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転生する陰キャモブ

 その後、ぼんやりとしていた記憶が、徐々に零宮零士の記憶とマッチングしてきて、俺はどうにか家に帰ることが出来た。


 どうやら俺は本当に零宮零士という男に転生したらしく、零宮零士の記憶を頼りに家に帰りつき、シャワーを浴び、夕食を食べて、転生前の記憶を思い出した記念すべき一日を終えた。




 次の日、俺は零宮零士の記憶を慎重に辿りながら、原作漫画の舞台となるマンモス校、私立青藍(せいらん)学園に登校した。


 教室に入って着席しても、学友たちはまるで俺のことなど視界に入っていないかのように、つつがなく俺を無視した。


 零宮零士の記憶を思い出してみても、誰かと楽しくお話したり、一緒に遊んだりした記憶がなかったので、なんとなく友達が少ないやつなのは察していた。




 けれど――ぶっちゃけその方が好都合だ。


 零宮零士に転生し、前世の記憶を思い出すまで、「俺」はずっと学校にも通えず、友達なんかいなかった。


 何かのきっかけで仲良くなった入院患者の子たちは、完治して元の世界に帰るか、「俺」よりも早くあちらの世界に旅立っていったりしたのだ。


 繰り返される別離の苦痛、それ以上に目の前で繰り返される死への恐怖から、意図的に人を避けるようになった「俺」は、ますます世界を狭め、両親が差し入れてくれる漫画やゲーム、ライトノベルの世界にのめり込んでいったのだっけ。




 それにしても、本当に転生なんて事が有り得るなんてなぁ……。


 俺が内心に嘆息していた、その瞬間。ガラッと教室のドアが開き、見覚えのある銀色の髪が教室内に入ってきた。




 三津島クロエ――このラブコメ漫画『シュレディンガーの恋』のお色気枠負けヒロイン。本当に同じクラスだったんだなぁ。


 昨日はよく観察できなかったけれど、その輝くような銀髪も、日本人離れしたスタイルのよさも、校則ギリギリの控えめなピアスも、そっくりそのまま、漫画の通りだった。


 瞬間、教室内の喧騒が一瞬だけ小さくなり――俺の斜め後ろの男子複数人がひそひそと会話を始めた。




「うへぇ、今日も相変わらずヤベー身体してるよな、三津島のヤツ」

「ああ、今日もマジ眼福。全国の男がオカズにしてるHカップが今日もナマで拝めるんだぜ? 最高だよな」

「ただアイツ、A組の八百原にゾッコンなんだろ? なんであんないい女があんな冴えないのに沼ってんだ?」

「おおかた、イケメンと金持ちには飽きて今度は毛色が違うオトコを味見してみたくなったんじゃねぇ?」




 プクク、と笑いあった男子たちの声を聞いて、俺は改めて三津島クロエというヒロインの境遇を哀れに思った。


 確かに――原作漫画である『シュレディンガーの恋』における三津島クロエの読者からの渾名は《ビッ痴女》。


 実際にはそんな不名誉な渾名で呼ばれるほど男好きではないのに、いかんせん、主人公の八百原那由太を悩殺すべく際どい色仕掛けを繰り返す様は、読者にはそういうイメージを持たれても仕方がなかったのかもしれない。




 でも、それは間違いだ。大間違いだ。


 少なくとも、昨日俺が見た彼女の嗚咽は、本気で人を好きになり、そしてその恋が叶わなかった人間の痛恨の嗚咽だった。


 三津島クロエはビッチでも痴女でもなかった。それどころか、あれ程までに必死になって一人の男を振り向かせようと身体を張っていた、ただの頑張り屋なのに――。


 俺がそんなことを考えていた、その時のこと。




「おはよ、零宮」




 ――不意に、今日教室に入って初めて誰かから話しかけられて、俺はびくっと顔を上げた。


 と同時に、さっき一瞬小さくなったクラスの喧騒が、その声に再び小さくなった。




 まるで天使が手ずから紡いだ糸のような銀色の髪と、美しい碧色(あおいろ)の瞳。


 抜けるように白い肌に、よく出来た西洋人形のような彫りの深い顔立ち。


 下から見上げれば顔が見えなくなるほどの、女性性の暴力と言える胸の膨らみ。


 根本的に日本人離れしているとしか言いようがない手足の長さと細さ――。




 あの三津島クロエが俺の机のすぐ横に立ち、明らかに目尻に涙の跡が残る碧眼で俺を見ていた。




 突然話しかけられたのにも驚いたが、それ以上に、改めて間近に見た三津島クロエの、その容姿の優れたることに、俺は圧倒されてしまった。


 ぞわっ、と、腰のあたりに走った何かの怖気をこらえながら、俺は口を開いた。




「あっ、ああ、三津島――さん」

「何よその表情。それにアンタ、昨日は私のこと呼び捨てにしてたじゃないの」

「そ、そうだっけ?」

「そうよ。それはそうと零宮」

「う、うん」

「今日の昼食の時間、なにか予定ある?」




 俺が少し考え、無言で首を振ると、少しだけ、ほんの少しだけ、三津島クロエが安堵したような気配がした。




「そ。なら私と一緒にご飯食べましょう、ちょっと用事があるから。集合場所は昨日のあの場所、いい?」




 なんだか物凄く早口で三津島クロエはそういい、目を白黒させている俺の返答を聞くことなく、すたすたと教室後方にある自分の席に歩いていった。


 途端に、教室内の男女が一斉にひそひそ話を開始した。




「ウッソだろマジかよ! あの三津島クロエが零宮を誘ったぞ!」

「おいおいおいおい、どういうことだよ畜生! なんで零宮みたいな奴が……!?」

「でも三津島ってアレだろ!? A組の八百原一筋って話じゃねぇかよ! また乗り換えるのか!?」

「そ、それにしたって零宮はねぇだろ! 八百原はいい奴だからまだわかるけど……!」

「っていうか、零宮なんてヤツがウチのクラスにいたか!? 俺、今初めて名前知ったんだけど……!」




 その猛然としたひそひそ話の熱量に、あはは……と俺は内心苦笑してしまった。


 零宮零士、お前今までどんな生き方してきたんだ? 流石にクラスメイトたちにこんな風に悪しざまに言われるなんて……。


 俺はその後、朝のHRが始まるまでの時間を、なんとも居心地の悪い気持ちで過ごすことになってしまった。




 一度だけ、ちらと背後を振り返って見た三津島クロエは、机に頬杖をつき、ぼんやりと窓の外を眺めていた。





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