上司夫×部下妻……名目上ねっ!
The Sky of Parts[07]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
【※かなりコメディ展開の回です】
「当日ではなく、脚本の内容が先に明らかになり、あの女の暴挙が、再び分かりましたね。
天王寺アリスの意味不明なアイドル理論に、私も閣下も圧倒されてしまいましたが……脚本が出てくるよりも先に、おかしいと気づくべきでした。
閣下が、夕食の支度をされている最中にもかかわらず、ルイーナ様を部屋にお戻しになり、リビングに私を呼んで――」
『アリス! どういうつもりだ!
僕が、食事の準備で忙しくて、見逃すとでも思っていたかっ。
そこのソファに座り込んで、君がひたすらコンピュータに打ち込んでいた内容は、レシピ検索兼用のこの端末で、即時に確認させてもらっていたっ。
これは、なんだっ!
ルイーナに、父と母がいないという設定の事だっ。
タケが手にしているものが何か分かるな!
返答によっては、この場でそれを使わせてもらう! その後の事は、何も考えなくていいっ』
『私服姿はともかく、ピンクうさちゃんアップリケのエプロンつけてるマイホームパパ気取りの独裁者エリオット・ジールゲンという珍しいものを見せてもらっているが――とりあえずIHクッキングヒーターの前へ移動して、肉を茹でるのを止めてくれないか?
できたら、皿にあげてほしい。
エリオット。
お前も知っていると思うが、肉がかたくなるとルイーナが食べたがらない。
私にどうしても調理器具を触らせたくないのなら、悪いが自分でやってくれ。
あと、その設定なのは、ルイーナではなく、Lunaだ』
『ぐ……っ。
ほら、肉を皿にあげたぞ!
本題に戻す……どういうつもりだ!
先ほども言ったが、この場で、舞台からおりてもらってもいいんだぞっ』
『どこがおかしいと思う?
エリオット。私には、お前が怒っているところが分からない。
タケまで呼んで。
なぜお前たちは、私を徹底的に追い込もうとしている?』
『……ああ。悪かった。
リビングでのんびりしていたから、君の思考がどうかしている時なんだな。
アリス。
今度こそ、ルイーナを僕の子として世間に公表するつもりだと思って、記者会見の用意も進めているんだが。この期に及んで、それをしないという事かね?
もしも、盛り込み忘れていたというのなら、最近忙しそうでお疲れだったという事で、不問にしておこう。
今すぐ、脚本を書き直してくれるね?』
『過去の辛い話をして悪いが、エリオット。
お前、両親が戦争でいない子を見た場合、どう思う?
そんな想いの子を……たくさん世の中にあふれさせているお前に聞くのは、少し嫌な感じはするが……』
『……自分と、重ねるかという意味か?』
『そうだ。
多少なりとも、お前のような悪魔でも考える事はあるのだろう?
そこだ。
私は、皆を欺きたい訳ではない。
これは、私たちのせい……ではないな。全面的にエリオット、お前のせいでルイーナは、そもそも出生すらしていない。世の中の書類のルールとしてはな。
私と、認めたくないがお前の子であるが、ルイーナという存在は、具現はしているが、エリオット・ジールゲンの所業によって、実は所在がない。
いくらでもいるのだろう?
そういう子が。
ここで、その話を取りあげるつもりはないが、私は、知っているんだ。
それは、お前が起こした戦争によって、起こっている事象。
ルイーナも同じなんだ。
その一人なんだ。今日も、さっきも顔を見ているから、実感しにくいが――』
『だから、僕の子ではなく、戦争で両親がいなくなった、軍の施設で育てられた子供であるという設定にするというのか……。
ふ……僕に対する、過去への当て付けがましい思いが込められているのかね?
ルイーナが、軍の施設内で出生したのは、たしかに真実だ。僕とアリスとタケしか知らない事だが――。
それを聞いても、了承する訳にはいかない。
大人しく脚本を書き直すんだな。さもないと』
『いつものルイーナではない、ルイーナを見たくないか?
