60.箸休めー疾風迅雷 上
辺境最大の都市、デュシスの町で一流と言われるホテルの一室で、二人の男女が向かい合っていた。テーブルには酒瓶が並び、二人とも強かに酔っているようだ。
女が男に絡んでいるようで、酒の入ったグラスを突きつけている。
「ちょっと、ライガ、呑んでんの?! なんで、私達に声が掛からないのよ! 聞いてるのっ?! ちょっと!」
「メーガン、落ち着け。今回のギルドの緊急依頼は、ここに長い連中に声が掛かっている。ここに来て一年もたっていない俺達が外れても仕方ないだろう」
宥めるライガと呼ばれた男に、更に身を乗り出して、メーガンは訴える。
「そもそもよ、そもそもなんで、Aランクパーティーである私達疾風迅雷に、執行局絡みの依頼が来なかったのよ!! あの時、指揮を執ったのは、Bランクの『頭蓋骨砕き』なんて、私達を何だと思ってるのよ!!
それに今回の、疫病絡みの依頼も、選抜されたメンバーのみって…しかも、この町に疫病を呼び込んだ張本人の『自由の風』が依頼されてるのよッ!! 馬鹿にするのも大概にしろってのよ」
ダンッ! とテーブルにグラスを叩き付け、中の酒がこぼれるのも気にせずに、メーガンは力説を続ける。そんなメーガンを呆れた目で見つつも、更に酒を注いだ。
「まぁ呑め。なら、俺達もサミアドに行くか? あそこはCランク以上が推奨の未踏破ダンジョンだからな。ギルドの依頼を受けなくては入れないと言うことはない。
どうしても溜飲が下がらなければ、ヤツラと同じダンジョンに潜り、我々の方が成果を出せば良いさ」
冷静に指摘するライガを目から鱗が落ちた様に見たメーガンは、持っていた酒を放り投げ抱きついた。
「うふふ、そうよね! あんなヤツラよりも、私達の方が役に立つって知らしめてやりましょ!!
そうよ、あんな異種族と仲良くしている小娘の味方についているようなヤツラに、馬鹿にされてたまるもんですかッ!! 」
「あぁ、そうだな。頑張ろうな。ほら、それなら明日は早くにサミアドに移動しなくてはな。
そろそろ寝よう」
急転直下機嫌が良くなった手間のかかる恋人を撫でつつ、ライガは視線を奥に流した。それだけで分かったらしく、メーガンは顔を赤らめると、一度強く抱きつき、寝室に向かった。
***
「ここがサミアド遺跡ね。さて、入りましょ♪」
前日の大荒れが嘘のように、機嫌良くメーガンはそう言うと、迷宮の入り口を潜ろうとする。
「あの、お待ち下さい!!
Aランクパーティーの疾風迅雷殿とお見受けします!
私は冒険者ギルドの普段は内勤職員をしている者です。貴殿方がサミアド遺跡の緊急依頼を受けたと言う報告は受けていません。
こちらにいらっしゃる理由を伺えますか?」
遺跡の脇に設置されたテントから出てきた、地味な内勤職員は丁寧に問いかけた。その問いを聞いた途端、メーガンの機嫌が悪くなったことに気がつき、慌ててライガは話って入った。
「ここは自由に探索できるダンジョンと認識しているが、変わったのだろうか?
我々はAランクだ。ギルドが正式に禁止した所以外は、何処のダンジョンでも攻略できるはずなんだが」
冷静に問いかけられて、内勤の職員は困ったように口ごもった。
「何故、私達の活動を邪魔するのかしら?
