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第62話 冥犬の告白と頂上決戦


 魔力枯渇オーバーワークによる昏倒から数日。

 赤の国の首都・鋼都バルガンにある修練場には、再び小気味よいドンジャラ牌の打撃音が響き渡っていた。


「ツモ。よし、今日はここまでにしておこう」

 ケンは静かに手牌を伏せ、深く息を吐き出した。

 以前のような、己の精神と肉体を削りながら無理やり思考を加速させるような危うさはもうない。自身の限界を見極め、仮想タスク管理盤アサナの稼働率を常に八割程度に抑えながらも、以前より遥かに広大で精密な盤面予測を実現していた。

「偉いじゃないか。ちゃんと自分でブレーキを踏めるようになったね」

 卓の向かいで腕を組んでいたマチが、満足そうに頷く。あの日、彼女が流した涙と温かい手の感触は、ケンの心に「仲間という最強のセーフティネット」をしっかりと刻み込んでいた。

「バウッ! ケン、だいぶ魔力の巡りが良くなったな! 我輩から見ても安心できるぞ!」

 不意に、ケンの足元から野太い、しかしどこか舌足らずな声が響いた。

 声の主は、灰色の毛玉――先日の瘴気吸収によって、手のひらサイズの仔犬の姿になってしまった『冥界の番犬ケルベロス』である。


「お前……喋れるところまで回復してたのか」

 ケンが驚いて屈み込むと、三つ首の仔犬は真ん中の頭をふんすと反らし、自慢げに短い尻尾を振った。

「ゲン爺の打ってくれた首輪のおかげでな。魔力波長が安定して、ようやく意思疎通ができるまでになったのだ。……だが、ケンよ。我輩の体内に、厄介なものが一つ『混ざって』しまっていてな」

仔犬のケルベロスは、急に深刻な声音になり、三つの頭で同時にケンを見上げた。

「『佐藤栞サトウ』という人間の、本来の魂の一部を飲み込んでしまったらしい」

「なんだって……!? じゃあ、今あのバケモノ(シオン)を連れて歩いているサトウは……」

「あれは、人間のサトウの肉体を乗っ取った悪魔サキュバスの魂だ。本来の『人間のサトウ』の魂は、瘴気と共に我輩の体内に封印されてしまっている。……そして、この封印は我輩自身の力ではどうにもできんのだ」

 ケルベロスの言葉に、ケンとマチは顔を見合わせた。

「どうすれば、その魂を解放できるんだ?」

「簡単な理屈だ。本体の肉体を支配している『サキュバスの魂』を引っぺがして封印し、空っぽになった器にこの魂を戻してやるしかない。……二年後の天律戦、お前があのサキュバスを盤面で完全に打ち負かし、ルールとして魂の返還を要求するほかに道はないぞ」


 天律戦。次の五百年の世界のルールを決める神聖な戦い。

 シオンの怨念を止めるだけでなく、サトウの魂を救うという新たな絶対タスクが、ケンのロードマップに追加された瞬間だった。

「……分かった。二年後、絶対に俺が勝つ」

 ケンの双眸に、深緑の決意の炎が静かに、しかし力強く燃え上がった。



――そして、季節は巡り。

 赤の国の熱気をさらに跳ね上げる、一大イベントの日がやってきた。

『さあ、四国の精鋭たちが鎬を削るドンジャラリーグ、ついに本日は頂上決戦ファイナルであります!』

 円形闘技場コロッセオを埋め尽くす数万の観衆の歓声が、地鳴りのように響き渡る。

『決勝のカードは、圧倒的な快進撃で勝ち上がってきた我らが赤の国代表【ファイターズ】! 対するは、重圧と変幻自在の打牌で他国を蹂躙してきた【ライオンズ】! 優勝を懸けた三番勝負、第一回戦は二対二のタッグマッチだァァァッ!』