たった一人で、エリオット・ジールゲンに立ち向かう事になった、勇ましい九歳の子供だ。
見たくはないか?
それとも、いつも、ずっと一緒に過ごしているルイーナのまま、世間に出すか?』
『アリス……僕を……脅迫する気か!
実際には、自覚しているんだろう。今の君は、僕の部下になっているって。認識しているはず!』
『だから、母親として頼んでいる。
エリオット。お前と仲良くする気はないが、ルイーナの父親である事は、認めざる得ない場合もある。
ルイーナを大事にしてくれている認識ももちろんある。
だったらできないか? お前の子というステータスを付けてではなく、ルイーナを、ルイーナとして外に出してやってほしい』
『ふ……ふふふ。
あははは……アリス、負けたよ!
きっと、これは君の計画通りなんだろうな。僕がここで、譲歩するところまで。
分かった。
いいだろう! のせられてやろう。天王寺アリスの策にな!』
「今思い出しても、アリスにまんまとやられたよ。
すぐに、タケにプスッとやってもらえば良かった。
まあ、実際に茶番にのってやったら、収穫はあったが――」
『閣下。このLunaに対する心馳せ、この口で、感謝の言葉を表現するのも、分不相応のものであると心得ております。
しかしながら、閣下がおられなければ、今ここに存在しなかった身だと、十分に受け止めております。
閣下は、我々のように在る者すべてを、やしない育てて下さいました。
ですから、その事を意に込め、恩をお伝えしたい所存でございます。
与えられた身なればこそ、この場でおしめし頂いた、これからの時を、一歩一歩、確かに進んで行こうと考えております』
「ルイーナ様の台詞は、脚本通りでアドリブゼロでしたけど、本番での表情が素晴らしかったですね。式礼作法まで完璧でした。
あのような顔つきのルイーナ様は、初めて拝見しました。
赤子の時から、ずっとお顔を見させて頂いておりますが、これなら閣下の後継者として、お仕えしてもいいお方だなと思いました……もちろん、それまでも軽んじていたわけではありませんが」
「そうだな。
しかし、アリスの趣味か知らないが、半ズボンだった。
まあ、アリスの趣味なんだろう。
――本番で、『これ男子に着せない方が良いのでは?』と思うような格好のルイーナが現れた時は、タワーの独房に閉じ込めてきたとはいえ、アリスに何か言ってやりたかったが……立ち居振る舞いは、僕が望んでいた後継者としてのルイーナであった。
作文の内容は、あらかじめ知っていたし、考えたのはアリスだが、思わずジーンときてしまった。
やられたよ。
もうコレ、女性用髪飾りつけてるだろうという……ルイーナの姿に、違う意味で何か言ってやりたくて……感動して泣くのは、踏みとどまれたが。
ギャップがすごかった!
それを好感と受け止めたのは、僕だけではなかった。すでに数多くいたLunaのファンはより熱狂し、新たなファンも獲得。
で、プロデューサーATがその名を、世に出したと」
「……すごい理論ですが、まさかの大成功。
いや。
いまだにどういうカラクリか、この竹内イチロウには、よく分からないところがあるのですが……。
女声なのに、実は男の子。だけど、姿は女の子に見える。仕種は、軍人も納得の弁が立ち、その上、共感を呼ぶような境遇がある……でしたっけ?
これで幅広い層への支持が約束されると、天王寺アリスは豪語してましたけど……反乱分子の連中にまでファンを作る始末……。
ああ。
そういえば。
歌詞もメロディも、ルイーナ様ご自身が作られていますよね。よくよく考えてみると、すごい才能です。
幼い頃から、閣下の御心を癒す為、歌ってみえたので、聴いた事はありましたが……実際にお上手だとは思っておりました。
しかし、世間から大きく認められる水準に達しているとは……。
というか、ルイーナ様の歌声って、どうやって出してるんですかね。
地声とは違いますよね?
