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59.神殿、来襲!!

 あれから1週間以上が過ぎた。毎日ギルドに『退色なりし無』を納品し続けている。最初にギルドにあった在庫を作ってしまえば、後は素材の納品の都度、作れば良いだけだ。その納品も、高レベルパーティーを動員しても日に数個が限界の様だ。受付嬢達の話では、中々辿り着けない場所にドロップする魔物がいるのと、『サミアドの欠片』自体がレアドロップの為に苦戦しているらしい。


『退色なりし無』を作るときに感じる脳内をシェイクされる様な負荷は相変わらずだけれど、人間の体って馴れるもので製作自体は何とかなっている。


 それでも、少しずつ『退色なりし無』の在庫も増えてきて、最近はギルドの一般冒険者達にも予防措置としての使用が許可され始めていると、昨日受付にいたマリアンヌから教えてもらった。


「さて、今日の納品に行きますか!」


 頬を一度叩いて、気合いを入れて隠れ家を出た。朝から『退色なりし無』を作っていたから、少し頭がぼんやりとしている。今日もダビデを含む全員が護衛としてついてくるらしい。


「もう、心配性ですよね。特効薬もありますし、疫病もそんなに恐いものじゃなくなったんですから、護衛は一人で十分ですよ」


 完全武装で護衛につくメンバーを見て、何度目かの苦笑を浮かべた。


「いや、危険だ」


「ジルの言うとおりです。お嬢様の御身に何かあったらどうされるつもりですか?」


 即座に否定してくる二人に、浮かべたままの苦笑を深くする。


「もう…それで皆が納得するなら良いですけどね。

 さぁ、行きましょう。昨日の話では、『サミアドの欠片』をドロップする魔物のいる地区へのショートカットルートが見つかったって話でしたし、素材の納品が増えているかもしれません」





 いつものように城門を抜け、町に入る。デュシスの町に広がる疫病は相変わらず猛威を振るっている。領主館から、食料品や生活必需品を扱う店は営業するようにお達しが出ているらしいが、それでも開いている店は疎らだ。


「あら、ティナちゃんじゃないの。お久しぶりねぇ」


 人通りも疎らな道で、声をかけられる。明らかに私を待ち伏せていたと思われる、昼日中、太陽光の下には似合わない長身の美人さんを見上げて挨拶をした。直接会うのは、ジョンさんに仲介をお願いした時以来だ。


「こんにちは、マダム。それに、パトリシア君。

 こんなところでどうされたんですか?」


 今日のマダム・バタフライは、ハイネックだけれど、太腿までスリットが大胆に入ったワンピースにピンヒールの姿だ。爬虫類を彷彿とさせる光沢を放つ、そのドレスは日の光りを浴びて燦然と輝いている。それにまだノースリーブのワンピースでは肌寒い時期だからか、羽織っている黒のストールにも銀糸が織り込まれているのかギラギラとした輝きを放っている。

 隣のパトリシア君は相変わらずパステルカラーのドレスで清楚にまとめていた。今日は日傘とつばが大きい帽子を着用している。清楚とお色気系、差は激しいがこの二人は親子、それも父親と息子だ。


「あら、偶然よ、偶然。ティナはこれからギルドかしら?

 一緒に行きましょうね?」


 警戒して威嚇するジルさんをウインクひとつでいなして、マダムは私の腕を取り、歩き出す。後ろについてくるパトリシア君は、苦虫を噛み潰した様な表情だ。


 色町の顔役とその息子が、護衛の若衆も付けずに歩き回るって珍しいよね。


「えーっと、パトリシア君お久しぶり。イザベル様はお元気ですか? お変わり無く?」


 笑顔を浮かべたまま、真っ直ぐに進行方向を見据えて、早足に歩くマダムと話すのは諦めて、パトリシア君に話を振った。このままだと場が持たない。


「あぁ、毎日忙しくしている。小娘も忙しそうだな」


 おや、今日は猫かぶりは解除ですか。


 素に近い口調に驚いていると、頭の上で小さな舌打ちと咳払いがした。そのまま、更に強く腕を引かれて、足を速める。ちらりと見えたマダムの瞳は、底の方で怒りの炎が渦巻いているようだ。


 その異様な迫力に呑まれて、大人しくギルドに向かう。


「あ、マダム、先日はウチの人達の件で無理を言ってすみません。お陰でいい気分転換が出来たみたいです。ありがとうございました」


 流石にギルドまで無言と言うわけにもいかないから、とりあえず先日のお礼を言った。オルランドが少しハメを外した様だけれど、ジルさんもいたし、多大なるご迷惑はかけていないと思いたい。


「あら、良いのよ。うちとしてもとても紳士的な良いお客様だったわ。それに、賭場のあのバカにも意趣返しが出来たしね。溜飲が下がったってものよ」


 怒気を引っ込めて、ニコリと笑いつつ首筋を撫でられた。何故、首筋を撫でる?!


