58.七色紋(2)
未発症のギルド員へ『退色なりし無』を使った結界、感染率は3割程だった。この中から更に表だって発症する人間と、発症しないまま保菌者となる人間に分かれるらしい。
「マスター・クルバ、これなら…」
「あぁ、ひとつのアイテムで治癒出来る数も多い。ティナには負担がかかるが、これならば何とかなる。
後はこの情報を領主サイドに渡すかどうかだが…」
予想以上の効果に、大人たちは頷きあっている。
「それはやめた方が良いかと思われます。今、神殿は七色紋を理由に、領主への圧力を高めつつあります。この中、こんな情報を渡しては、逆効果。特に『退色なりし無』を作れるだけの薬剤師の数は限られます。我々ギルドにはティナ一人。領主お抱えの薬剤師でも薬剤師長くらいでしょう。後は町の商会に幾人かと言うところですな……。下手をしなくても、ティナの奪収を計画しかねません」
「……そうだな。今はデュシスには、イザベル嬢と領主の二つの指示系統がある。そんな中で危険は冒せない。ただし、デュシスの町の住人を十分に治癒させることが出来る在庫が確保出来次第、公表するぞ」
内勤の職員が現状を伝えると、クルバさんはそう決定を下した。
「問題は素材ですね。如何しますか?」
アンナさんが指示を待つように、クルバさんに視線を送った。
「あぁ、古参と高ランクに指名依頼として、協力を求めよう。
アンナ、選定は任す。叩き台が出来たら、確認させて貰う」
「畏まりました。では、実力と秘密を守る気概の双方を持つ冒険者を選定致します。失礼致します」
顔つきを変えて足早に部屋を出ようと扉を開けた所で、アンナさんは足を止めた。ビックリした様に目を見開いて廊下を見ている。
「アンナ、どうした?」
そのまま無反応なアンナさんを心配したのか、クルバさんは問いかけた。その声で再起動を果たしたのか、アンナさんが鋭く動き出す。
「リック! こんなところで何をやっているの!!
貴方達、自由の風は治療と体力回復のために、休暇中のはずでしょう??」
リックさん? あ、七色紋良くなったんだね。10日前に神官に治癒を受けたし、確かにそろそろ隔離処分から解放されていてもおかしくないか。
「なに? リックだと??」
身体をずらして、入り口を見える様にしたアンナさんは、頷いてリックさんを中に招き入れた。
リックさんはクルバさんの執務机に置いたままになっている『退色なりし無』を見つめて、唇を噛んだ。
「今回の件はすまん。俺たち自由の風の判断ミスで町に疫病を入れちまった。特効薬の話は聞かせてもらった。
その採集、俺たち自由の風に任せてもらえねぇか?」
きっぱりと言い切ると、クルバさんをまっすぐに見つめている。
「自由の風、お前達が攻略中のサミアド遺跡でのドロップ品回収任務になるんだ。無論、お前たちだけに依頼を出す訳にはいかん。安全のため、数パーティーに指名依頼を出す。
お前達が七色紋を町に持ってきたのは、知られている。他のパーティーから、嫌がらせや誹謗、最悪の場合は戦闘すらあり得るだろう。その覚悟はあるのか?」
淡々とクルバさんが良い募る。出来たら思い止まって欲しいのだろう。冷静にマイナス点を列挙していた。
「あぁ、覚悟の上だ。俺たちは冬の間からサミアドに潜っていた。どこでどんなドロップ品が出るかも知っている。
仲間達も説得した。頼む、俺たちにも責任を取らせて欲しい。このままで、ここを離れるなんて無理だ」
「離れる?」
呟く私にリックさんは振り向いて頷いた。
「あぁ、ティナにはまだ話してなかったがな。遅くとも夏までにはアリッサ達と、迷宮都市に移動する予定だった。本当は去年の内に移動するはずだったんだけどなぁ、執行局やら、後始末やらで手間取ってよ。そのうちに本格的な雪が来て、半年延びちまった。
だが、今回の事で、俺たちはもうこの町には居られないだろう。だから落ち着き次第、離れる予定だ。
預かっている通信機は近々返す。今までポーション、ありがとな。助かったぜ。お前のポーションがなかったら、全員、サミアドから生きて帰れなかった。感謝してる」
頭を下げて感謝された。そっか、淋しくなるな。何だかんだで、リックさんたちとは、この町に来てすぐからの付き合いだし、色々と良くして貰ったからね。
「そうですか。残念です。
アリッサさん達ともお別れを言いたいので、旅立つ前には必ず声をかけてくださいね。通信機はその時にでも返してください」
しんみりと答える私に、クルバさんの咳払いが被る。
「ティナ、何をすぐに旅立つ様な事を言っている?