裏返っているというか、たしかに女性のもののように聴こえます。
実際には、女性のものとは違うので、そこが俗衆がいうような神秘を感じるものになっているのかもしれませんが」
「母親から……なのかな。
まさかとは思うが……謎の歌声というのがな」
「天王寺アリスが、歌っているのは、この竹内イチロウは聴いた事がありませんが、上手なのですか?」
「ショットゲームの話に続きがある。
翌日、なんとか大学に登校すると、アリスの方から僕に近づいて来て、『エリオット、昨日の事の意味。お前の言っていた言葉や状況について調べてみた。それで……私は、応じるべきだと考えた』。
これは、もう、すべてを掌握できたと思った。
当たり前のようにな!
酒が残って身体はしんどいし、その上に自尊心ズタボロ! タケにも説教されるし……散々な昨日があったが、だからこそ、今日があったんだ。そう思っても良いだろう。だが、相手が天王寺アリスである場合、細心の注意が必要だという戒めを、一生忘れない事にした!
一緒にカラオケに行きたいと言ってくれたんだ。
二人きりで。
昨日は、少し話が急に進行し過ぎた。
彼女としては、まずは狭い室内で、僕と二人きりで過ごしたいんだなと、胸が高鳴り、弾む心を持ってエスコートした。
が、この動悸は、ただの胸騒ぎのシグナルだったんだ!
アリス、歌は下手じゃない。
たぶん。
だけどなっ。
音程がズレているんだっ!
もう神秘を感じる程、おかしいっ。
――殲滅、根絶、駆逐。
歌いながらチラっと僕を見る彼女の顔に、そんな言葉が書いてあるようだった……。
アリスは、知っていて僕を誘ったんだっ。
逃げられないように、『私の右側に座ってほしいから先に入って』とか言って、少人数部屋の奥の席に僕を誘導してっ!
あれは、歌声じゃない! 兇暴なノイズだっ!
なんとか命を失わずに、立ち上がった時には……分かると思うが、カラオケは料金が従量制だっ。
しかも、アリスはおそらく三十分ぐらいしかいなかったと思うが、退店処理をせずに帰宅していて……後からも大変で、大学の後輩とか、急いで呼びつけて」
「それ、私です。
勝手に高そうなパフェとかも注文して、食べきった形跡がありましたよね」
「タワー『スカイ・オブ・パーツ』に連れて来てからも、二人きりの時に『やめろ! 歌うぞ!』と言われた事があり、即座にタケから預かっていたもので、プスっとやって黙らせたよ……。
場合にもよるが、本気で殺気を感じた場合は、必ず口は塞ぐようにしている。
ルイーナの音程が完璧だと気づいた時、僕は、勝ったと思ったっ! アリスの殺戮遺伝子を、後世に残さず、僕の力で完璧に消去してやったのだと。
だが、最近、思うんだ。
あの時、アリスは『応じた』んだ。僕の企みを後から知って。
受け入れる、認めるという意味じゃない。挑戦を受けて立つ、問題に手を打つ――こちらの意味で『応じた』んだ。
ルイーナの歌声。
人間には到底出せないと思われるような神秘のものは、アリスが与えた力なのかもしれない。
悔しいし、認めたくないが……僕が勝った訳ではなかったのかもしれない」
「閣下……?」
「プロモーションビデオのおまけ。
ソフトウェアを使って作った音声であって、彼女の歌声ではないが――ルイーナの歌声と一緒に配信している。
どうやったら作れるか不明なぐらいに音程が外れ過ぎて、寝不足の際に、気を失えて重宝しているとか……謎の評価をされているが、『sagacity』が何か危険だというアラートをあげてきているものでもない。
だから、僕だけが口惜しいのだと思うが――」
* * * * *
「何だよ。
ダノンやジーン叔父さんまで、Lunaって軍のアイドルのやつが気になるの?
動画なんて真剣に見ちゃってさ!
男が、男を気にしてどうするんだよ……気色悪い。
……って、なんで、そんな二人とも、真面目な顔で見てるんだよ? 笑うわけでもなく、腕くんだりしてさ。
なに、これ?
