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第68話 蠱毒の王子と蹂躙


 かつて青の国と呼ばれたアルカナム王国の旧王宮跡地。その地下深く、歴史の闇に葬られた遺構に設営された『天律の卓』は、今や五百年前の田中勇と魔王の激戦を彷彿とさせる、呪われた聖域と化していた。



予選グループAのドンジャラが始まってから、わずか二時間。

 卓の上は、すでに修羅場であった。

 グループAの参加者であるシオンの打牌は、狂気そのものだった。

 かつて桜の国で高貴な王子として生を受けながら、サキュバスにより数多の魔獣と怨念をその身に注ぎ込まれる『蠱毒』の儀式にかけられたシオン。生まれたのは王子としての理性を失い、ただ「破壊」という本能のみが肥大化した、呪いの結晶だった。


「……あァ。また、壊れちゃった」

 シオンが虚ろな瞳で呟き、最後の一枚を勢いよく卓に叩きつける。彼女の背後には、かつての王族としての気品ではなく、何千もの死者の叫びが渦巻く巨大な闇の幻影が揺らめいていた。

「ロン!! 紫の純正役『魔王の影』ッ!!」


 ドォォォォォンッ!!

 盤面が紫の炎で包まれる。シオンの放つ『魔王の影』の余波は、卓を守る結界を紙のように突き破り、そのまま騎士団長シリウスの防衛ラインを粉砕した。


「ぐぅっ……! な、何という……この瘴気……ッ!」

 シリウスは、愛用の白銀の甲冑をズタズタに引き裂かれ、膝をついた。青の国を建て直そうとする彼の堅実な戦術も、戦士としての誇りも、シオンの放つ「蠱毒の呪い」の前では何の意味もなさなかった。

「あら、そんなところで止まっちゃうの? つまらないわね」

 シオンの隣で、佐藤栞サトウの肉体を乗っ取ったサキュバスが、妖艶な笑みを浮かべていた。彼女は自身の力では叶わぬ「世界のルールそのものの破壊」を成し遂げるため、赤の国の王子を蠱毒の淵から引きずり出し、最強の破壊兵器として従えていたのである。

「……五百年前の魔王様だって、もう少しは楽しませてくれたのに」

 ティア・エバーグリーンが、震える手で世界樹の杖を握りしめた。彼女の瞳には、五百年の戦友を失った悲しみと、今の世界を支配する者たちへの静かな怒りが宿っている。



「シオン……貴方、自分がかつてどれほど高貴な存在だったか、本当に思い出せないの……!?」



「知らないよ。私は、私を愛してくれない世界なんて、全部嫌い」

 シオンの無機質な言葉と同時に、ティアの陣地へ向かって無数の『紫の棘』が突き刺さる。

「きゃぁぁぁっ!?」

 世界樹の巫女として最高の魔力を誇るティアの結界が、いとも容易く破られた。深緑の長髪が乱れ、彼女は地面に叩きつけられる。かつての天律戦の戦友であり、最強クラスの実力者であるはずのティアが、防戦一方に追い込まれているのだ。


(ティアさんですら、手も足も出ない……ッ!)

 ケンは、自身の脳内CPU『C6P』をフル稼働させながら、冷や汗を流していた。

 シオンの打牌にはロジックがない。あるのは、桜の国というかつての栄光を泥に塗られた、王子としての絶望と怨念のみ。予測など不可能だ。ケンの弾き出す「最適解」を、シオンの不規則な呪いがすべて覆してしまう。

「おい、ケン! 突っ立てるな! あたしがシオンの視線をそらす! その隙にティアの援護へ回れ!」

 マチが大剣を振るい、シオンの瘴気を弾き飛ばそうと突撃する。


「……あたしを舐めるなよ!!」

 マチが赤の純正役『烈火陣』のオーラを纏い、シオンの紫の闇を斬り裂こうと挑む。


「……マチ。貴女のその赤い熱さ、大嫌い」

 シオンが指を鳴らすと、マチの纏う炎が瞬時に凍りついた。かつて赤の国の王子であったシオンにとって、同じ赤き炎の闘気は、己が失った誇りの残滓として何よりも忌々しいものだったのかもしれない。

(マチまでやられる……ッ!!)

 ケンは即座に思考を切り替えた。

(今の俺じゃ、シオンには勝てない。だが、俺の目的は『1位』じゃない。この絶望的な卓で、シリウスやティアの残した牌を拾い、ロジックの断片を繋ぎ合わせ、上位『2位』を死守する……それが、この過酷なロードマップの最適解だ!)

 ケンは、シオンの蹂躙によってボロボロになったシリウスとティアの牌を、自身の盤面へ戦略的に誘導した。エルフの洗練された戦術牌と、騎士団長の堅実な守備牌。それらをケンのC6Pが深緑の光で包み込み、新たな役へと組み替えていく。



「……ッ!! まだだ、まだ終われないッ!!」

 ケンは血を吐くような思いで、盤面の最後の一枚に手をかけた。

「……あら。最後の一人に、逃げ道を作ってあげる」

 シオンはケンの足掻きを嘲笑うように、あえてケンの上がりに必要な牌を捨てた。

「ロン!! ……三国志、そして英雄の翼ッ!!」


 ケンが叫び、白牌(勇者)を叩きつける。

 それは、田中勇が遺した希望の断片を、現代の裁定者がエルフと騎士の牌で補完した、奇跡の役だった。



『――!! 鈴木ケン選手、起死回生の大上がり!! 役は『英雄の翼』! ティア選手とシリウス選手の牌を巧みに利用した、まさに裁定者の連携!』

DOCX

順位結果が表示される。

【1位:シオン】

【2位:鈴木ケン】

【3位:ティア】

【4位:シリウス】

盤面を支配した破壊兵器・シオン。

 ボロボロになりながら、その残骸から希望を拾い上げたケン。

 シリウスとティアは、自分たちの敗北と、今の世界の残酷な力の差を噛みしめるように空を仰いだ。

ケンは肩で荒い息をしながら、倒れ伏すマチとティアの元へ駆け寄る。

(シオン。かつての桜の国の王子よ。貴様を操るサキュバスの欲望を、この俺が必ず断ち切ってみせる)

グループAを勝ち抜いたケン。だが、その胸に喜びは微塵もない。田中勇が五百年間抱え続けてきた「絶望の深さ」を肌で理解したケンは、最終決戦へ向け、己の全てを賭けた『覚悟』を固めていた。

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