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エピローグ 優しい日常

光の扉をくぐり抜けた先、そこはどこまでも続く白銀の世界だった。

無機質で、それでいてどこか懐かしい空気が漂う空間。その中心で、一人の少年が膝を抱えて泣きじゃくっていた。

――田中勇。

その顔を見た瞬間、鈴木ケンの脳裏で、封印されていた記憶の扉が雪崩を打って開放された。

中学二年生の夏。親友だった勇と、密かに想いを寄せていた佐藤栞と共に訪れた古い洋館。そこで起きた原因不明の失踪事件。自分だけが取り残され、二人の行方は永遠に分からないまま大人になったあの日の記憶。

ケンは、震える勇の肩にそっと手を置いた。

「……ずっと、待たせて悪かったな、勇」

勇が顔を上げ、驚愕に瞳を見開く。

「ケン……? お前、どうして……。俺たちは、ずっとここで……」

「帰ろうぜ。……栞も、向こうで待ってる」

ケンの言葉に、勇は涙を拭い、力強く頷いた。二人の手が重なり合った瞬間、かつて二人を隔てていた五百年の因果が、優しい光となって彼らを包み込んだ。



――ピーッ、ピーッ、という規則的な電子音。

ケンが重い瞼を開けると、そこは無機質な病院の天井だった。身体中に繋がれた管の感触が、夢ではない現実を突きつけてくる。


「ケン……ッ! ケンッ!!」

耳元で、懐かしくも愛おしい声が名前を呼んでいた。

声の主は、マチだった。同じ会社の先輩であり、そして自分が誰よりも大切に想い、人生を共にしようと誓い合った伴侶。彼女は目が赤く腫れるほど泣き腫らし、ケンの手を握りしめていた。


「よかった……本当によかった……!」

マチが泣き崩れる。ケンはかすかに微笑み、震える手で彼女の髪を撫でた。

「……ただいま、マチ」

医師の説明によれば、会社で荷物の下敷きになり、意識不明の重体に陥ってから二週間が経過していたという。


二週間。

異世界で五百年の歴史を背負い、天律戦という戦いを勝ち抜いてきたあの濃密な日々は、昏睡状態の中で見た長い長い夢だったのだろうか。しかし、マチの温もり、指輪の感触、そして胸に残る「救済」の充足感は、何よりも鮮明だった。


退院を控えたある日の午後、見舞客が訪れた。

病室のドアが開かれ、一組の男女が入ってきた。

そこにいたのは、かつて中学時代に失踪した親友、田中勇と佐藤栞だった。彼らはあの日、運命に翻弄されて異世界へ消えたはずだったのに、今はしっかりと手を繋ぎ、一人の可愛い女の子を連れていた。

「よお、ケン。退院おめでとう」

「お久しぶりです、ケン君」

二人の傍らには、サクラと名付けられた、勇と栞の面影を継ぐ愛らしい娘がいた。

その姿を見た瞬間、ケンの目から熱いものが溢れ出した。何に対しての涙なのかは分からない。ただ、二人が無事に生きて、新しい家族を築いていることが、心から嬉しかった。

「なんだよケン、そんなに泣くなよ。大袈裟だなあ」

勇はニカっと笑い飛ばしたが、次の瞬間にはその目から大粒の涙をこぼした。

「……帰ってこれて、本当によかった……!」

親友の嗚咽に、栞もマチも一緒になって号泣する。病室は、久しぶりの再会と喜びの涙で満たされていた。

しばらくして、勇がニヤリと笑い、バッグから古びた箱を取り出した。

「入院生活は暇だろ? 昔みたいに、ドンジャラでもしようぜ」

取り出されたのは、中学生時代に三人で熱中していたドンジャラのセットだった。

ケンは一瞬だけ、かつて異世界で手にした「天律の牌」の重みを思い出し、そして深く溜息をついた。


「……悪いけど、ドンジャラはもう懲り懲りだ」


ケンは窓の外、高く澄み渡る青空を見上げた。

もう、世界を救うための牌はいらない。ただ、こうして愛する人たちと、何気ない日常を過ごすだけでいい。

病室に、穏やかな笑い声が広がった。

異世界で紡いだ伝説の幕は下り、ケンの「本当の人生」という名の、新しいゲームが今、ようやく始まった。 


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