何かここに私達が入ると不味いことでもあるの?」
追撃するように、攻撃的な声音でメーガンも問いかける。内勤の職員の護衛について居たと思われる、自分達よりも格下の冒険者達を睨み付けながら、唇に刻んだ笑みを深めた。
「あら、理由を言えないのなら、私達は入らせてもらうわね。時間の無駄だもの」
そう言って再度歩き出す疾風迅雷の前に、数人の冒険者が立ちふさがった。
「ほう、我々に喧嘩を売ると?」
「あらあら、覚悟はいいのかしら?」
流石にその行動は目に余ったようで、冷静だったライガも自身の得物に手をかけつつ問いかけた。メーガンに至っては、既に武器を抜いている。
「おい、止めろよ。疾風迅雷のメーガン殿とライガ殿に敵う筈がないだろ。第一、なんで俺らが護衛役でここで待機、町に災いをもたらした自由の風が中なんだよ。くそっ。
おい、疾風迅雷殿を止める理由も、拘束する術もない。お通ししろ!!」
護衛についていた冒険者達のリーダーはそう言うと、さっさとテントの脇に作られた焚き火に当たりに戻った。
そんなリーダーを見て他の冒険者達も三々五々、自分の持ち場に戻る。唯一残ったギルド職員は、遺跡に向かう疾風迅雷を見送ることしか出来なかった。
「ふん、他愛もないわね。あんな根性なしなら、そもそも私達の前に立たないで欲しいわ」
まだ怒りを引きずるメーガンを宥めつつ、疾風のライガは意識をダンジョン探索用のものに切り替えた。そのライガの空気の変化を感じて、迅雷のメーガンも本来の高レベル冒険者の顔に戻る。
「さて、メーガン。これからどうする?
昨日、聞き込んだところでは、この遺跡の指名依頼を受けた連中は特定のドロップ品を探しているらしい。とりあえず、誰か探すか?」
「ええ、そうね。ライガは分かるの?」
「あぁ、石造りだから分かりにくいが、複数の人間が通った痕がある。こっちだな」
薄暗い遺跡の中だが、ライガは迷うことなく先に進んだ。表層であれば、Aランクパーティーの脅威となる魔物もいないが、万一を考え、疾風迅雷は油断せずに歩みを進めた。
半日程も歩いたか、反響して方向の特定は難しくなっていたが、微かに剣戟の音が響いてきた。その音をライガは聞き分け、分かれ道を進む。
メーガンに音をたてるなというジェスチャーをしてから、静かに曲がり角の奥を覗いた。ライガの影からメーガンもまた道の先を見て、その身体を硬くする。
「……ッ!」
危うく漏れそうになった声を押さえつつ、視線の先にある戦闘風景に見入った。
曲がり角の先は小さめのホールになっており、魔法の明かりだと思われる光球が複数浮いている。その光に照らされているのは、今デュシスで噂になっている『自由の風』だ。
魔物溜まりに足を踏み入れてしまったようで、各個人が分断され、魔物に囲まれている。
視線で助けに入るかと訊ねるライガに、メーガンは首を振るといつでも飛び出せる体勢のまま、戦闘を冷静に観察し始めた。
「メラニー! 魔物の間を抜けろ! 早く後衛と合流しなけりゃ、ヤバイぞ」
強面に複数の傷をつけたリックが、仲間達に必死に指示を出すが、全員手一杯なのか、答える声はない。
「キャ!」
そうしている間にも接敵されて逃げ回っていた、弓使いのオードリーが手傷を負って悲鳴を上げる。
その姿を見た夫のジェイクは、筋肉質だが小さな身体を最大限使い、妻の救出に走る。
「こら、落ち着け! まずは戦線を作り直す!
全員集まれ!!」
個々に動き出した自由の風を叱り飛ばしながら、リックは自身に群がっていた魔物を蹴散らし、小さいながらも空間を作った。
その無理の為に崩れた体勢を見逃さずに、魔物は襲いかかってくる。脇腹を浅く裂かれて、リックは一瞬怯んだ。
「クソッ、だからワシはムリじゃと言うたんじゃ!!
それをこのバカ者どもが、無理をしおって!
オードリー、もう少し待っとれ! すぐに行く!!」
普段は無口なジェイクが大声で毒づきながら、愛用の斧を振り回した。
「フン、おじじだって最後には納得した筈だニャ!
つべこべ言わずに、さっさとその重い筋肉でどうにかするのニャ!!」
ぴょんぴょんと身軽に跳び跳ね、魔物を牽制しつつ、メラニーもそう返す。
「ジェイク、メラニー、本来の口調が出ていますよ!
気を付けてください!