「……ッ! びっくりした。すみません、首筋はちょっと」


「あらあら、ごめんなさい。うふふ、かーわいぃ。

 ウチのバカ息子のお嫁さんにしたいくらい」


 何故か頭を撫でられた。パトリシア君の苦虫が増量したみたいで、せっかくの美人が台無しだ。


「オヤジ、急げ」


 舌打ちしつつ、先に立って歩き出す。


「はいはい、せっかちは嫌われるわよ」


 マダム・バタフライはそう言うと、私の腕に手を絡ませたまま、歩みを進めた。



「こんにちは。ようこそ、冒険者ギルドへ!

 あ、ティナ、お疲れ様! それにパトリシア様に…どちら様ですか?」


 最後はマダムに視線を固定したまま、マリアンヌは小首を傾げた。ジルさん達を無視しているけれど、奴隷に挨拶をする一般市民はいないから当たり前の事らしい。


「こんにちは、ギルドの可愛らしい見習いさん。

 私はバタフライ。貴女のお父様に用事があって訪ねてきたの。取り次いで頂けるかしら?」


「父に、いえ、マスター・クルバに御用事ですか? 失礼ですがお約束はありますか?」


「いえ、特には無いわね。ただ、歓楽街のマダム・バタフライがティナ・ラートルと一緒に来たと言ってくれれば、悪いようにはしないはずよ」


「あー…マリアンヌ、悪いんだけど、クルバさんにマダムに捕まったって伝えてくれる? 多分急ぎの用事なんだと思うんだ」


 怪訝そうにマダムの身元を尋ねるマリアンヌと、笑顔だがまったく引かないマダム・バタフライの間に割り込んで、頼む。この感じだと、目的を果たすまで頑として帰らないだろうし、さっさと目的を果たしてお引き取り願いたい。


「う……ん。わかったよ。では少しお待ち下さい。マスター・クルバに確認して参ります」


 渋々確認に向かったマリアンヌはしばらくして、アンナさんと一緒に戻ってきた。マリアンヌはカウンターに戻り、アンナさんが私達に話しかける。


「ようこそ、マダム。それとご令息パトリック様。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 口元だけの笑顔でそう尋ねるアンナさんに向かって、マダムは笑みを深くした。そのまま、私を抱き寄せて頭の上にのし掛かってくる。


「あら、こんにちは。まさか貴女が出てくるなんてね。忙しいのじゃなくて? うふふ、ご用件なんて決まっているでしょう?

 それとも、この状況で気がつかないほど、ギルドは耄碌したのかしら」


 マダムの腕に抱き締められて地味に苦しい。腕を持って投げ飛ばすか、後頭部で頭突きか、どちらが良いかな?


「ティナ、すぐに止めさせるから、攻撃しないで頂戴」


 攻撃体勢に入った私に気がついたのか、アンナさんは慌てた様に釘を刺してくる。

 私の顔を覗き込んで、本気だと気が付いたのだろう、マダムは慌てて腕を放した。


 低く咳き込みながら、マダムをジト目で睨む。


「先程も言ったように、触られるのはあまり好きでありません。

 いきなり抱きつかれると反撃したくなります。今後は止めてください」


「うふふ、ごめんなさいね、ティナちゃん。でも文句はこの分からず屋の受付嬢に言ってちょうだい」


 解放された私をすかさず保護したジルさんの影からマダムを見る。


「オヤジ、遊ぶな。アンナ、マスター・クルバは会ってくれるのか? 会わないならこちらにも色々と考えがある」


「こちらへどうぞ。マスター・クルバがお会いになります。ティナ、悪いんだけど少し待っていてね」


 マダムとパトリシア君を連れてクルバさんの執務室に向かおうとしたアンナさんを見送るつもりで、手を振ったら、その手をパトリシア君に取られてしまった。


「コイツも一緒だ。その方が話が早い」


「……お好きに」


 呆れた様にアンナさんはそう言うと、後は振り返らずに歩き出した。




「マスター・クルバ。マダム・バタフライとそのご令息、そして冒険者ティナ・ラートルをご案内しました」


 アンナさんはそう言うと、執務室の入り口を開けて中に入るように促した。執務室の中には、クルバさん以外の人影もある。アンナさんは中には入らずそのまま下に戻っていった。