熱狂の渦の中、闘技場の中央に設けられた特設闘牌卓へ、四人の選手が歩み出る。

 ファイターズからは、ケンとマチ。

 そしてライオンズから姿を現したのは――重戦車のような威圧感を放つコアラと、不敵な笑みを浮かべる特攻隊長サクラだった。

「ふぁぁ……ケン。あんた、無理して倒れたばっかりなんでしょ? 今日はあたしたちが、サクッと引導を渡してあげるわ」

 眠たげな目をこすりながらも、コアラの背後には黄色の純正役『鋼の意志』――ドワーフの重厚な圧力が幻影となって立ち昇っている。


「ケンさん、マチ先輩! リーグ戦では味方同士の練習ばっかりでしたけど、本番の私は手加減しませんよぉ!」

 サクラは両手に桃色の牌を踊らせる。彼女が得意とするのは、桃の純正役『幻惑の宴』。舞姫、毒蜜、歌姫が織りなす、美しくも致死の猛毒を秘めた速攻型だ。



「言うじゃないか。あんたたち二人まとめて、あたしの『烈火陣』で消し炭にしてやるよ!」

 マチが大剣の柄を叩き、闘気を爆発させる。

 ケンは静かに席につき、己の脳内に深緑と黄金の円環――『camembert6 peace(C6P)』を展開した。


「第一回戦、開始スタート!」

 審判の号令と共に、八十三枚の牌が卓上で激しく回転する。


「先手必勝! いっきまーす!」

 サクラが初手から猛烈なスピードで牌を切り飛ばしていく。彼女の打牌は一切の迷いがなく、相手に考える隙を与えない。さらにコアラが、サクラの隙をカバーするように重厚な安全牌を並べ、ジリジリと盤面の主導権を握りにかかる。

 軽業師のようなサクラの速攻と、要塞のようなコアラの重圧。対極にある二人の連携は、ライオンズをここまで導き上げた最強の戦術だった。

「チィッ、動きが速すぎる……! サクラのやつ、完全に『幻惑の宴』のイーシャンテン(一歩手前)に入ってるぞ!」

 マチが焦りの声を上げる。


(以前の俺なら、ここで無理やり思考を加速させて、一人で全てを処理しようとして自滅していた)

 ケンは深く息を吸い込み、思考盤(C6P)のタスクを素早く切り分けた。

「マチ! コアラの重圧プレッシャーは俺が『情報解析(Edge)』で完全に相殺する! お前は自分の『赤(烈火陣)』を信じて、サクラの速攻を力で叩き潰すことだけを考えろ!」

「……っ、アハッ! そういうことか! 任せな!」


 ケンが自身の上がりを捨て、コアラの危険牌を完璧にブロックする「絶対防御のピース」へと移行した。ケンの放つ深緑の魔力が、コアラの黄色い重圧を正確に相殺し、卓上の息苦しさを中和していく。

 ケンの完璧な援護シールドを受けたマチは、一切の防御を捨て、赤の戦士牌を一心不乱にかき集めた。


「なっ……ケンが完全に裏方に回った!? コアラ先輩の圧力が通じない!」

 サクラの顔に焦りが浮かぶ。

「遅いよ、サクラ! 怖い時こそ牌を信じる……それが田中流の神髄だ!」

 マチが、燃え盛る炎のような闘気と共に、最後の一枚を卓に叩きつけた。


「ロン!! 赤の純正役『烈火陣』!! 10点だァァァッ!!」


 ドォォォォォンッ!!

 赤き戦士、大剣、炎剣、剣聖の三セットが完全に揃い、闘技場に灼熱の爆発が巻き起こった。サクラの展開していた桃色の幻惑が、マチの豪快な炎によって跡形もなく吹き飛ばされる。


『決まったァァァッ! 第一回戦、ファイターズのマチ・ケン組が、ライオンズの鉄壁をブチ破って先取点をもぎ取ったァァァ!』

大歓声に包まれる闘技場。

「やったな、マチ」

「へへっ、あんたの最高のサポートのおかげさ!」

 ケンとマチは、卓越しに力強くハイタッチを交わした。

 限界を超えたオーバーワークを乗り越え、「仲間に頼る」という最強のピースを手に入れた裁定者。その進化の刃は、優勝へ向けて研ぎ澄まされていた。

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