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誘うお色気枠

「……最後に、二週間後にはいよいよお前ら青少年お待ちかねの、青藍学園夏の臨海学校が控えてる。それまでにあんまりはしゃいで骨折とかするんじゃないぞ、いいな?」




 俺と三津島クロエが在籍する二年C組の担任である小関(おぜき)透子(とうこ)先生は、こういうラブコメ漫画にはありがちなパターンとして、見た目も性格も『ジェネリック平塚静』の一言で説明がつきそうな、中性的な口調の二十八歳未婚のガサツ美人である。


 そのジェネリック平塚静のガサツ美人が威勢のいい口調で、日本有数の名門校であるという設定の私立青藍学園夏の臨海学校の概要を説明した。




「一年の時にも説明を受けたと思うが、この臨海学校は単なるお楽しみイベントではない。ゆくゆくはお前らやんごとない血筋や階級の名家名族の子息子女が、政治家だの実業家だの学者だのプロアスリートだのタレントだのになってこの国の中枢に入っていく時、卒業後も変わらぬ絆と結束でこの国の舵取りが行えるよう、より一層の親交を深めるためのイベントだ。……ちなみに今のは教務主任からそう説明しろと言われた内容の受け売りだから、あまり本気にはしないように」




 小関先生が最後に付け加えた説明に、クラス中がどっと湧いた。


 その中で、その小気味よい毒舌を笑わなかった奴が、二人だけいた。


 愛しい戦友に見捨てられて落ち込んでいる俺と、頬杖をついてツンと窓の外の景色を眺めている三津島クロエだ。




「そして、もうひとつ。特に男子生徒はわかってると思うが――海だ。それも夏の海だ。要するに……水着イベント、だ」




 ずいぶんともったいぶったような口調で強調した小関先生の言葉に、クラスの男子生徒が一斉に色めき立った。




「ちなみに臨海学校は全員が私服での参加。つまり水着も各生徒の私物、ということになるな。……喜べ。かくいう私も、お前ら可愛い教え子たちのために、今回は特別にビキニで参加してやろう」




 実はこの破天荒な女教師、漫画本編にも何度が登場しており、かなりのグラマラスボディをお持ちであることは俺も知っている。


 案の定、その発言に、クラスの男子が一斉に目を血走らせ、鼻息を荒くし、中でも特に想像力豊かな何人かが早くも椅子を引いて前かがみになった。


 二十八歳未婚の女教師がいうこっちゃないだろうが、とは思ったけれど、所詮はこの世界はラブコメ漫画の世界、そういうことが当たり前だし、その酒癖の悪さ故、両手の指でも足りない数の男に捨てられてきた女教師のビキニだってサービスシーンの一環なのだろう。


 落ち込んでいる故なのか、俺がなんだか投げやりにそう思っていると、「更に」と小関先生が強調した。




「生意気に青春を謳歌しまくっているお前らなら聞いたことがあるだろう? ……青藍学園夏の臨海学校、その恋の伝説を」




 恋の伝説。その単語に聞き覚えがあって、絶賛落ち込み中の俺も顔を上げた。


 そこで小関先生はニヤリと笑みを深くした。




「臨海学校の日程は二泊三日、その二日目の夜には夏の花火大会が開催される。その花火を男女が誰にも邪魔されることなく、二人きりで見ることが出来れば、その恋は永遠になるという伝説だ。……事実、この学園を卒業した後に夫婦となり、今もおしどり夫婦として語られる各種著名人の中には、学生時代にこの伝説を実行したと公言している人もいるという」




 おお……そうだったそうだった、そういう設定だったなぁ。


 俺は頭の片隅に引っ込めていた原作知識を引っ張りながら考えた。


 確かに、このラブコメ漫画『シュレディンガーの恋』にはそういう設定があって、一年の夏、三津島クロエは八百原那由太に強引に迫り、二人きりで花火を見る約束を取り付けた。


 けれど、日中に行われたオリエンテーリングの最中に仲間とはぐれて道に迷い、転んで足首を捻挫してしまった二階堂奏を探すべく走り出した八百原那由太の突然の行動故にその約束は果たされず、結局、八百原那由太は背中に背負った二階堂奏と一緒にその打ち上げ花火を見たのだった。




