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始まりの地攻略戦【終】

 その日王都には鐘の音が鳴り響いていた。防音の機能がある分厚い壁と二重窓の室内ですらその音がはっきりと響いていた。


「…………」


 ぼんやりとした視線を天井に向けている老人が一人、豪華なベッドに寝かされている。


「……だれだ?」


 嗄れた声が広い室内に虚ろに響く。


 枕元に置かれたベルに手を伸ばそうとしたところで、室内の一角に光が満ちた。


「何者だ」


 意識がはっきりとしたのか、輝きを見据えた老人は低く恫喝するように声をかける。


「アルフレッド、久しぶりですね」


 光が消えるとそこには戦装束の女が一人立っていた。


「御使いさま?」


「ふふ、覚えていてくれましたか。私が貴方の前に現れたのは、メントレ様が降臨されたあの一度だけだというのに。流石はユリさんを支え続けた名宰相ですね」


 懐かしそうに微笑んだ御使いは静かにベッドに近づく。


「御使い様……ハロ様……何故ここへ?

 私を迎えにきてくださったのですか?」


 無言で首を振るハロは、静かにアルフレッドを見つめる。


「メントレ様のご命令で来ました。私は反対したのです。でも……」


 一瞬だけ泣き出しそうな顔をしたハロはアルフレッドの上半身を支え起こし、凭れ掛けさせた。


「アルフレッド、至高神様からのご伝言を聞きますか?」


「御使い様、無論でございます。老いて既に身体を支えることすら出来ぬ身ではありますが、謹んで伺います」


「それで貴方が幸せに人生を終えることが出来なくなってもですか? ……やはりこれは話すべきではありません。例え消滅させられたとしても、ユリさんを悲しませることなんて出来ない」


「陛下に何かあったのですか? 始まりの地を攻略すると書簡を頂戴しておりました。まさかお怪我を?」


 不自由な身体を動かし、バランスを崩しかけたアルフレッドを慌てて支えながらハロは口を開いた。


「…………ユリさんは味方の裏切りに合い、噴出点で亡くなりました。己の力がミセルコルディアに渡らぬよう、神殺しの剣で己を刺し、本当に見事な最期でした。私もメントレ様の命を受けて、急いで救出に向かいましたがバラバラに砕け散った魂の欠片のごく一部を回収することしか出来ませんでした」


 そっとハロが差し出した小瓶の中には、弱く発光する小さな塊が浮いていた。


「まさか、そんな……。陛下が亡くなられるなどとは、ありえない」


 その小瓶に震える手を伸ばす。憐れそうにアルフレッドを見つめていたハロは、悩みながらもメントレの命令を果たす為に続きを口にした。


「王命によりユリさんは赤鱗の騎士の手によって致命傷を負いました。王命を下すよう王を説得したのは、貴方の孫である宰相です」


「そんな、まさか。私の血族がリュスティーナ様を害するなどありえない」


「寿命と物資。リベルタの優位性を失わせることは出来ない。建国王も正気ならばそんな発言はしない。きっと老化が……だからこそ諌めねばならないと。そう説得したそうです」


 神の御使いが嘘を言うはずがないとは思いつつも、アルフレッドは信じられない心持のままただ呆然としている。伸ばしていた腕から力が抜け、パタリとベッドの上に落ちた。


「それで……至高神様は私に何をお命じになられるのでしょう」


「メントレ様はユリさんを属神に、この世界の神にと考えておられました」


「おお……」


「ですがユリさんの魂は砕け散り、輪廻の輪に入ってしまった。神殺しの剣はそれほどに強力な神器。幸いメントレ様のお力で、ユリさんの魂の欠片を保護し、目印をつけることには成功しました。

