前、絶対に性格悪い……。
あたしにとって、聞かれると最悪なタイミングに、聞くなって!
でも、ここで、謝りの言葉とかかけてくるなよっ。
きっと……ずっと、握りたかった……って、あたしの方から言わせるなよ……本当に、性格悪すぎだよ……涙が、口に入ってしょっぱい。
涙って、嬉しいとしょっぱくないって聞いてたのに……嬉しいのに……ふぇへえええん……」
「エルリーン、ごめん。
オレが、独裁者の子だから。これは、謝っても良かったかな……」
「都合の良い時に、『独裁者の子だから』使うなって。
それが分かってからも……ルイの事を……好きって気持ちが止められなくて……。
いろいろ、ごまかしていた。
……騎士でもナイトでも、なんでも良いけど、そう言ってもらった時は、本当に嬉しくて……でも、あたしはあたしで、こんなあたしだから……本当に、良いのかよ!
女の子らしいところ、一つもないぞ!
しかも、あたしの方が、年上で、班長だぞっ」
「うん。いい。
だから、好きになっちゃった。
エルリーンに、先に言わせちゃって……ごめん。
オレが、先に言わなきゃ駄目だよね。
男のくせに……。
オレこそ、男らしくないけど、いいかな?
屋根の修理を上手にできなくて、エルリーンに危ない事を任せてしまうような――軟弱な男。
いざって時には、何もできないかもしれない。
――それに、エルリーンが、『女の子として生きていく』事ができなかったのは、オレに半分流れる血のせい。
でも、エルリーンを、支えていきたいって気持ちはある。
これ、本当。
ずっと、オレの方が、副班長のままでもいい?」
「いいよ!
いいに決まってるだろっ!
だから、もう、気にするな!
あたしの方が……いろいろ、知っちゃっても、ルイの事を好きだったんだから……もう……もう!
何も言わせるなよっ。
……あたしに、言わせないでよ……」
「エルリーンの手を握ってるぐらいしか、オレにはできないけど。
それでいい?」
「いいよっ。
いいに決まってるだろ!
その代わり、あたしが手を握っててほしいって思ってる時は……気づいて……支えてほしい」
* * * * *
「あーあ。
本当につまらないね。
このエリオット・ジールゲンに言われるがままに、こういう事にはなってほしかったんだが。
……ふふ。
幼い二人に、言っておく。
僕の手の上以外で、君たち二人が、手を握って生きていくのは、99.99%不可能だ。
青い生熟れ故に、盲目になりたいのかね。
愚かな。
見えていないのだな。
目をそらして、どうなる?
浴びる事になる篠突く雨は、君たち二人の心も身体も貫き、果てさせるだろう。
手を握りあっている事などできやしない。
己すらも支えられなくなり、ただ崩れ落ちるのだから。
今日の決意など、成長しきらぬ手が、お遊戯で固めた泥細工。
儚い末を知る事になる。
――あはははははっ
良かったじゃないかっ。
君たちには、このエリオット・ジールゲンが、すでに道を用意してある!
楽しみだ。
二人を、世俗の秩序の中に、堕としてやるその時が――決して取り払えない垣根に囲まれて、喪失感にも似たものを抱きながら、何にも覆われていない空の下に、独裁者として降り立つんだ。
今ある、自分たちを、ただのがらんどうにする為にも。
ね?
ふふ。聞こえていないか。
目の前で、言い聞かせてやったとしても、聞く気もないだろうが――」