「それ故、これから臨海学校開催までの二週間、人気の男女には幾多のお誘いが集中することになる。モテるヤツほど辛い夏になるなぁ。ただでさえこの学園にはムカつくことに美男美女が多いからな。……だが言っておく。玉砕覚悟でもいいから好きなヤツにはイチかバチか声をかけろ! そうでないと先生みたいに熾烈を極める婚活市場で売れ残ることになるからな!」




 小関先生の決死のジョークに、クラス中がどっと湧いた。




「ちなみに、男子諸君は先生のことを花火に誘ってもいいんだぞ? 言ってはナンだが私は酒癖がちょっと悪いだけで基本的には尽くすタイプだし、ストライクゾーンも十五歳から四十五歳と幅広いし、美人だしスタイルもいいし、夜のテクニックの方も……まぁそれなりだ。諸君にもし私と真剣に向き合う覚悟があるなら、女子高生というプレミア感にかまけてワガママ放題の小便臭い小娘相手では絶対に得られないオトナの魅力というものを味あわせてやろう。いいな!? 本気でっ! 諸君が! 私を口説きたいならば! 日本国の法律さえその障害にはなり得ないことを、先生はここに宣言しておく!」




 教卓を叩いて拳を振り上げての堂々宣言に、クラス中の男子が一斉にうおーっとどよめいて拍手を送った。


 流石はラブコメ漫画の担任先生、己の欲望が満たされるならば、可愛い生徒を極道に引っ張り込むことも辞さないのか――。


 落ち込んでいる俺が荒んだ気持ちでそう考えていると、朝のHR終了の鈴が鳴った。




「よし、これにてHR終わり。先生への花火観覧予約は今から受け付けるからな! どしどし応募して来い! いいな!」




 そう言って、『ジェネリック平塚静』こと小関先生は純白の白衣を颯爽と靡かせながら教室を出ていった。


 今しがた小関先生がかけたハッパに、よっしゃあ! 俺行くぜ! とクラスの何人かの男子が拳を握って気炎を吐いている。


 あれほどの美人、しかも今のような文言まで添えられれば、十人ぐらいはマジで先生を誘うだろうな……俺は豪胆に過ぎる師の、そのいっそ気風がよいとさえいえる犯行予告に、ちょっと感動した。



 

 恋の花火の伝説、か。まぁ、愛しの戦友に見捨てられてしまった俺にはもう関係のない話だけど。


 本編を読んでいた時はそれなりにワクワクしたイベントだったのに、今の自分には、何を馬鹿馬鹿しいことを言って騒いでるんだ、としか思えなかった。


 百年の恋が一度に覚める、という言葉があるように、自分の失敗ひとつで、あれだけ好き好き好きだ愛してると言ってくれていた人があっという間に遠くに行ってしまうことだってある。


 たかが花火なんてものを一緒に見ただけで、男女の仲がその後も恙無く、平穏無事にゴールまでたどり着くことなんて有り得ない。


 それに花火なんて、所詮は火薬がちょっとだけ綺麗に爆発しているにすぎない現象であって、あんな刹那的なもんに永遠の愛を誓うなんておかしいじゃないか――生まれてこの方入院してたから、花火なんて直に見たことはないけれど。


 何もかも全てがもうどうでもいい、馬鹿馬鹿しい、何がラブコメのお約束だ……などと、俺が捨て鉢になっていた、その時だった。




「零宮」




 ――このクラスで俺のような陰キャモブに積極的に話しかけるもの好きなど、もとより一人しかいない。


 慌てて顔を上げると、そこにいたのは、やっぱりというかなんというか、三津島クロエだった。


 三津島クロエは意図の知れない無表情で椅子に座っている俺を見下ろしていた。


 俺は驚いて目を見開いた。




「おっ、おう……なんだ?」




 な、なんで突然話しかけてきたんだ? 朝、突然意味不明なことを言い始めた俺に失望して、俺のこと見捨てたはずじゃ――?


 俺が目を白黒させている前で、三津島クロエが大きく息を吸い、決然と、まるでクラスの全員に宣言するかのように、言った。




「二週間後の臨海学校の打ち上げ花火、私とアンタ、二人きりで見よ」




 ――まるで舞台役者の決め台詞のように、その声は雷鳴の如く轟いた。




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― 新着の感想 ―
夏の解放感で本能に飲まれた女子が既成事実を作ろうと野獣になるイベントですね! 個人的には二階堂さんが邪魔(一葉さん)を排してイベント達成したら面白そうだけどなあ…
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