ぷろでゅ…うさ? えーてぃのオマケの時間?
うわっ。
なにこれ!
絶望的に音程外れてない……聴いていて耳が……痛い」
「ダノン、どう思う?」
「どうもこうも、ジーンさん。
『待ってましたおまけの時間が来た』。
『聴いてて気絶できるおまけが本体』。
『いつの間にかこっちの方が気になって動画見てる』。
……何気なく、みんなが、コメント付けてる通りじゃないか?
軽く読んだだけだが……さすがに、俺も、この頭痛くなるぐらいの音程の外れ方のせいで……ちょっと時間がかかりそうだ……」
「これは、本当に酷いな……。
大丈夫か? ダノン、頭抱えて……一度、動画を停止するぞ。
じゃあ、やっぱり、プロデューサーATは――罠だと思うか?」
「『A』に、『T』なんだろ?
ジーンさん。
そこもメッセージだと思う。
まあ、どういう状態で過ごしているかは不明だけど、おそらく懐にはいるはず。
ブログの時よりも状況は悪いはずだ。
二年ぶりの動向だけど、相当な監視下からの発信だと思う。慎重に、段階を踏んできたんじゃないかな。
プロデューサーATの階級などの発表はない。コードネームかもしれんが、そもそも軍の人間かも不明。
ただ、このLunaというアイドルの少年は、軍属という扱い。
――明確に、軍門に降る条件を飲んだ上での地位を、利用しているのかもしれないな、プロデューサーATは。
たしかに、それ故に信じていいかは、分からない。
ただ、軍からすぐに、お構い無しな御披露目があるものだと思っていたが、アイドルのプロデュース沙汰があった今現在でも、何の発表もないところを見ると――本当に、約束通り『敵地の真っ只中から作戦書を届けようとしてくれている』のかもしれない」
「何? ダノンとジーン叔父さん。
二人とも何を話してるの?
あたしにも教えてよ! もう十一なんだよ! あたしにも、いろいろ教えてもらってもいいはずだよっ。
作戦会議に出してよ!」
「エルリーン。
向こうに行ってなさい。叔父さんは、ダノンと大事な話の最中だ」
「エルリーン、軍の急な方針転換。君は、どう思っている?
いいよ。
ジーンさん。
無理にエルリーンを連れ出さなくて。俺ら以外の人間に、ちょっと聞いてみたいところがある」
「え? ダノン。
公開処刑とか……やめて、急に歌とか始めたって事?
うーん。
よく分からないけど、リリンは嬉しいって言ってた。
あたしは、そのLunaってヤツは軟弱そうだし、そんなに好きじゃないけど、基地のみんなは、そいつの歌を聴いてると落ち着くって言ってるし……そもそも、コイツが歌ってるおかげで、暴力が止んでる状態って事だろ。
まあ、そう考えると、そのLunaってヤツは嫌いじゃないな。
親とかいないらしいし……まあ、そこは同じだし。
軍に育てられたらしいけど、リリンたちの事を知ってるから。
九歳なんだろ?
軍にいるのだって、コイツが悪いわけじゃない可能性が高いだろうし。
まあ、よく分からない」
「ありがとう、エルリーン。
だいたい、俺とジーンさんが考えていた事と同じだ。
どうしているのか――悪く想像しがちだけど、事実として、その立場を利用して、とても良い方向に、取り入ってくれていると考えたい。
……ジーンさん、良いかな。
これ信じて。
あの人、『ただ黙って横に立ってる』じゃなかった。
母さんが信じたのは、そこだったのか知りたい。
きっと、問題ばっかりなんだと思う。安らぎなんてない状態で、たった独りで戦っている。なのに、俺らを未来に連れて行ってくれようとしてる」
「ああ。
ダノン。おれも、あの人を、もう一度信じてみたい」
「へっ?
ダノンもジーン叔父さんも、信じるって……誰をさ?」