魔物の動きを押さえる薬を使います! その隙に合流を!!」
リックと同じく病み上がりのチャーリーが、手持ちの薬投げて、魔物の動きを遅くした。その隙に、自由の風のメンバーは戦線を整える。
「アリッサ!!」
薬が効かなかった魔物の一匹が、死角からアリッサを狙いっていた事に気がついたリックはとっさに身を投げ出して庇っていた。
「リックっ!!」
目の前で血が舞い、状況を理解したアリッサの瞳が怒りで赤く輝いた。
無言のままリックを攻撃してきた魔物を、素手で掴むとそのまま無造作に引きちぎる。
「アリッサ、駄目ニャー。落ち着くのニャ!
チャーリー、早くリックにポーションを使うのニャ」
慌てているメラニーの指示を聞き、アルケミストのチャーリーは仲良くしている規格外薬剤師に貰ったポーションをリックにかけた。
「アリッサ、俺は大丈夫だ、落ち着け」
怪我が治った途端、まだ瞳の赤いアリッサに抱きついて宥めるリックを見て、自身もポーションを使ったオードリーは溜め息をついた。
「まだこの場を切り抜けた訳ではないのに、何をしてらっしゃるのかしら? 仕方ないわね。
精霊さん、力を貸してくださいまし」
持っていた長弓をクルリと回すと、その弓は、魔法のステッキに姿を変えた。頭部にはまだ青々とした葉を付け、複数の実を実らせた枝型のステッキは、精霊魔法に特化した作りだ。
「……密封された空間で、わたくしの得意な水や風の精霊魔法を使うのは辛いのよ? 自責の念もいいけれど、本当にしっかりしてちょうだい」
不快そうに眉をしかめると、オードリーは歌うように精霊に語りかける。程なくステッキが輝き、精霊魔法が発動した。
「……メーガン、見たか」
勝負は付いたと判断して自由の風に気が付かれないように、その場を離れたライガは、後ろにいたメーガンに声をかけた。
「ええ、見たわ。アイツら、人間じゃなかったの?」
「やはりそう思うか? 見た目こそ"人"だったが、あの口調、あの力、何よりあの女、瞳が赤く輝いていた」
「瞳が赤く輝くのは、魔族の証……。殺しましょう。どうやって化けているのかはわからないけれど、殺せば本来の姿に戻るわ。それに、本当に魔族ならドロップ品に変わるはず」
殺気を込めて、自由の風がいる方向を睨むメーガンにライガも頷いた。
「あぁ、冒険者の中に、魔族が混ざっているなどと、そんな危険な状況を見過ごすわけにはいかない。だが、あの女は殺すとしても、他のメンバーはどうする?
冒険者同士の私闘は厳禁だぞ」
「ダンジョンでの全滅なんて良くあることじゃない。全員殺せば良いわよ。さっきあの女の瞳が赤くなっても、誰も驚いていなかったわ。知っていて、隠していたのなら同罪よ」
問題ないと言い切るメーガンに、ライガは首を振り否定した。
「我々は二人。相手は六人だ。一対一なら負けはしないが、相手は魔族を匿う連中だ。何をしてくるか分からない。万全を期さなくては」
「じゃ、誰か他の冒険者も仲間にいれて囲ませる? 足止めさえしてくれれば、あとは私達がすれば良いんだから、簡単でしょ」
「しかし、ヤツラはどうしてか、ギルドの信頼を得て指名依頼を行っている。下手にギルドに知られれば、妨害されるかもしれん」
「ならどうしたらッ!!」
次々と否定されて、とうとう我慢の限界を向かえたのか、メーガンが叫び声を上げた。それ以上騒がせないために、口を押さえつつ、ライガはメーガンの耳に囁いた。
「騒ぐな。気がつかれたらどうする?
なぁ、神殿はどうだ? メーガン、君は元は神学徒だ。誰か頼れる人間はいないか?
そもそも、神殿は魔族を認めていない。役に立ちさえすれば受け入れる冒険者ギルドよりは、可能性が高い」
口を塞がれたまま、メーガンは考えていた様だが、誰かを思い出したのだろう。静かにライガの手を外した。
「ええ、お一人いらっしゃるわ。私の師父、軍神様にお仕えする高神官様。きっと力になって下さるわ。行きましょう」
顔を見合せ頷くと、疾風迅雷は足早にサミアド遺跡の出口を目指した。