 後ろを向いているから顔は分からないけれど、小さな筋肉質のお爺ちゃんだ。


「あら、鍛冶屋さんじゃない。奇遇ねぇ」


 マダムは後ろ姿で誰だかわかったのだろう、一度驚いた後に、にんまりと笑って挨拶をする。そのまま、応接スペースの空いているソファーに勝手に腰かけた。


「おう、マダムか。お前さんも"噂"の確認か?」


「うふふ、ええ、そうですわ。でも、『クリエイターズ』の鍛冶屋さんがわざわざ足を運ぶなんて、噂もあながち間違いではなさそうね。そうでしょう? マスター」


 無表情のクルバさんは、応とも否とも言わずに、組んだ腕に顎を乗せている。


「鍛冶屋さん、この子はご存知?」


 そう言ってマダムは私を指差した。それにつられるように振り向いたお爺さんの顔には見覚えがある。


「あれ?」


「おう、嬢ちゃんか」


「ご無沙汰してます。スカルマッシャーさんたちに連れていかれて以来ですね?」


「おう、そろそろ武器も痛んできてるんじゃないか? 量産品なんかは特に研がねぇとダメだぞ。たまには持ってこいや」


 私も忘れていなかったけれど、お爺さんも忘れていなかったようで、お互いに挨拶を交わす。ジルさんの装備を買って以来だけれど、おやっさんも元気そうで良かった。


「あー…名乗ってなかったよな? 俺は鍛冶屋のスミスだ。昔はちぃっと知られた冒険者パーティーにいた。改めてよろしくな」


「あ、はい、ありがとうございます。前にも名乗ったかも知れませんが、冒険者のティナ・ラートルです」


 ペコリと頭を下げて挨拶する私に、マダムは空いているソファーを指差し座るように言った。


「この子が、ギルドの臨時薬剤師。執行局にも認められた悪辣娘さんよ」


 意味深に視線を交わして、スミスのおやっさんとマダムは頷きあった。


「クルバよ、頼む。お前らが『七色紋』の特効薬『退色なりし無』を作っているのは、噂になっている。今、俺たち罪無き市民が神殿に治癒を求めに行っても、門すら開いてもらえない。

 神官達の治癒を受けられるのは、高額な布施を払える金持ちか、徴兵に応じた連中だけだ。

 頼む、特効薬を分けてくれ!」


「ええ、そもそも、私達歓楽街の者達は穢れた者達と言われて、どんなに金を積もうが、ポーションを準備しようが相手にすらしてもらえない。神の慈悲は、気高き魂にのみ振るわれるそうよ! 私達のお店で楽しく遊んでいるのはお前達もだろうがッ!! あの腐れ神官共がッ!!!」


 テーブルに拳を叩きつけマダムは叫ぶが、怒りが収まらないと見えてそのままクルバさんの方に身を乗り出した。普段の作った声から本来の野太い男の声に戻っている。


「何の話かわからん」


「嘘をつくな。俺は元クリエイターズ、『退色なりし無』を見つけたのも、俺達のパーティーメンバーだ。お前達がサミアド遺跡に手練れを送り込んでいるのは知っている。サミアドの欠片が『退色なりし無』の主原料。

 その上、ギルドの構成員についても、神殿は人手不足を理由に治癒を拒んでいる。なのに、お前らは神殿に文句も言わず沈黙を貫いている。しかも冒険者で死人が出たと言う話も聞かない」


「ええ、それに私共のお客様が、ポロッと『退色なりし無』と言う名前を出しましてよ? それとチビッ子女王サマとも呼ばれる、臨時薬剤師が関わっているとか。そこまで情報が漏れてもまだシラを切るおつもりですの?」


 二人に詰め寄られても、クルバさんは頑として口を開かずに一点を見詰めていた。二人の矛先が私に向かってきそうになったとき、ノックもせずに、いきなり執務室の扉が開いた。


「マスター・クルバ!! 大変です!!

 サミアド遺跡が神殿により包囲され、中にいた冒険者は皆、追い出されたとの事です!!

 そして、遺跡を攻略していた冒険者パーティー・自由の風が異端の罪と神への反逆の罪で全員拘束されたと、緊急連絡が入りました!!」


 あまりに突然の事で驚きのあまり絶句する私達に追撃をするように、アンナさんが足音も高く階段を駆け上がり飛び込んできた。


「マスター・クルバ! 失礼いたします!!

 今、下にデュシスの町の神官長様が、疾風迅雷を伴ってお見えになりました! すぐこちらにもいらっしゃいます!

 ティナ、それとお客様方、神官長にお会いになりたくない方は速やかにこちらへ!!」


 アンナさんは有無を言わせずに、私を執務室の続きの部屋に放り込んだ。マダムや鍛冶屋のスミス達も駆け足で入ってくる。後ろ手にアンナさんが扉を閉める瞬間、隙間からゴテゴテと着飾った神官と、忘れもしない異種族嫌いのAランクパーティー、疾風迅雷の顔が見えた。


 ー……一体全体、何事よ!?







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