自由の風、では、サミアド遺跡からのドロップ品採集依頼を出す。報酬については、決まり次第連絡する。詳しくはアンナに聞け。アンナ、リックと共に行き、詳しい内容を教えろ」
はい、と間髪いれずに答えたアンナさんはリックさんを連れて外に出ていった。それと同時に、特効薬を見付けた内勤の職員も仕事に戻っていく。
「ティナ、もう少し打ち合わせをさせてくれ」
クルバさんはそう言うと、応接スペースに移動して、ソファーを勧めてくれた。私は勧められるまま席についたけれど、他のメンバーは無言で後ろに立っている。
「お前達も良かったら座れ」
クルバさんはそう言ってダビデ達にも席を進めたけれど、誰一人として席に着くことはなかった。
「…さて、ティナ、先程の『退色なりし無』だが、1日に何個までなら作成可能だ?」
あれか、かなりの量の魔力を使う事になったし、何よりも制御が大変で集中力が持たない。
「…10個、作れるかどうかですね。それ以上は、私の集中力が持たないでしょう。やはりかなり難しいです。一瞬でも気を抜いたら失敗します」
素材となるドロップ品も貴重の様だし、安全に無理なく作れる数を申告した。
「そうか、流石だな。普通なら一つか二つで力尽きるぞ。
作成はギルドの俺の執務室で行うか、出来上がったものを直接俺に手渡しで納品してくれ。
『退色なりし無』の納品に限り、いつでも執務室に入ってきてくれて構わん。しばらくはここに詰めることになるからな。いつでもいい。
それと、コレは持っていけ。
万一でもお前が病に倒れれば終わりだ。常に携帯し、感染に備えろ」
そう言って、試しに作った『退色なりし無』を渡される。
「いや、でもこれ一つしか今はありませんよね? 私が持っていくと不味いんじゃないですか?? ギルドで急患が出たらどうする気ですか」
「どうもせん。これから、このギルドにある『退色なりし無』を作成するのに必要な全ての素材を渡す。明日までに作れた分を持ってきてくれ」
いや、それどうもしなくないよね? 下手したら死人が出るよ?
「あぁ、もう。人を消極的な人殺しにしないでください。
素材、頂けるんですよね? なら今ここで、作れるだけ作ります。そろそろ日も暮れます。早く頂けませんか?」
溜め息混じりに伝えたら、マスター・クルバ自らが、ギルドの倉庫に行って素材を取ってきてくれた。午前中に通常ポーションを作っていたこともあり、途中は少し危なかったけれど、なんとか6個作る。一つ作る度に、全力で脳内をシェイクされている気分になる。これ以上は限界だと思って、素材をアイテムボックスに放り込んだ。おそらく後数個は作れるだろう。そこで初めてその素材の名前を知る。
『サミアドの欠片』
どうやら遺跡の名前となった魔物のドロップ品らしい。
疲労でフラフラになりながらも、ギルドを後にした。帰りがけ、死んだように静まり返っていた冒険者ギルドに、いつもの喧騒が戻ってきていたのが、せめてもの救いだ。やはり冒険者ギルドはいつでも活気がないと、違和感がある。
ジルさんとアルに支えられるようにして町を出た。
不凍湖に移転して、隠れ家を再設置する。
「流石に疲れました。今日はこれで休みます。
ダビデ、私の夕飯は要らないから、他のみんなで食べてね。
お休み~」
魔力の残量よりも、精密作業をし続けた事による頭痛と目眩が酷い。壁に手を当てる様にして、自室に戻ろうとしていたら、ヒョイとジルさんに抱えあげられてしまった。
「無理をするな。休んでいろ。部屋まで運ぶ」
片手で運ぶジルさんの肩にのし掛かったまま、お礼を言った。本当は汗もかいたし、お風呂に入りたいけれど眠気がきつい。
何とか自室までは記憶があるけれど、ベットに置かれた途端眠りに落ちたらしい。気がついたら、靴だけ脱いでベットに寝ていた。その靴も脱いだ記憶がないから、誰かに脱がせてもらったんだろう。ベットの下に揃えて置いてあった。
全く、こっ恥ずかしい。子供じゃないのに、なにやってんだか。自分の限界も分からないなんて、冒険者失格だよね。
ベットから起き上がり、リビングに向かうと、そのテーブルの上に覆いが掛けられた皿がいくつか並んでいた。
覆いをとってみると、すぐ食べられるようになっている、フルーツやサンドイッチ等の軽食が並んでいる。これはダビデが作ってくれたんだろう。
起き抜けだったけれど、お腹が減っていたから幾つかつまみ食いして、お風呂に向かう。
ザッと汗を流して、自室に戻った。さっき残した軽食も気になるけれど、一旦脇に寄せて、アイテムボックスから『サミアドの欠片』を取り出す。
ー……睡眠も十分。お腹も、満腹ではないけれど、眠たくなったり空腹で気が散ったりしない状態だ。さて、朝の分を作ってしまおう。
昨日は、午前中ポーションを作り、マリアンヌの泣き声でビックリして、更には特効薬の効果を確認するためにギルドの中を歩き回って疲弊していたから、あんなに無様なことになったからね。
昨日の反省も含めてら今日からは気力体力充実している朝と、気晴らしが終わった寝る前の2回に分けて作成することにしたんだよ。
思い付きは上手く行って、朝の段階で昨日預かってきた素材分は作りきった。さて本格的に長風呂して、ゴチャゴチャになった思考回路が落ち着いたら、朝ごはんを食べて、ギルドに納品に向かおう。
昨日の今日でどれだけの素材が集まっているかはわからないけれど、せっかく体調まで整えるんだから、追加があればいいな。




