一番の踊り
遠くから聞こえてくる音楽に合わせて、踊る。
会場に比べてわずかな音だけど、このバルコニーには僕とアプフェルの二人だけしかいない静かな空間だからこれで十分だった。
授業で習ったとおりに、女性より少しだけ早く動くような心持ちで、アプフェルを導く。彼女のむき出しになった背中に手をまわしてリードする。
手袋越しとはいえ石膏のように白いアプフェルの背中に触れ、心臓が高鳴る。ダンスを踊り続けている彼女の肌は少し火照って汗ばんでいた。
授業で練習はしたけれどぼっちで男爵の僕とペアを組んでくれる女子はおらず、教師相手ばかりだったから同い年の女子と踊るのはこれが初めてだ。うまく踊れているか不安になる。
「ドレス、大胆すぎない?」
気を紛らわそうとして、変なことを言ってしまった。言った後で激しく後悔する。この場面でこれはない。空気をぶち壊しにするなんてものじゃない、穴があったら入りたい。
「夜会ですし、これくらい普通ですわ。慣れなさい」
だがアプフェルは堂々としたもので、ステップを乱さずダンスを続ける。僕の言葉なんてまるで気にしていない様子だ。
だけど次の瞬間、わずかにステップが乱れるのをつないだ手先で感じ取った。
「あなたが堂々としていないと…… こっちまで恥ずかしくなってきますわよ」
アプフェルは僕の腕の中で、俯いていた。髪をアップにまとめているからうなじが赤くなっているのがはっきりとわかる。
僕は恥ずかしさを紛らわせるようにアプフェルの手をつなぎなおし、気を取り直した。
一生懸命に踊る。ステップを、腕の動きを、指先の一本一本まで意識する。
少しでもアプフェルに楽しんでもらえるように。
僕の技術ではアプフェルにかなわないなんてわかりきっている。だから必死に、アプフェルが踊りやすいように合わせる。
アプフェルの足幅、ステップの癖、踏み出しのタイミング。それを感じ取り、合わせていく。初めはぎこちなかったダンスだけど、アプフェルに合わせるのに慣れてくるとスムーズに踊れるようになってきた。
少しずつ、二人のリズムがかみ合っていく。
こうして踊っているとわかる。
アプフェルは、ローデリヒと踊った時と違う踊り方をしているのがわかる。
僕が彼女に合わせているだけじゃない。彼女も僕に合わせてくれている。
ダンスは一人で踊るものじゃない。二人で創り上げていくものだと感じられる。
今度はアプフェルのほうから囁いてきた。
「自信を持ちなさい。ローデリヒの様な力強さや、スヴェンの様な洗練さはないけれど丁寧に踊ろうとしているのが分かりますわ。パートナーを気遣っていることも」
やがて曲が終わり、お互いに一礼する。
お互いに息が上がり、しっとりと汗ばんでいる。アプフェルのブロンドの髪から汗が滴り、ブロンドの髪は黄金の天の川のように、汗の雫は日を浴びる朝露のように輝いている。
「本日踊った中で、貴方のダンスが一番素敵でしたわ。これはお世辞ではなく、本気ですわよ。なまじ自信がある殿方は皆、ダンスを自分勝手に楽しもうとするか、自分がうまく踊ろうとするばかりでしたが、ダンスを楽しんでもらおうとすることにかけては貴方が一番でした」
それがアプフェルなりのお世辞か、本気かはわからないけど。
息を切らせて汗を滴らせ、余裕のなさそうに息を整えている彼女が言葉を選ぶ余裕はないんじゃないか、うぬぼれだとは自分でも感じたけど、僕はそう思いたかった。