 貴方にはそれを回収して欲しいのです」


 小瓶を持つのとは逆の手で、黒曜の短剣を差し出したハロはアルフレッドを見つめる。


「叶うことなら何でも致しますが、私はただの年老いた人間です。自力で立つ事すら出来ぬ身では、砕け散った魂を集めるなど出来ません。それよりも……」


「それよりも? 何か望みがあるのですか?」


「一日、いえ、数時間でも良いのです。動けるようにしていただけませんか?」


「動ける?」


「もしも私の血族から、リュスティーナ様を害する者を出したとするならば、処分しまわなくては、死んでも死にきれません。

 やはり私は子を作るべきではなかった」


 若い頃リベルタの為に政略結婚で結ばれた妻には長らく子が出来なかった。妻の生国の影響力が強まることを警戒していたアルフレッドを窘めたのは、建国女王その人だった。


 ご命令とあればと頭を下げたが、子が生まれ歩く頃になり、ポツリと洩らされた女王の本音に一度は殺そうと覚悟したものだ。


『これでリベルタも安泰だね。後継者候補も出来たし、良かった、安心した』


 跪き息子を殺すと伝えた時、強く叱責を受けた記憶が甦る。あの時、手打ちになっても殺していれば、孫が、己の直系が無二なる主君を弑する未来を変えられたのだろうか。


「……それは出来ません。

 未来は既に動き出しています。貴方が行うべきではありません」


「何故ですか、なにゆえ」


「リベルタの未来は今生きている若者たちに託しましょう。それがメントレ様のご意志です」


「では私はリュスティーナ様への不忠を抱えて死んでいけと、そういうことですか」


 怒りを滾らせた視線をハロに向けたアルフレッドは、悔しそうに呟いた。


「貴方には別の役割があります。女王の魂を回収するという、他の誰にも果たせない任が」


「人の身では不可能だと申し上げました」


「それはどうにかします。と言うか、話を聞きなさい。もう、ユリさん並みに頑固で変わってますね、貴方」


 だからこそ、メントレ様から白羽の矢が立ったのかしらと続けながら、ハロは苦笑を浮かべた。


「魂も記憶もそのままに、貴方をメントレ様のお力で、ユリさんの眷属へと転化させます。その上でユリさんの魂をすべて集め終えるまで、この世界に転生を繰り返しなさい」


 話を聞けと言われたゆえに、無言で続きを待つアルフレッドにハロは続ける。


「ユリさんの魂は幾億にも砕け散り、沢山の魂に溶け込んでこの世界に戻るでしょう。それを見つけ、この黒曜の剣で殺しなさい。剣を通じ魂が回収されます。魂同士は引き合うもの。時間を置けばどんどん集まるでしょう。ですが集まればミセルコルディアに見つかる可能性も高い。かの神も狙っている魂です。回収は急がなくてはならない。

 ですが神たるメントレ様や私が動いては、目立ちすぎるのです。ゆえに貴方にたのむことになりました。

 魂の一部とはいえ、敬愛する相手を殺し続けるのです。普通の人間では正気ではいられないでしょう。でも貴方ならば耐えきるだろうとメントレ様がおっしゃいました。

 もしもこの申し出を受けるならば剣を取り、己の命を絶ちなさい。それで契約は完了します」


「リュスティーナ様へ謝罪するために、リュスティーナ様を殺し続けよと、そうおっしゃるのですか?」


 状況を理解したアルフレッドは、皺の寄った顔に泣き笑いのような表情を浮かべてハロを見つめる。


「それが至高神様のご命令ならば従いましょう。どんなに苦しくても、私はリュスティーナ様に謝罪せねばなりません。全ては私の教育が悪かったからこんなことになったのです。

 例え何年かかろうとも、必ずや」


 黒曜の短剣を受け取ったアルフレッドは、ハロを見つめる。


「神から与えられた使命であり、我が罪への罰。謹んでお受けいたします」


 そう言うと何処にそれほどまでの力が残っていたのかという勢いで己の首を掻き切った。


 


 



――――――私は誓います。


 ただ一瞬の安寧も望まぬと。


 片時も努力を辞めぬと。


 次にティナ様にお会いできるその日まで。




 我が身、我が魂に安息は不要。


 どうか、苦痛を。悲しみを。


 理由なき暴力も、誹謗中傷も全ては我が身に。




 常に高みを目指します。


 常にティナ様を探し求めます。


 どれ程我が魂が疲弊しようとも


 その最後の一片に至るまで。




 どうかお待ちになっていてください。


 私が必ず今一度、幾億に砕けし貴女様の魂を集めて見せます。









fin.


 これにて本当に悪辣女王ことユリおばちゃんの転生録はおしまいです。

長い間のお付き合いありがとうございました。


【エンドロール後のおまけ】の話は、近々投稿予定です。タイトルは「シスコン勇者VSヤンデレ聖騎士 とりあえず世界を救ってもらえませんか?」を予定しています。(タイトルで内容分かってもネタバレしちゃ嫌ですよ~)


なろう的な軽いお話にしたいのですが、何処でシリアスさんの豪腕が唸るかわからないタイプなのでどうなるか。


新着情報等、何処かで見かけることがあり、拙作を読んでやるぜという心優しい読者様がいらっしゃいましたら、また是非ご贔屓にしてくださいませ。


四年超えの長丁場、お付き合いありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 再読しました。前回読んだ時はオムニバスがまだ無い頃でしたので、オムニバスの方は初めて拝読しました。 再読で全部通して通読してみると、前回なんとなく読んでいた登場人物の関係なども改めて分かるこ…
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